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第51話 慌てふためく昔とは違う

 戦いは終わった。終わってくれた。

 世界樹付近の風景は最初に訪れた時とは比べ物にならないぐらい荒々しく乱雑に作り変えられ穏やかな雰囲気はどこにもなかった。これが戦いがもたらした結果……自然が時と共に育んだ景色が短い時間で消え去るなんて本当にやるせなくなる。

 動けるのも俺一人。

 アンナとセクリは石像となってこの地のモニュメントになりかけている。


「とにかくアンナ達を助けないと……落ち着け、これが魔術の類であるなら必ず解除できる。アンナとは主の絆で繋がってる」


 俺のすべきことは決まっている。二人を何としても助けること。落ち着いてまずは分析することが大切だ。

 触ってみると髪も肌も石の触感となっていて、冷たく体温を感じない。服も手に持っていたフックウィップも石になっている。けれど地面は石化していない。同じように地面も光を浴びたのに変化が無い。

 石化する対象を選べるのか、それとも似た構成の物質には効果がでないのか……。

 胸のあたりに耳を当ててみるが心臓の音が聞こえない。少し焦りそうになるが、首の契約を俺は信じる。

 身体そのものが石になったのか、もしくは表面を石の膜で包み込んだようなものか? 落ち着け、集中しろ。アンナの魂を見極めろ。ミクさんの時みたいに相手の内側を──よし! 見えた!

 アンナの魔力や魂を別の色の力が包み込んでいる。まるで卵みたいだ。

 内側のアンナの要素は凍ったかのように動かない。石化の際に中身の時間を止めるような効果もある訳か? だとすれば生体反応が連続していないのにも関わらず主従契約が解除されていないのにも説明が付く。

 それとイースがいなくなったけど石化が解除されない。彼女が自分の意志で維持しているわけではなく魔術刻印を付与したみたいなものか? 

 ともかく、解除方法はわかった。時間経過で解除される保証もない俺がやった方が確実かつ安全だ。細かい理屈について説明はできなくともこの石化がアンナにどういう影響を与えていて、どういう掛けられ方をして、何がこの石化を維持しているのかを理解すれば消滅の仕方がわかる。

 まずは少し移動させよう、解除して目の前にグロイ死体があったら気を失いかねない。胴の辺りに手を回して持とうとすると、普段のアンナの倍以上の重さが襲い掛かる。

 地面にくっついている訳ではなく、簡単に持てたが転ばさないように注意して移動させる。

 後は最終確認。破魔斧は刃だけになったけど持ちにくくなっただけで術の発動に問題は無い。

 残りの魔力は……よし、アンナは確実に助けられる。


「──刻印破壊(カースエリミネイト)


 全身の表面に被せるように破力の網を伸ばし、アンナを形作る魂とそれを覆っている異物を分離させるように隙間へ潜り込み、繋がりを消滅させる。

 すると、卵の殻に亀裂が入るように──


「──わわっ!? テ、テツがどうして目の前に!? それにあの子は!?」


 アンナの石化が解除された。

 生まれたてみたいに首を振って周囲を見渡している。自分の状況が大きく変化したことに戸惑っている様子だ。本当にあの時から時間が止められたみたいになっていたようだ。

 なにより怪我が無くて良かった。石が砕けると同時にアンナの身体も砕けないか一抹の不安はあったのが本音だ。


「逃げられた。でも、あの状態なら当分の間は襲ってはこれないはずだ」

「そうなんだ。ふぅ~……なんとか勝てたってことだね……って! セクリが石になってる!? もしかして──」


 情緒の浮き沈みが激しく、表情もここまで変えられるのかと感心しそうになる。

 戦いが終わって安堵したと思えば石となったセクリを前に青ざめた様子のアンナ。

 最悪の状況が頭に浮かんでしまっているのだろうから、すぐに誤解を──


「セクリは生きてる。心配はいらない──それよりもアンナ、その左目は大丈夫なのか?」


 石化した状態だと色まではわからなかったからすぐに気付けなかったが、こうして顔を合わせるとすぐに気付いた。

 左目の結膜が黒く、角膜が金色に変化している。病気か何かにかかったか? いや、でもこんな変化は普通じゃない。


「え? 目? ……痛みとかは全然ないけど、鏡鏡……わっ!? 何この色!? あの子と似てる!?」

「イースに何かされたとか?」

「ううん、あの光を浴びた以外は特に……あっ! もしかしてこれってお母さんが言ってた鬼神化!? でも何時なったんだろう……?」


 どこでも倉庫から手鏡を取り出すと、まじまじと自分の目を見て観察してる。落ち着いてるし身体に悪いことが起きてる訳ではなさそうだから一安心。

 だが、キシンカ、鬼神化か……名前からしてオーガ由来の強化形態だと思うが両目とも変化するのが普通じゃないのか? でもアンナは片目だけ、それも角の生えた側だけ。ハーフなのが原因か? そもそも変化の引き金は? どれくらい強化されるのかもわからない。戦っている最中に変化したのは確かだと思うが。


