第43話 地に帰る時
「「ああああああああああああっ!?」」
世界が変わる。重力に逆らって地上に立っていた日常を手放し、重力に従って落ちていく。生と死の狭間で揺れ動いている。
体の中心から冷えて思考の回転が速くなりすぎて止まって見えるぐらい目の前の状況を処理しきれない。
二人の叫び声を聞きながら俺達は宙にいる。100m以上の高さから教えられる翼を持たない者の無力さというのを嫌という程感じている。
ただ、適当な落下じゃなくて魔力障壁を滑り台に見立てた滑走。足が何かに触れているという感触が心の安寧をギリギリで保っている。
このまま障壁を展開し足元に注意すれば成功できるはず!
靴をスベスベした黒鎧をイメージして覆い、ほんの1m程度先まで障壁の斜面を作り続ける。直進、螺旋、曲線、蛇行、リアルタイムで崩れそうになる体勢を何度も何度も何度も立て直しながら。足を通りすぎて数十cmもしないうちに黒い障壁は薄い砂糖菓子のように砕けて塵と消えるだろう。
「──後ろからあいつらも落ちてきたっ!!」
予想はできていたとはいっても、外れて欲しかった未来が迫ってきている。
アンナの視界には奴らが身投げするように後を追いかける姿が映っているのだろう。俺にはそれを確認する余裕は無い。
だから遠慮なく頼る!
「避けられる方向を指示してくれ!」
先行していることに加え幹から離れた位置を選んでの落下、障壁の生成方向ですぐに変わる状況。こんな超立体的な戦場で激突する可能性は非常に低い。スカイダイビングしながら飛んでる鳥に体当たりかますようなもんだ──でも、0じゃない。
かするだけで終わるのだから、バランスを取れなくなったら二人の命も消えてしまう。
億が一にも可能性があれば油断はできない。
「わ、わかった!! でもまだだいじょうぶだからこのまま進んで!」
風の音でかき消されないぐらい大きな声がすぐそばで聞こえる。
アンナとセクリが不安を握り締めるかのように俺を力強く掴んでいてくれる。
「通り過ぎた!」
横目に映る緑の巨体が通り過ぎる姿。偽眼と一瞬目が合い身体に怖気が走る。まるで俺達を地獄に引きずり込もうとしてくる虚無の目。
落ち着け、焦るな、怯えるな、策はある! こんなニセモノの目よりもすぐ近くのアンナの目の方がずっと怖い。信頼を裏切ればこの目は俺に向けられなくなるかもしれないだろ!
大丈夫だ、後はタイミングにさえ気を付ければいい。
何も無策に適当に坂道を作って峠を攻めるみたいに滑走していた訳じゃない。
最後の曲線を作る高さと方向、つまりゴールの位置だけはとっくに決まっていた。ここをどうにかできれば二人は無傷かつ俺も最小限のダメージで済むはずだから。
描くは「y=1/xのグラフ」、それを幹近くから森側に伸ばすように作り地面に接しさせる。
そうすれば力の方向を縦から横にしながら勢いを落とせる。
そして、足の鎧を強化して地面を削りながらブレーキをすれば完璧だ。
「もう少し右にズレて!」
「おう!」
轟音と共に再び追い抜かされる。奴らのただの落下よりも俺の滑走は遅い。
共に落下して改めて思う本当に命を投げ出している、恐怖は無いのだろうか? 忠誠心だけで動いているのだろうか? 女王が亡くなった今でも。
でも、この脱出劇はもうすぐ終わりを迎える。切り落とした枝もどんどん大きくなる、懐かしさを覚える地面の色もはっきり見えてくる。
もうすぐ終わる。
もうすぐ地上に到達できる!
「落下はあるか?」
「だいじょうぶ!」
「よし!」
不安は無い。
後は位置を調節するだけ。障壁で描く道を幹の近くに伸ばし、幹から滑り落ちるような形を作る。これで一つは完璧。
後は高さを──
「あっ──」
気付いた時にはもうどうしようもなかった。
地上に近づくにつれて、俺は当たり前だが見落としていた事実に気付いてしまった。ずっと考えないようにしていたある結果。
さっき追い越していったイモムシ達。
そいつはどうなった? いや、そのずっと前から俺達が登ってきた時からどうなっていた? 樹上で戦っていた時もどうなっていた?
こんな高所から翼も無い巨体が落ちるとどうなる?
