第31話 墜落
世界樹にしがみついていなければ落下してしまうアンナ達。足場を意識する必要もあってすばやく移動できるわけではない。
先ほど自分達が休んでいた場所が跡形も無く消し飛んでいた。ハンモックは千切れペグも砕け落ちた。ただ樹皮はペグが刺さっていた場所が多少剥がれた程度。
三人の顔には緊張が走り想像してしまう。巻き込まれたら自分達もああなる。最悪、そのまま地面に激突し押しつぶされるだろうと。
真上から質量に満ちた大きな生物が落ちてくる。それだけでも立派な凶器だと改めて認識する。長い詠唱や膨大な魔力を前にするよりもずっと危機感が溢れてくる。
回避するには左右へ移動する他無いのだから。
(ただ落ちてくるだけでもとんだ脅威じゃないか!?)
「どうしてこんなことができるの!? 羽も無いのにこんなことしたら死んじゃうって!」
余りにも異質。思考を放棄したかのような自ら捨て石となる行為。
命を賭して戦うのはとは違う、執念も感じないただの落下。
生物とは思えない行動にアンナは頭が理解を拒み恐怖を抱いていた。
「この死を厭わない行動……おそらく──女王のような命令をしている何かがいる! きっとこいつらは女王を守るための駒に過ぎないんだ! だから外敵で俺達を確実に排除する動きをしてるんだ!」
「だからってここまでする!? いくら虫だからっておかしいよ、操られてる方が自然な気がするよ」
「……イモムシ共が全員女王を守る意志を持っていて数が大量にいるからできることかもしれないな……」
女王さえ無事なら部下はどうなっても構わない。いや、女王を守るためなら何でもする。その行為に対して──
(俺だって俺と同じくらいアンナを守ってくれる誰かがいれば命を捨てる覚悟で戦いに行くだろう。流石にこんな肉弾みたいな真似はしないが……)
鉄雄は少しだけ共感していた。
「でも……! こんなの王様がすることじゃない! それに意味がない! 命を粗末にしてるだけだって!」
見た目と勢いに尻込みしそうになるが冷静に見れば余りにも直線的。蠢く巨体は魔術を使う訳でも糸を吐くわけでもない。見てから回避が間に合ってしまう。
一匹、二匹と続けざまに落ちてくるユグドラキャタピラはアンナ達にかすることなく風を切る音を響かせながら通り過ぎていく。ただ、地上に落ちた音は聞こえてこない。が、無事な可能性は極めて低い。
「このまま反対側まで逃げるよ! ついて来て!」
「了解した──! って──うおっ!? 糸が大量に降ってきた!」
一本の滝のように白い糸が幾重にも重なり絡まり落ちてくる。
その太き流れは三人を裂き、右側へ鉄雄一人分断させられた。
「今道を作るから! 火よ灯れ──ファイア!」
「恵みの光よ、外敵を退ける灼熱を宿せ──ヒート・レイ!」
アンナは炎魔術を発動させて火炎放射を糸の滝に向かって放ち。
セクリは光魔術を発動させて熱線を炎に重ねるように放つ。
しかし──
「溶かしきれない!?」
「量が多すぎてボク達の練度じゃ間に合わないんだ! それにこの体勢じゃ威力も出し切れない!」
生成したての糸は強度、粘度、耐熱、あらゆる面で優れ熱せられた所でバターのように溶けることはない。
ただ扱える程度の炎魔術では時間の経った糸しか溶かせない。
「──仕方ない。俺はこのまま反対側から向かう! 上でおち合おう!」
無駄に魔力を消費し続け、足を止めて的になるよりも二手に分かれて上を目指すことに決める。未練を残さぬようにと我先にと進む鉄雄。
「ぐっ──うん、わかった!」
「テツオも気を付けてね!」
術を停止して火が消えた手の平が思わず鉄雄に伸びようとするが、悔しさと不安を飲み込み手を引っ込め両の手で幹を掴み再び登り始める。
誰か一人でも樹上に到達し虫達を追い払うことができれば安全になる。それが最善だと信じて。
そして、無慈悲にも二人と一人の間を広げるかのように一本の滝から川へと広がっていく。触れたら逃れられない粘着糸、樹皮に糸が触れたらそこはトラップへと早変わりする。糸を吐かれ過ぎれば行く道も閉ざされてしまいかねない。
(このままじゃ登頂するのも難しいってのに、自爆特攻もあって横に移動するだけで精一杯だ! どれだけの数が上にいるんだ?)
