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第48話 守られてばかりの存在じゃない

 数的有利が意味を成さない。魔力を有する者に対し絶対有利の魔力吸収(ドレイン)も捕えられなきゃ意味が無い。

 勝利の方程式を簡単に打ち崩すだけの実力差、イース・フラウルージュという強者に成す術が見つからなくなりそうであった。


「……さっきから、手の内をさらすように話してお前は何がしたいんだ?」

「だって話したところでアンタ達に防ぎようがないもの。アタシの手札が全部見られてようと何も怖くない、アンタ達の立ち振る舞い一つ一つに何も圧を感じない。ちょっとした知識欲を刺激してくれるだけ。答え合わせみたいに単純な戦いで終わらせないでよね!」


 戦闘ではなく遊戯。

 彼女にとってこの戦いは命を削り合うものではない、自分の欲望を一方的に満たす蹂躙。強者の特権に浸っていた。声も立ち振る舞いも全てが嬉々に満ちて、ダメ押しとばかりに作り物ではない心から笑み。

 それがより三人に圧を与えていた。


(ふたりとも、どうする? ここまで厄介だなんて思わなかったよ!? 逃げることも視野に入れた方がいいんじゃない?)

(……森に逃げ込めばチャンスはあるかもだが、奴の物資がどこまであるのか想像つかない。すぐに諦めてくれるかもわからん。それに森が俺達を味方してくれるか怪しい)

(そもそもエスケスモークはもうないよ! 最初の陽動や目くらましがないと逃げることだって不可能だって)


 戦うことが全てではない。ここで倒さないと国が滅びる訳でも人質が死ぬ訳でもない。大儀を懸けた戦いではない。

 生き残れば三人にとって勝利。

 しかし、逃げる為の方法や手段が無い。森に逃げれば視界を遮り気配を隠し振り切ることも可能だろう。だが、森の生物が逃げる弱者を見て何を思うだろう? きっと格好の餌にしか目に映らない。

 三人が念話(テレパシー)で相談を進めているとイースの表情が徐々に不機嫌に色づき始める。


「ちょっとぉ~! 逃げるなんて許さないから! というか逃げられると思ってること自体が無礼極まりないわ」

「なっ!?」

「──えっ!? 声に出てたりする!?」


 聞こえるはずが無い。この頭の中の会話は自分達だけのもの。これまで生活している中でそんなことは無かった。

 まるで意味が無いが焦りからか思わずアンナは口元を押さえる。


念話傍受(インターセプト)、この程度の距離なら念話(テレパシー)を盗み聞きできるのよ。仲のいいアンタ達ならこれを戦いに応用してくるだろうと分かってたし」

「ここまで引き出しが多くて自在に扱えるなんてバケモンかよ……」


 攻撃魔術だけでなく補助系魔術にも明るい。その隙の無さにもはや辟易していた。キャミルのような魔術の使い手でありながらサリアンのように接近戦も可能。

 おまけに勝ち筋の一つであった念話の安全かつ迅速に意思疎通できる利点も潰され、連携が使えなくなる。

 手の内ようが無くなっていくのが肌で感じられていった。


「ちょっとぉ~人の努力の成果をそんな陳腐な言葉で片付けないでほしいんだけど? 優れた技術を持つ師に存分に力を振るい鍛えられる環境。それがアタシを作っただけ、才能もあったのも事実だろうけど。まっ、アンタ達の努力不足ってところね」


 一朝一夕で身に付くものではない。それは鉄雄が一番知っている。破魔斧レクスを手にして強くなったが、手にした後の強さの上がり幅は非常に緩やか。訓練、勉強、実験、それらの反復を何日も繰り返し、与えられた力を物にして壁に当たる。生と死の狭間に陥ったりし偶発的に意図しない伸び代が発見されたりもするが。

