第19話 勝負あり
「『エンブレイスマター』──起動!!」
アンナとセクリの足元に出現した穏やかな黒い沼。この沼には魔力吸収は付与されておらず、液体のようで液体でない大量の粒子で作られている。
「セクリはそこでアンナを回復させてくれ。絶対二人に傷を負わせるようなことはしない!」
「うん、任せた! ──『ホットゾーン』」
セクリは自身の魔力でアンナを包み温め癒す光と火属性の複合魔術を発動。全面的に鉄雄を信頼し自分の熱を分け与えるかのようにアンナをしっかりと優しく抱きしめる。その献身的な行いに褐色肌に少しずつ赤みが戻り始めた。
「お前ら! 俺の言葉が理解できるか知らないが! 逃げるなら今のうちだ! 何もせずこのまま退くなら追いはしない! この時点で俺の勝ちは決まっている!」
威風堂々とした勝利宣言。絶対的な自信。
言葉が通じなくても纏う覇気は力強く、本能を刺激する。ハッタリではない厚み。
雨粒で頭が冷えることもなく互いの殺意が火花を散らし、今にも闘争心が爆発しそうであった。
「オアッ──!」
火蓋を切った一頭。
一頭が鉄雄に向かって投石。しかし、一瞥して斧で砕き落とされる。その瞬間を突いて追加で一頭が鉄雄に向かって駆け出す。
加えて周囲で待機していた三頭がセクリ達に向かって飛び掛かる。
手負いの仲間と護衛を同時攻撃。
「容赦ないな本当に──」
落ち着いた口調でセクリ達に迫るゴルーア達を視界に収める。
左手をタクトのように振るうと黒い触手が沼から伸びて飛び掛る三頭に絡みつき硬化。抵抗する間も無く動きは封じられ勢いは殺され地に落下し魔力が吸われ始め養分と化す。呻き声をあげながら全身に力を込めて暴れるも絡みついた黒の枷は浸食するように広がり僅かな亀裂はすぐに塞がり壊れなければ外せない。
鉄雄に向かった一頭は大振りで拳をぶつけようとしてくるが、もっと恐ろしく早い拳を何度も見ているのでもはや児戯に等しく紙一重でかわされてしまう。さらに視界に入った囚われの同胞達に動揺を隠せず動きが止まってしまう。
その隙は超接近状態においてあまりにも致命的。
「純黒の無月──」
すれ違い様に心の中で「すまない」と呟き、破魔斧で一閃──袈裟切りとした。
筋肉の鎧を紙を鋏できるかの如く切り裂き血を噴出させた。
「──っ!?」
鉄雄は目の前で起きた現象に驚きを隠せなかった。
だがそれは初めて生き物に手をかけたことでも、血の噴出でもない。
ゴルーアの身体から砂鉄の山に磁石を近づけたみたいに大量の魔力を引きずり出したことである。普段の魔力吸収とは効果も勢いもまるで違う、刃で切り裂いた肉の谷から永久の長さはある根を引っ張るかのように魔力を吸い続けていた
(何だこれ!? 普段の吸収と全然違う?)
(お主は生物を切り裂くのは初めてじゃったな。これが破魔斧が持つ本当の力じゃ。体表から溢れる魔力よりも血肉と共に流れている魔力の方が圧倒的に多い。お主は今まで全力で戦い使いこなしているつもりでも、精々半分がいいところという訳じゃな)
破魔斧レクスは斧である。今までは杖か盾のような扱いしかしていなかったが。純然たる斧の使い方をすれば一撃必殺の破壊力を秘めていた。刃がかすり傷でも肉を傷つければ見た目は軽傷でもそこから魔力を吸血生物のように吸い続ける。
『惨劇の斧』と呼ばれていた時代ではこの使い方が当たり前。鉄雄の使い方がおかしいのである。
そして、大量の魔力を得たことで術の性能は安定強化する。次の獲物を楽々と狩れる程に。
「ゴアアアアッ!!」「ホォオオオオオオっ!!」
敵討ちと言わんばかりに雪崩れ攻め込む数頭。
上から拳を叩きつける──と見せかけ枝に掴まり、振り子のように蹴りをかます。
「──なっ!?」
立体的な攻撃に一瞬驚いたが横に転がり回避に成功。
だが、気を休める暇もなく同じタイミングで地上から丸太を叩きつけるかの如しラリアットを仕掛ける一頭。届く前に自身の足元より幾つもの硬化した黒い触手を伸ばす。ゴルーアの目の前に突如として槍が構えられたようなもの、勢いは止められない。自らの勢いがそのままダメージへ繋がり小さな呻き声を上げて体勢を崩す。
そして、黒き一閃で切り裂かれて背中が地と接する。
「上だよ!」
蹴りをした一頭はその勢いのまま真上へと体操選手のように跳び上がり、重力と自重を加えた両腕の鉄槌を叩きつけようとしていた。
(野生動物の動きじゃないだろ!)
