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第33話 樹上決戦開幕! 王の降臨!

「テツはどうなったの!? 念話(テレパシー)が届いてこないんだけど!?」

「ボクにも届いてないよ!? まさかやられちゃった!?」


 まめな鉄雄ならすぐに連絡を送りそうなものでもまったく届かない。アンナ達が念話を送っても返信が無い。

 上がどうなっているかの不安もあるが、自分達が置かれている状況も悪い。

 鉄雄に向かっていた攻撃も全てアンナ達に向けられているのだから。

 ──そして、心配させている当の本人はと言うと。

 トラウマを刺激され意識は真っ暗な闇に覆われ、前のめりに倒れるその瞬間。

 その闇のカーテンの隙間から腕を差し込み荒々しく払い勇ましく踏み込む一つの魂──


「まったく──本当に情けない男よのぉ、だが──はぁーはっはっは!! 世界樹を舞台にわらわが降臨するとは何とも粋な演出よ!」


 気を失いし鉄雄に替わり今ここに、破魔斧に宿りし霊魂『レクス』が顕現した。

 ユグドラキャタピラを視界に捉えても足取りに迷いはなく力強く、喜々とした表情で念願の獲物を見つけた獣のように迫る。


「貴様ら劣兵如きがわらわの王道を阻めると思うてか!!」


 意識外からの強襲。真下の獲物に気を取られ反応ができなかった。

 イモムシ達を縫うように駆け抜けると同時に破魔斧の一閃で切り裂く。

 残心をもって血を払うように斧を振るうと、虫達は血を噴き出して絶命する。


純黒の無月(エクリプス)を使うまでもないわ! 貴様らなんぞ通常技で事足りる! ……さて──」


 頭に指を当て念話(テレパシー)を開始する。


(聞こえるかアンナ! 上の連中はわらわが全部倒した、今からロープを下ろすから縦の位置を把握しておけ)

(わかった! ──ってその口調ってレクス!? テツはどうなったの?)

(あ奴はこの樹のヌシを見たら気を失った。緊急事態故にわらわがでてきたにすぎん。というより昨日の夜に気を失った場合はすぐに交代しろと言われておったからな。こうも早く出番が来るとは思ってもおらんかったが)


 念話を行いながら引き上げ準備を行うレクス。

 枝であってもロープを巻いてどれだけ体重をかけようと折れる心配のない太さと頑丈さ。

 二人が登って来るまでレクスは周囲の警戒をしていたが、その心配は杞憂に終わり、襲われることなくアンナ達が樹上に到達することができた。


「ふぅ~何とか登れたぁ……うわぁ~! 樹の上にいるはずなのにまるで森にいるみたい……!」

「幹と違って複雑乱雑な枝の伸び方しているね」

「これが世界樹の葉なんだ! わたしよりもおっきい! 1枚でふとんにもできそう! ──って、これが枝なんだよね? 普通の木以上におっきくて逆に気付けないって!」


 登頂した感動に満たされ周囲をキラキラと輝いた瞳で観察するアンナ。

 さらに錬金術士の血が滾り、そこらかしこに自分の求めた父を見つける道具の素材があるのだから興奮が止まらない。

 初めて物に触れる赤子のように歓喜の声を漏らしていた。


「これこれ、そんなに浮き足立ってると足を踏み外すぞ。足場はあると言っても気をつけよ」

「わかってるわかってる! これなら枝を切るついでに葉っぱも手に入るよね? この季節の世界樹の葉なら薬だけじゃなくて栄養食にも使えるはず。効能の優れた薬も用意できればこれから先の冒険だって安心できるし……そもそも枝がこんなに大きいんだから杖や調合棒も改良してもいいし、テツの破魔斧だって……やれることがいっぱいだぁ」


