第22話 冒険の対価
「ふぃ~……目が覚めて本当によかったぁ~!」
身体の中に溜まった不安を全部吐き出すような溜息と共に緩みきった安堵の表情へ変わる。
「大げさすぎだって」
「大げさなもんか! だって…………水に流されて気を失っていたんだぞ!?」
ゴルーアに連れ去られそうになったのは口にしなかった。余計な心配や負い目を与えないための心遣いでもあるが、自分が食べられそうになったという事実は教えたところで
言葉を選んだのが息が詰まるぐらい心底心配した演出になりアンナは気付かなかった。
「ご、ごめんね……」
「とりあえず、今日はゆっくり休んで明日どうするかちゃんと決めよう」
「それは戻るか進むかってことだよね?」
「ああ、今日みたいなのがまた来るとも限らない。今回は運良く助かったけど次は無事で済むとも限らない。俺達ならまだしもまたアンナが傷つくのはちょっと辛い……いや、かなりだ……」
二度目は耐えられない、強がって穏やかな顔をしていても恐怖で彩られた内の表情は隠し切れずアンナは思わず視線を逸らした。
けれど、心は既に決まっていた。
真剣な瞳で向き合い口を開いた。
「ここで逃げたらお父さんを見つけることなんて絶対にできないと思う。あの日お父さんはみんなを助けるためにすごい無茶をした。そんな対価を払ったからみんなが生きて過ごせてる」
「…………」
「だから今は世界樹の素材を手に入れる対価を支払ってる途中だと思う。この先にどんな困難があったとしても諦めて逃げたら、それだけ遠ざかってくのがわかるんだ……テツにもセクリにも悪いと思ってるけど付いて来てほしい。わたしひとりじゃこの森を攻略なんてできないから」
真っ直ぐと目を逸らさずに自分の気持ちを伝えきった。
自分の目標を最短距離で進むという覚悟を鉄雄は感じ取り小さく息を吐いた。
「悪いと思うな。アンナの為に力を貸すことは俺にとっての生き甲斐なんだ。歩く道を進む道をしっかり決めているなら何も言わない。ただ──」
「ただ?」
「ちょっと限界来たみたいだ──」
「テ、テツ!? だいじょうぶ!?」
顔も青白く座った姿勢のまま石像のように固まってしまう鉄雄。
「もう大丈夫、問題ない」そんな気持ちで満ちた瞬間、張り詰めていた全てが解けて抑えていたあらゆる負の要素が押し寄せ身体を蝕んだ。
「疲労とか色々限界来たみたいだ……今日明日はまともに動けないかもしれない……」
(セクリ! ちょっとこっちに来て! テツが倒れそう! 急いでベッドに運んで!)
一分も経たないうちに急いで戻ってきたセクリによって鉄雄は自室のベッドに寝かされる。
閉じられた目は二度と開かないんじゃないかと思えるぐらいに穏やかな寝顔で、息をしているか何度も確認して安堵する。
「なんというか……セクリに色々押し付けることになってごめんね」
「だいじょ~ぶ、まだまだ余裕はあるから! それに新たに食材も手に入っているから焦ることないって」
ここまで予期してセクリを温存していたと言っても過言ではない。
確かにセクリも疲労している部分はあれど普段から寮の作業をしているおかげで体力は多い。今日の戦闘では全面的に鉄雄を信頼したおかげで余計な力を使わずに済んだ。
「さてと……もう少しだけ寝とくね」
「うん、おやすみ」
再び横になって目を閉じるアンナ。同じ目を閉じた顔でもセクリに不安は無く、むしろ安心した。
こうして水に流され連れ去られたりした顛末は終えた。
時間は少し流れて。同日の夕方──
目が覚め体調も戻ったアンナは自分の身体を確かめるように足を運びキャリーハウスの外に出る。
「ふぅ……身体もイイ感じに戻ってきたかな。それにしてもここっていったいどうなってるの?」
知っているのは西側の水場に来たという情報だけ。
雨を遮るぐらい厚い植物のドームの中にいるとは思ってもいなかった。緑と自然の香りに包まれ、まるで室内にいるかのような安堵感。意図的に作られたかのような隠れ家的存在に感激しながら周囲を見渡すと穏やかで底まで見える泉が目に映りその傍らには浄水装置と白刃へと磨き直された破魔斧レクスがあった。
透明な泉から溢れる清水は小さな支流を作りドームの外に繋がり森へ送られていく。
(大きな川はないけどこういう小さな川があるから森は維持されているんだ。それに、わたしをおそった水流も森に水をいきわたらせる何かだったのかも……)
