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第20話 牢獄の秘密基地

「ふぅ……さて……ここからどうするか……状況的に大分西の方に来てしまったと思うんだけど」

「うん、北に進んでいた時に東から西の水流に巻き込まれた。かなり動いたからもう崖が近くなってるんじゃないかな? でも、とにかくアンナちゃんを安全なところで休ませないとねそれに……」

「それに?」

「──ううん、撤退も視野に入れないといけないかなって」


 本当は「それにテツオも」と口に出しそうになるのを堪えた。言葉にしてしまえばそれを受け入れてしまうかもしれないから。

 強力な魔術ほど身体にかかる負担も大きくなる。加えて、強いられていた緊張感は計り知れない。鉄雄は二人に雨粒と跳ねた泥しか与えなかった。いくら最高の環境で術を使用してもそれだけの成果を得るための対価は想定以上に重かった。

 まだテツオがアンナの為に疲れを無視できる状態の今が好機、それを過ぎれば十全と動けるのはセクリだけとなる。


「確かにな。ここから村まで戻るのも難しそうだし、目指していた水場に行くのは無理そうだな……それに、昨日使った水場は霧の濃い中を進まなきゃならない……そうだ! 位置的にこの近辺にも水場があったはずだ!」

「うん。ボクもそう思ったけど、現在地がなんとなくでしかわからないのが問題だよ。それも合ってるかわからないし」

「とにかくまずはアンナから『どこでも倉庫』の指輪を借りるんだコンパスも入ってるはずだ」

「うん」


 アンナの指に着けられていた指輪をセクリの指に移す。そのまま虚空に手を伸ばすと指先から飲み込まれるように消えて再び指先まであらわになると手の平にはコンパスが握られていた。

 この指輪は装着者が変わっても使い方に変化はない。繋がる倉庫が変わることもない。言わばこの指輪は鍵と変わらない。

 だが、これは鉄雄には使うことができない。魔力を糧に空間を繋げる門を作り上げる。ボトルに入っている借り物の魔力を利用しても起動はできても安定して維持できない。もしも使用途中に門が閉じる事態になればどんな金属も意味を成さない切断が訪れるだろう。


「貸してくれ、この次は木に登って……」

「それはボクがやるから! アンナちゃんを守ってて」

「お、おう……なんかすごく温かくなってるな……」


 ぬいぐるみのように押し付けられ、背もたれのように身体を使ってアンナを支える。

 水に流され雨に打たれたアンナだがセクリの献身的な加温によって服は乾きホカホカになっていた。そして身体に伝わる確かな鼓動が生きていることを実感させてくれた。

 油断はできない状況であれど今回は間に合ったとホッと胸をなでおろし、優しく慈しむように頭をそっと撫でた。

 対してセクリは器用に枝から枝へ上方向へ飛び乗り、飛び移り、細かな枝と葉の壁をかき分けて何とか肩より上を木の上に出すことができて周囲を探る。


(やっぱり崖の方が近い……霧は……ここより東の方が濃い。世界樹は東北東……あの水場から西北西に進んだ感じかな?)


 コンパスを目印となる世界樹に向けながら現在地を確認。記憶した頭の中の地図と照らし合わせると危機的状況でないのがわかり安堵した。

 位置を頭に刻み込むと枝を掴んでブレーキを掛けながら落下し情報の共有。


「このまま北に進めば水場が見つかると思うよ多分100mもないはず」

「中々近いな。周囲を探りながら進めばすぐ見つかりそうだ。俺が前を歩くからセクリは指示しながらアンナをおんぶして付いて来てくれ」

「まかせて! このまままっすぐ進んで、ある程度進んだら声を掛けるから」

「了解した」


 再び水場を目指して歩き始める。

 自分が突破されたらあの脈動も途切れてしまう。自分にかかっている重圧に恐怖ではなくむしろ生の実感を覚えながら歩き始める。

 握っている破魔斧の刃は血の跡で黒く禍々しく彩られ、惨劇の斧時代に戻ろうとしているように見えた。加えてチラリと残りのマナ・ボトルを確認すると残り一本分と少ししか残っていない。ゴルーア達の魔力を喰らいながら戦っても消費速度を抑えるだけにしかなっていない。大量に奪ったという手応えがあっても、消耗が激しく長時間の戦闘は難しかった。

 次、同じような状況に陥れば途中で魔力切れになる。


(次戦う時がくればわらわに変われ、迫り来る者全てを糧にして喰ろうてやろう)

(交代する気は無い。ここへは殺戮しに来たわけじゃないんだ)

(しかしな、殺す覚悟が無ければ生き残れぬぞ?)