 さらには頭の中では調合のロードマップがいくつもでき初めて悦に浸った表情で自分の世界に入り始める。


「ふぅ……でも、ここで枝を手に入れれば世界樹の冒険はお終い。まっすぐ帰るだけなら行くよりも負担がないもんね」

「細かく切れば回収も用意じゃな。ただ、倉庫よりも圧倒的に大きいから全部は無理だの」


 どこでも倉庫にしまえばかさばり重量のある材木を持って帰る必要がなくなる。セクリの言う通り、冒険はもう七割方終わっている。


「まだ少し上に登れそうだけど……あの大穴は?」

「あ、そうだ。あの中にもすごい素材とかが眠っていたりするの!?」


 真面目な顔でゆっくり首を振る。

 常におちゃらけた余裕で満たされているようなレクスがこの態度をとることから二人の緩んでいた心も引き締まる。


「まったくそんなことはない。むしろ覚悟して見よ、この虫共の親玉がそこにおる。醜悪な見た目に加え歪な生態。鉄雄が気を失った原因じゃ」

「それって見ただけで命令が壊されたってことだよね……? いったい何が……」

「レクスは平気だったんだね」

「わらわはアレ如きで怯む程柔ではない。色々なモノを見てきておるからな」


 アンナとセクリは恐る恐ると洞の中を覗き込むと──


「うっ──!? 何アレ……本当に生物なの? 形といいキモチ悪い……」

「初めて見る姿だよ……テツオが気を失うのも無理ないよ」


 思わず口を押さえた。

 今まで見た生物のどれよりも醜悪で敬意を払うことが難しい存在だと心から感じてしまっていた。

 ユグドラキャタピラの十倍近い大きさ。しかし、それは大した嫌悪を催すものではなく。

 水滴のように下腹部がでっぷりと太った胴体、蝶のような顔と触覚、幼虫の時と変わらないであろう口。だが肝心の羽は無くとぐろを巻くように身体は鎮座している。

 そして、強烈に歪だと感じさせたのは巨大な腹部が蠢くと裂くように生み出され体液を滴らせるイモムシ達。

 それら全てが脳に直接寒気を這い寄らせる歪を植え付けてきた。

 図鑑にも口伝にも無い生命体がそこにいる。


「あ奴らの女王なのは間違いないだろうが……わらわ達が既知としている虫とは異なる進化の道を歩んでおるだろう。鉄雄的に名を付けるとするならユグドラクィーンと言ったところかの?」

「──異なる進化?」

「ああ、通常なら蝶の姿へ変態しておるのじゃろうが、あの姿は大きさも含めて異形にも程がある。状況的に世界樹の実を食した存在と見て間違いなかろう。実には知恵の実や進化の秘宝とも呼ばれておった。実の効果で寿命が大きく伸びたことで空を飛び子孫を残すことを辞め、ただ生きることに特化させた姿に変化したのだろう」

「世界樹の実にあそこまで別物に変化させる力があるなんて……」

「あくまで予想じゃがな。外れてはおらんじゃろ」

「普通だったらあの形に進化するまでどれだけの時間がかかるかわからないもんね……何かしらの外的要因が関与してこうも変化させたと思えるもん」


 イモムシ→サナギ→蝶。これが一般的な変化。サナギの中で幼虫時代とはまったく異なる姿へと変体する。

 しかし洞の中に佇む女王はイモムシの名残を強く残した姿を見せておりまるで子供の姿のまま成体へと成長したかのように感じられた。


「それに雌雄交尾による繁殖は見られん。分裂……というよりテツオの世界で言うクローン生成に近いか?」

「くろーん?」

「同一存在の複製品と言えばよいか……」

「あっ! 師匠が使ってたぶんしんのじゅつみたいなの?」

「うむ、それに近いな。情報を加えるなら衝撃を受けても本体が死んでも残るものと考えればよい。ただ一個の生命体が生み出し役割を与え奴隷のように働かせるとは規格外にも程があるがな……」

