第36話 心休まる暇がない
わたし達は外側に伸びている枝に向かって走っていく。壁みたいに道を塞ぐ大きな世界樹の葉を避けながら進んでいくと、頼りがいのあった幹がどんどん離れていって道が細くなって、地上の森が視界に映る割合が大きくなる。
足を踏み外したら地面にまっさかさまになるのが簡単に頭に浮かんでくる。
それを促すような風もどんどん強くなってくる。世界樹の葉や枝を掴んでなんとか耐える。両手で輪にできるぐらいの細さの枝でもすごい丈夫で折れなそうにないのはもちろん、揺れたりすることもない。
風が強くなっても掴んでさえいればだいじょうぶ!
そうして進んでいくと──
「この枝を上に登って、交差している枝を伝えば向こうの太い枝に進めるよ」
これが虫の見ている景色で冒険なんだと少し感動する。規格外に大きい世界樹だからこそ体験できる奇跡みたい。
こんな状況じゃなかったらもっと楽しめるんだけど。今は逃げることを大事にしないとね。
「先ほどは聞きそびれたが目当ての枝はどれじゃ?」
「これから進む枝の……うん、1つ手前側だよ。幹まで戻れたらすぐにつく」
「だとすれば……うむ、残念だか直接その枝に進める枝はなさそうか」
「ジャンプしても届かないし危ないよ」
届きそうで届かない。切りたいのは今いる枝と進もうとしている枝の間に生えている大きい枝。ここから見るとそれを落としたら大きく隙間が開けるのがわかる。
「虫達がこっちに来始めたよ!」
「だが、列を成して攻めることしかできんようだ一本道なのが幸いしたな」
囲まれる心配はない。でも、急いで移動しないと逆に逃げ場が完全になくなっちゃう。
焦らずに……
「──ん? うわっ!? 急に風が強くなってきた!?」
「枝に掴まれ! この風は異常じゃ!」
このまま登ったら吹き飛ばされるんじゃないかと思うぐらい暴風! 枝が揺れてる!
しっかり掴んでいないと吹き飛ばされそう!
「何で急にこんな風が!?」
「しかし見よ! 虫共も落ちておる! ふははは! 平等に脅威にさらされておるわ!」
笑いごとじゃないって!
だけど、落ち方が何か変だ! 耐えきれなくなって落ちてるよりも別の何かにぶつかって飛ばされてるみたい。
注意しながら暴風の発生源に薄目で覗き見ると空に浮かぶ1頭の魔獣が目に入る。その姿を見てまさかと思った。
「見て! あの竜鳥が風を起こしてるみたい! 風魔術だよ!」
メルフィウスみたいに大きな身体をしていて目立つ水色の鱗翼に、大きく天に向かって伸びる目立つ黄色い冠羽。こんなわかりやすい特徴、忘れるわけがない! 風竜鳥『バルスガムス』!? 図鑑でしかみたことないし高山地帯にいるはずなのにこんな珍しいのが来てるなんて!?
「なんという暴風! それに見えぬが玉のような何かが放たれておる」
羽ばたき1つに風属性の魔力弾を何発もしこんでるんだ! その威力はわたしのフェルダンと同じくらいある!
