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第53話 王都の病院

 7月18日 月の日 10時02分 ニアート村


 馬車から降り立ちニアート村へ踏み込む新たな二つの影。


「さて……! アンナ君救出の為に世界樹へ向かうとしようか!」

「ええ! 一週間過ぎても戻ってこない以上、大変な目に会っているのは間違いないと思います!」

「準備は完璧、『どこでも倉庫』と『キャリーハウス』の用意はできている。『ビーコン』もある、ナーシャ君の鼻で探索してもらえれば確実に見つけられるだろうさ!」


 アンナの同級生で友であるルティとナーシャ。

 世界樹の牢獄より中々帰ってこないことに心配し追いかける形でやってきた。

 世界樹について調べることで新たに判明する危険要素、「もしかして」という怖気が走る想像が積み重なり続け、「このままではいられない!」とソレイユにアドバイスをもらいながら探索道具を調合しやってきた。

 友を助けるという尊い心を胸に抱き、確固たる目的の下、森へと歩を進める。


「あれ? ルティにナーシャだ、ふたりともどうしたの?」

「これから世界樹の牢獄へ向かうところだとも!」

「そっか、わたし達はこれから帰るところだから」

「準備は大丈夫か?」

「ケガしないようにお気をつけください」


 四人とすれ違い、意気揚々と歩みを続けるが──


「心配ご無用だとも──! んっ?」

「あらぁ~?」


 その足は止まる。

 一瞬、そこにいる存在を認知できなかった。

 何度も姿を見て共に語らい合った相手を見間違うことは無くとも頭の中で「ここにいはいない、森にいる」と決めつけてしまった影響か判断が遅れてしまった。

 ゆっくりと首を回すと自分達が乗って来た馬車へと乗り込み始める姿が確認できて。


「ちょっと待ったぁああああっ!!?」


 大きな声で叫んで混乱した顔をしながら踵を返して追いかけた。



「なるほど……君達は昨日村へ戻って来ていたという訳だね。タイミングが悪かったというべきかぼく達の準備が遅かったというべきか……ともかく無事でよかったよ」

「心配かけちゃってごめんね」


 馬車の中で森での顛末を二人は一喜一憂しながら興味深そうに聞き、反対に彼女達がここに来た理由を伝え。情報共有が終わる。


「森の探索をしなくてもよかったのか? 準備はしっかりしてきたんだろ? 俺達はこうして無事だったんだし気兼ねなく行けたんじゃないか?」

「何も回収することなく運賃だけ持っていかれるのはちょっと痛いが、目的も無く森をうろつくのはもっと痛い目に会いそうだからね」

「こうして話を聞くと退いて正解だと思いましたわ。十全の準備をしたはずですけど私達の認識が甘かったと言わざるを得ませんね」


 探索道具や食料、医療品、二人分の『どこでも倉庫』で用意は十分にあった。けれど、森を生き残るだけの地力や武力が足りていない。それを話を聞いて実感した。

 何よりも無事だと知ってしまった以上、足りない力を補うだけの心情が欠けてしまっている。何としても助けるという心を燃やす燃料が無いのだから。


「──その想像が間違ってないことをアンナさん達を見ればわかりますわ」

「? 体とか服は綺麗にしたつもりだけど汚れが残ってた?」

「いえ、出発された時と今では覇気と言いますか。強さの圧力が上がったと言いますか……ごめんなさい、言葉にし辛いですわね。感覚の問題ですので」

「世界樹での経験が溢れてるってことじゃないか? まぁ、アレだけの経験をすれば強くもなるだろうしな」

「確かに色々過酷だったもんねぇ。自分が知らないぐらいに強くなってるかも!」


 得意顔でむんと力こぶを見せる仕草をする。長袖で筋肉の隆起は見えなくともその内側では贅肉の無い確かな凹凸が存在していた。


(その理論は間違ってないと思うけど……だとしたらキャミルさんはどういうことだろう? 昨日とは明らかに違う……)


