第30話 封印されし両性具有
「みてみてテツ!! すごいのがある!!」
「そんなにテンション上げてどうし――うおっ!!」
アンナの言う通り、そこには確かにすごいのがあった。広く無味乾燥な部屋に似合わない、いや、こんな部屋だからこそだろうか。
壁際の台座で淡い光とランタンに照らさているのは人間。それも肌を隠す物は一つも無くFとかGとか優に超えるであろうグラビアアイドルも裸足で逃げ出す程の立派なおっぱいが露わになっている女性。
「人形……なのか? いやでもこれは……」
完全に静止している、人形か彫刻品かと思ったけどこの精巧さと質感と色合いは生み出せない。
それに顔も中性的ながらも思わず見惚れてしまう程美しい。それに桜色の髪も人工物じゃ到底出せそうにない流麗。ここまで綺麗だといやらしさよりも敬意の方が勝ってしまう。
ただ気になるのは両腕は鎖に繋がれて吊り上げられ、両膝は台座に接して囚われの姿を晒して……さらし──
「……ん? んん!?」
下半身にある一つの存在。自然と視線は上に向き、形や大きさに見事とも言うべき胸の果実を確認する。再び視線を下に向けると確かに存在する。彼女? の股には俺と同じ物が確かに存在している。塔が建造されている。
単純に言葉にするなら「ふたなり」ということだ。何故だ? どういうことだ? 錬金術士とはここまで業が深い人間なのか?
「さっそく…………あれ? でもこれすごく硬い? いや触れない?」
アンナは好奇心の塊となって容赦なく立派な双丘に手を伸ばして揉もうとするが形の変化が無い。傍目から見ても透明な膜に遮られているかのように指先が届いていない。
「本当に人間なのか? ひょっとしたら彫刻とか人形じゃないのか? こんなふた――両性具有の人は存在しないはずだし」
「んー? でも、間接の継ぎ目は無いしここまで質感を表現できる彫刻なんて聞いたことないよ?」
やっぱりそうだよな……ここまで組み上げ繋ぎ合わせて作れたら錬金術士というより芸術家だろう。
アンナはランタンを床に置いて、真剣な目付きと手付きで事細やかに視認し全身を容赦なく撫で回る。感触は相変わらず無さそうだが間接的にボディラインの曲線を確かめていた。
「テツも触ってみて? 何か手がかりがないかいっしょに探して」
「…………わかった」
気付かれてはいないだろうか? 正直すごい心臓がドキドキしている。もしも一人でここにいたらどうにかなっていたかもしれない。
情けない話だが年頃の女性? の裸体を生で見る経験はこれが初めてだ。目は閉じていても凄艶な顔立ち、春を思わせるような桜色のミドルヘアー。滑らかな流線を描く腰のくびれ、無駄という要素が排除された理想的な身体が露わとなって目の前に存在している。
状況的に手を伸ばした所で触れない。だが、どうしても日和ってしまった。
本当の気持ちを押し殺し無理に目を逸らし、頬や肩に触れて本当に興味を持っている部分には触らない。だが仕方ないんだ、欲に素直になれば鼻の下伸ばしただらしない顔を晒して、それをアンナに見られる。生身の女体に触れるということは生涯において初めての経験なのだから――!
