第37話 世界樹の自己防衛機構
セクリと協力しながら靴とタイツについたこねた小麦粉みたいになった粘着糸に火魔術を与えていく。すると少しずつ白い塊が透明になって溶けて靴もタイツの姿が現れて解放できた。
……ちょっと細かいカスみたいなのが隙間に入ってるけどまあだいじょうぶだよね? ちょっと警戒しながら触ってみても粘着力もなくなったしさっそく履いて──
「あちち……!? 油断した、すぐには履けないかな……?」
足を通そうと思ったけどちょっと熱くなりすぎてる。よく見たら周りが熱で歪んで見えてる。頑丈なものだから火が付いたり壊れたりはしてないけどこの中に足をいれたら火傷しそう。
「虫共もこっちに来る気配は今のところない。多少休めるはずだ」
「なら遠慮なく水を入れさせてもらおっと」
水筒を取り出して水を飲む。気付けなかったけどだいぶ喉が渇いてた、最後の休憩から1時間も経ってないと思うけど、枝を切り落とす度に激しい戦況の変化で色々と消耗していたみたい。
腰をさすってみるけどさっきの道連れもダメージはない……杖も登る前にしまっておいたから失くしてない。
「こうして離れた位置で狂乱を眺めておると何がそこまで駆り立てるのか疑問を抱かずにはおられんな……極上の餌なのだろうが危険の方が大きいだろうに」
「それについて1つ気付いたんだ。鳥達がイモムシをあそこまで狙う理由」
「何かわかったの?」
「世界樹の葉って万能薬と呼ばれるぐらい凄い力を秘めているんだよね。鳥達も本当だったら直接食べたいけど葉っぱを消化して栄養にできる身体の構造をしていない。だから世界樹の葉を食べているイモムシ達を食べることで間接的に世界樹の力を取り込もうとしているんじゃないかな?」
「……なるほど一理あるな。食料だけでなく己がより強く進化する糧とするためにか……奴らはそれを本能的に理解しておるということか?」
「だからバルスガルムがここに来たんだ!」
あれはどう考えたって肉食の魔獣。
世界樹の葉を食べることはできない。できたら世界樹の資料に載ってるはずだもん「バルスガルムが定期的に世界樹の葉を食べに来ている」って。
「ただここまで集まるのはやはり異常じゃな。森に隠れ住んでおった鳥共を全て足してもこの数にはならんはずじゃどう考えたって森の外側から飛んできておる」
「枝が落ちた音を聞いてやってきた……のは何か説得力がなさそう。驚いて飛び上がって逃げるのが普通だもん」
「むしろ警戒して近づかんのが筋。しかし、結果はその逆。たしか枝を切ったことが始まりじゃったな……いくら目が良くとも道ができたことは気付き難い。そもそも森の外側の連中が気付けるわけがない。となると枝を切ったことで何かが発生した?」
「もしかして匂いじゃないかな? 枝の切り口から特別な世界樹の香りが噴き出てそれが風に乗って遠くにいる魔獣達にも届いた。気になってきたら狩り時だった……とか?」
「何だかそれナーシャに聞いたことある……なんだっけなフォ──フィトン……?」
「フィトンチッドだね。植物が昆虫から身を守るために放出する揮発性物質……あっ、もしかしなくてもボクの言ったことが正解かも!? それに近い効果か魔獣を寄せるような成分を発しているってことじゃないかな!」
セクリの予想は大きく外れてないと思う。
全部が繋がる。世界樹にとってユグドラキャタピラ達は排除したい存在。でも、フィトンチッドを沢山発するための傷とかが無かった。たとえ無傷で放出できたとしても枝の檻で排除はできない。
もしかして切る枝を指定してきたのってその枝に魔獣を寄せるような成分を貯め込んでたんじゃ!? 世界樹はただの木じゃない。変な精霊みたいなのが話しかけてくるぐらいだもん。
こういう時が来た時のために備えていてもおかしくない!