 この馬車の座席は壁に背を向けて横に並んで座る形式、四人四人で座れる合計八人。

 後は運搬物を収納するスペースがある。

 学生三人にセクリ。それに向き合うようにキャミルとテツオが並んで座っている。それだけなら何も気にすることはない、同じ職場で働く仲間なのだから。だけれど、妙に空気が甘いような雰囲気に距離以上に距離が近く感じ取れてしまった。

 そんな雰囲気は置いておいて、キャミルが放つ強さの雰囲気が明らかに昨日出会った時と違っていた。


(そういえば朝、気になる様子を見たんだよね……)


 セクリは関係あるのかわからないが、今朝のことを思い出す──



 習慣という目覚ましがボクを起こしてくれる。

 たっぷりと眠ったおかげで森の疲れは殆ど抜けてくれたと思う。

 冒険用の服装とはしばらくお別れ、いつも通りの使用人服に袖を通す。1週間着てなかっただけで何だか懐かしい気持ちになってお世話するぞって気持ちがより湧いてくる。

 最後にヘッドドレスを着けて……うん、いつものボク!


「おはようございます──ってどうしてテツとキャミルさんがここに? それになんだすごいお疲れな気がするけど?」


 食堂に向かうとものすごく疲れ切ってるようなテツオとキャミルさんが食堂でだらけてた。

 いるとは思わなかったし、まだ6時前なのに2人とも起きてて、お風呂に入った匂いもした。


「あんまり眠れなくてな……」

「おなじくね……」

「環境がすごく変わったから身体がビックリしてたのかもね」


 そんなことが朝あって。

 その時は特に気にしなかったし朝風呂ってやつなのかなって思ってたけど……もしかしたらそういうこと!?

 いやでも……テツオだよ? ボクにまったく手を出してこないテツオだよ?

 レクスと交代した時はそんな状況になったけど結局は流れたし。

 ……そういえば3人の幼姫様の件もあったし実際のところは線が細くて小さめの子が好みなんじゃ……!?

 それとも、森での出来事が種の生存本能を高めることに繋がって誰でもいいからそういうことを──!?


「すまん、ちょっと寝る……」


 今は馬車が山道を下りた辺りで後はこのまま平地を進んでいくだけ。馬車が奏でる不規則だけど緩やかな揺れが眠気を誘ったみたい。

 というか……キャミルさんは早いうちに眠ってるし、それにテツオを枕にするみたいに身体を預けてる。そういうことを許すのはアンナちゃんだけかと思ってたのに!

 こんなの上司と部下で信頼関係が築けている。ってだけじゃない、これは1度しっかりと問い詰める必要があるかもしれない!


「まったく騎士2人が真っ先にダウンとはこの国の防衛意識の低さを嘆くとしか言いようがないね。ぼく達錬金術士を守るのが役目だと言うのに」

「まぁまぁ、騎士が休める程平和とも言えるのではありませんか? この辺りは治安もいいですから心配は無用ですよ」


 ここまで来ると人を襲ってくる魔獣はほぼ見ない。現れたとしても巡回している騎士達に倒されるから安心。王都外郭に近づけば近づくほど安全になってく。


「そうとも言うがね……それにしても、う~ん……」

「テツがいなかったらわたしも石のままだったんだから、あんまり悪く言わないでほしいんだけど」

「いやそうでは無くね。彼よりも彼女の方が気になってね。彼女のことは前に何度か見たことあるがこんなに存在感が無いものかと思ってね」

「……確かにキャミル・スロースさんはライトニア王国で最高位の魔術士のはずです。中級(クラス)の魔術しか見せないと聞きますが圧倒的な魔力量に加え卓越した魔術の練度に並ぶ者無しと言われていますわ。ですが今のこの方は……」

「何というか君の言葉で言うなら圧がまるでない。そんな状態だとも言える」

「…………確かに。魔力量が少ないって言えばいいのかな?」


 昨日は寝不足。魔力が少ないってことは凄い消費したってことだよね。それだけ消費するってことは──あれ? もしかしてだけど、ボクはひょっとしたら失礼な勘違いをしていた?