「あっ……色が元に戻ってきた」


 そして解除される条件も不明、時間経過か何かを消耗し切ったか。角が折れるとか一気に疲れが身体に襲い掛かってきている様子もない。リスクは大きくないってことか?

 ともかくゆっくりと元の銀灰色の瞳に戻っていく。

 現時点では謎が多い。想像するしかなさそうだが今は他にすべきことがある。


「アンナ、魔力はまだ残ってるよな? セクリの石化を解除するために分けてくれ」

「うん、わかった! ……ってなんだかこのセクリを見ると初めて会った時のことを思い出すね」


 あの時は透明でガラスのような何かに包まれていた。今は石に包まれて封印。覆っている物は違えど同じな状態だ。


「ふっ、確かにな。今の俺ならあの時と同じセクリと会ってもすぐに解除できるはずだな」

「おぉ~自身まんまんだね」

「これも二度目だ、すぐに終わる」

「2度目……もしかしてわたしもこんな感じになってた?」

「まあ、そうだな……」

「えぇ……ぜんぜん記憶に無い。光を浴びたのは記憶にあるんだけど……」 


 口元に指を当てて視線を上に、記憶を探ってるしぐさを見せてくれる。想像通り完全に時間が停止したような状態になってたってことか……。

 その状態のアンナをあの子は破壊しようとしていた……下手したら想像以上に最悪の状態になっていたんじゃないか?

 あの時破魔斧の刃を投げて当てるつもりだったけどイモムシの方が動きが早かった。思わず当てる相手を変えそうになったけどあの子相手だと容赦する理由全然無いな……改めて考えてみても。


刻印破壊(カースエリミネイト)



 7月15日 水の日 10時05分


 セクリの石化を解除すると。

 俺達はキャリーハウスの拠点に戻ってきた。

 休息も含めて状況確認を改めて行うためだ。ケガの悪化とかは無かったにしても切り傷すり傷打ち身や軽い火傷、新たな傷は沢山出来た。重傷はなくても疲労も大きい。

 今は余った世界樹の葉液を再利用してアンナに治療してもらっている。

 アンナのケガは本当に少ないのが安心した。防御障壁に顔から突っ込んだのが一番のケガらしい。だから鼻に治療テープを貼るだけでよかったようだ。


「破魔斧レクスがこんなになるなんて……」


 ボロボロのバラバラになった壊れた持ち手も集めて机に広げてみる。

 白刃だけが綺麗なもので、この歪な結果があの技の威力を恐ろしく物語っている。今更ながらよく受け止められたな俺……結果は引き分けみたいなもんだけど俺の方が負けていた。

 世界樹の枝を綺麗に切れるようになったからって慢心していたのかもしれない。


「まさかこんな有様になるとは思いもしなかったな……」

「もっと頑丈に作れば良かった……」

「相手が強すぎたって言うのもある。アンナのせいじゃない」


 持ち手も無くなり刃を直接掴むしかない。ここじゃあ錬金術も使えないし持ち手の予備も用意していない。

 というかこんな姿になるなんて誰が予想できるんだよ……。


「それで、セクリは何時までそんなに落ち込んでいるの?」

「だって……ぜんぜん役に立てた気がしてないもん。反射魔術を用意されただけで殆ど何もできなくなってきたし最後の最後で石にされちゃったし」


 隅っこでうずくまって顔をうずめている。

 ここまで落ち込んでる様子を見るのは初めてな気がする。


「でも遠距離防御ができたおかげでアンナも俺も助かった」

「反射を気にしないで撃てる攻撃があったら防御で誤魔化す必要なかったのに。状況自体が大きく変わってたはずだもん」


 よっぽどだな……俺も最後の捕獲の時に地面に埋まりかけで何もできなかった。ほぼゼロ距離で魔力吸収(ドレイン)使ってたから押し潰されずにすんでたのであって、判断が遅れたら俺は今ここにいなかった。


「それにもう一つ気になってることがある……」

「テツ?」


 白刃に触れて意識を集中する。


(レクス……いるか?)


