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第34話 終幕は騒乱に

 ふたりの話を聞いてこの世界樹の牢獄の冒険ももうすぐ終わるんだと実感してた。たった1週間近くだけどとっても長い冒険だと思った。

 少しのさみしさを感じていたら──


(お──わ──を──て、────を──て)


 何かが聞こえてきて最初は風の音かと思っていた。

 でも、不規則に途切れるような音に自然の何かは感じられなかった。

 念話(テレパシー)? かと思ったけど、レクスもセクリもそんなことしてないし……でもこの感覚には覚えがあってそう……これは確か(そら)の状態で調合していた時と似ている……素材が話しかけてくるみたいな。

 もしかしてと思って魔力を抑えて虚の状態にしてみると──


(お~い、聞こえてる?)

「わっ!?」

「む? 急に声を荒げてどうした? 敵が来たのか?」

「う、ううん、だいじょうぶ!」


 やっぱりだ! 素材の声……ってことなのかな? でもここは世界樹の上だしまたちょっと違うのかも。

 ちょっと驚いて心配かけちゃったけど、敵意は感じない。


(お? 聞こえるようになったのかな? 切るならここの枝を切ってよ。できれば他にも3本ほど切ってくれると嬉しいかな)


 そのお願いの後、わたし達の近くにある上に伸びてる大きな枝がほのかに光って見える。ここを切ればいいってことかな?

 いや……これって本当に切っていいの? 世界樹からしたら枝の1本でも、森に生えてる木の数倍は太くて長いもん。

 詳しく話を聞いてみないと──って思ったけど相手がどこにいるのかわかんないと念話できないんだった。

 ……でも、状況的にこの世界樹から声が出ているってことでいいのかな?

 となると自分で自分の枝を切ってほしいってこと?

 痛くないの?


(何か迷ってるのかな? いいからいいから、迷わないで切ってよ。君は枝を切るために来たんだよね? だから遠慮することはないよ)


 そうだ。どこにいてもお父さんを見つけられる羅針盤を作るには世界樹の枝がふさわしいって思ったからここまで来たんだ!

 もうしわけないとか、そんな気持ちを持つことは間違ってる! 迷う理由なんてなかった!


「テツ! ──じゃなかった、レクス! この枝を切って!」

「何? こいつをか……」


 枝をポムポムと叩いて教えるとレクスはなんだか複雑そうな悩んだ顔で枝を見上げてる。


「頭になんだかこれを切ってほしいってひびいてるの」

「頭に響いている……? よくわからんがこの枝は随分と太くてでかい。こんなに切り落としたところで全部持ち帰れるわけではないぞ? 流石に自然をいたずらに傷つけることはわらわの趣味ではない。この枝の横に伸びているのを切り落とす程度でよかろう」


 とうぜんの疑問だ……!

 これを切り落としたとしてもぜったいに使いきれない。家1軒よゆうで建てられるぐらいあるもん。


(かまわないよ。というよりやってほしいと言ったところかな)

「やってほしいって多分、世界樹が言ってるの!」

「世界樹が? 自らの枝を切られたいと申しておるわけか? あやしくないか、別の何かが(うそぶ)いているのではないか?」

「う~ん……アンナちゃんが嘘つくわけないからその声の主がなんなのかあやしいけど、元々切るつもりで来たんだからまよわなくてもいいんじゃないかな?」

「それともレクスは枝を切ることもできないって言うの?」

「むっ」


 あっ、表情がわかりやすく変わった。


「ふん、そこまで言うのならやってやろうではないか! ──少し離れておれ」


 枝を前にしてボトルを1本捻って破魔斧に破力を纏わせて大きく振りかぶって深呼吸。

 荒々しくてトゲトゲして暴れている様子の消滅の力。

 わたしながらよくこの技の前に立てたと褒めてもいいと思う。


純黒の無月(エクリプス)


 金属だって切り裂くレクスの必殺技!

 黒い斧の軌跡が枝を切りさ──


「えっ!?」

「流石は世界樹といったところかっ……! 」


 破魔斧が途中で止まってる……?

 手を抜いたようには見えなかった。プラチナムの防具も切断する技のはずなのに!

 世界樹がこんなに硬いなんて……!

 その証明みたいに切り跡もすごい荒れててささくれてる。無理矢理押し通ったみたい。

 悔しそうな顔で斧を引き抜くレクス。途中まで切れてるのは確かだけどたぶんこのまま押しても倒れることはないんだろうなぁ。それだけピンと伸びたままだもん。


「仕方ない……鉄雄の純黒の無月(エクリプス)を借りるとするかの」

「えっ? 違うの?」


 ちょっとそれは初耳。

 そもそもふたりの使い方に違いがあるなんて思ってもみなかった。見比べる機会なんてなかった気がするし。


「わらわが使うのは大きく貪り削る形じゃが、あ奴が使うのは薄く鋭く無駄な破壊をせん形じゃ。あ奴が破魔斧を使う頃には弱体化しておったしの、長く使うためのコツみたいなものよ」

「はぇ~」


 技に歴史ありってことなのかな?