その答えはもう目の前にある。
あるのは無残で超自然的に作られた口にしたくも無い死の集積地。それが目と鼻を襲った瞬間──
俺は、脳が掻き毟られるような心の底から湧き出た嫌悪感に抗うことができなかった。
「しまっ──!?」
完璧な曲線で地面に接すればブレーキをかけながら止まれたはずだった。
笑顔で無事に終えられたはずだった。
俺の恐怖心が曲線の始まりを高くした。
頭でイメージしていた障壁の道の先がどこにも繋がらなくなった。終着点は数m高い空間。
問答無用で宙に投げ出される。
「っ! 歯を食いしばってろ!!」
この状況。道をこれ以上伸ばすことはできない高さが足りない。方向転換している途中で地面に激突する。
腕に抱いたアンナの顔に怯えと恐怖が彩られる。
それを見た瞬間──いや、見る前からとっくに覚悟は決まっていた。絶対にやるという確固たる物になっただけだ。
何に変えてもこの子を守る。
俺がどうなっても。
「──っ!!」
俺の前にも後ろにも道が消えた瞬間に襲ってくるブランコを超高速で投げ出されたように飛んでいく感覚。
徐々に下がる高度、高鳴る心臓。
時間が圧縮されたかのうように視界の流れがゆっくりになる。
それが唯一の奇跡なのだろうか? 自分のできる最善最適を行えた。身体はどうせ動かない、破力の流れを丁寧かつ迅速に、足を黒鎧で厚く強く纏い同じように二人も黒鎧で覆う。
「きゃあっ!?」
「ぐっ──!?」
遂に地上に帰ってきた!
強烈な出迎えで足に襲い掛かる落下の衝撃に加えて、横の運動エネルギーが牙を向く。
俺の足がシャベルのように地を削りながら進んでいく。その振動が足から腰へと上がっていき──
同じように足の中から妙な異音と衝撃が体を伝っていく。
速度が下がる、森が近づく、木が目の前に迫る! だが、そこまでだった。そこで終わってくれた。
砂埃が舞い、抉れた長い電車道が背後に出来上がった。
「た、助かったの……?」
「夢じゃない? ……夢じゃない!」
俺達が互いに掴んでいた身体の力が抜ける。
開放感と達成感に立っていられなくなって尻餅を着いてしまう。それは俺だけじゃなくて二人もそうで尻餅を着いて地面を安堵の表情で撫でていた。
「二人共ケガはないか?」
自分の身体の状態を検索するかのように顔、腕、足を触って確認していく。数秒の読み込み時間のような停止時間の後、大きな溜息を吐いて身体の力を抜いていった。
「どうやら大丈夫そうでよかった」
「うん……うん! テツのおかげ。本当にありがとう!」
「ふぅ~最後はちょっとヒヤッとしたけど流石はテツオだね!」
二人の穏やかな笑顔を見られて、改めて成し遂げられたのだと実感する。本当によかった。
「こうして地面にいるとこんなに平べったかったんだって感じるなぁ」
「本当だね、それに落ちる心配が無いってだけでこんなに心に余裕ができるなんて思わなかったよ」
「俺達の身体は木の上で生活できるようにはできてないんだって改めてわかったな」
「うんうん。後はもっと安心できるキャリーハウスで休も。はぁ~……ベッドで寝たらすぐにねむっちゃいそ」
「ボクも今日は疲れたからお鍋で煮込む簡単料理にさせてもらおっかな?」
二人が和やかに立ち上がり移動しようとし、俺もそれに続こうとしたら──
「うっ──!?」
「テツ……!?」
「やばい……立てない……」
足を意識した瞬間に電線が繋がったかのように足が熱く、芯から湧き出るかのように痛みが溢れてくる。
おまけに演技とか惰性とか疲労で立てないとかじゃない。折れたのかってぐらい足が反応しない。腰が砕けたのかってぐらい下半身に力が入らない。
感じたことない痛みに額から妙な汗が湧いてくるのも分かってしまう。
「え──って! どうしたの!? それに顔色も酷いよ!?」
「まさか着地の時に足を痛めたの!?」
「とにかく急いで運ぼ! 」
「ボクが運ぶからアンナちゃんは先行して!」
「わ、わかった!」
「…………」
お姫様抱っこで運ばれていく、セクリも腕が十全でないのによく抱えてくれる。
照れて解放されようと動いたり「大丈夫」って言葉さえ言えなくなるぐらい俺には余裕が無かった。
コレが奇跡の代償か? 二人を無傷で下ろせた対価だとしたら安いが、心配かけるのは想定外だった。
最後の最後で締まらないのはちょっと情けない……。
本作を読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら
ブックマークの追加や【★★★★★】の評価
感想等をお送り頂けると非常に喜びます!




