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第57話 それぞれが作る可能性

 7月19日 太陽の日 8時00分 マテリア寮


「点滴薬の量はそんなに必要ないから小型の錬金釜で……確か材料は、『水』と『砂糖』と薬草系、これに『世界樹の実』をほんの少し。薬草系には『世界樹の葉』を絞って入れたら相性も良さそうかな?」


 前王のコメットさんの治し方はわかった。

 テツに呪いを消してもらって、その時に生じた疲れみたいなのを癒すのにこの特製点滴を使えばいい。

 お昼までには完成できるからその後に色々やれそう。

 それにしても……王様にもなるとあれだけ大事にされるんだなぁ……。

 こういう言葉を使うのは好きじゃないけど、命の重さが違うって言うのをすごく感じた。

 でも、ファイさんや強そうなお医者さん、色んな人達と繋がりがあって色々とすごいことをしてきたから大事にされてるんだと思う。


「本当に綺麗だよねぇ……宝石みたい」

「勝手に開けて食べたりしたらダメだよ?」

「大丈夫! お腹空いている時は見ないようにしているから!」


 冷蔵庫の中には分けた世界樹の実。テツはこれを見ると「切り分けたメロンだなぁ」って口にしてた。メロンっていうのがどういうのか知らないけれど。

 痛まないか心配もしていたけど、わたしもちょっと不安。殻に入っていた時は問題無さそうだけどこうなったら長期間持つか怪しくて、なによりも不明な部分も多い。

 でも、表面から水分が漏れるとか酸化とかも見られない。保管容器に冷蔵庫、空気も入らないし日光も当たらない、温度も一定。

 そうそう腐らないとは思うけどせめて1ヵ月は持ってほしい。今は果肉を使って作りたい物が思いつかないから。

 廊下に積み重なった世界樹の枝や葉っぱ。それらで作らなきゃいけないものが本当に多い!

 羅針盤の台座、わたしの杖の新調、特製のかき混ぜ棒、破魔斧の修繕。調合以外にも課外活動のレポートも作らなきゃ……。

 羅針盤は後でいい、まだレシピの調節も必要だし枝の力がどれくらいなのかぜんぜんわかんないから。素材の量にだけ注意しとけばいい。

 杖も切られちゃったから急いだ方がいいけど、今度作るとしたら今までとは違うのがいい。あのイースって子みたいに特別な武器にした方がいい。ただの棒じゃ前に出るのにも限界がある! わたし向けのわたしがしたいこと全部を受け止めてくれる武器を考えなきゃ!

 かき混ぜ棒に関してはレシピ自体がもうある。前にヤキソバパンの対価に貰ったすごいかき混ぜ棒のレシピが。完全再現は無理でもそれを1段低めにしたのならすぐにできる。

 それを作って、破魔斧の持ち手も作るのが1番安全かな? テツも仕事に使うだろうし急いだ方がいいよね。あっ……そうだ予備のギアがあったはずだからそれで応急処置だけでもしとかないと、解呪の時に魔力はぜったい必要だし。あれがないと効率よく魔力を送れないもんね。


「セクリ、予備のギアが倉庫にあったと思うから用意しておいて」

「わかったよ」


 テツの方がこれで問題ない。

 心配なのは点滴薬。望んだ通りの物が出来上がったとして、それを使って容体が悪化することは考えられない。むしろ逆──


「こっちは見つかったよ! そういえば果肉の方はどれくらい使うの?」

「本当に少し、1gもあればじゅうぶんすぎると思う」

「それだけでいいの!? ほんのちょっとすぎない? 計るの難しいよ!?」

「本来の世界樹の実はもっと小さいらしいの。なのにあの巨大な虫が誕生した。人の体のまま治そうと思ったらほんの少しでいいんだよ」

「と言うと……この分けた量でも2、3個分はあるかもしれないってこと?」

「うん」


 過剰回復。それに加えて肉体の変貌。

 閾値というのがあると思う。人が人でいられるような。ルティが1滴舐めてああなった。1滴だけでああなった……不調やケガ、もしかしたら損失した肉体までも癒してその人の全盛期まで巻き戻すような効果があると思う。

