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第15話 過去の失敗

~調査資料~

『世界樹の牢獄』の魔獣について

森に住む魔獣達は小型~中型に限られる。大型ともなれば木々に阻まれて行動し辛く外敵の的にしかならないからだろう。

体表が迷彩模様であったり植物の一部に擬態する特徴を持つ種が多い。

他の土地で見られる同種の魔獣と比べても知能が高く感じられる。攻めるよりも逃げることに重きを置いているようで罠に誘い込む動きが見られた。

中には派手な見た目の魔獣も存在したが、それは派手な見た目で他を引き寄せ逆に狩っているようでもあった。原色多めの派手な個体を見かけたら逃げる方がよいだろう。

 ベッドに倒れて天井と向き合う。

 ここは思った以上に厄介な場所だと改めて思う。手にした術が通じることはわかっても、魔獣の存在は厄介すぎる。それに魔虫? も。

 反省すべきことが多い。失敗することはあるかもしれないと思ってはいたが、連鎖的に繋がるのは想定外だった。アンナは「気にしなくていい」なことを言ってくれたがそれに甘えてはいけない。

 事前に調べたことがまるで活かせないのが問題。

 とにかく明日は今日の失態を挽回しないとな……そのためには疲労は全部綺麗さっぱり消しとかないと……

瞼を閉じると一気に眠気に襲われる。睡魔に頭を揺らされながらも資料室で調べたことを思い出していた。

 これは記憶か夢か……とにかく……あの情報は大事なことだ……。



 7月8日 火の日 10時10分 騎士団本部 資料室


 『世界樹の牢獄』。これから向かうそこは調査部隊で調べられていないわけがない。

 世界樹の素材を錬金術に利用すれば凄まじい効果が期待される。ひょっとしたら不老不死にだって近づく可能性もある。錬金術士が多いこのライトニア王国で注目されて当然の土地。

 既に何度か調査されているとは思う。ただ、恒常的に世界樹の素材が流れてこないことから何かしらの障害があるのだろう。森で迷うとか魔獣が強いとか色々と。

 けれど、調査部隊の土地調査は期待できる。

 近辺の地形図はもちろん魔獣分布図や植生も記録されている。王国近辺の場合この情報によって外来種もすぐに判別し、野生で紛れ込んだのか他国が送り込んだ危険生物なのか警戒できる。


「世界樹の……せ……せ……あったあった──!」


 予感的中! 例に漏れず資料はファイルに纏められて場所の頭文字順に並べられているのですぐに見つかった。これを読めば役立つ情報が手に入る。ある意味攻略本みたいなものだ。

 他より厚みが小さいのに一抹の不安を感じながら開──


「あら珍しい、調べ物?」

「あっキャミルさん。お疲れ様です」


 タイミングが良いのか悪いのかキャミルさんが資料室に訪れた。

 彼女はキャミル・スロース、俺の年下先輩で魔術の師匠で眼鏡がよく似合っている。様々な知見を得ており、その頭脳に本当に色々お世話になったり助けられたりで頭が上がらない相手。


「キャミルさんは世界樹の牢獄について何か知っていますか?」

「まったく……私はあなたの辞書じゃないのよ?」


 俺が何か質問するとこうして返してくれるのも慣れたもんだ。

 そしてなんだかんだで教えてくれる。

 資料棚の前に立って指をなぞりながら何かを探していると。


「危険な場所だぁ~って大層に説くよりもこっちの方が脅しになりそうね──私が生まれるよりもずっと前の話なんだけど……あったあった。世界樹の素材を独占して恒久的に採取できるようにする計画もあったのよ。その顛末が書かれているのがこの資料」


 一冊のファイルを手に取る。そして、それは表紙が真っ黒に塗られている。

 その意味は前にここに来た時に教えられた、資料室のフォルダには情報区別のために表紙に色を塗っていることがある。黒い表紙はすなわち──


「ブラックコーティング……! つまりそれって忌むべき黒歴史」

「そういうこと」


 中でも「黒」は特別、黒歴史と呼ばれる程表に大々的に出すことを禁じられている情報が記録されている。とは言っても、実際にあった事件をまとめてあるので知っている人は知っているらしい。尚、これ以上の秘匿すべき情報をまとめたファイルもあるらしいが、ここには置いていない。


