第39話 女王決戦
自分達の手持ちのカードを再確認し組み合わせ、今打てる最高の作戦を完成させた三人。
確かな足取りで樹上回廊を進む。けれど──
「これだけ作戦を考えたけどもしかしたら意味がないのかもしれないよね」
「戦は水物、想定通りに動くのは稀じゃ。しかし、嵌めたい動きが予め決まっているかどうかで迷いはなくなる」
「確かにやりたいことが決まってると変なことや余計なことをしなくていいかも」
「こだわりすぎて狙いがバレるのもよくないがな。それと作戦の意味が無くなるのは相手が想定以上に弱すぎるかもしくは──」
アンナ達が最後の枝を視界に収めると場の空気が変わる。前奏曲のように大量のユグドラキャタピラが洞から這い出て道を埋め尽くす。
「相手が作戦の意味を成さないぐらい強き存在であるかだ。さて、こやつはどちらかな?」
そして、巨大で歪な女王の首が洞から伸びて顔が向けられる。
大きな目で睨み敵だと認識すると、空気を揺らし音が響くほど身体振るわせをピンク色の鱗粉を身体から噴き出し、イモムシ達に降りかかる。
すると兵隊としての役目を与えられているイモムシ達は文字通りの駒のように動きがガラリと変わり、無駄な動きが消えて整列する。
「フェロモンかなんかじゃろうが──スラッシュストライク!!」
明らかに隙でありそれを逃す程レクスは甘くない。全てが整う前に消滅の力を込めた黒き斬撃を放つ。
イモムシ達は飛び跳ねる機能を有しておらず、吸い込まれるように胴体に直撃し深々と切り跡を作り緑色の体液を噴出させる。
「両断とはいかなかったが致命傷じゃな! 作戦も半分意味をなさんくなったか?」
「さすがに油断のし──す……ぎ……?」
あの傷ではまともに動くことは叶わない、勝利を確信したほんの少しの油断。その隙間を埋め尽くすかのような異様な生態が怖気を湧きたたせる。
門のように閉じた顎を開いて世界樹の葉を喰らうかと思えば近くにいた兵のユグドラキャタピラにストロー状の口吻を伸ばして突き刺し、それが萎むほど中身を吸いあげると。傷口に液体を吹きかける。
すると消えた肉を埋めるかのように泡立ち染み込み、現象が収まるとその傷は無かったかのようにすぐに塞がっていた。
「自分の子とも言える兵を食べたってこと……!?」
「これにはわらわも初見の所業じゃの……まさかここまで歪な生態をしておるとは」
口元を押さえ衝撃を大きく受け思わず後ずさるセクリ。
より警戒を高めるレクス。
「驚いてる暇はないよ! 作戦通りに!」
「わかっておる! ふぅ……黒鎧無双──」
全身を黒き破力の甲冑で身を包む戦闘形態。あらゆる魔術や攻撃を無力化させる最硬の鎧。加えて重さをほぼ感じず非装着時と比べて動きが落ちることは無い。さらに鉄雄がエンブレイスマターを会得した副次効果としても鎧を変形させることも可能となった。
「はっ! 洗脳効果のある鱗粉かしらんが指揮を執り始めたのが仇となったな! 指示がなければこやつらは動かん! 一手遅いわ!」
攻め込まれる前に最前線に並ぶイモムシ達を切り伏せ、肉壁を作り上げると奥には攻め込まずとんぼ返りして再び距離を取る。
死してしまえば命令を受け取っても実行できないのだから。ましてや巣に篭りっきりであらゆる作業を己が生み出した兵に任せっきりの女王、潜在的な性能は高くとも経験値が足りていない。
「続き──!」
連なった列の中心へ一本の筒を放り投げる。
イモムシの背に落下すると同時に大量の白煙が溢れ出し場を支配する。
それは調査部隊愛用の錬金道具『逃走白煙』。本来は逃走に使用する代物で視界を奪うのは勿論だが、匂いも消し音の通りを鈍くさせる効果もある。何より意志をもったかのように長く留まるのが特徴。
「ここで追加の──!!」
アンナの両手がどこでも倉庫によって途中で途切れ、再び姿を現すとその手には赤き球体の爆弾『フェルダン』が握られ。片手で安全装置を解除すると乱雑に放り投げる。
白煙の中で花火大会の如く連続で爆ぜ、イモムシ達を木から吹き飛ばす。
「──ここが攻め時じゃ!」
煙に混じり爆発を避けながら虫を裂く黒き影。
死骸と煙のおかげで指示もまともに通らず、整列した虫達は流れ作業のように突撃しては前が詰まり、糸を吐く部隊も味方に当たってしまう。
(思った以上にうまくいってる! 自由に動かれてた方がもっと怖かったけど今は何が起きるか分からない不安がない!)