 普段なら反応があるのに何もない。少しずつ深海に潜るかのように意識を沈めていく。

 イースとの戦いの間全く出てくることがなかった。声を掛けてくることもなかった。

 休んでいる状態だとは何となく思っていたが半壊した状態で何かしらのエラーが起きた可能性もある。無事なのか心配だ。

 落ち着いた今の状況でレクスとの繋がりが感じられなかったら相当危険な状態に陥ってると見て間違いない…………何か反応をくれ──!


(──、────)

(──っ!)


 聞こえた! でも、水面を揺らすような小さな反応。今までみたいな口うるさい声は聞こえない。でも、とにかく無事そうだ。こっちからの干渉も残念ながらこれ以上は意味がなさそうだ。

 今はこれで安心しておくしかない。


「斧がこんなんなっちゃったからレクスに何か起きたの?」

「その可能性を考えてた。でも今はどうしようもないのもわかった。とにかく枝を回収してこの森を脱出することにしよう」


 戦闘用の物資は殆ど尽きている。アンナの杖もスパっと切られている。破魔斧はこんなんだからエンブレイスマターの発動もできない。

 ゲーム的に言えばダンジョン最奥で装備とアイテムを失ったようなもんだ。


「でもその状態でエクリプスって使えるの? あの枝ってテツの破魔斧以外だと傷一つ付けられないよ?」

「……使えない訳じゃない。威力は相当落ちるだろうな。でも、使えるってことは切れない訳じゃないってことで切れるってことだ」

「???」

「まあ、とにかく少し休んだら採取作業に戻ろう。時間をかけすぎると森から出られなくなる」


 最初の目的はまだ完了してない。

 イースは撤退したと言ってもカリオストロは組織。別の部隊が襲い掛かってくるかもしれない。あの子と同等の強さを持った誰かがやってきたらもう抵抗する手段が残ってない。

 無事に帰るためにも早く達成するに越したことは無いのだから。



 ?月?日 カリオストロ本部

 

 半分の視界に見慣れた天井。何もしなくても逞しく生きる花の匂い。

 アタシの部屋、どうやら無事に帰ってこられたみたい。アイツ達に捕まるなんてヘマを犯さなくてすんだ。

 それに腕には点滴のチューブも付いてる。


「目が覚めたか?」

「…………寝起きに枯れた爺さんの声は極楽かと勘違いするわ」


 乙女の部屋に勝手に侵入だなんてこれだから爺さんはデリカシーとか無いのよ。


「まずは目が覚めたようで安心した。あの服を着てなかったら死んでたらしいがな。しかしながら世界樹の実の回収に失敗。珍しいことも起こるものだ」

「記憶読んでくれたみたいね、説明の暇が省ける──いたた!」


 腹に来る鈍痛。意識しただけで変な汗が出そうになる。死んでたのも冗談じゃ無さそう。

 そんなことより爺さんの顔が病人を見る様な顔になっている。気に入らない──! でも、ぶん殴れる余裕も無い。自他共に認める弱者になってるってことね。


「まだ起き上がらない方がいい。アンナとやらにやられた傷はまだ癒えてない」

「アタシが帰ってきた時ってどうなってた? アイツ達も後を付いて来たりしてなかった?」

「いや、侵入者はいない。門番がお主が死にかけの状態で帰って来たと連絡があって皆大慌てだ。全身が緑の体液にまみれて服も身体もボロボロ。誰もが目を疑ったしガキ共なんか特に不安がってたぞ」


 ここに到着する直前で意識は殆どなくなってた。

 余計なものを引き連れてないか心配だったけど杞憂だったみたい。


「はん! 口うるさいのがいなくて安心してたんじゃないの?」

「最初の二、三日はな。今じゃあもう帰ってこないじゃないかと恐怖の表情をしとるのもおる」

「──ちょっと待って! アタシどれくらい寝てたの……?」

「今日で四日目、今は十六時」

「マジかぁ……」


 魔力の枯渇に石化の魔眼(ゴルゴーン)、体力も限界ギリギリ、そして腹のダメージ。無理も無いしひょっとしたら安くついた対価かもしれない。

 本部だからこうして回復できたけど、他だったら野垂れ死んでたわね絶対。


「相当な激戦だったようだな。鍛冶師連中もあの大鎌が使い物にならなくなった姿を見て腰を抜かしておった。ワシも余程の相手と戦ったとわかってしまった」

「こりゃ総統にお叱りを受けることになりそ」

「あ奴はこんなことで仕置きを与えるような玉では無かろうよ。武具の修復やらお主の治療でしばらくは任務から外されるだろうがな。まっ、その間はガキ共の世話に集中させられるだろう」


