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第23話 珍味の理由

 7月11日 土の日 19時30分


「テツ、起きられる?」

「うぅ~ん? ……あっ……? 完全に、眠ってたのか……」


 目の前には覗き込んでくるアンナの顔。周りを見てみると石の壁、キャリーハウスの内装。

 どうやらあの話の途中で完全に意識が飛んでベッドに寝かされたらしい。


「今は夜の7時くらい。夕食が出来上がったから起こしたけどだいじょうぶ?」

「ふぅ……よし、まだ少し身体が重いけど動けそうだ」


 身体の疲れよりも精神的な疲れの方がよっぽどキツかった感じだ。戦いは過酷だったけどレインさん達のしごきと比べれば楽なもんだ。軽い筋肉痛はあるだろうけど大事はないはず。

 というか俺の恰好も普段着に着替えさせられてる……。


「今日の夕食は鹿肉たっぷりだよ」

「ああ、狩った奴か……」


 リビングのテーブルにはコンロに乗せられた鍋に茸や根菜にたっぷりのお肉、肉団子になってたり、薄くスライスされたりブロック状だったり同じ鹿の肉でも色々な形で鍋の中で揺れるように踊っていて腹の音が鳴りそうだった。


「香草で匂いを消して塩や醤油に料理酒で味付けしたら良い感じに仕上がったよ!」

「そしてこれが特製のフライ! セクリが作ったことないって言うからわたしが作ったんだ」


 俺の前にドンと置かれる皿。その上には一口大な唐揚げが山を作っていた。


「アンナが作ったのか! だとしたら光栄なことだな。じゃあさっそくいただくよ!」


 アンナの手料理なんて本当に久々な気がする。短い間だけどセクリが来るまではアンナに作ってもらっていたなぁ……シンプルな手順で豪快な味付け……この唐揚げは紛れも無くアンナが作ったと言える料理だ。

 感動を覚えながら口に運ぶ──噛んだ瞬間にふわっトロとした食感! 今日に至るまで出会ったことのない感触だ!?

 強い味は無い、薄味? 肉、なのか? ソースと一緒に食べるのが良い感じか。単品だとパンチが弱いか? でも悪くない。頭の中が分析で一杯になっていく。

 アンナお手製を抜きにしても癖になりそうな味だ。

 二つ三つと食べていくとアンナが得意顔になってこっちを見つめている。


「デリシーディアの脳みそ揚げだよ。気に入ってもらえてよかった!」

「……の? え、脳みそ?」


 一瞬頭がフリーズした。今俺が食べているのは鹿の脳みそ……? 俺が殺したあの鹿の脳みそ?

 食えるもんだってのは知ってるけどこんな不意打ち気味に食べることになるの? 

 理解した瞬間、箸が止まってしまう。味は良くても何というか進まない。戻すことはないけれど心の弱さか何かが浮き彫りになった気がする。食べるために殺した、それはわかってはいても飲み込むのに戸惑う。

 故に俺は── 


「セクリも食べてみたらどうだ? ひとり占めは性に合わないからな」


 巻き込むことにした。


「ボ、ボクもいただくの……!? テツオのためにアンナちゃんが作ってくれたんだから」

「料理の技術を上げるには食べることも大事だぞ? こういう部位は希少なんだから。さぁ」

「確かにそうかも、セクリにも食べてもらわないともったいないもんね」


 アンナの笑みも追加され寄せられた皿を断ることはできないだろう。俺だってできないならセクリもできない。

 苦々しくも覚悟を決め──


「いただきます」


 口に運んでゆっくりと噛みしめる。主が薦めてくれた料理という手前必死に感情を表に出さないようにしているのが伝わってくる。知らずに食べた俺と知って食べたセクリ。同じ物でもここまで一口目が変わってくるとは……料理に関しては無知に食べた方が楽しめるんじゃないかと思う。

 しかし、二回三回と繰り返すと表情も穏やかになり分析しているような真剣なものに変わっていく。料理人としての血が騒いだか? 使用人だけれども。


「ソースを変えたらもっと美味しくなるかも……さっぱり系のにしたらもっと食べやすくなるのかな? 濃い目にすると1口目は良くても沢山は食べられなくなりそう」

「素材自体があまり強い味ではないから組み合わせで化けるタイプだな。俗に言う珍味って奴だな」

「癖になる気持ちもわからなくもないよね」

「村だと塩を振ってスプーンで直接すくって食べてる人もいたよ?」


 その光景を想像した瞬間俺達は青ざめる。

 気分転換に鹿鍋をよそっていただくとわかりやすく覚えのある美味しさにほっとした。これはもう生まれ育った環境がものを言う。この凝り固まった食の価値観を変えるのは難しそうだ。


「あむ──うん、昔食べた時よりもおいしい! あの時は本当に1口ぐらいしかわけてもらえなかったからなぁ……」


 アンナは笑顔で普通に食べ進めていく。

 ただ、3、4個と口に運ぶと箸がピタリと止まりゆっくりと唐揚げから後退してしまう。


「……大人になると食べたいものを好きなだけ食べられると思ってたけど、じっさいにそうなると思えるだけで無理なんだってわかった……これたくさん食べるのちょっと無理かもおいしいけどなんか進まない……」

「ちょっと油っぽいからな。若くても胃が拒否反応が出てるんだろうな」

「寮で料理できたら野菜を付け合わせたり、サラダソースも用意できたんだけどね。やっぱり冒険だと課題が出てくるね」

「こんな形で夢の1つが叶うなんて思っても無かったなぁ。でもおじさん達ってどうして平気で……あれ? そういえば……ひとりでたくさん食べてるのは見てなかったかも? 取り合いになってたから量が少なかった?」


 何とも悲しい現実だ……珍味で取り合いになってたのは事実だろうけど、それがあったからこそ極上の味の立場を確立していたなんて。

 一人で食べれば胸焼けで満ちてしまうが、分け合えば美味のまま足らずで終わる。

 三人で分け合ってもちょっと多いぐらい。もっと大勢で分け合うのが皆が満足する未来なんだろう。


「おいしいことには変わりないけど次食べるときには量を考えとこっと」


 けれど、なんだかんだで三人で食べて脳みその唐揚げは空っぽになった。

 デリシーディアの肉はまだまだ沢山残っている。明日の食料の心配も無い。

 問題は森の攻略。

 中心からは大きく外れてしまった以上明日からの探索はより注意する必要がある。同じような自然の罠に襲われるのを避けないと下手したら森から追い出されて終わるかもしれない。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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