硬化した破力で黒の天蓋を作り防ぐ──ことは叶わず、両腕の一撃は防御壁をパイ生地のように砕き大量の黒く薄い破片が散らばる。
ただ、天蓋の下に鉄雄はいない。黒き花吹雪に襲われるように視界が奪われ、対象の姿を再び視界に収めた時にはもう遅く鋭い一撃に自身の身体に力が入らなくなり地に伏せるしかできなくなる。
「──まだ続けるか?」
破魔斧の白刃は同胞達の血で黒く染まりつつあり、持ち手は未だ健在。一切動いていない二名は枷ではなくむしろ罠の餌。
数の有利はまだあっても味方は減り続けた、その焦りからかゴルーア達の攻めに精彩を欠き始める。指揮官がいると言っても信じてしまいそうなぐらい動きの一つ一つに繋がりがあり意味があったのが、タイミングも陣形もバラバラ、ただ順番に攻め込んで来ただけとなる。
鉄雄の目に恐怖も焦りも無い、普段の訓練の方がもっと危険に満ちていたから。
アンナ達を抑えたら動揺すると考えた数頭は最後の足掻きとして樹上から飛び降りるように拳を振りかぶったが、鉄砲水の如し黒い奔流に身体を押し流され、繭のように包まれ地に転がされる。
鉄雄に攻めてきたのは拘束されて切り裂かれ、一頭また一頭と切り裂かれる。もはや屠殺場のように流れるように命が消えた。
人数差が逆転した瞬間、攻め時を見失っていた臆病なゴルーアは全力で逃げ出した。黒い触手に捕まらないよう必死に木の枝を乗り継いで。
鉄雄はその後ろ姿を溜息一つに見送ると見捨てられた彼達に視線を送る。
「残りはこいつらか……」
魔力吸収の枷に拘束されて身動きが取れなくなったゴルーア。このまま首を落とすのも可能、そもそも拘束の時点で消滅の力で棘のように突き刺せばもう終わっていた。
鉄雄の甘さが彼達を生かしていた。
ただ、牢獄のルールは勝者が決める。何をしても咎める者はいない。
しかし──
「テツオ、それ以上は止めた方がいいよ……」
「ここで解放したらまた襲ってくる可能性も──」
「刃の意味が変わってくる。もうこの子達に争う意志はないから」
セクリの言葉に鉄雄は昂ってきた心が落ち着き始める。
残されたゴルーア達は魔力も空っぽ暴れることを止めて葉の裏を見ている。もはや眼が死んで己の未来を理解しているようでもあった。
そんな心の折れた相手に対し斧を振るう覚悟も殺意も無い鉄雄は小さく息を吐くと枷を解き自由の身とした。
「……それもそうだな──二度と俺達に近づくんじゃないぞっ!!」
怯えた背中に一喝すると。ゴルーア達は纏まって命からがらと足早に逃げ出す。
逃げ去る音が遠ざかり雨音だけが響く穏やかな空間となると戦いは終わったのだとようやく実感した。
鉄雄は体の中の緊張を全て吐き出すような大きなため息を吐くと、木の幹に背中を預けて無事な二人へ視線を向けて確かな達成感に浸っていた。
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