 イースに対して与えられた力に振り回されている子ではなく自分の力を理解し鍛え上げた者だと認識している。だからこそ厄介としか言えないのである。


「親切に教えてあげるけど、あの雨の戦いの日、もしもアンタ達が頷いていたらアタシに近い実力を手にしていたのかもしれないのに。そ・れ・に、世界樹の素材を求めてたってことは結局はアタシ達の仲間になってた方がもっと安全かつ最短に手に入れられてたじゃない! お父さんに会いたいんだっけ? 本気じゃないんでしょ? そこの二人と過ごす内に忘れ始めてるんじゃないのぉ~」

「そんなわけない……!」

「またまたぁ~だってあなたの顔、飢えてるように見えないもの。本気で叶えたい何かがあってそれに通じる道があるなら貪欲に選ぶのが当たり前。この戦いだって本当だったら起きなかったかもしれない、むしろ使い方次第でこっちに入れたかもしれないのにね」


 飢えていない。それだけは事実だとアンナの顔が物語っていた。

 朝起きれば「おはよう」寮を出るとき「いってきます」帰ってくれば「ただいま」と「おかえり」失っていた小さいながらも確かな繋がりが戻ってきた。

 無理や無茶をしてこの繋がりを失うことに恐怖を覚えることもあった。

 けれど、どこか心の中で()を求めなければこの繋がりは破綻するとも感じていた。目標を持って進む主人(アンナ)に付いて来ているのだから。

 そんな本心を突かれ迷いが生まれたアンナに対し、鉄雄は一歩前に踏み出した。


「──はっ! 適当過ぎて呆れて反論すら失せそうになるわ! お前達に従って父の故郷を見捨てて、それで胸張って父に会えると思ってるのか? 最短でも最低なら意味が無い。そもそもこれは遠回りでも何でもないアンナの選んだ王道だ! 自分が歩めないから選べないからって嫉妬で見当違いのこと言ってんじゃねえよ!」

「テツ……!」

「その物言い、ぜんっぜん面白くないわね。でも──そんな強気な言葉を言った男が無様に地に伏せる姿を見るのはとても面白そうなのよね……! これまで出会った連中も強くて立派な事を口にしても全員無様に情けなく媚を売るように生を求める言葉しか言えなくなっていたわ! アンタ達もそんな連中と同じにしてあげる!」


 大鎌を取り出し分かりやすく大きく振りかぶるように構える。



(問題はそこだ、逃げることもできない、まともにぶつかったところで勝ち目は薄い……! 念話(テレパシー)の優位性も無い。)

(ボク達が殺すつもりで戦ってもこのままじゃどうしたってかないっこない! もっと別の──)

「ふぅ、こうなったら戦い方を変える……!」

「アンナ?」


 息を整え、決意を込めた表情で一歩前に出る。

 そして指を二本突き立て口を開いた。


「あなたに勝つ方法はパッと思い付いただけで2つあった」

「へぇ~……二つも……随分と舐められてる気がするけど聞いてあげるわ」

「1つは世界樹の実を食べること」

「っ──!」


 目を見開き大きく驚くと、すぐに喜々とした笑みを浮かべる。


(──その発想は無かった! 完全に頭から抜けてた! 確かに実の力があればアタシを倒す手段なんて幾らでも見つけられてしまいそう! それに上位存在と成った相手と刃を交えるって言うの!? そんなの……心が滾らないわけがない!)