 ボク達がぐっすり眠っている間に2人は騎士として急に起きた問題を対処していたのでは?

 だとしたならば、穴に埋まって反省したいぐらい恥ずかしい想像をしていたことになる! 正しい情報で納得するためにもちゃんと話を聞いておかないと……。



「……──よ! ──きよ! ──おい、おきよ!!」

「うおっ!? もう着いたのか!?」

「ねぼけておるのか! このわらわがよんでやったのじゃ」

「誰だ……?」


 跳ねるように目を覚ますとそこは馬車の中ではない。それに小さい女の子が俺を怒った表情で見下ろしている。


「なっ!? わらわのかおをわすれたかっ! さんざんたすけてやったのになんたるものいい!」


 黒くて長い髪、この瞳の色、何よりこの遠慮ない上からの口調。俺が知る姿よりも幼くなっているが間違いない、レクスだ!


「もしかしなくてもレクスなのか!? でも、なんでそんな姿に!? あの姿で若返りは過剰すぎて心配になるぞ!?」

「すがただけではないわ! このみすぼらしくさめざめとしたしんしょーふうけいをみよ!」


 舌っ足らずな声に従って周りを見渡すと、確かに何にもない、まるで廃墟となった街並みにいるかのように灰色で平坦な世界。その中心にいるレクスの家も掘っ立て小屋よりも杜撰でおんぼろな風雨を凌げなさそうな子供の工作以下な家もどきとなっている。

 前は一軒家で家具もあって生活感もあって、周囲も穏やかな自然が見えていたというのに。もはやホームレスじゃないか。


「おぬしがおのをこわしたからじゃ! おぬしのかわりにひっしにたたかったけっかがこれとはなんたるしうち! はようおのをなおすのじゃ!」

「相手が強すぎたんだって……」

「いいわけはききとうないわ! わらわだったらようしゃなくたおせておったわ! おぬしらがすやすやねとったあいだ、こんなみすぼらしくしんじょもないばしょでねとったわらわのきもちがわかるか!?」

「それは本当に申し訳ないと思う……早いとこ直さないと困るのは俺も一緒だからアンナにお願いするよ」


 もう本当にむくれた子供にしか見えない。怖さとか圧も無いしただただ可愛げしかない。微笑ましいと受け流しそうになるが、これは相当危険な状況の証明でもある。

 いざという時、この状態のレクスと交代してしまった場合。恐らく戦力が激減する。

 ──まぁ、前提的にありえない余計な心配だとは思う。刃だけの破魔斧で戦うことなんてあれっきりのはずだから。


「ぬおっ! じかんぎれがちかい! こんなじょうたいではまともにかいわもままならん。ともかく、わらわはしばらくまともにおぬしとこうたいできんし、てれぱしーのつながりもわるい。おのをはやくなお──」


 前兆無く言葉が途切れると同時に目に映る全てがブラックアウトする。


「テツ、そろそろ王都に到着するよ。起きて」

「あ、ああ……」


 今度は夢じゃなくて現実だ。アンナの顔に馬車の揺れ、戻ってきたのを実感する。

 短い時間だったけどレクスが無事なのを確認できて良かった。いや、あれを無事と言うには流石に失礼だったか?


「思った以上にぐっすりではないか。そんなのでアンナ君を守れるのか心配になるねこれは」

「……確かに今の俺じゃ盾になるぐらいしかできないな」


 問題はそれだ。レクスのため云々を抜いても最重要課題だ。

 普通の片手斧を使って戦うこともできるだろうけど、戦力としてカウントすることはできない。この無力感に苛まれる気分、久々だ。忘れかけていたけど、忘れちゃいけない気持ちだ。

 

「すー……すー……」


 昨日夜更かしの原因を作ってくれた先輩は俺を枕にして未だにぐっすりしている。これが先輩の姿か? 