「…………ん? ガラス、磁力? ただの魔力だけでこんな壁って作られるのか?」
「ねっ、触れないでしょ? 魔力で干渉もできないしここまでの防御術なんて聞いたことない……」
けれど、実際に触ってみれば性的好奇心より学術的好奇心が勝り始める。
摩訶不思議な壁により柔肌に触れることは拒否される。押しても倒れることも無い。おそらく体当たりをしたって倒れることはないだろう。
しかしまあ、学術的好奇心が高ぶっても視界に豊かな双丘が映れば興奮を誘い。股の塔が映れば疑問が湧く。自分ながら情けない。
思考の羅針盤がグルグルと回転し続けてしまう。
「すごいわ! ちゃんと両方ある!」
「ちょっ!? やめなさい! 流石にそれはマズイと思うぞ!」
この彼女? が動かないことをいいことに股の間に仰向けで潜り込み意気揚々と観察する姿。男性なら完全にアウトでも女性ならギリギリセーフと言えるかもしれない絶妙なラインな行動を迷わず実行している。
好奇心に支配された良い表情に恥ずかしがってる俺の方がおかしいんじゃないかと思えてしまう。確かにどんな構造になっているのかは気になるし興味深い。
だが、俺がやっちゃあいけないんだ。
「男と女の両方の生殖器がある! 普通の人間じゃないよ! ひょっとしたら過去の錬金術の偉業かもしれない! ちゃんと向き合うべきだって!」
気持ちはわかるけど堂々と言わないでくれ……この人が生きてるとして、今も意識があったとするなら相当な辱めを与えているようなものだからな。
「……わたし絶対この人欲しい!」
「ええっ!? 本気か?」
「こんな存在今まで無かった! 昔の人は、あの人は人を生み出せたのよ! わたしの頭には考えもつかなかった技術! わたし達が最初に見つけた、だから絶対に後から来た人に渡したくない!」
我儘な子供のような言葉でも剥き出しにした欲望が伝わってくる。希少性、知識欲、独占欲、収集欲。確かに、この人の存在が世に露わになれば手に入れようとする者が必ず現れるだろう。諦めたら二度と手にできないのは本能的に理解できた。
わかる。ここが最初で最後のチャンスなのかもしれない。見逃したらずっと「もしもあの時」が心に残り続ける。もしも他人と一緒に歩いている姿を見るたびに嫉妬が湧き上がることも。
「わかったよ、俺も気になってるのは事実だから全力で協力する」
「確かにけっこう美人よね」
「…………否定はしないがそうじゃないんだよな」
確かに否定はしない。美人だしスタイル良すぎるし。だけれど、そんな下心だけで動く訳は断じてない。
「──でもこの封印されてるような状況をどうにかしないとな。え~と……まずこの鎖が壁に繋がってるから外す必要有りと、台座とは繋がってないけど……足との隙間に入れない」
主人が放つ「欲しい」の熱意に応えない使い魔なんているわけがないだろう。その為には使える頭も力も全部機能させて挑むにきまってる。
さて、最初の問題としてこの両性具有の方は全身が台座ごとガラスでコーティングされたかのようで、動かすことができない。手枷と壁を鎖が繋げていて、その鎖も錆一つ無く新品同様の光沢を放っている。
まだ気付いてないことがあるかもしれない。もっと周囲の探索に……。
「あっ、台座に何か彫ってある。「セ」に「キ」? いや「ク」? それと……「リ」? 「レ」? 「ル」? あぁ~劣化しててわからない!! ちゃんと金属製にしといてよ!」
「状況的に解かれるために作られてるはずなんだよな……この部屋に仕掛けか何かがあってもいいと思うんだが」
部屋の中の劣化。少し物を動かせば埃の匂いが広がる部屋。数の少ない古びた棚、大きな汚れも無く色あせた書机。塵が張り付いて薄汚れた壁や床。
だが、両性具有の存在は一切の汚れや傷は無く美麗そのもの。劣化の色合いを微塵にも感じさせない。まるで時が止められたかのように。
唯一手がかりが残っていそうな隅に追いやられた書机や棚。灯りを照らしたところで目立つ影は作られない程物が無かった。だから、変な影ができればすぐにわかってしまう。
「……ん? 棚の上に何かあるのか? 何かヒントがあればいいんだけど」
背を伸ばし棚の上に置かれた一冊の本を手に取りアンナに渡すと、興味深そうに読み進め好奇心に溢れた表情に彩られる。
「すごい! この本ぜんぜん劣化してない! たぶんこれって残すために丁寧に製本したんだ。え~となになに……けっこう難しいことが書いてあるけど人形の作成方法が書かれてる……へぇ~、中々興味深い。いつか役に立ちそうだからいただくわね」
(笑ってしまいそうになるぐらいいい笑顔で遠慮無しに鞄にしまい込んだな)
「まあ、役立ちそうな物で良かった。他にも隠されてないかなっと……──あれ? 何かある?」
足の壊れた椅子をどかした先、書机の下には乱雑に横たわる一冊の本。軽く表紙を叩いただけで破けそうな嫌な音が鳴り、心臓が高鳴る。壊してはいけない感情が溢れまくり恐る恐るアンナに手渡す。
「ずいぶんとボロボロね……うわ!? ぜんぜん読めない!」
「どれどれ……おう……これは中々」
虫食い、汚れ、ページ欠け、捲れば千切れる脆さ。机の上に置いて丁寧にページを開き読み始めてくれた。
「え~と――」
――
ゆぐ■■■■の1ぶ■■り
こ■ころにー■■ぜんはじ■■■■うだろう。すい■■く■ある。だが、こ■■■■さいがいがすぎさ■■■いきのこる■■■■きるだ■■か?
