第18話 相応しき名
時間は巻き戻り訓練場にて──
「ええ? あの術をより洗練するにはどうすればいいかって?」
「はい、もっと上があると思うんです。お姫様達を守った時も強いとは思ったんですけど不安定でただ力を押し付けているだけ。あの娘達が魔力を分けてくれなかったら維持すらできませんでした。もっとこう……穏やかさというか安定感が必要だと思うんです」
三人の幼いお姫様達を傷一つ付けずに守り抜いた術。まるで国を窮地に陥れたアメノミカミのようだと言わしめた術。
あらゆる形に変化する水、そこに硬度を変化させる技能を加え、魔力吸収と消滅を状況に合わせて付与できる。相手を傷つけるのではなく無傷で拘束も可能。
アメノミカミとの激闘で得た着想。上下左右360度文字通り全ての方向から水の攻撃、破魔斧でなければ防げなかった、身に染みて苛烈な猛攻を凌ぎ続けたおかげで鉄雄も同様の水の動きができるようになってしまった。
「着眼点は悪くないわ。圧倒的な術って荒々しさよりも洗礼された美術品のような佇まいがあるもの。魔術を安定させる手っ取り早い方法は詠唱を考えたり魔法陣を作るのがいいわ」
「詠唱にはそういう役割もあったんですね」
鉄雄の場合は詠唱が聞こえたら魔力吸収で妨害。唱え切る前に魔力を削れば不発に終えるから。
「そもそも詠唱はね、今みたいな形式ばったものじゃなくて歌だったり意思表明の面が大きかったの。例えば……「俺の炎は強くてよく燃える。だからお前は灰と化す」みたいなね。精神状態と魔術の精度は密接にある。あなたも身に覚えがあるでしょ?」
「確かに……!」
「思ったんだけど詠唱はともかく何で「あの術」呼びしているのよ? 名前付けてないの? あなたなら真っ先に考えてそうなのに、『破力』にしても『ラストリゾート』とかポンポン出てたじゃない? スランプ?」
「何というか……あの術って複数の役割をこなせるじゃないですか? だからなんというか……技に似合った名が思い付かないんですよ。この術はこういう役目があるからこういう名だ! っていうのが」
無論、精神と精度の関係性には名前も影響する。『ラストリゾート』は最後の切り札。その名の通り、自分に残る力を本気の本気の全力で吐き出し尽くして敵を倒す大技。意味に見合った覚悟で放つからこそ国を救う鍵となった。
「そうね……じゃあ私が付けてあげるのはどう?」
「キャミルさんが名付けてくれるんですか? ……確かに自分より他の人の方が術の性質とかよく見えてると思うのでキャミルさんがこうだって決めてくれるならお願いします」
尊敬している魔術の師匠に名を与えられるというのは師弟の繋がりのようで存外悪くなかった。
キャミルはメガネに指を当てて少し考えるとパッと閃いた表情を浮かべる。
「…………よし決まった! 『エンブレイスマター』ね!」
「エンブレイスマター……? エンブレイスマター……うん、言いやすそうですし良いと思います」
頭の中で反芻し、術のイメージに名札を付けるように記憶した。
「ええ、真剣に考えてこれがいいと思ったの。とても似合ってると思うわ」
「ちなみに意味は……?」
「今のあなたに言えば術の性能が大きく変わりかねないから秘密。でも、あなたが本気であの術を使う姿はまさにそういうことだから」
深くは聞かず信頼の証と素直に受け止めた。
大事な者を絶対に守護する破術。それが『エンブレイスマター』。従者に相応しい盾がここに誕生した。
「それと、言い忘れてたけどあなたには新たな力が1つ目覚めているわ」
「新たな力?」
「属性の力。この世界の人はみんな得意な属性があるのよ。レインだったら『氷』ゴッズなら『火』みたいにね」
「確かセクリは『光』……アンナは……何だろう? 全然魔術使ってるとこ見たこと無い……って俺にも属性の力が宿ったんですか!? 異世界人で魔力の無い人間なのに!?」
「珍しい話じゃないのよ。簡単に言えば環境適応みたいなものだもの。生まれ育った環境によって会得する属性の力は偏るわ」
ここライトニア王国では『火』や『風』の属性の力を得る者が多い。
簡単に言えば熱い場所なら火の力を寒い場所なら氷の力をと言ったように住んでいた場所によって得意な属性に変化が生まれる。
「──でその属性の力って何ですか?」
「加護、理解力……自然の本質に触れた証明……言葉にするのは難しいわね。でも、中級以上の属性魔術を扱うには属性の力を会得してないと不可能と言われてる」
「強い力を引き出す触媒みたいなものなんですかね? それで、俺には一体なんの属性が?」
「ここまで聞けばわかってるくせに。──『水』よ、アメノミカミと過酷な戦いを得て身体が適応した。エンブレイスマターはどうみても水属性の力だもの」
「なるほど……だから扱えるようになったともいえるんですね」
エンブレイスマターはこれまで破魔斧を手にした者が使ったことの無い術。鉄雄が初めて。
もしも次の誰かが同じ術を発動しようとしても、水属性を会得していなければ半分以下の性能と落ちるだろう。むしろ出来損ないが発動出来て御の字。
「ちなみに私は火、水、風、土の属性を得ているから」
「流石ですね……というか複数属性って可能なんですね」
「まあ、これらは目立つ自然の力だからね意識して修行すれば得られるはずよ。ただ氷とか雷、光と闇は生まれた環境が大事らしいのよねえ、初級は問題ないけど中級クラスとなると見てくれだけだもの」
鉄雄は無知故に「はぇ~」な腑抜けた顔で聞いているが。これはすごいことなのである。
殆どの者は一生のうち一つの属性のみ会得して終える。二つとなれば魔術の才覚に恵まれた、三つともなれば天才、四つ以上となれば詐欺や虚栄と疑われる。
複数の属性を高い基準で扱えている者は数が少ない。キャミルはそれを満たしている。だからライトニアでは誰もキャミルに魔術で意見ができない。
無知な鉄雄だから素直に教えを乞えていられているとも言える。
「あっそうだ大事なことを言っておかなくちゃ」
「ま、まだ何かありました……!?」
「無意識的にアメノミカミ模倣して作られた術だから環境に大きく影響されると思う。だから、乾燥したり熱すぎる場所で使うのは止めた方がいいわ」
その言葉にピンと来て得意顔を浮かべる鉄雄。
「でも逆に雨の日に使うと──」
「ええ、間違いなく──」
「「無敵」」
認知と思い込み。
物は下に向かって落ちる。という周囲の認識と同じように雨の日に水の魔術を使うと格が一段階も二段階も上がる。誰もがそういう物だと理解してしまう。
何よりもライトニアを壊滅に近づけた雨の魔神を模倣した術。
本能レベルで理解させられる。
この術を止める術などないと。
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