第28話 不安の正体
「こういう生物が吐いた糸は火で熱すれば溶けるはずだ。火属性の魔術を試してみてくれ」
「わかった。え~と……火よ灯れ──ファイア」
短い詠唱と術名、アンナの手の平の上に穏やかに揺れる火球が出現する。
初級火属性魔術『ファイア』、森で使うには危険が多いが世界樹以外の木々が見当たらないこの場所なら発火の心配も薄く、アンナは迷わずに使った。
「破魔斧に火属性を付与できる道具があればこういうとき便利だろうな」
「例えばどんな感じ?」
「そうだな……普段だったらスロットにボトルを差し込んで魔力を送ってるけど、ここに属性の何かを差し込んだら別の属性の力を扱える。ていう感じだな?」
扱っている破術に属性という色はまだ着いていない。
鉄雄は水属性の力に目覚めたと言ってもまだ新米。自在に水流を放ったり水球を宙に浮かべたりはできない。新術エンブレイスマターも水の性質を模倣したに過ぎず厳密に言えば水ではない。
属性の力を自由自在に変えることができれば燃える斧や凍える斧と可能性が広がるのではと思い浮かんでいた。
「寮に戻ったら考えてみる。とりあえず今はわたしの火で解けるか試してみよ」
「そうだな」
妄想を切り上げて目の前に集中する。
強靭かつ強粘性の糸に絡まり捕らえられた巨大鳥メルフィウス。
糸によって羽を広げることもままならず、まずはそこの束縛を解除することを試みる。羽を燃やさないように熱だけを届けるよう細心の注意を払って。
火球を近づけてほんの数秒すると、白い糸の束が半透明な水飴状に溶解し糸としての体を保てなくなっていく。
「意外と簡単に処理できるものなんだね……」
「生物の糸はたんぱく質だって聞いたことあるしな。熱を与えられたら形が滅茶苦茶になって機能しなくなるってことだろう」
「へぇ~そうなんだ……よし! これで前側のつながりは解除できたから次は後ろ」
「ちょっと待ってくれ。その前に溶けた糸に粘性が残ってないか調べてみる」
再び黒い篭手を左手に纏い、滴り落ちた糸だったものを手の平で受け止め握る。そして、ゆっくりと手を開こうとすると──
「……問題なさそうだな。糸に触れたとしても熱すれば無力化する」
「なら、遠慮しないでガンガン温めればいいってことだね!」
粘性は無くなり熱が抜けると白い粒状の塊となって手から零れ落ちる。そして、風に吹かれてどこかに飛び見えなくなってしまう。
もはや脅威と感じることは無くなりそこから先は本当に速かった。
迷いの無い手付きで火で表面を撫でるように温め、手や服に触れても温めればすぐに束縛は溶ける。
日が暮れる前にメルフィウス達はすぐに自由の身となり、輝きの失った瞳に生への渇望の火がつき、ゆっくりと翼を広げると突風を巻き上げながら宙へと浮かび、二匹は三人を見下ろす。
「まさか腹が空いたからって襲い掛かるつもりじゃないだろうな……」
「殺気とか感じないからだいじょうぶだって」
鉄雄の心配は杞憂へと終わり、大きな羽ばたきで舞い上がり方向転換すると牢獄を覆う山の向こうへと飛んでいった。
「しかしまぁ……あんな大きな鳥を捕らえてしまうようなのが世界樹に──」
小さな溜息一つになんの気なしに世界樹に目を向けると、瞬間的に意識を切り替えた。
視界に映るは数体の異形。
大人の背丈と同等の高さを持つ円筒状の身体。開いた口吻。鉄雄は理解した瞬間に鳥肌が全身を走り──
「逃げるぞっ!!」
「えっ──?」
叫ぶと同時に複数体より白い線が拡散するように吐かれ、交差し折り重なるように迫り目の前が白い糸に覆われようとする。
破魔斧を握っていた鉄雄は糸の壁に向かって手をかざし、地より障壁を反り立たせる。
障壁に衝突した糸の群れは互いに絡まりくっつきあい糸玉を作り上げる。
勢いは完全に死んだ。けれど第二射を想像し二人の腕を掴み、森に向かって駆けだす
「いったいなんなの!? って何あのイモムシ!? まさかあれがメルフィウスを捕まえた正体!?」
「あれが世界樹の番人って言ったところかな? まさかあんなに大きなイモムシなんて」
三人が森の中に入ると虫達は追い討ちをそれ以上は行わず、周囲を見渡した後幹に足を引っ掛けて登り始めた。
鉄雄は拠点にまで戻るとようやく足を止めて乱れた呼吸を整え始める。
「はぁ……はぁ……! 嘘だろ……想像してた中で最悪が来た……」
「どうしたのテツ? ここまで焦ってるの見たことないけどそんなにアレが危なく感じたの?」
「うん、アンナちゃんが流された時以上に不安そうだよ?」
様子がおかしさにアンナも不安を覚えずにいられない。王城で自分で死を選んだ時よりも表情に落ち着きが無いのだから。
「…………この際だからちゃんと言っておくけど、俺はあまり虫が得意じゃないカブトムシとかクワガタは平気なんだけどああいうイモムシ系は本当に苦手なんだ……! しかもあんな巨大だなんて余計に無理だ! 普通のイモムシの数百、いや数千倍は大きいんだぞ!?」
強く感情を込めて、いかにして憎き敵かのように言葉にする。
「まさかテツにも苦手なのがあったなんて……」
「でもどうして苦手なの?」
その言葉に何かを思い出したのか顔を青ざめる。しかし、息を整えると覚悟を決めて口を開いた。
「……小さい頃の話だ。山の中で遊んでいた時にボールが木の上に引っかかったんだ。ボールを落とすために木の棒でその辺りを思いっきり叩いたらなボールと一緒にイモムシが落ちてきて…………腕とか頭に付いたんだ──」
肌に伝わる少し冷たい虫の温度、蠢く足、奇妙な模様、
きっかけ一つで鮮明に思い出せてしまう消せない記憶。
トラウマとなって頭にこびりついている。
「特別にイモムシの形態が苦手ってことなんだね」
「ああ……虫が苦手だけどあくまで触りたくない程度。でも、イモムシはダメだ見るだけで鳥肌が立つ」
「まさか」
「二人は問題ないのか……」
「ボクはあんまり、温室でたまに見かけて可愛いなぁって思うことがあるよ、でも葉を沢山食べようとするのは可愛くないけどね」
「わたしもへーき、あのサイズは経験ないけど小さいのは何度か食べたことあるから」
アンナの嘘偽りの無い純な言葉に頭が理解を拒み目が点になって硬直する。
「これは相当重症だね……そうだ! 主従契約の力を使ってどうにかできないかな? あの子達と戦うように命令すれば──」
「テツが嫌がるから最悪心が壊れるかも」
「う~ん、ボク達だけで挑むには危険すぎるし枝を切り落とすことも難しくなりそう。明日だけでもイモムシを怖がらないようにできない?」
「無茶言うな……遠くで見ただけでもビビリまくってるんだぞ? 近づいたら俺自身俺がどうなるかわからない、役に立つとか立たないじゃなくて」
セクリの言葉にアンナは何か感じたのか口元に指を当てて考え込むと。
「……待って! それならできるかも」
「「え?」」
閃いたけれどいつもの自信に満ちた得意顔ではなく、不安も入り混じった可能性にかけるしかない根拠の無い顔だった。
それでも、アンナの提案に鉄雄は一縷の望みをかけて頷くしかなかった。
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