たとえこども■■■■るとあ■■■■ずれはちのげんかいがある。
――
■■いちだ■■いしゅ■■ょう
び■■なかに■■きせい■■たいをう■■すことにせい■■。
しか■■びんの■■つせい■■いたしゅ■■んにしぼう。が■■にふれることができない。
これで■■とのか■■となる■■はできな■■
――
■んぎょうの■■■く
■ども、おと■■■うじん、だん■■■じょせい、■■■るぱたーん■■■ぎょうをせいさ■した。そし■■■んぎょうにた■■■をふよさせ■■■にせいこう■■■めだけならひと■かわらない■■■し、せいしょ■■■いはふかの■■■うもつおよ■■■しょくきがない■じんこうて■■■いしょくきを■■■けてもしょ■■■まがいもの■■■さめごとにしか■らない。
――
にんげ■■ぞうきをれんき■■ゅつでつ■■
ち■■ごう■■ってつくら■■ぞうきはた■■にきのうし■■■■、せいちょうにあわせてつ■■■■すひつようが■■■■いちょうするぞう■■うみだすことはい■■かんきょうでは■■■■だろう。
なら、ふへん■■んぎょうにそ■■ゃくしたましいをふよ■■ことでいのちをつ■■だすこと■■きるのではないか?
――
ぷろと01
にんぎょう■■らだに■■うご■■うきをくみあわせたましいをふよする。
はらもへり■■■■をとることができるからだ。
このまま■■■■■■■■かじっけんをおこなう。さすればむからゆうを、つくりものからせいをたんじ■■■■る。みらいのふあんようそをはいじょできる。
――
しっぱいした。
たんじ■■■たこどもはせいぶつとしての■■■をなしていな■■■■
ひとをうみだすのは■■■■しでなければならないのか?
だが、のこ■■■■んげんはすくな■■■■れおとずれるげんかいにまにあわない。すとっくもすくない。
――
はい■■たいとほ■■くるすのぎじゅつを■■■■。
ぷろと02は■■■■した。こども■■■ながら■■■てきなりょうせいぐゆう。■■■、せいめい■■■■をおこなわせるたま■■をふ■■■■いない。■■■■をおそれたむくいだろう。だが、■■■■■■■■ん。
けん■■のいし、せかいじゅ■■、ふしちょうの■■。
あとはないわたしのすべてを■■■にこめる。
――
かんせいした。
だが、まにあわなかった
ゆぐどらしるのぼうそう。じゅうみんすべてがにえとかした。このへやからでることはふかのうだろう。
もうだれもいない、わたしもふかのう。
このこをだれかにためすことはできない。たくすことしかできない。
とおいみらい、このこがひつようとなるときがくるだろう。
いや、とざされたせかいでよそうしたみらいなどせまきもの。
ひつようとしないこともある
ならなぜわたしはつくった、おおくのぎせいをうみだし、おおくのみらいをつみとり。
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「ふぅ……本気で解析しようと思ったら骨が折れそう……この人の制作過程だと思うんだけど、途中であの巨大花のおかげで出られなくなったみたい」
「なるほどな……」
あの花は最初からこのダンジョンにあったが何かが起きて部屋という部屋、通路という通路にツタを広げたということだ。唯一届かなかったのが隠された通路やツタの無いアトリエ。脱出経路が無くなり自ら籠るしかなくなったのだろう。
この部屋の頑強な扉の役目は侵入者を拒むだけでは無かった。
「さてと──頭を使って解除は無理そうだから、ここからは力押しで突破するよ!」
今までは力押しでは無かったのか……?
「まずは黒い霧で解除できるか試してみて!」
「了解したっと」
魔力を奪う黒い霧を発生させて包み込むと、自身の魔力が奪われることを厭わずに最速で最短に一直線に豊かな双丘に手を伸ばし肉体に触れ――。
「ダメ、届かない!」
ること叶わず、滑るように手の先が脇へとすり抜ける。
「でも魔力がこの現象を作ってるのは間違いないみたい。問題は吸収速度よりも補給速度が上回ってることだと思う。なら、補給路になってそうなこの鎖を壊せばいいはず!」
的確に状況を分析し次の問題を見つけ出す。力押しと言ってはいるが、無鉄砲に試しているわけじゃない。ちゃんと理屈を持って動いてくれてる。だから安心して俺も動ける。
「扉を壊したアレで切ってみて!」
「あまり急かさないでくれ」
けどその指示にすぐに応えられる程俺の力量は優れていない。失敗は許されないこの状況。慎重にならざるをえない。呼吸を整えて力の質を焦らずに切り替える。
ズシリとした高密度の鎖を手に取り、勢いよく振り下ろし鎖を両断。両腕の鎖が無くなったことで予想が正しければ鎖から贈られてくる魔力は止まり、変化が訪れるはずだが……
「あれ? 腕がそのまま……それにまだ硬い。霧を使いたいけどこの状況だと怖いかな」
「やっぱり人形なのか? それとも完全に解除しないとダメか?」
ブレスレットと化した手枷の残りをゆっくり丁寧に細心の注意を払いナメクジといい勝負な速度で確実に枷を溶かすように消滅の刃を喰い込ませていく。
(こんな使い方する奴は初めて見たの……)
(こんな使い方するとは俺も思ってもなかったよ)
この力は巨大花を二分した斬撃と同じ力。目の前の障害を容赦なく消し去る力。なんだけどこんな細かい作業に使うとは想像してなかった。しかしながら使うとわかる。本当に便利だと。使いこなせば開けられない扉なんてないんじゃないか?