 それだけで留まるならいい。

 問題はその先──肉体の進化とも言えるような変化が身体に現れるかもしれない。行き場を失ったエネルギーが肉体を作り変えて消費する可能性が怖い。


「みんなはどう向き合うんだろう……ひょっとしたら全部食べちゃうんじゃ!?」

「それもそれで研究で実験。もうみんなの手に渡ったんだからそこから先はわたしが口出ししたらいけない領域」


 だいじょうぶ。みんなならだいじょうぶ。

 わたしよりも腕がいいし頭がいい。きっとわたしが思いつかないようなすごい何かへと変えてくれる。

 力に溺れるようなことは、あんな女王みたいに別の存在に変わろうとは思わないはず。

 あれは別のナニかだ。自分を自分の思い通りに作り替えて永遠の今を手に入れようとしていた。

今の自分を捨てようとはしないはず──

 でも……ずっと錬金術の研究をし続ける。その願いのために不老長寿を求めるかも……あぁ、なんというか言葉にできないような不安が身体の内側からもぞもぞ出てくる! ひとり占めしたらそんな心配はしなくていいんだけど、そうしたらぜったい嫌なことが起きる! あの子はわたしが実を持ってること知ってる、カリオストロの誰かが盗みにくる。

 わたしじゃ使い切るのに時間かかるしきっと実を切るのも大分先になってた。

 分けて消費してもらえば盗まれる心配もなくなる。色々な調合品に生まれ変わらせてくれる。

 あぁ~もう、人を信じるってこんなに難しくて怖いことなんだ……な~にも考えずに信用できるテツって本当にありがたいって改めて思う。

 誰かが大変な道へ踏み外したら止めないといけないんだろうなぁ……無駄な想像だといいんだけど……。



 アンナの心配をよそに与えられた実と向き合う四人。

 ユールティアは実の研究のために珍しく部屋の掃除を徹底して、余計で雑多な思考が混じりこまないように意識を集中させる場を作り上げた。


「本当に研究のし甲斐があるといいうか……何を作り上げるか本当に悩むねぇ。普通にエリキシル剤のようなものを作るのはアリス君がやるだろうし、ぼくはぼくで方向性を変えておこう。被るのはもったいないし何よりつまらない」


 保管容器に入った実と果肉の保護液を瞳に収めながら思案する。椅子に座り身動きを一切取らず呼吸音よりも時計の針の音の方が場に響く。


(エルフの記録にすら実の情報は無かった。ぼくの身に起きたのは身体の活性化や回復。さらには美容、ここでいう美容は肌や髪質の改善、目のクマも完全に消えた。あの1滴でこうも変わる。迂闊に食すのは本当に危険と見える。不老長寿、いや不老不死にまで到達してしまう可能性が高い。憧れはするけれどただでさえ長命種なのにそこまで言ったらまともに生活できなくなるのではないか? 世の中を研究し錬金術の探求には莫大な時を有し何代も掛けるとも言われ不老は夢。これを食べることのメリットとデメリット。遥かにメリットが上回る。ぼくが食べないにしてもどこぞの貴族に売るだけでも死ぬまで遊べるだけの金銭を搾り取れそうだ。薬として昇華するにしても歴代のエリキシル剤とは比べ物にならないぐらい薬品となる。そもそも、実を食べるだけで相応の効果が期待できる。調合する理由はあるのだろうか? むしろ劣化させる? 個々人に合わせて調節してこそ不老長寿の霊薬が作られる。その理屈を利用して生み出した霊薬は何が起きる? 人を超えた存在へと進化? 禁断の果実であり鍵。この実を巡って争いが起きた理由もわかる。馬車で聞いた巨大芋虫との戦い、実の独占。戦争への引き金。前王の目が覚めた後、実の存在が大っぴらになる可能性もある。その前にある程度処理しておく必要がある。霊薬と同等の回復力を少量で得られる、簡単に摂取できて数を多く作る。うぅ~ん、そうなると予想通りみたいな形になる。遊び心が無いとこれは禁断の果実のまま──)


 彼女は動かない。

 静かな部屋で二つの素材を視界に収めたまま、時計の針だけが停止してない空間だと証明している。



 貴族の心を有しているアリスはと言うと。


「健康にした原因は何かしら……完全栄養食、超回復効果、自浄作用の活性化……どれもありそう。1度実を食べておいた方がいいとは思うけれど、好奇心よりも怖さが勝るわね……でも、味が知りたい、香りで味の想像はつくけれど、絶対想像内で終わるとは思えない……ほんの少し、1欠片、触感もついでにわかれば……」


