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第27話 個として悠然と佇むモノ

 7月13日 太陽の日 17時10分


 よく食べ、よく休み、適度に体を動かし、森に適応することに集中した休日もあってか翌日の足取りは非常に軽く森に対する怯えや恐怖も払拭されていた。

 ただ心持ちが軽く、肉体も十全であっても『世界樹の牢獄』という環境は何度も牙を剥いた。

 珍しい緑毛モチフにアンナが心を奪われそうになったり。

 強烈な悪臭を漂わせる大きな花によって進路をずらしたり。

 逆に極上の甘い香りに足を運ばれそうになったり。

 熊型の魔獣に見つからないように木々に隠れたり。

 とうとう──とうとう、到着した。


「ここが目的の水場か……」


 鉄雄の背丈を超える高さにまで積みあがった岩の隙間から水が溢れ、岩肌には苔の衣がきせられておりまるでアートのような天然の給水所が佇み、岩下の地面には小さな泉を作っていた。


「ここから世界樹までは目と鼻の先だね」

「それでも木々の屋根や壁で見えないのが不安だ。でも……ようやく挑戦権が手に入ったようなもんだ!」


 慣れた手つきで周囲の石や枝を片付け、障害物を無くして小さな広場を作り上げるとキャリーハウスを展開。

 最後に魔獣除けの結界棒を設置して拠点を完成させる。


「結構森の中を歩いたと思うけど地図で見ると10%ぐらいしか探索できてないんじゃないかな?」


 地図を広げて歩いた道を指でなぞると最南端から始まり北へ西へ北東へ、水場近辺は探索してもほんの一部しか踏破していない。

 視界の開けた町と違い障害物の多い森の中だと認識できる範囲も狭まる。建物のような目印もない。地図と合わせて立体的に場所を想像することが困難となる。

 こうした歩いたようで歩いてない現象が発生する。


「……なあ、行ってみないか? キャリーハウスも展開できたし、かまどの準備も終わった。煙を目印にしておけば戻ってこられるだろうし。先に見るだけ見とかないか?」


 落ち着かない様子で鉄雄は提案する。

 本来ならブレーキ役に徹しやすい彼でも心の昂りを抑えることができないぐらい高揚感に満ちていた。


「さんせい! わたしも気になるし!」

「そうだね、明日突撃と同時に驚くぐらいになるよりも今日あらかじめ驚いてた方がいいかも」

「驚くことは決まってるんだ」


 拠点から直線距離にして約30m。

 並ぶ木々に傷を付けて目印を作りながら進むこと5分。

 これまで鬱陶しく思えるぐらい木々の風景だったのが、世界が切り替わったかのように緑が消える。

 ただ一本の大樹だけが視界を埋める。

 ──最後の舞台へ踏み入れた。


「これが世界樹……! 想像以上にも程があるだろ……!」

「近くで見ると本当におっきい……!」

「マテリア寮よりも縦も横も大きいよ!」


 三人共首を斜め上に向けて巨大な大樹、世界樹に圧倒される。

 自分達が今まで見たこともない雄大な存在に感嘆の溜息も漏れていた。

 特に鉄雄は前の世界のどの場所にもここまでの存在は無かったことから余計に感動していた。


「枝を採取すればこの森ともお別れか……」

「そうだね……ながかったようなあっというまだったような……」


 今はもう夕暮れ時、茜色に染まる幻想的な世界樹に見惚れながら明日採取するべき枝に目星を付けるために樹を下から上へ舐めるようにゆっくり見渡すが、飛び出た枝は見当たらず視線がどんどんと上がっていき、樹冠部でようやく止まる。


