第24話 適応と休日
7月12日 月の日 7時00分
「今日はどういう進行計画を立てているんだ? 一旦一昨日使った水場まで戻るのか?」
「ううん、今日は探索お休み。この隠れ家を中心に森を調べたり採取することにしたんだ」
「俺は普通に動けるぞ? 俺の身を案じているのなら──」
俺のせいで進行が止まったのかと不安になったが、アンナは手で制して口を開いた。
「かんちがいしないで。わたしが急ぎ過ぎてると思ったから1度足を止めようと思っただけ。このまま最短距離をまっすぐ進んでもきっとすごい歪で不安定。例え到達できたとしても枝は手に入らないかもしれない。だから、森に適応していく必要があると思ったの」
今考えたわけでもなさそうなしっかりとした意見に俺は頷くしかなかった。
確かに納得できる。早く到達して採取して帰る。これができれば何も言うことはないがそれは楽観的な理想論。事実として俺達はギリギリのところで運良く耐えられているようなもの。
この森を理解する必要がある。
「わかった。俺も納得できるし、アンナが自分の意志でそう決めたのなら俺は従うのみだ」
「そうと決まればテツにはこの木々の屋根近辺で素材を集めてほしいの」
「目印としてだな?」
「うん。テツがこの近くにいてくれる方が安心できるから」
「そう言われたら断れないな!」
このドームを常に視界に収めるぐらいの位置で俺は作業をすればいい。
けど、状況的に仕方ないとはいえアンナと離れることが強制されるのはちょっと寂しい。
使い魔なのにお留守番が多い。さぁ探検するぞっ! って場面で活躍を許されないのが不満だ。でも、互いの位置を把握できる技能はこういう時絶大に発揮する。
錬金術士としてこの森にあるあらゆるものを見たい欲もあるだろう。安心して戻れる場所を守る。それはきっと俺にしかできない。
俺の我儘で最悪に陥る訳にはいかないからな。
「──というわけで行ってくるね!」
「アンナちゃんのことはボクに任せて!」
「ちゃんと戻って来いよ~」
準備を終えると早速出発する二人。
雨は止んだがぬかるんだ森の中を進んでいき数分もしないうちに木々の影に隠れて見えなくなる。改めなくても目印的な何かが無いと絶対同じ所に戻ってこれないと実感する。
この森に来て早三日目。まだまだ世界樹到達には時間がかかりそうだ。
日付的には今日は7月の……12日か。月の日つまりは休日、まさかこれを見越して進行を休みにしたのか? まあ、アンナのことだからそこまでは考えてないだろう。
ライトニアのみんなは一体どうしてるやら……。
一方そのころライトニアでは。
「アンナ君が世界樹の牢獄に向かって3日は経過したかぁ……」
「無事だといいんですけれど……」
マテリア寮の食堂でお茶とお菓子を嗜みながらのんびりしているナーシャとルティ。
友が王都をこんなに長く離れることは初めてで場所が場所なだけあって声に心配の色が染まっている。
「気持ちはわかるけれどそこまで心配していたら森にいるアンナ君達にも届いてしまいそうだよ」
「そうですわね。鉄雄さんやセクリさんもご一緒していますから無事に帰ってくることは間違いないでしょう。とはいえ……心配は尽きませんね」
「あの森は危険も多いけれど恵みも多いと言われているね。ぼくのいた村でもあの森で手に入れた素材を栽培して交易を盛んにした実績があったからね。目的の物を手にしていなくても何かしら素晴らしい素材を持って帰ってもおかしくないさ」
「目的は『世界樹の枝』……」
「またすごいものを欲したものだとぼくは思うね。世界樹の枝は滅多なことでは市場に出回らなければ採取出来る者も少ない。本によれば枝と呼ばれる部分が高い所にしかないから世界樹に到達したらすぐに手に入るわけではないようだよ」
「──そういえば、前にアンナさんに調合用のかき混ぜ棒のレシピを渡した時に世界樹の枝がありませんでしたか?」