世界樹の牢獄の循環作用について思考しながら視線をさらに動かすと、穏やかさの欠片も無い解体現場があり、思わず固まってしまう。
ただ、干されている鹿の皮に無造作に家に立てかけられている立派な角を見て錬金術士の目となる。
「この鹿って確か……デリシーディアだ! どうしてここに?」
「アンナちゃんもういいの?」
「わたしはへーき。それよりもこの鹿どうしたの? 解体されてるけど狩猟したの?」
「先にここを利用していた子達なんだ。相部屋みたいなことができたらよかったんだけど、襲ってきた1頭をテツが仕方なくね」
「わたし達にとっては運がよかったけどね。このデリシーディアって乱獲されて存在が珍しいの。すっごい美味しいって評判なの。角は薬になるし毛皮は綺麗で温かい、捨てるところが無いすごい鹿だよ。村にいた時これが狩られたら宴になるぐらいだもん」
「そうなの? ボクも話には聞いたけどこれがそうなんだ」
デリシーディア。毛並みは緑で葉の模様が特徴。オスは立派な枝分かれした角を持つ。
森のグルメとも呼ばれ茸や栄養価の高い葉や木の皮を好んで食す。その食性もあってか肉は非常に美味へと昇華され角に薬効成分が溜まったとも噂される。
一頭狩猟すれば一月は働かずのんびり暮らせると言われるぐらい高く売れる。肉も毛皮も角も求める人は非常に多い。
「これだけあったら森にいる間は食料に困らなさそう。毛皮も角も素材に使えるし帰った時が楽しみになってきた」
「お肉はあるけど野菜系が少ないのがちょっと心配かな。明日も攻略を進めるんだよね?」
「ううん、明日はこの近辺で素材や食料を集めるつもり。テツも休ませたいしわたしも急ぎすぎて足元が疎かになってたし、森を攻略するためにももっとなじむ必要があると思うから」
「そっか、良いと思うよ。せっかくこんな安全地帯があるなら利用しないと損だもんね」
「でもここって人工的に作ったのかな? あまりにもできすぎてる昔ここに人が住んでたって言われても驚かないもん」
地面が平面にならされ芝系植物がうっすらと生えている。素材に困ることはない。家屋を建てることも容易だろう。ただ、人がいた痕跡は残っておらず建物の土台も存在していない。
「仮に住んでいたとしてもここに来るまでにそんな痕跡はどこにもなかったから、森に適応しきれなかったのかもね」
この森で飢えることは難しい。だが、実力が無ければ生き残れない。隠れて逃げるだけでは個は生き残れない。
人の身が適応するまで血を繋げるには余りにも過酷でこの森を離れるのが当然の帰結だっただろう。
「もしかしたら高い知能を持った魔獣がここを作ったのかもしれないけどね」
「ありえるかも、昨日のサーベルタイガー達も陣形とか作ってたし、かしこい種が多いはずだから過ごしやすい巣を作ってても不思議じゃないよね」
「でも、デリシーディアに使われたりしてた。何度か入れ替わってるしてるんだろうなぁ」
「今はわたし達ってわけね。すぐに譲ることになるけど今は渡せないよね。このお肉を堪能しないといけないし」
まな板に置かれた肉の山、狩猟用錬金道具『無菌シート』に丁寧に巻かれて保冷庫に入れられる。しかし、入りきらない。骨は骨として綺麗に取り分けても肉の量が多い。鹿一頭分を保管する事態なんて来る前に想像できるわけがなかった。
「内臓は外に埋めとくとして、頭はどうしよう?」
「……あれ? まだ食べられる部分が残ってるじゃん。セクリもおっちょこちょいだねぇ」
「?」
自分でも満足いく解体だと自負している。
綺麗に残った頭はこのままはく製にしてもいいぐらいだと思える出来。
その頭をアンナは手に取り。
「ここが美味しくてみんな取り合いになったんだから! テツもよくがんばってくれたみたいだからたっくさんあげないとね!」
純粋なまでの善意で満ちた笑顔。
セクリは使用人であれど猟師でもなければ料理人でもない。その域にはまだ達しておらず困惑の表情を浮かべ鉄雄に対し同情の念を抱いた。
本作を読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら
ブックマークの追加や【★★★★★】の評価
感想等をお送り頂けると非常に喜びます!




