第29話 夢の跡地
想像していなかった、不意打ちで到達してしまったダンジョンのアトリエ。
「正直言ってさ……どこかに繋がるとは思ってはいたんだけどさ、まさかアトリエに繋がってるとは思って無かったていうか。もっと奥深くにあると思ってたというか。多分ここ一番大事な場所だよな?」
釜の上にうっすらと溜まった埃を撫でて一つの達成感をゆっくりと飲み込んでいた。時間が止まっていたかのような空間。眠っているだろう過去の遺産、隠されていた歴史の中にいる現実。
嬉々とした表情が隠せないでいた。
「運がよかった……! とにかくすごいレシピや貴重な素材が残ってたら持ち帰るよ! すごいすごい! わたし達が1番乗りだ!」
そんな情緒に浸ることなく、アンナは盗賊かと思う速さで片っ端から戸棚という棚を開けては中身を確認し錆び付いた軋む音を何度も繰り返す。
次々と姿を現す触れたら崩れてしまう葉、ミイラのように乾燥しきった植物、小さな骨、色だけが残ったシャーレ。
他に目に付くのは密閉されたサイズ別の球型フラスコが階段並びに納められた棚。その全てに山なりに積もった黒い塵が収まっていた。
「いったい何を作ってたのか……とんでもない何かを作ってたんじゃないのか?」
目に映る全てが想像を掻き立てられていた。当時は何を作っていたのか残された要素で考察をしてしまう。夢にまで見ていたロマンが世界を越えて望んでいた夢に手が届いていた。
誰にも触れられていない遺物。誰にも暴かれていない歴史。降り積もった真っ白の雪原に最初の足跡を残し、初めての人間だと印す快感に酔っていた。
「本も読みたいけどボロボロで開けたら破けそう……他の部屋にいいものあるかな?」
未来への糧を得ようとするアンナ。過去を想像する鉄雄。方向性は真逆であってもこの場所に敬意を表していることは同じ。
その証拠に棚の中身は取り出しても荒らす真似はしていない。日の目に晒す知識を引き出しているだけ。
「流石にこの先もかなり広いってことはないよな?」
「ここに住んでたってことは寝るところとか料理作るところとかはあるんじゃない?」
二人が入って来た入口とは別にこの部屋には二つの扉がある。
一つは鍵穴が無い朽ちかけた木製の扉。もう一つはかんぬきで施錠された金属製の強固な扉。どちらも窓は付いておらず先は分からない。広々とした空間が待っているのか、狭小な部屋が待っているのか、想像しかできない。
「こっちの部屋には何があるかな~っ!?」
軽快な様子でドアノブに手を掛けて、捻った瞬間。変化の速度に対応しきれなかったのか乾いた音と共に砕け散る。
ドアノブだけが彼女の手の平に残り、ドアノブがあった位置は砕けて穴が作られていた。想定外な仕打ちに目が点になっていた。
「大丈夫か!? ケガはないか?」
「う、うん。軽く握っただけだからへーき」
決して彼女の怪力が原因ではなく、扉の寿命はとうに過ぎていた。止まっていた時が動いたに過ぎない。仕方なしにドアを押して開こうとすれば挙句の果てに「バキン」と音と共に蝶番も崩壊し、ゆっくりと前に倒れ、床に激突すると同時に粉砕された。
「けほっ! けほっ! なんでここだけボロボロすぎるの!?」
「……開かないよりかはマシと考えよう」
簡素な造りなのも一つの理由としても他の配置物と比べても圧倒的に劣化していた。そして、閉じ込められていた匂いもアンナの鼻に届く。
「いったい何が…………っ! テツ! 見ちゃダメ!」
「うお!?」
部屋の中にある一つの存在に気付き、鉄雄の目に触れる前に腕を伸ばして両目を両手で隠す。
「な、何があった? というか力が強い!」
抵抗はせずに暗闇を受け入れているが掛けられる圧力によってそのまま闇に屠られかねない危険性に焦りを覚えた。
「死体でガイコツ! テツには刺激が強すぎるでしょ!」
「確かに見慣れないけど腰抜かす程ビビりじゃないぞ。というか普通は逆じゃないか……?」
見てはいけないもの見せないために視界を塞ぐ。身長差、年齢、性別、鉄雄が認知している状況で再現される行動はまるで逆。
「逆? まあ、だいじょうぶそうならいいけど、ごめんね。テツからは血とか争いの匂いがまったくないから、見たら気を失うかと思ってた」
「確かに出血とかは怖いけどそこまで心配はしなくていい…………あれか。完全な白骨死体。一人だけか……」
手を離し、改めて部屋の中に踏み入れる。
楽な体勢で天井を見つめたまま白骨化した人間の死体が朽ちかけたベッドの上で眠っていた。骨が砕けた様子も無く、人だと認識できるほど綺麗に残っていた。
「争いの後も無い。きっと寿命で死んだのね…………」
アンナは両の手を合わせ祈るように目を瞑り黙祷の捧げる。つられて鉄雄も目を閉じて祈りを捧げる。
(最後まで一人だったのか? こんな狭い場所で誰にも看取られることなく?)