(……かもな)


 重ねてきた『破魔斧レクス』の栄誉が一転して『惨劇の斧』へと戻ろうとしている。

 ボトルの魔力が尽きれば切り裂き、奪わなければこの森では生きていけない。牢獄の魔獣は賢く強い。手を汚さず理想を突き進むのは妄言でしかない。

 平和で穏やかな世界でしか『破魔斧レクス』は存在できない。


「ん……? あっちの方から水みたいな感じがする」

「え? 確かにそろそろだとは思うけど雨と間違えているんじゃないの?」

「いや、雨とは別に感じる──何だこの感覚? 気配? 音とか匂いも感じないのに届いてくる……!」


 直観、無意識化の感覚。人が持つ何となく嫌な感じや良い感じに似た曖昧なもの。

 それが鉄雄を水場に導こうとしていた。

 極限化に置かれることで鉄雄は感知能力が跳ね上がる。生き残りたい欲求が感覚を鋭くさせているのか、得た力が形となろうとしているのか。定かでなくとも今必要な感覚であることは確かだった。


「この先か……」


 細枝の木々が編まれたかのように壁を形成しており、そこに斧を叩きつけて身体が通れる横穴を作ると恐る恐ると中に踏み込む。

 中は暗くランプで照らすと、二人は思わず息を呑んだ。

 ここは木々や枝葉がドーム状に包み込み雨粒も殆ど届かない。まるで外から隔絶され牢獄に造られた秘密基地のようであった。

 何よりも地下から湧き続け透明で清らかな小さな泉がある。


「こんな場所があるなんて……!」

「……だから先客もいるだろうな」


 水も飲めて雨宿りができる絶好のスポット。昨日今日造られた訳ではない、鉄雄達が最初の到達者でもない。

 先住民はここにいた。外から来た新たな灯りに反応する角を持つ四足獣達。


「鹿系の魔獣だね……それも5頭、子供もいる」


 警戒し左右で十二に枝分かれした角を突き付けてくる。ここは譲らないと示すかのように左右に振るわせ威嚇をしていた。

 さらに子を守るために戦う親という構図。自分達はどう見ても強盗にでも入ったかのような襲撃者。


「場所を分けてくれ……そうすれば何もしない」


 だが鉄雄も譲れない。

 ここしかない、ここ以外は間に合わない、ここ以上に出会えるかわからない。

 言葉が通じてキャリーハウスを出現できるだけの場所を譲ってくれれば戦う必要は無い。そんな夢みたいな道具は存在していても手持ちにも倉庫にも無い。

 略奪者にならなければならない。血塗られた破魔斧を突き付けると、鹿達はわかりやすく後ずさりして距離を取り始める。


「……何だ?」

「もしかしてゴルーアの血に反応しているんじゃ? テツオが勝者だって理解したんだと思う」


 斧に付着した血は強さの証明。匂い立つは強者の敗北。

 自分達がどうすることもできない相手を屠った相手。目の前の人間は自分達よりも上位の存在だとわからされる。


「とにかくこのままスペースを奪おう。キャリーハウスを発動できる広さが手に入ったらすぐに使って陣地を取るんだ。入口は俺が抑える」

「わかった……」


 一歩中央に移動すると合わせて一歩下がる。まるで鍔迫り合いのように緊張で満たされた場所の奪い合いが始まる。ただ恐れる者と進む者状況を支配しているのは火を見るよりも明らか。逃げ場をあえて与えるように鉄雄達は陣地を広げていく。

 そして、キャリーハウスを展開できる広さを手に入れると。


「──キャリーハウス起動」


 すぐさま展開し占拠した。鹿達は突如出現した建造物に驚き木々のドームの端まで下がってしまう。だが、誰もここから離脱しようとしない。何せここは安住の地、巧妙に隠された木々の壁に屋根、食べられる草も葉も木の皮もあれば水もある。弱者にとっての天国とも言える。


「任せたぞ」

「任せてよ」


 扉の奥に消えていく二人。その扉の前で仁王立ちして門番として立ちふさがる神野鉄雄。

 ただ、表情は安堵のものになっている。危機を脱したという気持ちが溢れ殺意や敵意が激減する。


「この家に近づきさえしなければ何もしない。アンナが回復したら俺達は出ていくだからしばらく相席させてくれ」


 落ち着き諭すような口調でも鹿達の警戒は解かれない。鉄雄も言葉では優しく言っていても右手に握られた破魔斧が油断してない証拠。

 話し合いで収まるとは心から信じていない。


(これは長くなりそうだな……いっそのこと──いや、それは違う。それは俺の目指したい道じゃない)


 最適最短最良の方法。

 誰でも分かる。目の前の鹿達を全員狩ればいい。

 食料も手に入り、不安要素が消える。状況が状況だけに咎める者もいない。メリットの方が多い。

 しかし、刃を振るうことはしない。この選択は鉄雄のエゴに過ぎない。殺すことに対する抵抗感や嫌悪感を薄くしたくなかった。自ら進んで血を纏いたくなかった。

 それでも──


(けど……アンナの安息を汚すことは許さない)


 他者の食い物にされる気は無い。優先順位を間違えたりしない。その上で自分の道を進む。

 睨み合いを続ける選択肢を選び続けることに後悔はなかった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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