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第30話 連なる壁

 三人の目の前にはてっぺんが映らない巨大な壁──否、世界樹と呼ばれる大樹が悠然と佇んでいる。

 

「本当にでかい……虫が木を登る気持ちがわかった気がするな……」

「王都の壁なんて比べ物にならないぐらいだね。どうやってここまで成長したのか少し気になるよ」


 世界樹に手を触れる。

 その瞬間、星の中枢から養分を吸い上げているかのような世界樹の生命力や今も尚現役と言わんばかりの力強さが肌越しに伝わり、見るだけでは感じられない生命の厚みを叩き込まれた。

 その衝撃は自分達の知っている木の常識が塗り替えられていくようだった。

 

「規格外すぎるけど、そのおかげかデコボコも多いし足が隙間に入るから登ること自体は難しくなさそうだ。それに岩壁と違ってザラザラしてるし滑る心配もなさそうだ」

「でも、油断はできないよ──ほら、1度登り始めたら休めるような飛び出た枝なんてないからゴールまで登りっぱなし」

「地面を歩くのとはわけが違うか……負担を徹底的に排除してようやく安心できるってところだろうけど、これ以上の高望みは罰が当たるだろ?」

「ふっふっふ……そんなこともあろうかと、ちゃ~んと用意はできてるよ。じゃん! 『リザードグローブ』!」


 得意気な顔で取り出された『リザードグローブ』とは──

 錬金術によって生み出された爬虫類の手を模した吸着力に優れた手袋である。これを手にはめれば壁の上り下りが簡単にできるようになる。ダンジョン探索や環境調査で歩くことが困難な状況に陥った時役立つ。

 これによって落とし穴より脱出できたという報告も挙がっている。

 持っておいて損は無い錬金道具であり、調査部隊に属した者は全員持っている。


「何時の間に用意していたの?」

「はいテツ、これ着けて試してね──冒険道具のひつじゅひんって聞いたからいちおう作っておいたの。ここに挑む前から用意はしてたから出番が来ると予想して正解だった」

「──うお!? すごい安定感がある!? 使うのに慣れが必要そうだけど手の負担がほぼなくなるんじゃないか?」


 早速装着して試すと自分の想像以上の吸着力に驚くと同時に少し意識すればすぐに外れる手軽さに感動していた。

 世界樹の巨大さもあいまって、自分が虫やトカゲになってしまったのかと錯覚するほどである。


「同じ効果のある靴の用意はできなかったから踏み外さないように気をつけてね」

「そういえば『スペースウォーカー』も用意できたらもっと安定して登れるんじゃないか? 俺には使えないけど二人なら」


 足下に魔力の板を形成して足場を作ることができる靴。

 アルケミーミュージアムに展示してあった錬金道具の一つであり、まるで階段を上るかのように宙に浮くことができる。

 この場においては非常に有用な道具であることに間違いは無い。


「あぁ~すっかり忘れた。素材も無かったし1番必要そうなテツが使えないから抜け落ちてた」

「確か魔力を結構使っちゃうんだよね?」

「うん、これぐらい高いと登るだけで全魔力使っちゃうかも。ううん、足りないと思う」

「体力よりも魔力の回復の方が大変だもんね。上に到着しても何にもできなくなりそう」


 鉄雄は知らなかった情報に「はぇ~」と感嘆の声を漏らす。自分の知りようのない事実を改めて頭に入力した。


「さてと……それじゃあ登るよ!」

「よし──!」


 世界樹に手をかけ足をかけ、真上に向かって四肢を動かし始める。

 真上から幹を見ると間違いなく円形。しかし、あまりにも太く巨大なため鉄雄達の大きさでは壁が聳え立っているのと変わらない。

 足を余裕でひっかけられる窪み、力強く握っても剥がれる気配を微塵も感じない樹皮、天へとまっすぐ伸びる幹。

 安全ロープなんてない危険なクライミングであっても、道具の加護や樹皮の頑丈さによって身体に掛かる負荷は非常に小さいものだった。

 まるで足場の狭い階段を手すりに掴まって進んでいるようなもの。

 視界的な怖さは常にあっても油断しなければ落ちる可能性は感じられなかった。 


「よっ! ほっ! らくしょーらくしょー! この調子なら30分もかからないって!」


 身軽で筋力も体力もあるアンナが自信満々に余裕綽々と羽が舞い上がるかのような勢いで先頭を進み。


「あんまり離れすぎないでね!」

「わかってる~」


 セクリは二番手に位置し周囲を見渡しながら進み。


「ボ、ボルダリングとかやっとけばよかったかも……」


 慣れぬ鉄雄は四苦八苦しながら自分のことで精一杯な様子で最後方から追いかけている。

 そのペースにアンナは合わせるしかなく、急かせば危険なのもわかっているのでうずうずした感情を抑えながら周囲を観察することに意識を割きながら登る。

 途中途中で風に煽られそうになるも命に関わる問題に遭遇することなく進み続けて約三十分。


「いっかいここで休憩しよっか」

「し、したいけど……できる、もんなのかっ!?」


 言った本人は体力に余裕はあれど、鉄雄も消耗しており、セクリも慣れない木登りに呼吸が荒くなり始める。


「へーきへーき! テツが登ってくる間に用意しとくから!」

「本当にアンナちゃんはタフだよね……でも、何を用意するんだろう……?」

「俺が、貧弱気味というより……アンナが強すぎるってのが、正しいと思う……!」


 スペースウォーカーよろしく魔力障壁を小さな足場として展開し、片足をそこに乗せて世界樹より手を離して両手を自由にする。続き『どこでも倉庫』よりペグとハンマーを取り出し慣れた手つきで樹皮に打ち付けて固定、それを二箇所。そしてペグにハンモックを通して完成させる。