 誰の目に映らない時も高貴な立ち振る舞いを保っている彼女であるが。

 今、そんな様子は欠片も無い。

 高鳴る心臓、呼吸が荒くなり、血走りそうな瞳で手を伸ばす。保管容器に触れたところで正気に戻り手を引き戻す。

 欲深き小心者そのものであった。


「ダメダメッ!! 安易に食べたら! いくら情報が足りないからって美味しそうだからって貴族としてはしたない!」


 意志を強く持っても視界に映る度に舌が濡れゴクリと喉が鳴る。

 アリスィートがあの中で誰よりも実を食べたい欲求が強い。

 それは不老長寿や進化を求める為ではない。

 味、とにかく味が知りたいのだ。視覚、嗅覚で心が奪われるのは初めての体験、これは美味しいと本能で感じ取っている。何より味覚を埋めたい。知りたくてしょうがない。想像を超えることがわかってい。触るだけで痛みそうな完熟の桃、真っ赤で採れたての苺、たわわに色濃く実った葡萄、そのどれもをコンポートした時よりも越えてくれそうな甘さと美味しさが目の前にある。

 彼女の趣味はお菓子作り、錬金術と同等に製菓の腕前は高い。世界樹の実を使ってスイーツを作ったらどれだけ素晴らしいものが完成し、菓子の歴史を書き換えるのではないかと希望を持っている。


「……冷静に、研究としてなら問題ない。実際に食べてみないと分からないことの方が世の中には多い……それで命を落とした人も数多くいる。大丈夫、これに毒は無い。むしろ逆──」


 自分に言い訳するように調理鋏を取り出す。

 蓋を開ける、暴力的な魅力を持つ香りに理性を吹き飛ばされそうになる。

 呼吸を整えることがまるで悪手、精神に纏わりつく甘く芳醇な香り、体の内側から欲望が引きずり出される。

 果肉の端を切り取るように開いた鋏を近づける。

 もう、止まらない。

 紙を切るのと同じように力を入れる。

 すると、果肉は潰れることなく液体を切るかのように綺麗に分断し、ガラス細工のように形を維持していた。

 小指に簡単に収まるぐらい小さな欠片。

 それを彼女は口に入れ、己が好奇心と欲望と共に味わい、飲み込んだ。



 時を同じに。


「おにいちゃ~ん、これって食べていいの?」


 ガイルッテ家の兄妹が利用するこの一室。ジョニーの妹ラミィが容器に収まった実を両手で掲げてお願いする。


「──ダメダメダメ! それ食べたら大変なことになるから!」

「えぇ~!」

「こっちのリンゴにしておきなさい」

(容器の封を頑丈にしておいた方が良さそうだ。勝手に食べられて不老不死にでもなられたらお父さん達に合わせる顔が無いよ!)

「はぁ~い……」


 渋々といった顔で冷蔵庫に戻す。少女に実の価値は分からない。貰い物だということは聞かされている。

 ただ、見ているだけで妙に心に残り食べてしまいたくなる。わがままを言いたくなってしまう。これを見越してかジョニーは早い内に鍵をかけた。勝手に食べられないようにするため。自分が無意識的に食べないようにするため。


(それにしても匂いが洩れてるわけでもないのに食べたいと思わせるなんて……まだ小さいから余計に惹かれる何かを発しているのかもしれないな)


 リンゴを使用人に切ってもらい口にしているが視線は冷蔵庫に向いている。興味が消えないのが傍から見て分かってしまう兄でなくとも分かってしまう。


「お兄ちゃんにもあげる」

「ああ、ありがと」


 お腹が満足して興味が薄れたのか、兄の様子を気にかける。いつもであったらこんな格好をしていない。

 ちゃんとした姿で急かしてくるのに今日は何も無い。自分が間違っているのかカレンダーに目を移して日付と曜日を確認してもやはり間違っていない。


「そういえばお兄ちゃんは学校行かないの? 着替えてないし昨日からずっと難しそうな顔してるよ?」

「心配しなくて大丈夫。早めに手をつけておきたいことがあるから今日は学校には行かないつもり」

「ふぅ~ん……? まっいっか。じゃあ私行って来るね」

「いってらっしゃい」


 普通科の制服を身に纏い部屋を出るラミィ。それを見送るジョニー。

 学校へは行かないというより行けない、授業を受けていてもずっと頭の中では『世界樹の実』の調合計画が進み続けるだろう。

 集中できない状態での錬金術は危険。調合内容によっては爆発することもありえるのだから。


「色々な素材を見ているはずなのにラミィはやたらと気にしてたな。綺麗な結晶とか宝石の原石ぐらいにしか興味を持ったり欲しがったりしなかったのに。やっぱりあの実ともなると本能的に欲しがってしまうのかな?」