見えやすい外側の枝にたくさんのユグドラキャタピラが集まったから、たわわに実った麦みたいになって目立ってたんだ。
「世界樹の枝とはいえ何度も耐え切れるものなのか!? 流れ弾がこちらに飛んできたら防ぎきれんぞ!? この風じゃ黒霧はだせんし、弾は消せたとしても風は止められん!」
万能の魔術無効化を誇る魔力吸収でも1度発生した現象は止められない。テツに教えてもらった絶対的仕組み。
こっちにこないことを祈るしかない。
わたし達は1本の枝を最後の希望みたいに抱いて掴んで暴風が過ぎ去るのを待っていた。
髪の毛が変な形で固まりそうになった頃、風の勢いが止んできた。
「……助かった?」
「ふぅ……枝も折れなくてよかったぁ~それに見て沢山いた虫達も片手で数えれるぐらいしかいないし気を失ってるのか動かないみたい」
風が穏やかになるとバルスガルムの姿がはっきり見える。
20体近いイモムシ達が打ち落とすと満足したのかわたし達には目もくれず落ちた獲物の回収のためにか降下してくれる。
枝には4体ぐらい残ったけど運良く落ちなかっただけなのかこちらに向かってくる気配がない。セクリの言う通り気を失ってるのか、もしくは死んじゃってるか……。
「なんとか助かったか……一応魔力を吸えないか試してみたが微々たるものよ、霧を出せないと大規模魔術でもこうも吸収できぬとは」
「ああいう魔獣もイモムシを食べたりするんだね。ひょっとして美味しいのかな? 後で捌いて調理してみようか?」
「テツの心が折れちゃうって。でも、何か理由はあるんだと思う」
まさかあんな大物までやってくるなんて……この近辺に巣があるなんて話は聞いたことない。ユグドラキャタピラを狩猟するためにやってきた。ってことだと思うけどかなり強い存在だからここにこなくても食料に困ることは無いと思う。
ここのイモムシを食べないといけない理由、食べたくなる理由、栄養以外に何かあるのかな?
「気になる議題だがそれは枝を渡ってからにすべきじゃな。先の暴風であっちの枝にも虫共はおらん。おまけに増援の鳥共も多く侵入しておる」
「先にボクが登って見張るね」
大体10m近い斜め上に伸びた枝をセクリが登り、虫達が来てないか確認してくれる。
途中で葉っぱが邪魔になっているからそれを切って道を作って、何枚か回収させてもらった。
目的の枝に到着して1分ぐらいで念話で安全だって報せが届くと次はレクス。
「わらわが最後でもよかったのじゃが?」
「わたしの方が登り慣れてるから、もしも手を滑らせたらわたしが助けないとね」
「まったく言うてくれるわ」
慎重なぐらいがちょうどいい。さっきの暴風だってもしも登ってる途中で襲ってきたらどうなっていたか……。
足下を見るとすごい高い位置にいるんだと改めて実感する。落ちたらまず助からない。いくらわたしでも限界がある。そうだ、高いところから落ちてもだいじょうぶな道具を作るのもいいかも!
持ち運びが簡単で落下速度をすごくゆっくりにできる道具があれば──
──ベタリ
頭にレシピに浮かびそうな瞬間に妙な感触と衝撃が左足に感じてふと見てみると。
そこにいつもの足はなくて、白い何かに包まれていて、それはとても長く長く何かで。動かないと思っていたユグドラキャタピラの口に繋がってた──
「っ──!? 助けてっ!!」
反射的に出た言葉と同時に足が強く引っ張られる。せっかく向こうの枝を掴めたっていうのに!?
異常をすぐに理解してくれて必死な顔でレクスとセクリが走って来てくれる。でも──長く持ちそうにない! 枝じゃなくてわたしが折れちゃう!
「セクリはもう一匹を狙え! 糸はわらわが!」
「わかった!」
他にも狙ってるのがいる!?
やだ! 引っ張るだけじゃなく、枝から身を落とそうとまでしてる!?
こんな体勢であんな重そうなのを支えるなんて絶対にムリ!!