「ふぅ……とはいえこういう器用さはあ奴の方が上なのは認めるしかないの。薄く、鋭く、そして頑強に。1㎜でも分断できればそれでよいとあ奴は言っておった──なにより斧は木を切るための物。ここで出来ねば恥さらしもよいところ! 世界樹を切るのはこの破魔斧! 剣や槍などには到底できぬ役目を刮目せよ!」


 さっきと同じ構え。

 だけど──破魔斧を纏う破力がぜんぜん違う。本当に穏やかで静か。でも、同じくらいすごく力強い。

 密度を高めてる、無駄な部分を叩いて延ばして薄く広げてるみたい。

 なんだろう……同じ技なのに怖さがぜんぜんない。むしろ綺麗で見惚れそう。


純黒の無月(エクリプス)──!」


 その1振りは音もなく野菜を切るみたいにスッと切り抜けた。

 失敗したのかなって思えるぐらい枝に変化が見えなかったけど、少しズレた瞬間に思わず手が上がった。

 繋がりを失い自重を支えきれなくなって外側へと少しずつ滑るように──


「伏せろ! 嫌な予感がする!」

「えっ!? うん!」


 レクスの声にすぐに冷静になって、わたし達は両手を付かせてしゃがんでこの先起こるであろうことに備えた。

 重なった枝と枝は歪んでたわんで少し止まったかと思えばビシバシと大きな音を立てて切られた枝が自由になって宙へと落ちていった。

 ただ1本の枝が宙にあって舞い散った世界樹の葉がなんだか終わりを教えるみたいでなんだか幻想的だった。

 でも、あんなのが落ちたら何が起こるのか、想像しても想像以上の何かが起こる気がしてならない。

 思わずグッと力を入れて樹皮を掴むようにしゃがんでいると、その時が来た──

 枝という名の大樹が落下すると、お腹に響くぐらい耳を塞ぎたくなるすさまじい轟音が届く。身体も震えて、さらに驚いたこともあって耐え切れなくなって尻餅をついてしまう衝撃。

 おそるおそると下を見ると山火事かと思うぐらい土煙が上がって森に潜む鳥達は羽ばたき、森がざわざわしてた。

 わたしは自分のしたことに恐怖を覚えて頭の中が冷えていくのがわかる。

 そして何より──


(おぉ~やるねぇ~この調子で頼むよ)


 あと3回おなじことをくり返すなんて無理だって!

 誰かが犠牲になるとかはないかもしれないけど怖い。頭で理解しきれない、下りたときに見る光景を想像したくない。

 やっちゃいけないことをやってしまったような気がする!


「重要文化財保護法とやらで訴えられないか心配になるぞわらわ!?」

「見て! 虫達が這い上がってきた!?」

「く……! これはやつらの逆鱗に触れたか! とにかくこれで枝は手に入ったも同然、早いとこ脱出するぞ!」

「わたしもこうなるなんて思ってなかった! ごめん!」

「とにかく距離を取ろう!」


 洞からこんなにいたのかと思うぐらい大量のユグドラキャタピラが出てきて、まるで川みたいに敷き詰められてわたし達に迫ってくる。今までと違う殺意のような勢いも感じて、わたし達を追って世界樹を左回りに襲ってくる。


(次はあそこの枝だよ)


 わたし達の状況なんて関係なく落ち着いた声で次の枝を教えてくれる。けど──

 またあの恐ろしいのを引き起こすのは無理だって!


(いいや、君達はもうそうするしか生き残る道は残ってないよ)

「え──?」


 あっさりと言われた言葉に思わず足が止まってしまった。


「足を止めるな──うおっ!? メルフィウス!?」


 鳴き声に羽ばたき音。横を見たらすぐそばまで来てる!

 それに色々な大型の鳥系魔獣も来てくれてる! 全員が切り落とした枝の場所から入ってきてくれて虫達を攻めてくれてる!

 もしかしなくても異常に気付いてやって来たってこと!? みんながみんなイモムシを手に入れるために来たってこと?


「もしかしてだけど、さっきの枝がこの檻の要だったんじゃ」


 確かに1本切っただけでこんなにわちゃわちゃするなんて都合が良すぎる!

 おかげで後続の虫達は足を止めて侵入してきたたくさんの鳥達を追い払うために糸を吐き始めてる。

 鳥達は鳥達で鉤爪で掴んで無理矢理落とそうとしたりで純粋な弱肉強食が目の前に広がってる。


「なるほど! このまま混沌を巻き起こせばわらわ達を狙ってる所ではなく逃げれる! だがこれでは世界樹が虫共を追い払いたいと願っておるみたいじゃな」

(まぁそういうことなんだよねえ)


 ……もう迷ってたり恐れたりする状況じゃない。わたしはテツとセクリの主でもあるんだからわたしが足を止めてたらふたりも足を止めてしまう。

 また想像以上の何かが起きるかもしれないけど。覚悟を決めるしかない!


「……レクス、あと切ってほしい枝が3本あるんだって」

「じゃあその3本も似たような役割を持ってるとしたら……切り落とせば怪鳥達もやってきて逃げやすくなるんじゃないかな?」

「わらわはきこりでも床屋でもないが──くそ! その声の主とやらが引き起こしたくせに余裕そうでむかつくの! だが、やってやろうじゃないか!! その枝はどこじゃ!」

「次はあそこのクルンってなってるの!」


 どんなことをしても生きて帰る! そう心に決めて次の枝に向かってわたし達は走り出した。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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