 見た目が綺麗でそのままインテリアに使えそうな結晶は勝手に持ち出されることも多々あった。調合されて跡形も無く別の何かに変わってしまうのが勿体無く、自分の部屋(使い魔の部屋)に隠される。尚、同居人のサラマンダー、名をアンブレラに回収され主人の下に返却される。

 しかし、堂々と飾ってあるのには気付かれないこともあり、部屋には結晶のインテリアが所々に残されたままである。


「まぁ見た目だけなら宝石に見えないこともないか……いっそのこと宝石にして渡したら勝手に食べられることもなくなるかな?」


 冗談。微笑を浮かべた適当な思いつき。

 それでも、体の動きは止まり、頭の中の歯車が綺麗に噛み合った気さえした。


「いや、流石に……でも試してみる価値はあるかもしれない!」


 この思いつきを逃してはならないと自室に戻り、ペンを走らせ確固たる存在へ磨き上げ始めた。



 緑の多い部屋、テーブルの中心には保管容器の蓋が開いた世界樹の実。

 ナーシャは自らの鼻を覆いながら実を見つめる。

 ほんの数秒前に開いただけなのに部屋が香りで満たされる。そっと蓋を戻しても匂いはすぐに消えそうに無い。

 鼻が良すぎるというデメリットをこれでもかと実感し、油断したら全身の筋肉が弛緩し恍惚の表情で床に伏しかねないのを必死に耐えている。


「不老長寿の力、進化の実……凄まじい回復力は信憑性の無い伝説。欠損した部位や機能を停止した部分にも効果があるのでしょうかね? もしくは生まれつき機能してない部位も活動させられる? だとすれば……いえ、でもまずは香水に利用してみましょう。不明な点が多い現状、理想よりも確実な現実に着手するのが正解。次にこの殻、鉢植えに利用してみるのも面白いかもしれません」


 中身を守っていた殻に手を触れる。

 重さはそこそこ、楽に持てる。

 しかし、触れるだけで理解させられる。非常に丈夫だと半端な刃物では刃は通らない、粗雑な槌では逆に砕かれるだろう。甲羅のように表面は頑強、小さな凹みや波打っていたりと果肉と比べれば外敵から守った証が細かく刻まれていた。


「本当にまあ、よくコレを切れましたわね……」


 ノックすると音が響かない、外側と内側で異なる性質を有している。表面は強度に特化し内側はココナッツのような繊維質。そして果肉を覆う液体の三層構造。


「確かアンナさんは世界樹の葉も採取したと言っていましたね……何かと交換していただいて肥料を作り、芽が出ない種を植えてみましょうか」


 香料の製作に花は欠かせない。

 色々な土地へ採取へ向かい植物の種を入手してきたがその全てが育つことはなかった。環境を入手した場所へ調整しても種のまま変わらなかったのもある。

 この殻は進化の果実を保護した膜。

 これを鉢にすれば絶対的な守護を種が感じ取り、安心して芽を出し成長するのではないか? 妄想にすがる様なこじ付け。けれど、安心できる環境というのは成長するにおいて植物にかぎらない重要な要素。


「殻の利用方法はとりあえず鉢として、香料にするためにも少し切って絞る必要がありますわね。迂闊に食べないように食事はたっぷり致しましたが、匂いを嗅いだだけでお腹が活発になっている気がしますわね」


 本能が食べたいと叫んでいる。今すぐにでも食べられるようにと身体が胃を空にせんと活動する。

 ナーシャは呼吸を止めて素早く蓋を開け、小さなナイフで角を切り取り、それをビンの中に投入。容器の蓋を閉めると、今度は窓を開けベランダへと急ぎ脱出し。

 深く、深く呼吸をした。


「ふぅ~……しばらくは換気しておく必要がありますわね。外の空気と混じれば心が乱されることは……いえ、外にも少し漂っていますか……他の方々も実の研究に乗り出していることですわね」


 各部屋で洩れた匂いが僅かながらもナーシャに届く。

 それはつまり、内側にも広がっているということ。強い香りはすぐには抜けずマテリア寮の中は少しずつ不思議な甘い香りに満ちようとしていた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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