第28話 最初の目的はゴールで
4月14日 火の日 13時40分
レイン・ローズという女性がアンナをライトニア王国に連れて来た。その経緯を簡単に伝えられる鉄雄。
オーガの村で錬金術をしながら日々を過ごしていたアンナ。
そこに訪れたのは一人の女騎士。名をレイン・ローズ。始めは侵入者と認識され、排除されそうになったが、圧倒的な力で屈強な戦士達に誰にも怪我を負わせることなく無力化し、対話の場を作り上げた。
そして、父親を探しやすくするため、錬金術をより磨ける場所としてマテリアへの入学を提案した。
「そんな縁があったのか……ある意味俺とアンナを繋げてくれた恩人でもあるんだな」
「今思い出したけど、テツが100キラになった原因の1つだよ」
「100キラ…………ア”!!」
もはやトラウマとなった競売所での記憶が蘇り声にならない声が吐き出される。完全に思い出す「アビコン」の基準値となっていた最強の騎士。それこそが『レイン・ローズ』であること。
「──思い出した! あの人だったのか……世界は意外と狭いな」
目の前で本物と対面すると明確にその差が顕著に表れ、納得せざるを得なかった。ほんの一閃の剣技にどれだけの研鑽が乗っていたのか。一挙手一投足の立ち振る舞いがどれだけの信頼を手にしてきたのか。
ただ、比較対象が悪すぎただけだった。
「気持ちも切り替えて探検開始といこうか!」
「それもそうだね! でも、レインさんの地図や話だとこれ以上進める場所は無さそうなんだよね」
アンナは子供達を助けたいという目的を達した今、憑き物が落ちたかのように喜々とした感情が。命懸けの経験で自分の無力さは知れど、うじうじと悩む性分ではない。大事なのは先だと理解している。
けれど、地図が示す通り歩んだ通路や部屋には何も残されおらず、探索し尽くしたように見える。しかし、彼の目は輝いて先を見ていた。
「確かに、このでっかいのが栓をして先に進めない。排除するのは無理。だが、見るべきところはあるぞ!」
「確かにそうだよね! わたしはこの花びらとかでっかいツルの中身がどうなってるのか知りたいんだけど」
「俺としては隠し通路とか探したいんだけど、そっちも気になるから先に付き合おう!」
少女の好奇心に負けじと子供心剥き出しの大人。
踊り出しそうな陽気に好奇心の塊となって、前の世界では見る事が出来ない存在に手を伸ばす。今は余計な事を考える必要は無い。純粋に疑問を見つけ、触れて、自身で答えを導き出す自由な勉強が始まった。
「へぇ~、ゴムみたいな皮してるし掴みきれないぐらい厚い。中は細いのでいっぱい」
切断した巨大ツルに触れて、叩いて、揉んで、擦って、触感の要素を堪能する。
「維管束って言うより筋肉だな。自由に動き回るには柔軟性が必要不可欠だろうし伸び縮みもかなりできるんじゃないか?」
「あっ、ほんとだ凄い伸びる! おもしろそうだし何本か持って帰ろ! ここを引っ張れば──」
束の中に腕をつっこみ一本握りしめ、綱引きの要領で全身を利用して引き延ばすが全く抜ける気配が感じられず、手を離すと目にも止まらぬ勢いで戻り空気の鳴る音が広い空間に反響した。
「引っこ抜くのは無理そう……それに伸びてる時に切ったらわたしに向かってきそう……」
容易に想像できる芸人が行うゴムパッチン。だが、威力は段違い。ネタで済む威力に収まらず。回避できても勢いに釣られて一緒に吹き飛んでもおかしくない。
「こういう時はこの斧に任せるんだな。こんな風に少しだけ力を使えば……」
斧の刃に薄く黒い膜を発生させて厚い皮に当てると、豆腐に包丁を通すかのように簡単に切り込みを作り上げる。
そのまま線を引くかのように簡単に先端近くまで切り進み、皮を捲るとツルの繊維束が剥き出しとなった。
「へぇ、便利ぃ~!」
「多分触れたものを消滅させる力を持ってるんだと思う。危険性は高いけど、薄く低出力で使えば硬度や剛性を無視した万能包丁に早変わりだ」
「ちゃんと使いこなすようにしたみたいだけど、想像よりもすごい地味な使い方してるね」
「こういう小手先の使い方をマスターするのも大事なんだぞ」
体を使われている時に学んだ斧が持つ技能。忌避すべきものではなく、理解し身の丈にあった使い方をすれば自分の可能性を広げられると考えた。これは小さくとも受け入れたという証明でもある。
刃を束に向かって押し込めば採取のための下準備は終わり、アンナが力づくで引っ張ると白く半透明な太い糸が抵抗されることなく滑るように抜け落ちる。
