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第29話 いざ世界樹へ!

 7月14日 火の日 7時05分 世界樹前


 雲一つ無い晴天。世界樹近郊は夏に日差しが降り注ぎ、まるで天が応援しているかの如く今日という日は万事を行うのに適していた。

 鬱蒼とした森を抜けて見えるは世界樹を囲う無樹の広間。

 朝陽を浴びた世界樹がもたらす雄大な影に包まれながら目指す先を三人は見上げる。


「気持ちいいぐらい最高の環境(シチュエーション)だな」

「絶好の採取日和ってやつだね!」


 三人の体力、体調共に十全。昨晩のうちに装備と荷物を整え済みで傍目から見ても身軽過ぎて注意したくなるレベルである。

 とはいっても、三人はこれから上を目指す。余計な荷物や重量は負担となり失敗の確率を上げる枷となる。

 そして、その枷となるのはもう一つ。鉄雄が幼き頃の植え付けられた「イモムシ恐怖症」。

 アンナの策によって不安の種が処理できたかどうかはこの後明らかになる。


「どうやら見回りしているのはいないみたい。今のうちに登っちゃおう──っていた!?」


 地に露出した丘の如き根の影に隠れていた巨大なイモムシ三匹がアンナ達の気配を察知したのかゆっくりと這いながら出現する。

 夕暮れ時ではない朝の日差しによってはっきりとその像は明らかになる。

 球体が密着し連なった円筒状の見た目、薄緑色の身体、目のような黒い線の模様。そして、開閉し蠢く黒き口部。

 その姿を見て鉄雄は──


「──名付けるならユグドラキャタピラってところか?」

「だいじょうぶそう?」

「ああ、作戦通りだ……! 昨日と比べたら全然平気だ、戦える!」


 鳥肌を立てることは無く、顔色も変わらず、目も泳いでいない。

 昨日よりも明瞭に認識していながらも普段と同じ心で向き合うことができていた。


「はぁ~……よかったぁ~!」


 大きな安堵の溜息を吐いて胸を撫で下ろすアンナ。


「うまくいってよかったけど、まさか主従契約にここまでの力があるなんて驚きだよ」

「命令はシンプルなのが1番って聞いたから。色々言葉を重ねて無理に戦わせよりも『イモムシを怖がるな』って命令にすればテツでもへーきかと思って」


 単純明快。

 鉄雄は元よりアンナのために戦う覚悟も心も出来上がっている。ただ幼き日のトラウマがその覚悟を曇らせ足を止める。

 それを晴らすには複雑な命令をして無理矢理戦わせるよりも、偽りでも恐怖の根源に蓋を閉める必要があった。根深い故に取り払うことは不可能でも催眠術のように認知をいじれば結果として向き合うことが可能だと証明できた。


「でも、強い刺激を受けると解除されるかもしれない。見てるだけなら平気でも強く触れたりしたら押しとどめていた恐怖も爆発して気を失うかも。だからテツはなるべく後方で援護して!」

「……不本意だがポンコツになるよりはマシだ!」


 ただ懸念点も存在する。

 大前提としてイモムシに対しての嫌悪感や恐怖そのものが消えたわけじゃない。

 この命令は傷に対して包帯や湿布で隠しているようなもの、小さな刺激は防げても大きな刺激を受ければ痛みは響く。アンナは主従魔術を容赦なく使うことは無い。今回の処置も鉄雄の人格に影響がでない軽めのもの。

 だからこそ、以前よりもトラウマの根が伸び広がる可能性もある。


「──とはいっても、1番攻撃力があるテツオを後ろにしていいの? ボクの光矢じゃあの厚そうな身体を貫くのは無理そうだよ?」

「……わたしが思いっきり叩き潰せば倒せるとは思うんだけど、それをしたら命令がすぐに解ける状況を作れるかも」


 彼方立てれば此方が立たぬ状況。

 鉄雄の話を思い出せば、大きなきっかけは肌に付いたよりも潰れて体液が付いたことにある。とアンナは判断している。

 ただ倒すだけの実力はあれど、返り血を浴びたり潰れた姿を見せれば気を失いかねない。

 さすれば、世界樹の枝を取ることは非常に難しくなる。


「……正直言ってこの術はあまり使いたくなかったんだけど、背に腹は変えられないか」


 問題の中心に立つ本人が気を入れ直す溜息一つすると前に出る。

 ボトルを一本差し込み。手の平をキャタピラ達に向ける。

 鉄雄を始点にキャタピラ達に向かって地を這うように黒い霧が迫る。鈍重な動きしかできない彼達は抵抗することもできず、霧が絡みつくようにまとわり付き、全身をまばらにこぶのように集中して固着し。そして──


消滅の杭(パイルバンカー)


 手を握る所作を引き金とし──消滅の刃をこぶから造りあげて突き刺した。

 黒い刃が溶けるように消えると円筒状の身体にいくつかの穴が露になり緑の血を垂らしながら動きが止まった。


「うそ……!? いつからそんな術が使えるようになったの!?」

「最初から構想はあった。でも、人道に反している術だから使うことは無いと思ってたけど……わからないものだな」


 固着すれば回避不可能の術。

 可不可で言えば可能だとすぐに理解できでもアンナの頭には浮かばなかった。平和主義で穏やかな鉄雄がこういう破壊の術を作るとは想像していなかった。


「とにかく今のうちに死骸とは反対方向から登ろう! 近くで見たらテツオが危ないと思うから」

「──うん! わたしも嫌だもん、こっちいここっち!」


 アンナは頭を振って意識を切り替える。今、一番重要なのは世界樹を登ることだと。

 倒れたイモムシ達の惨状をハッキリ見えているアンナは本音交じりの最善の気遣いを行い先に駆けだす。

 木の陰に隠すように三人は進み、世界樹の根本にとうとう到達する。

 ただ、そのおかげで動かなくなったユグドラキャタピラ達に近づく影に気付くことはできなかった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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