そんなわけで我ながら見事と自画自賛したくなるほど、肌に傷一つ無く完璧に枷から解放に成功。手首に枷の痕も残っていない。
しかし、予想した腕の動きは行われず重力に反して腕は上がったままである。
「……これでもダメか?」
全身を覆う膜は変わらない。再び黒い霧で覆ってもすぐさま再構成され素肌に触れることは叶わない。中々ワガママな仕掛けだな……。
「う~ん。まあ、持ち運びができるようになったから持って帰ってみよう!」
「マジでか……? いや、でもどうやって持つんだ?」
両膝が地に付き、身体は項垂れた体勢で、両腕は引き上げられた形で上を向き、そして裸。そもそも触れようとすれば滑るように拒否をされる。
「ようは滑らなければいいんだから簡単! 股の間に腕を通して体で体を支えるようにすれば滑るにも限度があるはず!」
マジでそれをするのか……!?
確かに正しい、正しいけれど……。こんな、ええ……。いいのか?
「あれ? まだダメなの!? 台座とくっついてる!」
俺が二の足を踏んでいる間にアンナは自分が発した言葉通りの行動で上に持ち上げようとしている。本当に尊敬する。
ただ、最悪の事態も浮かんでいるのか力を入れきれないように見える。本気を出せば取れるかもしれない。色々な意味で。
なら次にすべきは──
「テツ! 台座との接着をどうにかして!」
「わかってる」
難しく考える必要は無い。やるべきことは簡単だ台座の機能を停止させればいい。
体に当てないように注意して台座に斧を振り下ろす。想像通り黒い亀裂模様が広がり淡い光が徐々に消えていくと。
「うわっ!? っとっとっと。急に外れた! てことは!」
急に抵抗が消えて勢い余って動いてしまい。両性具有の方を抱えた状態でアンナが踊るようにクルリと回転して部屋の中央にピタリと静止する。
「ああ、獲得ということだな!」
随分と苦労をさせられたけど主の期待に応えることはできた。安心して深く息が漏れるがそれはアンナも一緒みたいで、笑顔も早々に疲労の顔を見せる。
「でも……疲れたぁ~。とりあえずアトリエまでテツが運んで」
「えぇ!? 俺が!?」
「わたしは先に着れそうなの探すから。よろしく~」
止める間も無く軽い口調でその場を後にしてしまう。いいのか俺が運んでも? 両性具有とはいえこんな魅惑的な身体を持っているのに……いやでも男の部分もあるから……ほんとどうすればいいんだよ……。
アンナが部屋からでて二人きりの状況になると妙に興奮が湧き立つ。顔も熱くなるし心臓の鼓動も激しくなる。さっきまでとは思考の組み立て方が変わってしまい知的好奇心から性的好奇心に塗り替わっていくようだった。
(いかんいかん! まずは運ぶこと……)
頭を冷静に切り替えようとしても、邪な考えは健康的な男として自然と湧いてくる。例え股の塔があったとしても他の部分に男性の要素があまりにも無い。もっと筋肉質で凹凸が無ければこんな気持ちは湧かなかったのに!
手を伸ばし、命令されたことを実行しようとする。そう、命令。命令だと頭で反芻。しかし、どのような持ち方をしても肌が密着してしまう。これはしょうがない――。
「まだガラスみたいなのに包まれたままなのか……」
安心したのか残念だったのか。俺は俺の感情がわからない。お姫様抱っこで持ち上げるが本当にガラスを抱えているかのようで柔い感触なんて本当に無い。
ほんの少しでも視線を下げれば暴力的なまでに欲情を掻き立てられる身体。鼻の下を伸ばした顔でアンナの前に持っていくなんて情けない姿を見せないようにと心を硬く戒める。