音も無い、空も見えない、狭い部屋でただ一人で生を終える。その光景を想像するだけで寒気が肌を駆け抜けていた。これは他人事では無い未来。鉄雄も同じ未来を近いうちに歩んでいたのかもしれないのだから。
暗い想像の最中、物が擦れる音に気付き目を開くと、アンナが鞄から大きな布を取り出し、その上に骨を砕かないように一つ一つ丁寧に置いていく姿が映った。
「何を!?」
鉄雄に人骨を手で触れるという経験は無い、火葬場でも仕来りに従って箸を利用していた記憶がある。故にこの光景は頭が拒否反応を起こしかねない刺激的な行動だった。
足の骨、腕の骨、形だけ繋がれていた骨がバラバラに離れ、生前の姿は徐々に消えていく。
「何って外に持って行こうと思って。ずっとこんな地下にひとりぼっちじゃさみしいでしょ? きっと青い空の下で眠っていた方が楽しいから」
葛藤の言葉もためらう態度も無く、その行動に迷いは無かった。
動かすべきでは無い。そう思う心はあっても、彼女の言葉を覆せる程の想いは無い。言葉に込められた魂が違いすぎた。
「なんとなく」ではない。信念を持った言葉と行動。
一瞬でも「もしかして素材にするのか?」と思ってしまった情けなさと器の小ささ、主人を理解していない事実に恥じる心が視線を背けさせた。
その先に年季の入った書机が目に映る。
「これは……?」
簡素な机の上には元は羽ペンであったろう細く小さい筒に収まった棒が一本、中身の無い真っ黒な小瓶、乾ききったコップ、時を刻むことを止めた時計。そして一冊の本。
無意識的にそっと本に手を伸ばす。表紙に文字は無く、ただ丈夫な装丁。本を開きページを捲り本の機能を未だ有していること確認する。
「日記か……?」
文字は読めなくても数字は同じ。規則的に数を増やし、30の次は1、左の数字が1つ増える。12の次は1となる。ページを重ねていくと掛かれている文字が1行で似たような文字が並ぶことが増えていく。しかし、必ず毎日、毎日、記入していた。
「なになに、「失敗した」「今日も失敗した」「失敗」……この人は失敗したことを記録してたの?」
「うお! しまい終わったのか!?」
「うん・それと折角だから日記も持ち帰ろっか。わかりやすい遺品だし」
鉄雄から引っ手繰ると表紙や最初のページを改めて確認していく。
「なるほどこの人の名前は『ファスタ・グランダリア』っていうんだって。ここを創った錬金術士で間違いなさそう。となると、こういう日記は遺書の役目もあったんじゃないかな? 最後に大事なことが書かれてそう」
「ノリノリだな」
答えや未知。自分には無い新たな発想の鍵が眠っていないか流れるようにページを捲り続け、最後が近くなり、速度を落としてとページを捲ると。
「ひっ――!!」
小さな悲鳴と共に日記を落とした。
「何が書いて――」
文字が読めなくても理解した。
黒く塗りつぶされるまでに書き連なれた文字。何度も何度も何度も何度も繰り返して、怨念染みた感情を塗り込んだようだった。
白紙のページはまだ残っているにも拘わらず。
「び、びっくりした。」
「本当に持ってくつもりか? 危ないんじゃないか?」
この世界ではただの日記がただの日記で済まない可能性がある。本能が危険を察知していた。呪われるんじゃないかと。
「だいじょうぶ。読めなくなるぐらい自分の気持ちを書いただけ。それならいっしょに連れて行かないと」
遺骨と一緒に日記を風呂敷包みすると、錬金釜の隣に安置する。けれど、探検はここで終わりではない。
残されたもう一つの金属扉の前に立つ。
「後はこの鉄の扉の先か」
「鉄というより合金製ね。さっそく──ふんぬぬぬぬぬ! こんなに、重い、なんて。使いがって、悪いでしょ! テツも手伝って!」
「ま、任せろ! うお、何だこの重さ!?」
腕の太さはある金属のかんぬきを外して、全身を使って押し込むが中々開かれず、鉄雄も援護で押し込み、ようやく重い音と共に遅々と開かれる扉。
「はぁ……ようやく開けられた。閉めたら戻れなさそうだからこのままにして……あれ? 水の匂いがする」
「アンナ、下を見てくれ! 水路になってる!」
扉を開けると暗渠が広がっており二人が立っているのは水路の上にある橋。少し進んだ先にはを下りられる階段があり、水を汲んでいた器具の成れの果てや、洗い場として利用していた形跡があった。
加えて、とある一点が目に付くと確信めいた想像が閃く。
(ここって、巨大花の部屋と繋がっているのか!?)