 弱者と玩具と侮っていた相手が別の何かに変貌するという期待。確実に勝てる相手が自身を脅かすかもしれない緊張感。

 食すのを阻止するのは容易くてもこの心の奥から溢れる好奇心には抗えない。 


「でも、これはしない」

「はぁっ!?」


 昂る期待を裏切られ、思わず体勢を崩してしまう。あまりにも肩透かしで失望の表情で満ちる。

 反対に鉄雄達は安堵の溜息を吐いた。


「あの実は戦い以外に使われることを望んでた。そもそも、食べるとしてもわたしにその資格はない」

「……はぁ、っでもう一つは何だって言うの? それより確実性があるの? 喰わせるような選択肢しか与えない戦いもアタシにはできるのよ?」

「もう1つは。わたしが前に出ること──テツとセクリは援護に集中してもらう」


 さらに一歩踏み出し、杖を真っ直ぐイースに向ける。


「なっ!? あいつの強さはわかってるだろ? 普通に戦ったら──」

「だいじょうぶ。体術は早くて強いけど師匠程じゃない。目で追えてる。魔術を加えられたら師匠以上なのは確かだけど。でも、逆に言えば魔術さえどうにかできれば勝てると思う。わたしがあの子と体術で戦って、魔術は全部テツに任せる。そこにセクリの援護を加えたらわたし達の方が1手多くなる」


 迷いなくそれが絶対の勝ち筋だと信じて言葉にしても、向ける杖の先端は僅かに震える。


「なるほどなるほど……まっ、三人が得意なことをしっかりやってアタシの全てを妨害していけば勝ち目はあるかもしれないわね──ふざけてるの? そんな怯えた目でご立派な事を言っても何にも圧を感じないのよ! 後ろで常に守られてるようなお姫様が思いつきで前に出たって都合の良い未来が作れる訳がないのよ!」


 現実を見ていない呆れからくる怒り。

 この場に来て彼女が初めて見せる感情。纏わりつく殺意に刺々しさや荒々しさが加わり三人に怖気を走らせる。

 ただ、そんな感情を露にしていることに気付いたのかすぐに息を整え心を落ち着かせた。

 僅かな時間でも溢れた感情が示す凶暴性は、イースにはまだ上があることを感じ取るには十分過ぎた。

 アンナは息を大きく吸い、短く吐くと──


「ふぅ……わたしはアンナ・クリスティナ! 誰もが知る偉大な錬金術士になる者! だから、こんなところで夢が途切れるようなことはありえない! だから! ふたりともわたしといっしょに戦って! わたし達が力を合わせればこんなの、壁でも何でもないっ!!」


 強く、大きく、自分の心を吐き出すように叫ぶ。

 三人が本当の意味で力を合わせれば勝てると信じて。自分が二人を盾にして後ろにいるだけじゃダメだと。甘え、甘やかされる関係に浸ることに慣れてしまえば。脅威を前に何もできなくなる。

 主の決意が従者二人にも流れ込み、顔付きが心構えが変化する。


「我が心に勇ありけり──」

「そこまで言ってくれたら応えない訳にはいかないよね……!」

(…………これはビックリ! 流石は主と従者って言ったところかな? と言っても、アンナからは全く圧を感じない、木っ端に過ぎない、最初の一合で殺せる。優秀な使い魔の後ろに隠れっきりの軟弱者に現実を教えてあげないとね。でも──)


 負ける気がしない。

 重ねた戦闘技術の結晶は確固たる自信となる。どれだけ甘く見積もっても全てにおいて勝っている。いや、純粋な力だけならアンナに分があると読んでいる。種族としての差。だが、力の使い方という面ではイースが圧倒的。

 全てを数値化し冷静に判断すれば戦力差は覆らない。

 ただ、それでも──


「アンナ! 俺を信じて戦ってくれ! アンナが作る隙は全部、全部! 俺が潰すから! だから、何も気にせず全力でワガママに戦え!! この術はその為にある! エンブレイスマター! 起動ッ!!」

「わかった!! 後ろも左右も全部テツに任せたっ!」

(総統の警戒した通りこの娘が力を引き出す鍵! さっきよりも圧が段違い──! 本当、楽しめそうじゃない!)


 神野鉄雄というジョーカーは余りにも未知数な面が大きい。アメノミカミ討伐にカリオストロの総統(メルファ)の正体暴きに多大な貢献を出した。

 アンナの立ち位置一つで振れ幅が大きく変わる。今の鉄雄は最大限の力を発揮する。それも把握している数値を超えて。

 そして、覚悟を決めた迷いのない表情で力強い足取りでアンナは真っ直ぐイースに向かって駆けだし、これが第二ラウンドの合図となった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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