「となれば切れば切るほど匂いは濃くなり広範囲へ届くというわけじゃな。ただそうなると先程の竜鳥もあってか危険な存在も引き寄せないか心配になるのぉ。地上ならいざ知らず樹上では勝機も薄い。我達に襲い掛かって来ることがあれば厳しいな」
「でも、進むしか選択肢はないよね──あっ、イイ感じに冷めてきたからようやく履けるよ」
この混沌とした騒乱を誘引している原因がなんとなくわかった。
暖かくなったタイツと靴をしっかりと履いて準備は問題なし!
「それじゃあ3本目に向かうよ!」
「さて、次は何が引き寄せられるのやら……」
レクスの心配も頭に入れておきながら中央に向かって早足で進む。
幹に着くまでに虫達に出会うこともなく肉片を咥えた中型の鳥とすれ違う程度。余計な消費もなく目当ての枝に到着できた。
「これが3本目だよ……うん、やっぱりだ。さっきの枝と比べて匂いが強い」
意識して分析してみるとはっきりと違う。魔力の流れもなんていうか循環させずにここで留まらせてるみたい。落ちた衝撃で起爆して周囲に広げるんだと思う。
本当に切られるために枝の成分の組み替えてるんだ。
「早速切断──と言いたいが、ボトルに魔力を溜めておかねばならんから時間をいただくことになるぞ、最低でも5分。最後のエクリプスもそうじゃが道中の対策もできそうにない」
レクスは目当ての枝に斧で縦に切れ込みを作ると、そこに挟むようにマナボトルを3本杭みたいに押し込んで固定する。
ボトルの最大容量と比べてもこの枝の方が圧倒的に多そうだから影響は出ないと思う。でも、この程度の傷でも香りが1段と強くなった。
「てっきり斧を突き刺して吸収すると思ってた」
「斧を刺した状態では破力になってしまいボトルには溜められんからな。それにこの身に宿せる破力もたかがしれとる。不意の一撃程度は用意できるがエクリプスは無理じゃな」
思った通りボトルに魔力がどんどん溜まって色が濃くなってく。5分もあれば全部満タンにできるかも! ……さすがにそれは都合がいいかな?
「その間はボク達に向かってくる虫を排除しつづければいいってことだね!」
「2本切ってここまでにぎやかになった以上我達を集中して攻めることも難しくなってはおるだろうな」
飛び交う鳥達だけじゃなくて猿系の魔獣も見られるようになってきた。森の中にいる魔獣が全部世界樹に集まってきているんじゃないかと思う。
多分……今わたし達は運だけで生き延びてる気がする。ほんの少し遅かったり早かったりしただけでこの世界樹から落とされていた。
弱肉強食の大舞台の中で安全な立ち位置に何とか収まってるだけ。
この舞台にぎゅうぎゅうになりそうなぐらいどんどん誰かが上がってくる。運じゃどうしようもなくなるのも近いはず。
「来るよ!」
早速のおでまし!
左右2匹ずつ、幹にそって上から1匹。混乱を抜けて迫ってくる!