「ニアート村は知ってるわよね? なにせあなたが初めて行ったダンジョンがある村だったのだもの」

「忘れられる訳ないですよ」

「そこは元々世界樹の素材を受け取り王都に運ぶための中継地点として作られたのよ」

「そうだったんですか!?」


 でも確かに……あんな辺鄙(へんぴ)な高い場所に好んで住むのは信じられなかったからな。でも、世界樹を繋ぐ中継地点として作られたのなら納得だ。


「今の東の領主はあなたのよく知るクリスティナ家。その前の領主がこの計画を立案したの、成功すればライトニアは大きく発展するでしょうし、錬金術士達にとっても錬金術の大きな進歩に繋がると思って賛成していたのよ」

「やっぱりそういう考えは浮かびますよね」

「ええ、世界樹の素材はもちろんだけど森にある素材もめずらしいのが多いからね。王様も許可して国総出で行われたみたい。最短距離でまっすぐに大きな道を作ろうとしたけれど、潜んでいる魔獣が非常に多い上に木を切り掘り起こして道を作るのにも難航」


 手元のファイルを読んでみると、森の密度が濃く魔獣が大量に隠れていると記載されている。まっすぐ進んでも1日で到着できるか不明、距離ではなく環境が障害となり時間が奪われると。

 

「そこで1つの愚策を取ってしまったのよ。森を焼き払うというね。まあ結果は失敗しているんだけど」

「!? 森を焼き払う? よくその発想が出たものですね……」


 王都のすぐ近くにあるヴィント森林区域では炎系魔術や爆発物といった木々を大きく傷つけるような術や道具の使用は禁じられている。錬金術は豊かな自然の力を借りて、それを別の形へと生まれ変わらせる技術。自然が無くなれば錬金術は素材がなくなり廃れてしまうからだ。


「本当よね。資料によると森に火はついたが燃え広がる前に大雨が降り鎮火した。でも、これで終わりじゃない。森の怒りを買ったかのように大量の魔獣が木々の間から現れた。唯一の出口である山道を登ろうとしたけど雨で道がぬかるんだ上大岩が道を塞いで逃げられなくなった。抵抗むなしく作業に参加した騎士や錬金術士、そして領主も食い殺された」


 ひょっとしたらこの出来事があったからこういう決まりができたのではないかと思う。

 自然と共に歩んでいるんだなぁ~と感心していたけど、本当は報復を恐れた自己防衛だと思うとなんだかやるせなくなる。あの時感じた敬意を返してほしいぐらいだ。


「偶然が必然か不明だけど森を傷つける者に対して明確な殺意が返ってきたの確かよ。これ以来、世界樹の牢獄に対して何かをするってことはなくなったの。普通に隊を組んで採取に向かうには問題ないけどね」

「そんなことがあったんですか……」

「私が調査部隊に入ってから1度も世界樹に向かって調査は行われてないわ。犠牲に対して得るものがあまりにも少なすぎるからよ。それでテツオはアンナと後セクリの三人で行くのよね?」

「そのつもりです」

「止めないけど、撤退するタイミングを間違えたらダメよ。ガイアさんがいた頃の全盛期の調査部隊でさえ採取に成功してない。あなたが最善に備えたと思っていたことが最低限だってこともありえるわ。まっ、せいぜい怖さを隠さず逃げることを忘れないで。戦う相手は人の意思が無い自然そのものなんだから」


 ──これが資料室で聞いた話だ。

 あの時はなんとなくでわかっていた。自然は怖いもの、畏怖すべきで敬意を持つべきだって。だからどこか楽観視していた自分は大丈夫だって。今なら肌でわかる……自分の考えは甘かった。

 自然という人が抗うには大きすぎる流れに手加減とか慈悲なんて本当に無い。誰かが意図的に苛めているわけではない、ここをどうにかすれば収まる話じゃない。

 撤退するタイミング。読み違えた瞬間に全てを失うかもしれない。

 自然は平等で残酷に誰にでも牙を剥くのだから。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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