 平和で人の営みで賑やかな王都に帰ってきたボク達。

 寮に戻ってさあ荷物整理と思っていたのに、先にやってきたのは──


「──では、腕を出してください」


 騎士かと見間違うぐらい高身長で逞しい肉体の白衣のおじさんに注射針を刺されそうになっている。

 そう、病院──


「────っ!」


 『世界樹の牢獄』に行ったということは、未知の病気や細菌を持ち帰っている可能性もある。ということもあり検査を受けることになってるみたい。

 テツオが緊張した顔で血を抜かれていってる。アンナちゃんにかっこ悪い姿を見せないために注射は怖い物じゃないと耐え切ってるんだ!

 でもアンナちゃんはすごい平気な顔で注射を受けてる。そもそもアンナちゃんは調合の際にも注射器使ったりしてるからそこまで恐怖に繋がらないんだ。


「続いて、上を脱いでもらいます。お2人は別室にてお願いします」


 部屋を移動すると上半身裸となって背中や脇の下、自分じゃわからないところを確認してもらう。ボクの付け焼刃で曖昧な医療知識で確認するよりもずっと安心できると思う。

 首の後ろや耳の裏まで念入りに調べられて、そこも見るのって内心驚きながら大体10数分。

 診察が終わるとボク達はもう1度部屋に集められる。


「皆さん虫刺症、炎症反応も無ければ破傷風の心配もありません」

「ふぅ……問題なさそうですか……?」

「大きな外傷も無く、後は検査の結果待ちです。他に気になっていることはありませんか?」


 世界樹の葉の効果や温泉で休んだこともあってか、ボク達に傷といえる傷はもう無くてボクの両腕も問題無いみたい。感覚的にわかってはいたけど、お医者様が言ってくれると何だか安心感が違う。


「あっ! そうだ! テツの右足!」

「右足?」

「はい、足首あたりにヒビが入ったとかそんなのが起きて世界樹の葉の力で治してもらったんですけどちゃんと治っているのか調べられますか?」

「失礼…………」


 アンナちゃんが言ってくれるまでボクはすっかり忘れかけてた。テツオも頭からすっぽ抜けてたみたいで「そういえば!」な表情で自分の右足を擦っていた。

 イースって子との戦いが激しすぎて足のケガを気にする余裕がなくなってたのもあるし、破魔斧が壊れたっていう大きな問題もあって記憶が流されたんだと思う。

 ここに来る間も普通に歩けてはいるけど悪化している可能性もある。先生はテツオの右足を真剣な表情で念入りに触診して足首をくるりと動かしてもピンと来る様子が無い。悪い所が無いってことでいいのかな?


「触感や間接の動きにも異常が見られません。ですが、より深く検査する方法もありますがいかがいたしましょう?」

「おねがいします!」

「心配しすぎじゃないか?」

「こういうのは調べられる時にしっかり調べておかないといけないの! あの時しっかり調べておけばよかったなんて思わないようにしないと! 主人命令だからね!」


 有無を言わせない勢いでテツオは何だか縮こまった感じだ。

 やっぱり本気で心配するアンナちゃんの前には頭が上がんないよね。アメノミカミ戦の後にテツオが倒れた時もこっちが参りそうになるぐらい心配してたし、病気とかケガには人よりも心配性なのかも。


「これから行うのは透過分身(とうかぶんしん)投影法(とうえいほう)と呼ばれる技術によってテツオさんの身体を調べさせていただきます」

「???」


 ボク達の頭には疑問符が何個も浮かんだ。異世界の知識を持ってるテツオも錬金術の知識を持っているアンナちゃんでさえ初めて聞く物というのがわかった。

 それをするには別の部屋に行く必要があって、移動の際に武器を持った騎士にすれ違う。何だか余計なケガを増やすんじゃないかな? って別のことを思った。案内されたのは頑丈そうな造りの部屋で、扉も厚く金属製で作られてた。