「ここはわたしが──」
「お主じゃ力不足じゃ!」
止める間も無く左に特攻するレクス。イモムシが吐いてきた糸を簡単に回避して──
「ふっ──」
間を縫うように走り抜けると同時に白刃の軌跡が2匹を切り裂き、体液を噴き上げさせた。
「数が少なきゃ相手にはならんのじゃ!」
本当に瞬きをするような間に簡単に倒してしまった。
「上の奴に注意するのじゃ! 魔力を高めておる!」
頭上から見下ろしている1匹の口元に魔力が集中している。
その狙いはわたし達。
「上はボクがどうにかする! アンナちゃんはあの2匹を!」
「わかった!」
あの巨体をわたしの力で吹き飛ばすのは厳しいと思う。でも、容赦さえしなかったら──
「世界樹の頑丈さを信じるから!」
もう、余裕なんて残ってない。状況を変えられる道具を持っていながら使わない。なんて油断はお終い。
炸裂に重きを置いたフェルダンを取り出して安全装置を外す。これは5秒後起爆する、頭の中で残り時間を数えて幹とイモムシの間を狙って放り投げる。
狙った通りの位置に転がると時間ピッタリに爆発して完璧に捉えた。わたしの位置まで爆風が届くぐらい爆破の衝撃。耐え切れるわけもなく巨体が吹き飛んで下へと落ちていく。
「世界樹の方は……!」
心配はむしろこっち。傷つけたくはないけど延焼効果はない。煙もすぐに晴れる。爆破地点に視点を集中すると──
「無傷だ……」
ひょっとしたら傷や焦げ跡がつくかもと思っていたけど。そんな様子はまったく感じられないぐらい綺麗な樹皮を見せつけられる。
なんだろう……安心はしたけど、わたしの未熟さもいっしょに証明されたみたいでちょっと複雑。
「──天の鏑矢!」
そう考えている間にセクリの光矢が発射されて、上にいるユグドラキャタピラに直撃!
落ちてきたらわたし達で囲んで攻めれば──
「よし──! え……?」
落ちてこない。距離があるから威力が足りない? でも、光属性の魔術は遠距離に向いてる。つまりは強めの固体があそこにいるってこと!?
「ならもう1発──!」
セクリの指先に光が集中し追撃が発射されようとすると、そのイモムシは近くにある世界樹の葉に顔を向けて──
口を開いて食べ始めた。
「天の鏑矢! 今度こそ……」
光の矢が直撃して光が弾ける。さっきよりも強い光の1射、さすがに耐えることは──
「え……効いてない!?」
健在。そんなの金属の身体でもないかぎり無傷はありえない。確かに直撃しているのにぜんぜん効いた様子が……いやまさか! 世界樹の葉を食べたから? でも、傷を負った先から回復しているなら話は違ってくる!
その答え合わせみたいに世界樹の葉を食べるたびに身体の色が濃い緑になって膨らんでる!
「気を付けろ! 魔力の密度が跳ね上がった!! 何か仕掛けてくる!」
口元に魔力が集中していくのがわかる。ただの糸吐きじゃない、今までとは範囲も粘着力も強化される。
レクスの魔力吸収もあの高さじゃ届かない。わたしも真上に正確にフェルダンを投げられない!
逃げ場は!? 枝を伝ってまた外側に? ダメだ、そうしたらもう完全に逃げ場がなくなっちゃう! 今はレクスの近くに──
「しまっ──!」
どんな規模の術かわかんないけど、もしもこの道を封鎖するぐらいに広範囲な糸を吐かれたら……完全に失敗する!
マナ・ボトルも巻き込まれたらそれこそ……!
「スラッシュストライク!」
レクスの飛ぶ黒い斬撃。消滅の力も纏ってるからこれなら倒せる。
イモムシは素早く動けないし術の発動準備に入って動けない!
さっきわたしを助けてくれた術でまた助かる! 身体をまっぷたつにするように斬撃が──ざんげきが……。
「こっちも耐えおった!?」
完全に当たって緑の体液が噴き出たのに、すぐに傷口が泡立って泡が消えると元から何もなかったかのように塞がった──
世界樹の葉の効果ってここまで強力なの!?
再生力を上回る威力の術で吹き飛ばすか、もしくは放たれる術を全部無効化しないと止められない!
