第25話 主従契約について
森の中を探索するアンナとセクリ。コンパスも地図も気にせず気の向くままに採取に勤しみ。今日の夕飯になりそうな果実や野草をしまったり、調合に使えそうなのも集めていく。
コンパスよりも精度が高く信頼も厚い主従探知により何時でも戻れる安心感が迷いを無くしている。
「アンナちゃん。使い魔契約の力ってどういうのがあるの?」
「こんな森の中でにあわない話がでてきたね」
「アンナちゃんが流された時、ボクはもう2度と会えないんじゃないかとすっごい焦ったんだけど、テツオは位置がわかっていて冷静だった」
「うん、契約の力でわたし達は互いの位置がわかってる。といってもこの方向にこれぐらい離れてるっていうぐらいだけどね。今もわかってて……テツはあんまり動いてないみたい」
頭に指を当てて意識を集中させるとより詳しく把握できる。
本来なら監視の意味合いが強いが、目印として利用発想が生まれる者は稀である。
「だからね……ボクも契約した方がいいのかなって思って! こういう状況に陥った時ボクが足を引っ張りかねないと不安になって」
真剣な目でアンナを見つめるが、当のアンナは悩み困った顔を浮かべて──
「……セクリとはする気になれないんだよね」
あっさりと断った。
「えっ!? そんなに嫌なの……」
「じゃなくって、する理由が浮かばないというか……逆にセクリの能力を狭める気がするの。テツのときはしないといけない、しないと消えてしまいそうだって思ってたから。初めてあったときは本当に不安の方が大きかったんだから!」
この人は私が何とかしないと死んでしまう。そう思ってしまうぐらい不のオーラで満たされていた。
逆にセクリはどこかに紹介すればそつなく順応しそうだと感じていた。
「そうなんだ……主従契約ではどういう効果が発揮するの? 聞いたようで聞いたことないような気がして」
「わたしもあんまり知らなかったけど、師匠が色々教えてくれたんだ。テツが何かしてきたらこういう機能を使ったら良いって」
(キャミルさんからじゃないんだ……)
この親切はどちらかといえば悪意寄り。蛇のように唆したに過ぎない。
鉄雄が何かしら痛い目にあってくれないかというサリアンの嫉妬心から来る毒。
「契約の強さによって使える命令は結構変わってくるみたいだけど。大体に『行動制約』があるんだって。テツには使った覚えがないけど強い意志で「止まれ」って命令すればその場に停止するみたい」
「躾みたいだね」
セクリの言う通り、犬の躾の「待て」と変わらない。
シンプル故に効果は高く、使うことが多い命令でもある。アンナは使ったことないと口にはしているがお願いという形で緩くとも今回のような形で発揮されてもいる。
基本的に使い魔は主の命令に逆らえない。納得していれば尚更効果がある。
そして、強く命令すれば時が止まったかのように動きが止まると言われている。
「それと『行動命令』。テツには使ったことないけど「あれをしろ」みたいなことをできるみたい。でも、本人が嫌だと効果があんまり発揮されなくて、かなり強い契約じゃないと完璧に機能しないみたい」
「なんというか人を傀儡にして使うみたいで気分がよくないね」
「うん。だからこれは使うことないと思う」
主が使い魔に無意識的に行っている機能の一つ。使い魔にとって負担も小さく、できることなら文句を言わずやってしまう。
ただし、使い魔ができないことに対しては効果がほぼない。例えば馬型に対して「パスタを作れ」と命じても作る手段が無い。故に実行されない。
やらせる手段としては主が人形を糸で動かすように直接操作するぐらいしかないがメリットが無いので使い魔が不可能な命令は基本的にしない方がいい。
鉄雄の場合人間であり、錬金術や魔術以外に関してはできることが多く意図せずに機能が発揮されていることもある。
「これは使うことないと思うけど懲罰機能。悪いことしたら使うみたいなんだって」
「そうなんだ(絶対そんな軽く言えるような機能じゃない気がする……)」
粗暴な使い魔を従わせたり、主に牙を向こうとしたら自動で発動する機能。