 恐る恐ると先生の後を付いて入るとそこには2台の寝台があって両方に操作盤がついてた。それよりも興味を惹くのは天井にある大きくて仰々しい機具。複眼みたいな丸い装置が取り付いているのも気になる。何に使うのか見ただけじゃわかんないぐらい複雑そうな造りをしていて、寝台の真上に位置していた。


「こちらで横になって動かないでください。これから貴方の身体に光線が注がれます」

「だ、大丈夫ですよね……」

「目を瞑っておいてください。強力な光ではありませんが念のため。では開始します──」


 迷いのない慣れた手付きでテツオが横になっている寝台の操作盤に触れていくと上の装置が起動する鈍い音が響いてきて、光の板が何度もテツオの全身を撫でるように左、右へと移動する。

 その後、もう片方の寝台の上にある複眼みたいな装置から光が伸びて空いている寝台に注がれていくと──


「え──骨!?」

「本物ではありません。これはカミノテツオさんの全身の骨格を読み取り投影したものになります」

「うっそだろ……こんな立体的に作られるもんなのか!? 上の装置は3Dプリンターなのか!?」


 ボク達はこの技術に対して目を見開いて驚いた。中でもテツオが凄く驚いていて、自分の骨格が明らかにされたとは別の感動で満ちている様子だ。 


「これで分かるのは何も骨だけではありません、内臓、血管、筋肉、望んだ分類を選んで投影することが可能です」

「……ちなみにこれって再現度はどれくらいあるんですか?」

「99.9%です。ただし、体内に埋まった異物に関しては黒い塊となって表現されます」

「そこまで高いのか……レントゲン以上に奥行きまでハッキリとわかる……異常があったら見逃しようがないな」

「おぉ~……じゃあこれがテツの骨の形そのものなんだ。上の装置がこのテツを作ったってこと?」

「医療錬金道具と呼ばれる物です。これによって今まで調べることのできなかった人の内側を鮮明に検査し的確な治療を行えるようになりました。加えてこのように──一部を切り抜き、内側を調べることも可能です」


 投影された寝台を操作すると。

 右足首の骨だけが残って他は消えて、続いて巨大化されて見やすくなる。そして、パックリと綺麗に2分割されて骨の内側まではっきりと映し出される。

 ボク達でも衝撃的な虚像なのに、テツオは自分の骨が割れるのを連想しちゃってか小さな悲鳴を漏らして自分の右足をさすってた。


「人の骨の内側ってこうなってるんだぁ……!」

「内側までわかるなんて……! これを見る限りテツオの右足におかしなところってないよね?」

「ええ、健康そのもの。運動しても何ら問題ありませんし、調査活動に精を出しても結構です」

「こうして医者のお墨付きを貰えると安心しますよ。にしてもこうして内側をはっきりと見られると何だか恥ずかしくなりますね」

「確かに見えすぎてしまうということもあって、気後れする患者さんも中にはいますからね。なので部分的に投影することも可能なんです」

「へぇ~……あれ?」


 今、テツオの考えが手に取るようにわかった。「なら、右足だけ調べればよかったのでは?」と。


「身体の内側……それならこの装置で魔力について調べられるんですか? テツの魔力が無い原因とかわかったりしますか?」

「残念ながら魔力に関しての検査はできないんです。魔力を利用して調べていると言っても不明瞭な存在を投影することは難しいようで。例えできたとしても今我々の目で感じ取れる情報と大した差はないでしょう」

「はぇ~……」

「ここまで鮮明に分かるだけでも凄いもんだ。俺としては仮に治し方がわかっても治療は受けないだろうけどな」

「あっ、別にテツの魔力が無いのに困ってる訳じゃないからね。調べられるなら調べてもらった方がいいと思っただけだから」


 アンナちゃんは特に焦ったり取り繕う様子もなく、素直に好奇心だけで聞いたと言う。うん、嘘じゃない。アンナちゃんがテツオの魔力が無くて困ったことを愚痴にこぼしたことないはずだし、何より表情が普段と全然変わんない。