「枝を手に入れるには本当にこれを登らなきゃいけないってことか……!」

「そういうことみたい。いちおう崖登り用の装備は持ってきてるからだいじょうぶ!」

「何mあるんだぁ? 幹だけでも100mは優に超えてそうだし葉っぱが生い茂ってるところを含めたらどうなるってんだ?」

「途中で落ちないように気をつけないとね」

「縁起でもないこと言うなよ……」


 岩肌のようにゴツゴツとした樹皮、途中休憩ができそうな飛び出た枝は無く一度登り始めたら頂上近くまで枝分かれは存在しない。 

 何かしらインチキめいた仕掛けが無いか鉄雄は世界樹を観察するが、見通しが良すぎて何かしらの仕掛けが隠されている雰囲気も無く、失意の溜息が漏れてしまう。


「でもなんというか……閑散とした雰囲気だよな。もっとこう、根元には巨大な精霊様が佇んでいたり沢山の魔獣が生活しているのを想像していたんだけど静かすぎる」

「不自然なくらいひらけた場所で視界も明るいし、魔獣もよりつかな──」


 セクリが周りに視線を動かすと一点に止まる


「アレを見て! 大きい鳥が倒れてる!」


 指で示した先には地に伏せた巨大な鳥。身体の所々に白い何かが巻かれており身動きが取れなくなっていた。


「ん……? うおっ!? 樹に夢中で気付けなかった! それに俺の数倍はでかいぞ!? しかも二体!? ……でも何だ? 休んでるようには見えないし、糸みたいなのに絡まっているのか?」

「もしかしてわたし達が森に入る前に見た墜落したメルフィウスなんじゃ……」 


 世界樹の牢獄に突入する前日、アンナ達が見かけた巨大な鳥。その二匹が倒れていた。


「まだ生きてるけどかなり弱ってる……」


 自分の状況を理解しているのか生気の失った目でアンナ達を見ると、何もすることはなく視線を移動して虚空を眺めていた。


「この糸が原因か──」

「迂闊に触らない方がいいよ、ボク達の数倍は力がありそうなこの子で抜け出せない糸。触ったら大変なことになるかも」


 その言葉に伸びる手がピタリと止まり距離を取る。


「確かにな──となると、尚更調べておく必要がある。『黒鎧(こくがい)』」


 左手を覆うように黒い篭手が形成される。

 本来なら全身を覆う本気の戦闘形態(バトルフォーム)だが、今回は贅沢な手袋代わりに利用して糸が重なっている部分に触れると──


「……くっついたな。しかもかなり強力な粘着力がある。普通にひっぱっても千切れる気がしないぞ」

「あれから4日ぐらいは経ってるのにまだそんなに強いの!?」

「この怪鳥も暴れる体力も残ってない感じか……俺が触っても大人しいもんだ」


 強く引っ張っても糸引きがまったく見られない粘着性。直接触ったら皮膚を剥がす必要があるんじゃないかと脳裏に過った。

 どうしようもないことを身を持って理解すると篭手を解除して自由の身に戻る鉄雄。


「この糸どうにかできないかな……?」

「助けるつもりなのか? 正直言ってこの森は弱肉強食、他の魔獣の食料を奪うということは相応の覚悟が必要になるぞ? それに、自由の身にしたらこの怪鳥に襲われる可能性だってある」

「実はこの糸って世界樹から発射されたんだ。この糸について対策考えておかないとわたし達もこの子達と同じことになると思う。それに、こんなに弱ってる子に負けるぐらいテツもセクリも弱くはないでしょ?」


 親切心でも慈悲で口にしているわけじゃない自分達のメリットになると判断して取り組む意志を見せる。さらに信用している言葉を言われたからには従者達は首を横に振る訳にはいかなかった。


「世界樹から……つまりはこの糸を出した魔獣、いや大型の虫が待ち構えているってことなのか?」

「なんだか顔色悪そうだけどだいじょうぶ?」


 ただ、不安の色は隠し切れなかったのか糸と世界樹を交互に見ると青ざめた表情で樹上を見やる。


「あ、ああ……登らなきゃならないのにまだそんな壁があるのかと思ってな……」


 アンナは鉄雄があまり見せない表情に疑問を感じたが、自分も同じような想いを抱いていたので納得して問い詰めることはしなかった。


「こんな頑丈で粘着力のある糸で捕らえても食事できるのかな?」

「この糸を吐いた生物が糸を簡単に溶かす分解酵素みたいなのを精製できたりとか、糸のない部分から注射みたいに吸い取ったりとかありそうだけどな」

「確かに……でもどうしてずっとこのままにしているんだろう?」

「弱るまで待っているんだと思う。糸が巻き付いたら勝ちって自信を持ってる、暴れられていらないケガするよりもこっちの方がずっとかしこいもん」

「こういう大きい魔獣も食料とする虫か……肉食か? 吸血か? 一体どんなのが潜んでいるっていうんだ……?」


 鉄雄の肌に広がる鳥肌は武者震い等では無く恐怖。

 服に隠れているおかげで気付かれていなくても目の色には不安も宿り、アンナが流された時とは違う怯えで染まっていた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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