水路の淵にツタが這っている事実。調べる方法は無くても繋がっている証明でもあった。
「それよりもほら! 新しい扉がある!」
彼女の視線は水路を一瞥するだけで終わり、興味は前を向いており。その先には同じような金属の扉が存在していた。
飛び掛かるような勢いで扉に手を掛け押し引きを開始する。が──
「んんんんん~!! ダメ! まったく動く気しない! 鍵がかかってるこれ!」
「そう全てが上手く行くわけはないか……でも、さっきの部屋に鍵なんて見つからなかったよな?」
「うん。ひょっとしたら別の部屋に隠されてるかも。扉の作りも精巧だし爆弾でも壊せなさそう。この先に大事な何かが隠されてそう」
「ただもう大分時間が掛かってるし。レインさん達も何か見つけたなら言ってるだろうし……ここから鍵を探すなんて無理な話だ」
帰りの安全は確保されていても、これ以上探索の安全は保障されていない。
これ以上の侵入を防ぐ一つの鍵穴。鍵の存在を誰も手にすることはできなかった。探索を打ち切るには都合の良い障害。
ただ、彼女はまだ前を向き続けて扉を叩く。高さを変えて感触や衝撃を確かめながら。すると何かが閃いたかのように鉄雄に向き直る。
「テツ! 消滅の力でこの辺り。扉を固定している要を壊して! そしたらここを通れるはずだから!」
指さしなぞる位置は自分の胸と同じ高さ。
元より鍵の存在に頼ってはいなかった。最初から進み方は決まっていた。
鉄雄の持つ斧がマスターキーだと理解して。
「あんまり粋じゃないことはしたくないが……」
過程を楽しみたい、迷路の壁を壊しながら進む、ボタン一つで勝手に組み上がるパズル。積み重ねを無視するのは好まない。過程が楽しく困難であれば得られる達成感も一入。
楽しみ方を否定しているようで気が進まないでいた。
「いいから!」
「主命令なら仕方ないか」
できると信じて疑わない顔。その顔を裏切らないように主人の命令に従うの使い魔の役目。
黒い光を纏わせ振り下ろすも今までと同じように流れるように動かず、粘土に押し込むかのように刃が進まず鈍く硬い。
(ほう、どうやら対象の強度や密度で消滅の効果も通りにくくなるようじゃの。出力を上げれば解決するだろうが、いい情報が手に入った)
「何でもかんでも即消滅。じゃないって分かって安心できたよ」
霊魂も既知せぬ情報。
初めての感覚に戸惑いを覚えたが安堵感の方が強くあった。触れたら全てをすぐに消滅となれば事故が起きてもおかしくない。
黒刃が徐々に沈んでいき拒む抵抗が消えたのを確認するとゆっくりと抜き取る。すると刃の幅と同等の隙間が扉にできておりかんぬきの意味が無くなっていた。
「よし! 開けるわよ!」
「「せーのっ!」」
二人で協力し、鈍く床と擦れる音を奏でながら扉が開かれる。魔光石の淡い光に包まれた一室が露わになる。
「ふぅ……何とか開けたな。他と比べてもここは結構暗いな……」
「ランタン持っといてよかった! 昔の素材とか道具が残っていれば……ああっ!!」
驚愕の声が反響する。
「みてみてテツ!! すごいのがある!!」
「そんなにテンション上げてどうし――うおっ!!」
ランタンの光が照らされた先。
そこに安置されている存在に、少女は歓喜の声を上げるのも無理はなく。青年は驚嘆の声を上げるのは自然であった。