これまでは不規則な出会いで心構えができる前に戦っていた。
しかし、枝が三本切られ守りに移行し、兵を洞に集中させたことでアンナ達にとって不意の攻撃が無くなったも同義。
回廊故に背後を気にする必要もあるが最も遠い位置にいるようなもの。道中の魔獣達に狙われる可能性も高く厳しく見ても脅威にはならないだろう。
「煙が大分薄くなってきた……! セクリ!」
「準備はできてるよ!」
爆風と自然の風により煙は徐々に薄まり、構えて立つ黒鎧が朧気に映るようになる。
ただ、姿が見えたとしても死骸を壁にするように立つ三名、攻撃の直撃は見込めない。
ダメ押しと言わんばかりに女王の指示が新たに下される直前──
「レイショット」
セクリの指先から初級光魔術が放たれ、女王の複眼を狙い撃つ。
傷は無くとも視界は塞がる。腕に負担のかからない威力で連射の利く初級魔術。加えて最速の属性。一番離れていても鬱陶しさは極めて高い。
その証拠に急激な光に嫌悪を示したのか大きく首を振り光から逃れようともがく。
(このまま敵愾心を集めることができれば──)
セクリの考えは想像通り嵌っていた。
──いや、想像以上に怒りを買っていた。
機能する複眼のレンズで捉えたセクリへ顔を向け、顎の内側で力を高め。
開いた瞬間に強弓より放たれし矢の如き勢いで口吻が伸びた。
(速っ──!)
届かない。その思い込みという油断が身体を動かさなかった。
殺意を宿した一閃がセクリ目掛けて迫りくる。この場にいる誰もが反応せず動けなかった。
肉を抉る短い音と同時に緑の液体が迸り、鈍い激突音が響く。
口吻の一突きは壁になっていたユグドラキャタピラを簡単と貫通し樹皮に直撃して跳ねた。
「……あ、危なかったぁ~!」
残っていた煙や不十分な視力、ユグドラキャタピラの肉厚。
服にかすることもなく助かった。しかし、運が良かっただけ。届き貫通していた可能性もあった。
「セクリだいじょうぶ!?」
「うん、なんとか!」
(ボクに注目しているのは作戦通りだけど、ここからあそこまでいったい何mあると……!? 連発は無さそうでも視界が鮮明になったら避けられるかどうか──)
冷や汗が出るほどの不安。自身を殺せる存在による明確な敵意を浴びるのはこれが初めて。こんな恐怖を受けていた鉄雄に対し同情と同時に敬意も抱いた。
伸びた口吻が縮む動きに警戒を高めるが、戻すついでに引き寄せたモノに思わず目が点になる。そう、貫通したイモムシに巻き付き宙に浮かばせる程の牽引力で引き寄せ──
「こんなのあり!?」
(今度は食べるつもり!?)
否、口に引き戻すのではなく。振り子のように身体の後方へ送り勢いを貯め。
上方向より半月を描き、風を切る轟音を持って──叩きつけた。イモムシを緑の巨槌へと変えて。
「っ!?」
殆ど反射。アンナが魔力障壁を目の前に展開した瞬間に樹皮に巨体なイモムシは激突し体がひしゃげて潰れフェルダン以上の爆発力で肉片と緑の体液がインクをぶちまけたように辺りに散らばった。
無論、障壁にはべっとりと肉片と体液がこびりつき障壁を解除すると支えを失い落下し小さな山を作った。
「──あっぶない!? セクリはへーき!?」
「……っ!? あ、うん! アンナちゃんの後ろにいたから大丈夫!」
ほんの1、2m近かったら潰されていた距離。跡形も無く吹き飛ばす威力を目の当たりにして狼狽えない訳が無い。
ただ、セクリが一瞬戸惑ったのは威力ではない。
自分の子ともいえる存在を武器にしたという残虐かつ理解し難い異常な行動だからだ。ただ、その混乱は視界の回復を無常にも与えてしまった。
「次が来るよ!」
「あっ──!」
もはや兵達は技の残弾であり治療薬。手元の一匹を突き刺し──
容赦なく振りかぶり半月の軌跡を描いて振り下ろす。
狙いは勿論。
(わたしじゃない──)
(ボクじゃない!?)
口吻の長さが先の一撃より短いことで二人はすぐに理解した。
となれば残る的は唯一つ。黒鎧を纏いしレクスのみ。
女王にとって最初から警戒すべき脅威は決まっていた。世界樹を傷つける力を持たない二人に枝を切ることは不可能。致命傷を与える可能性があるのは唯一人。鬱陶しいだけの相手は後回しにする、そんな思考を女王は有していた。
そして知ってか知らないでか、このユグドラキャタピラの巨体を活かした巨槌は黒鎧であっても防御不能。
単純な高速高密度の質量攻撃を無力化する術はレクスであれ鉄雄であれ持たないのだから。
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