これがあるから使い魔は主に逆らわないと言われている。
刻印の位置や形によって罰の形は変わり、主の深層心理を読み取ったり、意識的に種族によって効果的な罰を設定することができる。
鉄雄は首を一周する形の刻印が刻まれている──その形から想定されるの無論、首絞めによる窒息が発動してしまう。
ただ、鉄雄はアンナに忠誠を誓っており、アンナも明確な意思がないと発動しない。
「それと……そうそう! 意識を集中すればテツの考えていることもわかるよ」
主に隠し事は許されない。
ただ、常に聞かされていると主のストレスになりかねないので意識して頭の中を覗こうとしなければ発動しない。加えて覚えている範囲の記憶を遡って見ることも可能。謀反を企てていればすぐに分かる。
一つの欠点としてこの機能は人に対しては有効でも、大抵の人は魔獣を使い魔とするため魔獣の頭を覗いたとしても言葉が理解できるかはまた別である。
映像から読み解いたりする必要が高く進んでする者は稀。人と同じ五感を有している訳でもないので苦労に見合わない。
「これぐらいだったかな?」
「色々な制約があるみたいだけど、テツはふつーに生活してるからちょっと驚いたかも……」
「まっ! わたしという優秀な主がいるからね! テツを信用するだけでじゅうぶんなの!」
胸を張って得意顔で口にする。
内心冗談で言葉にしているが、セクリは妙に納得した顔を浮かべていた。
アンナに対する態度、全てのお願いに対して喜びを感じているような表情。まるで首輪が取れないことを望んでいるかのようにも見えていた。
何よりアンナの危機に対して真剣に全力で対応していた。
主の死が鎖の解除条件の一つだとして、僅かにでも外れることを望んでいれば足は重くなっていただろう。
「……そういえば気になってたんだけどレクスとの契約はどうなってるのかな? テツオと混じってるような状態なんだよね?」
破魔斧に眠る霊魂レクス。鉄雄の身体を借りて現実に干渉する。
基本的に主従契約は一度に一体(一人)に行われる。一個の生命体に対し魂一つ。対象を正しく認識した相手に契約の鎖が巻かれる。
アンナは鉄雄の身体に鉄雄の魂だけがあるという認識の元契約を行った。レクスの魂はその時斧にあり、斧は鉄雄の身体の中にあった。認識から完全に外れ鎖は巻かれていない。
鉄雄の身体と入れ替わった場合、肉体には使い魔の刻印が刻まれていることから「行動制約」等の命令は影響するが、魂に鎖は無い。故に無意識レベルで従うことは無く命令をしなければ従わない。
「う~ん……? たぶんだけど曖昧なんだと思う。完全に意識が切り替わってたアメノミカミのときとデートのときでもなんとなくつながりは感じられたんだよね」
「でもレクスと契約はしたことないよね?」
「うん。レクスとも契約しようと思ったことはあるけど忘れてるからわたしとしてもそんなに重要に思ってないんだと思う」
訓練場の一件も後のこともあって、なあなあで済んでしまい。デートの時もそういう空気にはならなかった。
鉄雄の忠誠心や親愛の情が異様に強いのでレクスがアンナに手を出す前に入れ替わりが起きる。なので問題が起きない。
「テツには鎖を巻いているけど、レクスには巻いてない。でも何かしらの影響は出てるってことだよね?」
「寄生しているからかな?」
「そうそう! その寄生状態だから宿主の影響を受けてるんだと思う」
中身が入れ替わっても首の刻印は消えない。
つまりは自ら首輪を着けるようなもの。本気で命令すれば従えることは可能だろう。
「でも、あのレクスに命令なんてしようものなら機嫌損ねてすぐにテツにもどるとわたしは思う」
「あぁ~確かに……」
永い時間封印されていた鬱憤からか非常に我儘。戦闘能力は高いが誰かと協力する姿が想像できないぐらい自分勝手に動く。強さは信頼できるがどう転ぶかわからないのが不安要素でもあった。
もしも、鉄雄とレクスの性格が逆だったらここまですんなりと探索に精を出すことはできなかっただろう。
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