 微笑むような顔でこっちを見てきやがる。ひっぱたきなりたくなるけど、変に動いたら腹が痛くなりそうだからやめてあげる。

 点滴外したら怖いし、医療班の連中容赦ない時あるから拘束治療させられるのも嫌だ。


「はぁ~面倒くさ。ねえ爺さんお願いがあるんだけど」

「何じゃ? ワシは手伝わんぞ」

「そっちはいいガキ共の世話ぐらい余裕。それよりも虚の使い方をもっと詳しく教えて、アタシとそう変わらない年で同性のアイツができるならアタシにだってできる。もっと上手に扱える。勝てなかった差がそこならアタシは理解する必要がある」


 アタシがあの時虚を使えていればもっと攻めの手段があった、魔力吸収(ドレイン)に怯えずアイツを切り裂けた。最後の魔眼ももっと余裕があったはず魔力切れにだってならなかったはず。

 つまり、アタシは勝っていた──! 


「……お主がそう言うとはな」

紅染め三日月(クレセント)が引き分けた。でも、あれはアタシの負けと言ってもいい。アイツらは物資も減った状態で戦った、武器だって消耗してたはず。万全の状態で放ったのにあの結果。あれで一方的に勝てないのは恥よ」

「勝つことに執着するお主にそう言わせるとはな……」

「まっ、武具の崩壊はアタシだけのせいじゃないし。そもそも壊れて無ければ誰にも文句を言われない勝利だったんだけどね。もっと頑丈に作ってもらうように言っておかないと」

「お主はそういう奴だったよ……」


 アタシの欲望を全て叶えられない武器が悪い。アタシは最高の形で技を使った、それをアイツも技で防いだ、技は互角だった。技で負ければアタシのせい。

 でも、強度となればアタシのせいじゃない。鍛冶師の腕が下手っぴ。総統の錬金術で作ってもらった素材で打ってもらったらしいけど、総統の腕についていけて無いんじゃないかしら?


「で、虚の修行は?」

「この療養期間が丁度いいだろう。日常的に当たり前に虚の状態を維持する。食事中も寝る時もできれば上出来だろうがな」

「爺さんよりあの子の方が虚だけの実力は上だろうけどね」

「ふっ、世界は広いということだ。お主より若くてワシより優れた技術を持つ者がいてもおかしくない」


 それには同意する。

 ただ一点──いや、二点で追い込まれた。虚の錬度と仲間への絶対的な信頼。あそこまで自分の命を預けるような真似はアタシにはできない。例え爺さんと一緒に戦う場面でも信頼できない、実力は信頼できてもアタシをアタシが望んだとおりに守ってくれる訳が無い。

 一対一のつもりだったけど一対二、いやアレ達も合わせて一対四な状況で戦ってた訳ね。それは流石にキツイわ。

 でも、次に会うことがあれば今回みたいな失態は二度と犯さない。向こうの連携が上がっていたとしてもそれ以上に強くなればいい……ってアタシ自分がしたこと忘れかけてどうするの!? 次なんてあるの?


「そういえば石化した二人ってどうなった?」

「捜索班によると既に解除されていたようだ。後は落ちてた刀も回収したらしい」

「へぇ、総統の術式壊すだけあるじゃん」


 アタシが解除しなければ石のままになる石化の呪い。まさか解除できる人間が現れるなんてね。まっ、これでもっと頻繁に使っても──


「あの魔眼の多様は禁ずるぞ」

「え!? アタシの頭覗いたっての!?」

「そういう顔をしとった。総統も何度も言っておろうが、その眼は錬金術で作り上げたと言っても異物交じり、使いすぎればどんな反動が来るかわからんと。眼帯もお主の意志で外せぬ物に替えられるぞ」

「はいはい、わかったっての」


 ちぇー、流石にそういうのに替えられたら困る。

 眼帯のオシャレも出来なくなりそうだし、予め左目に魔力を溜め込んでおくとは言っても使うと疲れるのよね。

 こう釘刺されたら魔眼を加えた戦法はできそうにない。総統はやると言ったらやる人だから。

 まっ、しばらくは療養含めて修行とガキ共の世話に集中するしかないか。


本作を読んでいただきありがとうございます!

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