「じゃ~ん! 世界樹ハンモックの完成!」

「休めるって気持ちよりも落ちないかどうかって心配の方が大きいぞ俺は……!」


 形はしっかりとできている。先に座っているアンナは余裕。


「心配しなくてもひっくり返らないって」


 座るの若干の苦労があれど、左からセクリ、アンナ、鉄雄の並びで座り『世界樹の牢獄』が作り上げる緑の絨毯を眼下に納めていた。

 この高所は風の音が目立ち、地上にいた時は常に聞こえていた葉が擦れる音が届かなくなっていた。


「ふぅ……意外と安定していて安心した」

「でも足が地面に付きそうにない状況って不安だよね」

(安心しているのにはもう一つ理由があるけどな……)


 一つのハンモックを共有していることから距離を取ることのできない密着状態となっている。風の冷たさを互いの熱で防いでいるような共同体感が安堵の心を生み出し、身体を休めることに一役買っていた。


「はい、お茶」


 どこでも倉庫より水筒を取り出すとアンナは二人に手渡す。

 木を登るということもあって荷物は最小限。アンナのどこでも倉庫に全幅の信頼を置いての進行。

 鉄雄の鞄はほぼ空。錬金術製の特別なロープと携帯食料が入っている程度。セクリも似たような内容。アンナは何も背負っていない。

 木登りのスピードが速いのはこういう理由もあった。


「助かる……登りやすいといってもきついな……」

「縦に進むのがこんなに大変だなんて思っても無かったよ……鳥が羨ましく思えるぐらい。高さ的には山脈を越えたのかな?」

「石灯篭があそこに見えるから……うん! 大体それぐらいかも」


 二人には指差す方を見ても目に映らない圧倒的な視力の差。


「よく見えるもんだ。双眼鏡使っても見えるか怪しいぞ俺は」

「山育ちだからね、よく見えないと迷子になっちゃうから自然と鍛えられたってところかな」

「ボク達が上を注意して見るよりも、アンナちゃんなら簡単にしっかり見えてるのかな」

「そーいうこと。ちなみに上までは後半分もないと思う」


 指を真上に向けると二人もそれに釣られて天を向く。

 横に広がり伸びている巨大な橋のような枝が近くなり、ゴールが近くなったことを実感する。


「おお! だけど、上にはあの虫共が大量にいるかもしれないんだよな……」

 

 しかし、それで終わりではない。

 採取する枝を選び切るためには、虫達が障害となるのが予想できる。どれだけの数がいるのか、実はもういないのか、調べようのない不安は想像するしかない。

 登るだけでも苦労を強いられているのにその先でも困難が襲い掛かる。木登りも中盤に差し掛かっていながら辟易の気が湧いて来ていた。


「──んん? 白い何かが落ちてきてる?」

「え?」


 鉄雄が先に気付くは風に揺られてつづら折りのようになった白い何かが落ちてきていること。

 心の安寧が意識を切り替えるのを妨げてしまった。それが風に揺れる程度の物がと理解してしまった。

 メルフィウスが捕らえられた光景を見ていなかった。

 アンナはそれを捉えた瞬間に何かを理解した。

 

「──糸だよっ!!」


 咄嗟にアンナが屋根のように魔力障壁を展開。

 折り重なりくっつき束となり半透明な障壁越しに自分達の置かれた状況が最悪なのが理解できた。


「なっ──ここで奇襲だとっ!?」

「すぐに離れるよ!」

「「了解!」」


 ハンモックを片付ける暇もなく、三人は幹を這いながら糸の射線から離脱する。その数秒後、障壁を砕く強烈な一撃が響き。

 三人は視線を向けざるを得なかった。


「ああっ!? 特製のハンモックが!? 巨大花の素材も使ったのにぃ!」

「──はっ? そんなのアリなのか……!?」

 

 障壁を砕き、先程まで自分達が休んでいたハンモックを巻き込み破壊したのは糸にまみれたユグドラキャタピラ。

 それは何をする訳でもなくどんどんと小さく、根本へと落ちていく。

 そう、詳しい説明の理由もない。

 ただ落下してきただけ脂肪で満ち満ちた巨体がそのまま落下してきた。肉体そのもの凶器とする自爆技。


「次が来るよっ!!」


 翼を持たず、飛行術を持たない三人は幹を掴んでいなければ移動ができない、移動軸が限られている。

 加えてここはもう落ちたら無事では済まない危険領域。

 敵は頭上より安全に攻撃をすればそれでいい。

 絶体絶命の危機に陥っていた。


本作を読んでいただきありがとうございます!

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