「これだけでじゅうぶん使えそう……」
優れた靭性、柔軟性、長さも余剰と言える程長く、縄や紐で出来る事全てが実行できる頼もしさがあった。
「この皮とか防弾チョッキに使えそうだな! いや重いか!」
正方形に切り分けて胸元に掲げる。この皮は巨大花の武器であり盾。故に非常に丈夫で高い柔軟性も備えている。
和気あいあいと自分達を殺そうとしてきた存在である事を忘れたように解体し、持ち帰る算段を思考していた。
そして、見てない残りは半分となり地に落ちた今も異様な雰囲気を発する花托に近づく。
「この形って人……なのかな?」
「多分な。でも、どうしてこの形になったのかはさっぱりだ」
人の形をした花柱達、言葉とは裏腹に鉄雄は何となくでも最悪の想像はできていた。太いツルが目指した先には何があり、何を求めたのか。もたらした結果が作り上げたのではないのか。
偶然ではなく怨念が作り上げたのではないかと。その腕は虚空を伸ばし何を掴もうとしていたのか。この造形に様々な情景や背景が浮かんできていた。
「これ花粉なんだ……入れる物が無いから持って帰れないのが残念だけど」
空想に浸り情緒を感じている最中に、関係無いと言わんばかりにアンナは杖で叩く。すると人の身は崩れただの黄色い固まりへ成り、粉が舞い散った。
「けほっ! 結構舞うなぁ……それにこういうのも素材にできるのか?」
「うん。こんなに大きな花だと花粉も希少だからできれば欲しい。でもビンが無いから次の機会になるかな?」
「なるほど、都合よくここにビンとかあればいいんだけどな……」
あまりにもあっさりと美術価値が消え失せた。どれだけ歪で怨念感じる姿であっても大事なのは何で構成されているかと言わんばかりに。新たな使い道として釜に入れられる未来。
そうした容赦ない採取が一通り終了すると次に順番を譲るように鉄雄の提案について質問した。
「さっき隠し通路とか言ってたけど、考えがあるの?」
「このダンジョンって十字路の形をしているのが多いんだ! この部屋もそう。俺達が来た通路の先には埋まってるけど通路がある。となると、レインさん達が通って来た通路にも同じ事が言えないか!」
「じゅうじ? とにかくあの道からまっすぐ伸びた先の壁に通路があるってこと?」
待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて声高らかに話始める。
ビシっと指さす壁には通路は無い。推測でしかないのに自信満々に存在していると確信を持っている。
「え~と……あそこからまっすぐだと……この辺りかな?」
色の違いも無ければレンガ模様の規則性も乱れていない。同一に連なった一部分にすぎない。
目測ながら正しい位置を導き、軽くノックをすると硬い音が返ってくる。
「少し消滅の力の出力を上げて叩きつければ空洞が見つかるかもしれない……!」
「それが手っ取り早そうだけどだいじょうぶ? 変に壊したりしない?」
アンナは止めない。第一正解かも分からない時点で何をしても良いと考えている。気にはなるけれど絵空事。満足するまでやらせるのが正解と思っている。
「加減はするから大丈夫だ! よし! 少し離れていてくれ…………ふんっ!!」
斜めに一振り、引っかかりも無く削れる音もなく、滑らかな切り跡を残した。
「ちょっと想像と違うかなぁ……もっとバーン! って砕けるのかと思ってた」
「──俺もだ。使い方をもっと変えればいいのか?」
「ん……? でも見て! 奥が見える!」
切り口を覗くと壁の部分は貫通し空間が広がっていた。
「それならもう三回繰り返せば──」
「こっちの──ほうが──!」
鉄雄が新たな行動をする前に、アンナは既に動いていた。
左手を壁に付け、右手に握り拳を作り力と魔力を込める。
「はやいっ――!!」
細腕から予測できない紫の輝きを纏う褐色の一閃が壁に激突すると。轟音と破砕音が広がり、アンナの腕は壁の中に埋まり、引き抜くと穴がぽっかりと開けられ、そこに両腕をねじ込みプレゼントの包装紙を破くかのように目の前の障害を両の手で取り除いた。
「はっ!? えぇ~……」
「ざっとこんなもんね。先に進むわよ!」
(怪我一つ無いのは良かったけど、何て剛力だ……魔力の有無だけじゃなくて種族としての力か? 人間よりも筋線維の密度とか骨の強度が段違いなのか?)