「先生、結果が出ました」

「ありがとう。…………検査の結果ですがあらゆる感染症について陰性と判断されました」

「いんせい?」

「病気になってないってことだ」


 大きく溜息を吐いて心の底から安堵したような表情を見せてくれるアンナちゃん。ここまで表情が変わるんだから隠し事とか嘘なんてできっこないよね。


「ならよかったぁ~。もし何かにかかってたらルティやナーシャにも何かあったかもしれないし」

「むしろニアート村の人達も大変なことになってる可能性もあるな。というか、下手したら大変なことになってたかも」

「いえ、深く心配する必要は無いでしょう。テツオさんのように魔力に守られていない身体ならともかく多くの人は魔力によって受け流されたりします。他者との粘膜接触と言ったことが無ければ滅多なことでは拡大することは無いと考えられます」

「粘膜接触……つまりチューしてたら広がるってこと?」

「そういうことです」


 ボクの視線は自然とテツオに向けられ、頭の中にキャミルさんが思い浮かんだ。そっちの可能性もいちおう疑ってはいる。

 何にも感染してなかったとはいっても、もしも何かに感染していたらテツオは焦ったりしたのだろうか?


「では、これにて検査を終了致します。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」


 ボク達もお礼を言うと。お医者様の目が何だか穏やかというかまだ何かを話したいみたいな感じで思わず足を止めて向き合ってしまう。


「何かありましたか?」

「──カミノテツオさん。ここに改めて感謝の意を示したい。ありがとうございました」

「へっ!? い、いきなり何ですか? お礼を言われるようなことなんて──」


 感謝の言葉に綺麗なお辞儀。

 テツオが混乱するのもわかる。ボクも驚いた。

 こんなに体格の良い先生が唐突に頭を下げてくるなんて想像してなかったもん。


「第二次アメノミカミ戦。あなたの尽力が無ければこの病院は崩壊していたかもしれなかった。怪我人が来ることはあっても我々だけで対処が間に合った。重病人が担ぎこまれることもなければ入院している患者の皆に異常が起きることもありませんでした」

「あれは別に俺一人の力で解決できた訳でもありませんし」

「それでもですよ。結果はそうでも過程の間に作られた時間が皆の安全を作り上げたのは確かです。あの時間が何よりも必要でしたから」


 テツオが作った時間は本当に長かった。大勢の人達が避難するのに役立った。

 マテリア寮にいたからそれがよく分かってた。

 泣き叫ぶ声なんて全く聞こえなかった。王都の人達が焦らず暴動も起きず東の門を抜けて避難できた。逃げ遅れた人達の捜索にも余裕があった。

 テツオは照れくさそうに言葉を受け取ることしかできなくて、アンナちゃんはテツオが褒められたことが自分のことのように嬉しくて得意顔になってた。

 ご機嫌な心で病院を出ようとすると受付にこの国に住む人なら絶対にわかる人がいて。思わず足を止めた。


「おや──あの人はクラウド王様? なんでここに?」

「本当だ! ここに来ているってことは何か悪いところでもあったのかな?」


 お付きの確か……ルビニアさんも隣にいる。あのしっかりとした足取りからして王様が病気とは思えないから──


「……あっ! 前王様のお見舞いじゃないかな? 最初のアメノミカミの戦いで大変なことになったって」

「ここにいたのか……道理で騎士の人が常駐している訳だ」


 先生の深々とした感謝にも納得する。もしも前王様に何かあったら責任問題になってたはずだから。

 それと病院の警護って言うのもあるとは思うけど、院内にも巡回している人がいるのにはちょっと疑問があったけどこれで理由がわかった。

 でも10年前の戦いから今も眠り続けているんだよね……きっとあの装置も使って悪い所がないか全部調べられているはず。それでもまだダメなんだ。

 ボク達も力になれたらいいんだけど、難しいだろうなぁ。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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