「天の鏑矢!」
「スラッシュストライク! ──間に合うか!?」
イモムシの身体が宙に向かってゆっくりと倒れ落ちる。
もう1匹が糸を吐く前に光の矢が直撃してでたらめな方向に糸を吐きながら落下していく。
ピンと張ってた糸がわたしの身体をちぎるような強さで地に落とそうとしてくる。
放たれた黒い斬撃が白い糸に食い込む瞬間──身体が半分になるかもしれない恐怖に負けてわたしは手を離してしまった。
「アンナ──!?」
自分が落ちそうになるのも気にしない勢いでテツが倒れこんで手を伸ばしてくれる。でも、わたし達の手は触れ合わずに空を切った。
わたしは何の繋がりもないまま宙に落ちて、全身が風に包まれる。
でも「助けて」って声に出した時、この絵がもう浮かんでた。
来てくれるって信じてるっていうより、決まってることみたいに。
「そのまま手を伸ばしててっ!!」
頭は気味が悪いぐらい冷静で、望んだ未来の道筋をなぞるように身体は動く。
どこでも倉庫からフックウィップを取り出していっきに伸ばす。
まっすぐと上にレクスに向かって伸びてくれて、それをレクスは想像通りしっかりと掴んでくれた。
「ふぅ~……」
「まったくハラハラさせおって……! セクリ引っ張るのを手伝ってくれ」
「わ、わかった! はぁ~心臓が止まるかと思ったぁ~というかボクも飛び降りる寸前だったよ」
にゅいんにゅいんと伸縮するウィップに振り落とされないようにしっかりと握って安心の溜息を長く吐く。
テツなら必ず来てくれるってわかってた。フックウィップがすぐに頭に浮かんだのも大きかった。どっちかが欠けていたらもっと冷や汗ダラダラで落ちてたかもしれない。
「しかし、ここじゃあ少し細すぎるな。安全な場所まで移動してから引き上げる少々我慢せい」
「わかったぁ」
持ち手を両手でしっかりと握って枝から吊り下げられているとまるで木の実になった気分。
熟したからってこの高さから落ちたいとは到底思えないけど。
……そういえば世界樹には実がなるって話もある。この高さから落ちたらどんな実でもグチャグチャになりそう、風に吹き飛ばされるぐらい軽くて小さいのかな? それともくるみみたいに頑丈な殻に包まれているとか?
……あれ? 効能はすごいって本には書いてあったけどどうして実の形は書いてなかったんだろう?
「そろそろ引き上げるぞ!」
「──あっ! うん、お願い!」
ちょっと考えに夢中になってた。今はこの足をどうにかしないと。
毒とかはないけどこの粘着は本当にやっかい。逃げることができないのはもちろんだけど、変なところにくっついたら変な体勢で処理することになるもん。
というわけで幹と繋がっている太い枝まで到着してゆっくりと粘着に注意しながら引き上げてもらった。けど──枝に足が付いたと同時にベタリとした感覚に足が全く動かなくなった。
ふくらはぎで接着したから足を伸ばした体勢で固まっちゃった。せめて立った状態でいたかった……。
「とにかく溶かさねばならんが……やけどとかの心配はないのか?」
「肌に直接付いてないからへーき。でも注意は必要だけど」
ちゃんと頑丈なタイツ履いてきてよかったぁ~。ある程度魔力で防げると言っても直火焼きは怖いもん。服もいっしょに魔力で強化しながらゆっくりと火を当てれば……
「──って脱げばいいんだ!」
「いきなり何を言ってるのアンナちゃん!?」
「わざわざ熱いのを耐えながら溶かすよりも1回脱いでから溶かした方が安全で早いって!」
「……あっ、それは確かに!」
「というわけでセクリは右足の靴を脱がして。後は脱皮するようにすれば脱げれるはずだから」
粘着力が強いから逆に左足側は固定されてる。強く引っ張れば──
「……レクスはあっち向いてて」
「こりゃ失礼。流石に女性の着替えを見るわけにはいかんかったな」
今はレクスでも完全に見た目はテツだからなぁ……ちょっと恥ずかしい。
もぞもぞぐねぐねと足を動かして思った以上に苦労したけど何とか脱ぐことに成功。
裸足で足もむき出しで涼しさと開放感ですっきりするけど、今糸に触れたら相当大変なことになるから不安もちょっとある。
それとわたしのタイツが枝の上で横たわっているのはなんだか言葉にし辛い光景だ……。
「風で飛ばんように抑えて──」
「わー! 勝手に触らないで! 向こうで虫が来ないか見張ってて!」
「そうだよ! 配慮が足りてないよ!」
結構汗かいてるから触らせたくない!
いくらテツでもレクスでも、これはダメ!
「そこまで怒らんでもよくないか……?」
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