糸による捕縛、落下、それらの攻撃は容赦なく続く。無限の兵力が潜んでいるかのように落下攻撃は休まることは無い。
一度でも受けてしまえば全てが終わる。上に進むよりも回避に専念する。いざという備えとして破魔斧を握りたくてもさすれば片手が塞がる。そもそも腰の鞘から取り出す暇も余裕もない。
右へ右へと鉄雄は進むしか無くなっていた。
「なんか変だ……!」
上を注視しているアンナは攻撃の射線が良く見えている。
分断されてから攻撃の密度が減った。狙いが二箇所に増えたのだからそれは当然。
だがしかし、それを加味しても自分達に届く攻撃が明らかに減ったのを感じた。糸の量は勿論として落下してくる虫はいなくなる。逆に上からの攻撃は明らかに──
「テツを狙ってる!?」
「──え!?」
もはや援護の術が届く距離にあらず、ギリギリ視界に映る位置にいる。
誰の目にも各個撃破の体制へと移っていた。
もしも──
根元を巡回していたイモムシ達の情報が上に届いていたとするなら?
脅威の高さを判別する知能が身についていたとするなら?
逃げられない高さになるまで待っていたとするなら?
分断したのは援護を届かせないためにしたとするなら?
この全てに嵌ってしまったとしたら?
(こんなに激しくなってアンナ達は大丈夫か……うっ!?)
右へ右へと進んでいた鉄雄はその先に伸ばそうとした手を引っ込めざるを得なかった。
表面にまばらにへばりついた糸の罠。
触れたら終わり、回避するために上か下かに抜け道はないかと探していると。
探索の暇を潰すように無慈悲にも退路を断つ白い糸が左から流れ落ちてくる。
「嘘だろ……!?」
この先に起きることがすぐに想像できた。
答え合わせはすぐさま行われ、正答を祝うかの如く頭上から迫り来る巨体。
左右の道を塞ぎ回避を阻害し、狙いすませた真上からの落下特攻。確実に直撃する。
鉄雄にとって高質量の物体に突進されるのが対処に困る。唯一の弱点と言ってもいいだろう。虫達がそれを見極めているとは思えないが、偶然にも突き刺さった。
「甘くみるなよっ──! こんな不自由な状態でも技ぐらい放ってみせる!」
回避が不可能な以上、残された選択肢は一つ。迎え撃つのみ──
覚悟を決めて破魔斧を右手に握り、一瞬両手を幹から離して器用に左手でボトルを差し込み捻る。刃の周囲に黒き破力が渦巻き、準備が整う。
「純黒の──あっ」
だがここで理解した。
意味のない行為だと、自分は詰んでいるのだと。
切る自信はあれどそれを選んでしまっても未来は変わらない。
切り裂けば全身に体液が降りかかるのは確定。そして、昔の数十倍以上の怖気を受けることになる。
想像しただけで気を保つことなど不可能だと理解させられる。
しかし、激突した時点で耐え切れないのもわかっていた。
故に選ぶべき道は──
(すまん、アンナ──!)
「テツッ!!?」
「ええっ!?」
宙しかなかった。
支えも繋がりも何もない空間に幹を強く蹴って跳んだ。
諦めではない、一縷の希望にかけた跳躍。
一瞬与えられる重力の楔から解き放たれたような完全自由状態。追い抜いて落下していくユグドラキャタピラを見送った瞬間に襲い掛かる容赦なき地への引き寄せ。
(助かるか!? アンナは王都の壁上から落ちて着地できたらしいが。これはそれ以上! どうする? 何か無いか、何か!?)
王都の城郭を遥かに超える高さ。
魔術錬金術蔓延る世界でも、飛行魔術が無ければ高所落下は十分な死因となりうる。
空気の壁を全身で破り続けながら速度が上がるのを感じていく。
(ネコ、ムササビ、グラインダー、パラシュート、飛び込み、障壁足場、イカロス──)
線香花火が瞬くように、生存の道を探す高所落下のイメージが浮かんでは消えてを繰り返す。
5秒もしないうちに地上に激突する現実。
目に映る全てがスローモーションになっていく。
浮かぶ記憶がアンナやセクリとの思い出が増え始め、死への現実逃避となりかけたその時。
(──そうだ! 五点着地を成功させるしかない!! 肉体強化術も含めればうまくいくはずだ……! 多分!)
鉄雄の頭に有名な方法が思い浮かんだ。訓練の経験はないが藁にも縋る思いで実行するしかなかった。それしか助かる道はないと信じてしまったから。
体勢を整え、全身を襲う風に生きた心地が削られながら登っていく遠くの風景と近づく地が視界に映る。だが、恐怖がその光景を瞑らせる。
訪れるその時──足に感触襲い掛かる瞬間に身体を折りたたむように足、膝、腰と回転する。
そして、全身が異様な接地の感覚に襲われる。骨折の音も地が削れるような音もしなければ痛みは想像以上に無い。
思わず瞑っていた目を開いて周囲を確認する。
「何だこれ……!?」
その光景に思わず目を見開き、極楽へと昇ったのかと困惑を隠せなかった。
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