「大丈夫だよ。ここはボクがどうにかするから──」
「でもセクリの術じゃ……っ!」
セクリの真剣な瞳と落ち着いてるけど覚悟の決めた声。
わたしはもう止めることはできず信じることしかできなかった。
ボクは2人の使用人。ダンジョンの奥で封印されていたボク。世界の状況がボクが造られた時と大きく違っていた。本来の役目を果たす必要性も無くなっていたボクに与えられた大事な役割。
そんな使用人としての日々を過ごすたびに、頭の中で凍っていた技術や知識や魔術が解けて自分のものになっていくのを感じていた。世界樹の牢獄に来てそれは加速したように思う。
戦いが人を成長させる。それと同じで大事な人達を生存させるのがボクの根源的な役目。マテリア寮は平和過ぎた。元々が整いすぎていた、知識や技術を簡単に享受できた。
甘く穏やかな環境に居すぎたから今の今まで覚悟ができなかったんだ。戦いならいざとなればレクスもいる。最悪逃げれば良いって。
こういう状況になってボクはどこまで日和見していたんだろうと思う。
──森に来て改めてわかった。
テツオは本当に凄いって、アンナちゃんを守るために自分を差し出すような覚悟ができてる。ボクもそういう覚悟はある。でも──その容赦の無さが違う。
どんなことをしてでも守る。命もプライドも対価にしてでも無事を祈る最後に自分がアンナちゃんの隣にいないことがわかっていても。
アンナちゃんを守るという1点に関して言えばボクは絶対にテツオに敵わない。でも──理解したからって見て見ぬふりをしていいわけじゃない。諦めていいわけじゃない。
テツオが動けなくなった時は? はぐれた時は? 託された信頼を裏切ることはできない。
テツオでもレクスでもどうしようもできない時が来て、ボクにできることが今ある。
天の鏑矢じゃダメでも次がある。
ボクの身体は普通の人間よりも頑丈で治癒力も高い。
不可の強い術でも大事に至らない。
この冒険はもうすぐで終わる。序盤に使うには心配事が多かった。
今だから使える。
ボクの身がどうなろうとこの1発は必ず成功できる。
アメノミカミの時、ボクにできることがもっとあればと思った。もっと威力のある術でも癒す術でもよかった。そうすれば……テツオが生死を彷徨うことはなかったかもしれない。
家事だけじゃ帰る場所を維持することしかできないんだ。
そんなボクに長が使用人の戦い方やコツを教えてくれた。今使える技術を高めていざという切り札のため1点集中の魔術。
敵に襲われた時、非戦闘員で無力な使用人を演じ油断を突く。無詠唱でも扱える魔術。
両手首を内で重ねて手を広げで指を伸ばして花弁を作るように……光属性の魔力と組み合わせて収束して発射する。
その名は──
「光華閃流──」
セクリの両手から弾けるように光が溢れてほんのいっしゅん、場が白に包み込まれた……
光が弱まると眩い柱ができていて、それが花びらが散るように解けて──
頭上にいた虫が抉られた姿で落下してきた。
「ふぅ……なんとかうまくいったかな?」
「すごい! そんな術があったならもっと早く使えばよかったのに!」
「そうできたら良かったんだけどね──」
「え? ……あっ! 両手が──!?」
火傷したみたいに真っ赤! 術の反動だ!
詠唱している声も聞こえなかったし魔法陣も無かった、あの威力で陣も詠唱もなかったらただじゃ済まないって!
「深くは聞かん。ただ、この騒乱でも時間は流れた後はこの枝を──」
レクスの手を見たレクスは特に心配するような言葉も出さないで、薄情かと思うぐらいに落ち着いてボトルを抜いて破魔斧に差し込んで──
「純黒の無月」
黒い軌跡で枝を切りぬいた。
これで3本。だけど素直に喜べない。セクリも大変なことになっちゃったし多分魔術も使えない。
このまま最後の1本を切り落とせるか心配になるよ。
「そろそろ地に激突する。衝撃に備えよ」
(お見事だね。それで最後の場所はね──)
「えっ!?」
衝撃に備えてしゃがんでいる最中にとんだ情報を教えてくれる。
揺れの衝撃よりもその場所の位置で尻餅を付きそうになる。
「何かあったのか?」
「それが最後の場所なんだけど……」
正直言ってその場所だけは勘弁してほしかったと思う。
1番最初に目に映っていたけどただ1本として見て印象にも残ってない。
「そこは?」
「──洞の前」
あの歪な女王がいる洞の前に伸びている枝。
それが最後の最も危険な1本。
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