「懐かしい話だね。もしも持ち帰ることができたらあの特別製のかき混ぜ棒も現実の物になるだろうね。そうすればアンナ君の実力で作れる物は全て思うがまま」
以前「マナ・ボトル」を作成する際にルティの力を借りた。その時に提示された理想を叶えるために必要な素材は『ゴルドリウム、プラチナム、グラビストーン、ゴーレムクレイ、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、オパール、アメジスト、世界樹の枝』。
高価かつ希少な素材をふんだんに要求された。
ただ、この中で一番要求難度が高いのは世界樹の枝。他は金銭に糸目をつけなければ何時でも集められるが枝だけは戦闘能力も大きく要求される。
「全てが上手くいけばアンナさんは私達では届かないところまで駆け上がりそうですわ」
「全てか……そうそう、ナーシャ君は知っているかね? 世界樹の実について」
「聞いたことはありますわ。食べた者は無限の魔力が手に入る、不老不死に近づく、生物として進化する、そんな噂が囁かれている禁断の果実とも。ですが食べた方が今もいらっしゃるかは定かではありませんよね?」
「うん。昔から今までその実を求めて多くの者が挑んだようだけど持ち帰った話は目立ってないしむしろ森に喰い殺されたって話が多い。人同士の奪い合いよりもね」
世界樹の実。
誰が最初にその話を広げたか現代では不明だが、人知を超えた力を授けると言われている。
普通なら一蹴する夢物語でもあらゆる状況が夢のような効能に説得力を生み出していた。
まるで実を手にする者を選ぶかのように試練を与える森。世界樹に到達しても手に入るか分からない。誰にも手に入れられない実。
才気あふれる者でも、建国できる富豪でも、大陸一の強者でも、樹の根本にたどり着くことさえ困難かつ到達できても手にするに至っていない。
「牢獄の中といえば安全地帯だと思い込ませて安心しきった生き物を食べる植物もいるそうだよ」
「食虫植物の一種でしょうか? よくご存知ですわね」
「以前図書館で『世界樹の牢獄探検記』なんて小説を借りて読んだのを思い出してね。約30年近く前に探検した人物が記した冒険譚らしい。園芸をする魔獣、木の実に化ける虫、幻覚に閉じ込める森、眠らずに動けるようになる茸、急に表れる川、嘘か真かわからないけど興味深い本だったね」
「へぇ、面白そうな内容ですわね……ちなみにそちらはアンナさんも読まれたのでしょうか?」
「…………たった今ぼくが思い出したし、アンナ君は真面目な棚に纏められた世界樹の牢獄についての資料しか見てないと思う……ま、まあ実際にあの本出てくるようなのが襲ってくるとも限らないとも! 所詮は娯楽小説の棚にあったものだ」
ルティが読んだのは資料ではなく冒険小説。多くの人が読んだけれど空想的過ぎて娯楽としてしか消化されなかった。傭兵が日記としてまとめた物を物書きの友人に渡したことで本になった。森の生還者の日記として注目をされたが極限状態で記したからかあらゆる描写が過剰かつ稚拙。幻覚を見ていたのだろうと判断されこのような扱いとされる。
当の本人は本の印税を分けてもらえて満足したようだ。
「まぁ、現実は物語よりも数奇ですからね。本の情報が全て頼りになるなんて甘い話はありませんわよね?」
「それだとアンナ君達はあれよりも過酷な状況が待ち受けている可能性があるわけでは……?」
「……余計なことは口にするのは辞めましょうか……口にして事実となるのも避けたいですし」
言わぬが花、沈黙は金。言葉には魂が宿り口にしたことが現実になる可能性が高い。
なにより笑い飛ばすには不安要素が大きく、嫌な想像が先走る。お茶とお菓子を片付けると二人はその本を読みに図書館へと足を運んだ。
今更遅くとも少しでも知っておきたい気持ちに突き動かされていた。
本作を読んでいただきありがとうございます!
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