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第21話 走馬灯

 身体がなんだかすごいふわふわする……それに温かい。まるで空の上で太陽に温められてるみたい。

 でも、周りを見渡すと地上にいる。まるでどこかの村みたい……あっ! これは夢だ……だってここはわたしが前にいたオーガの村だから。確か森の中にいたはず、もしかしてこれって話に聞いたことがある走馬灯かな?

 ──それとも死んじゃったのかな?


「おかあさ~ん!」


 なんて考えていたらドキリとする声が聞こえてきて、女の子がこっちに走ってくる。

 その声と小さな姿。忘れるわけがないだって──


「どうしたのアンナ? そんなに慌てて」


 わたしだから。まだ背も角も小さくて錬金術もできないころのわたしだ。

 それにお母さん。よかった……ちゃんとお母さんの顔だ。忘れてない。手を伸ばして触れようとしても霧に触れるみたいに通り抜けてしまう。

 夢だけど、昔の記憶を見ているのかな?


「ねえおかあさん、わたしきづいたことがあるの!」

「なあに?」

「どうしておじさんやおじいさんはたま~に目の色が変わったりするの? おかあさんも変わるよね? なんでなんで?」

「よく気付いたね。オーガにはね本気で誰かを守りたいとかなんとしても勝ちたいって時にすご~く強くなれるんだ。その時に目があんな風に金と黒になるんだよ」

「すご~く?」

「うん、すご~く」

「わたしにもできるのかな?」

「それは……」


 この話……覚えてる!

 確かこの後……やっぱり!


「──できるね」

「あっ! おとうさん! おかえりなさい!」

「ただいまアンナ」


 お父さんだ……! ちゃんとお父さんの顔だ! こうして目の前にいるのに、お父さんはこっち向いてくれない小さいわたしをずっと見ている。

 夢だから仕方ないけど、なんだか寂しい。


「ねえねえ! わたしも目の色が変わってつよくなれるの!?」

「ああ勿論だ、そもそも『鬼神化(きしんか)』と呼ばれるのはオーガ達が持っている角が鍵となっているんだ。ドーパミンや興奮作用、痛みに鈍くなったりと角から巡る成分が肉体の限界を超えさせてるのさ。目の色が変わる連動性についてはわからないけどね」

「よくわかんない……」

「ちょっと早すぎたかな? でも、アンナには角がある。まだ小さいけど年を重ねて大きくなればきっと同じことができるようになるよ」


 今ならお父さんの言っていることが全部わかる。

 鬼神化はオーガの皆が持ってる肉体強化の術みたいなもの。でも、魔力を纏ったり満たしたりするのとは違って肉体というより体内に変化を及ぼす。

 引き出せる力を大きく超えられる。肉体が傷つかないように無意識に抑えることもなくなったり反射神経も良くなる。鍛えた身体を100%発揮できるようになる。

 オーガの皆はこの力を使って大変な脅威をどうにかしてきた。

 でも、わたしにはまだ使えるかわからない。


「やったぁ! じゃあさっそく! ふぬぬぬぬぬ!!」

「もう、やろうと思ってできることじゃないのに……ねえ、本当に片方の角だけでも発動できるの?」

「理論上は可能だけどきっと君達みたいに強い効果は発揮できないと思う。逆に言えば■■のリスクも無い」

「それならよか──」

「────」


 言葉が途切れ途切れになって風景が真っ白になってくる。


「──ちゃん。アンナちゃん……」


 この声はセクリだ……まだわたしは死んでないみたい……もう少しこの夢を見てたかったけどお別れみたい……。

 でも、どうしてこの夢をみたんだろう。お母さん……それともお父さんが見せてくれたのかな?

 どんどんと意識の境界がはっきりしてきてお母さんの優しい笑顔に見送られるようにわたしは──


「う、うぅ~ん……」

「よかったぁ~目が覚めたんだねアンナちゃん!」

「セクリ……ここは……?」


 何が……どうなったんだっけ? ずっと眠ってたわけじゃないと思うけど。


「キャリーハウスの中だよ。大丈夫? 記憶が混乱してないかな? 雨の中進んでいる時に──」


 ちょっとずつ思い出してきた。ここは『世界樹の牢獄』で2日目の探索で──


「確か……森を進んでいたら……そうだ! 水に流されたんだ! 今どこにいるの?」

「まずは落ち着いて、──はいホットミルク」

 

 テーブルに用意してくれていたカップにポッド。それを両手で受け取ると、手がじんわりと温かくなってくるし甘い香りでほっとする。

 1口飲むと甘くて顔が緩んできて焦ってた気持ちが落ちついてくるのがわかる。

 わたしの恰好もパジャマになってる。時計を見ると時間は12時を回ってる。もしかして夜中なのかな? 


「地図で言うとね西の水場に到着したんだ。今はテツオが外で見張りをしているから安心して」

「よかった……テツも無事なんだ」

「ボク達にケガはないよ。テツオに教えてくるね。アンナちゃんはまだそのままゆっくりしててね」


 ケガはないなんて下手な嘘ついてると思う。セクリが扉の向こうに行くとき包帯の巻かれた左手が目に入った。

 きっと流されたわたしを助けるときに色々なことがあったんだと思う。後でちゃんとお礼を言っておかないと。



「テツオ! アンナちゃんの目が覚めたよ!」

「本当か! よかったぁ~……」


 膠着状態に飛び込む喜々とした朗報。

 緩んだ空気、消えた殺意、抜けた力。集中して向き合ったからこそ理解した、これは隙だと。もう二度と来ないだろうと判断し、四肢に力を込めて角を槍のように携えて突進する。


「峠は越えた感じだな──」


 対する鉄雄。完全に気は抜けているが流し目に状況を正確に理解し、最愛のアンナの元へすぐにでも駆け付けたい欲求に頭を支配される。

 それは余分な力みも全て抜けエゴとか手間とか全てを洗い流し最適最短の手を選ばせた。

 さすまた状の黒い触手を足元から伸ばして首を抑え、突進を抑え込み、側面に踏み込むと同時に破魔斧で角を根元から切断。

 止めに後頭部に柄頭を叩き込み悲鳴を上げる間もなく流れるように絶命させる。

 力なく地に横たわる鹿、少し遅れて落下する角。鉄雄はこれを理解するのに数秒かかった。自分の行為と繋がってすらいない。無意識下に行っていた。


「……今日の食事にするか」


 そう、言葉にするしかなかった。

 こういう結果になってしまったことに後悔はあれど、奪った命に敬意を持って頂くことにする。

 残された四頭は父が殺されたことを理解し木々のドームから脱出して森の中を駆けだす。


「解体の方はボクがやっておくから少し話してきなよ」

「……頼んだ」


 とはいえ、すぐにでもアンナの顔を見たいという欲求には抗えない。

 涙がこぼれそうな安堵感を胸に抱きながらアンナの部屋の扉をノックする。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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