呆気に取られる鉄雄と手を払い得意顔のアンナ。
人間とオーガのハーフである彼女は左片角の目立つ特徴を持つだけではない。戦闘種族としての肉体を身に宿し、人間以上の高い運動能力と怪力を手にしている。加えて人間が持つ高い適応能力、知能、魔力も備わっている。
「おさきに!」
互いの種族の良いとこ取りをしたような彼女だが、まだ少女。
テンションが上がるのは鉄雄だけではない。絵空事で無いのなら年相応の好奇心がアンナにも湧くのが必然。我先にと土埃残る通路へと足を踏み入れる。
「あっ! ずるいぞ! ……お、ここも明るいのか」
魔光石に照らされているがツタに覆われていない石造りの細い道。躊躇の欠片も無く軽い足取りで進行して道中にある緩い階段を上っていく。
段差が途切れた先に新たな部屋かと高揚したが、再び壁が二人の行く手を阻んだ。
「行き止まりってことは無いわよね」
「流石に考えにくい。同じように試してみるか」
迷わず消滅の力を纏わせた斬撃を叩き込む。想像通り切り込みの隙間を覗くと壁の裏には空間が広がっているのが判明した。
「よし! また思いっきり──あれ?」
「自己修復機能がある壁だと!? すげえな……」
しかし、切り裂いた壁はみるみるうちにその傷を塞いでいき。ほんの数秒で元の姿に戻ってしまう。液体や粘液でも無い固体の壁が生き物のように傷を埋めた。その光景に素直に感嘆の言葉が漏れ出す。
「それだけじゃないよ。魔術で強度も高めてあるみたい。わたしがなぐっても壊れないと思う」
手をハンマーのようにして壁を叩くも触れる音が聞こえず空気の壁のような何かで阻まれていた。
「消滅の規模を上げれば……いや、ダメだ。怖い」
一気に壊せば解決すると頭に浮かぶが。ここは二人が横に並ぶのが限界の狭い空間。一つ間違えれば取返しの付かない事態を引き起こす力。
自分で制御できない速度まで車のアクセルを踏むようなもの。
「あ、そうだ! トラップ解除した時の力じゃダメ? 無力化し続けてる間にわたしが壊せばいけるんじゃないかしら?」
「成程な。試してみるか」
素直に従い力強く叩きつけると刃が深く食い込む。
「ここでっ――!」
上の階層でトラップを壊した時のイメージを再現し実行する。感情が引き金となり壁全体に黒い亀裂模様が走る。
「ふんふん。普通に触れるようになったわね。それに黒いのに触っても問題なさそう」
「いけそうか?」
黒い模様を指でそっと撫でるように触り、指を見て一つ頷く。
問題無いといった得意顔で腕をぐるりと一回転させる。
「そんな心配は無用よ。あともう少しそっちに詰めて」
「――うぅ。これが限界だな」
斧の柄を握ったまま必死な顔で体を三日月型にしならせ、半分以上の的をどうにか提供する。
「せーのっ!!」
先程と同様の結果が広がり、勢いそのまま転がり込むように壁の先へと踏み入れた。
「ふぅ……強化されなかったらさっきより脆いのね」
「壁の再生も止まってる。完全破壊したからか?」
侵入者を拒む門番の役目は終わり、出入口として生まれ変わった。
二人が行ったことは、ただ魔力で守られた壁を壊したに過ぎない。しかし、注目すべきは過程。二人はまだ気付いていないがこの世界において最適な戦闘方法の形が実現しようとしていた。
「それよりも! ほら! こんな地下なのにアトリエがある!」
「ここで研究していたってことか……」
目の前には錬金術士のアトリエと呼ぶにふさわしい空間が広がっていた。
天井まで届く本棚や整理棚。色だけがこびり付いた多くのフラスコや試験管。
そして、錬金術士の証明とも言える道具、朽ちかけた大きな錬金釜が中央に佇んでいた。
二人が辿り着いたのはこのダンジョンの中枢。即ちダンジョン作成者のアトリエ。多くの冒険家や調査隊が血眼になって探す目的地。
現在に受け継がれなかった知識や技術。禁忌とされ封印された魔術や遺物。伝説と謳われた宝具。命を賭けて手にしたい宝がここで作られていた。
そんなロマンが生まれる場所に二人は踏み入れることができてしまった。