「ボク達を襲ってきたのが兵隊。周りにいるのは給仕係って言ったところかな……」


 何度も見た太ったイモムシ型と違い、長さは同じでもミミズのような細さをしたイモムシもおり、それらは枝に付いている葉の托葉部分から齧り取り女王の元へと運んでいた。

 届けられた葉を女王は口を開き中から触手のような吸収管を伸ばしてからめとり口の中に飲み込む。その動きはもはやカメレオンに近い。


「あれだけ太った身体に自分じゃ食料も集められないなら他の生物の餌になってもおかしくないのに……あ──そういうことか!」


 アンナは自分が口にした疑問を周囲の状況を見ることですぐに解決した。


「ここ、すごい安全なんだ! 小型の鳥は通れても脅威にならない、メルフィウスのような大型じゃこの枝の間を自由に通ることができない!」


 太く入り組んだ枝が檻のように行く手を遮り脅威を退ける。ただの木なら破壊することも可能だが世界樹となれば話は変わる。巨獣巨鳥でも折れない生命力に満ちた金属に匹敵する頑強さを誇る。


「世界樹が存在し続ける限り食料に困ることはなく、全ての仕事を生み出した子に任せる。まさに、世界樹に巣食う怠惰の化身とも言える」

「ボクとしてもああいうのには仕えたくはないかなぁ」


 自分にとって都合の良い存在を生み出し、安全な場所でただ環境に寄生し貪る。

 生物の理想かもしれないが、それがもたらした姿はあまりにも醜く敬意を感じることは微塵も無かった。


「さて……わらわを救ってくれた鳥共に褒美を与えてやらんとな」

「褒美? 何かあげるものなんてあったっけ?」

「無論この虫共よ、こやつらも世界樹の葉を喰って生きておるとすればこの太った身に宿すエネルギーは相当なもの。次世代の糧にするには極上の餌じゃろうて」

「あ! だからあの時狙っていたんだ!」


 メルフィウスが世界樹の周囲を飛行していた理由であり捕らわれてしまった理由。

 レクスの言葉通り、一匹狩るだけで巨鳥サイズでも数日は動き続けられる程のエネルギーを有している。メスに渡せばつがいのアピールになる。ヒナに与えればより大きな成長を期待できる。堅牢な世界樹に阻まれていても挑む価値は十分にあったのだ。


「だから──ほれ!」


 レクスは縁で命を落としたユグドラキャタピラを荒々しく蹴り落とすと、それは落下しきる前にメルフィウスの鉤爪に収まり礼か歓喜か、大きな鳴き声を一つ上げると山の向こうへと飛んでいった。


「……もしかして落下していったのも餌になってたりするのかな?」

「考えたくはないけど状況的にはそうだと思う……間接的でも世界樹の栄養が手に入るようなものだもん……あ、やっぱりだ……うええ……テツがトラウマになったのわかった気がする」


 身を乗り出して下を見ると、死体に貪る野生動物の姿が目に映り思わず目を背ける。

 世界樹を糧にして生み出された兵隊達が持つ栄養は森に生きる者達にとって極上。そもそもユグドラクィーンがいなければ多くの生物がこの木に寄り添っていただろう。


「それにしても……ボク達がここにいるのに攻めてこないね。さっきまでの猛攻が嘘みたい」

「わらわの強さに恐れをなしておる! まっ、それを含めて見に回っておるのじゃろう自分の身が一番かわいい奴にとって火の粉が降りかかることはなによりも避けたいことに決まっておる」

「なるほど……じゃあ近づかなければ多分休めるよね」

「というよりもうこれ以上の戦闘は行われんじゃろ。わらわ達はあ奴らを倒すことが目的ではないしの。あ奴らもわらわ達に早くどこかへ行ってほしいじゃろう」


 戦況は平等。

 無限に近い兵を生み出せるとしても、生産力を上回る殲滅力を有していれば問題ない。

 兵が瞬殺された情報は既にクィーンに伝わっており、攻めではなく守りに移行していた。洞に侵入すれば一瞬で繭玉にしてしまう配置を済ませている。

 クィーンにとって接戦は不本意、有利状況での蹂躙以外は悪手。逃げるのを待つだけ。その待つことが何よりも得意なことでもある。

 アンナ達の目的はあくまで『世界樹の枝』戦わなければ手に入らない素材ではない。

 一本一本が巨大で大量に切る必要もない。持ち帰れる量を考えれば一本切るだけでも余剰すぎる。

 会話も意思の疎通も無いが両者の利害は一致している。横槍が入らなければ穏便に済む。

 ただ一人アンナは頭に手を当てて思考にふけっているようだった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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