第14話 まるでキャンプだ
7月10日 風の日 18時00分 キャリーハウス内
危険な森の中でも普段と同じ時間帯に余裕を持って夕食をいただけるという状況。家という危険と隔絶された空間ならではの空気に満たされていた。
セクリが自信に満ちた笑顔で持ってきた料理をテーブルに乗せると二人は感嘆の溜息と目を輝かせた。
本日の夕食はバゲットの上にオリーブをオイルをサッと塗り、はみ出るぐらい大きい焼きヘビ肉乗せて最後にタマリンドのペーストを塗る特製ブルスケッタ。
森で手に入れた根菜や木の実と言った食用素材に香草を加え、寮で残っていたじゃがいもを煮込んだ特製ヘビ鍋。
この二品が本日の夕食である。
「何だこれ!? うまっ! レストランで出せるレベルのパンじゃないか?」
「こっちの鍋も頭にガツンって来る感じの香ばしさでおいしいよ!」
初めて食べるヘビの肉、一口食べただけで警戒や不安は消えて骨が無いことで遠慮なく噛み切れて触感も風味も全て口全体で楽しんでいた。
「ふぅ……ちょっと普段とはぜんぜん違う味付けになったから不安だったけど気に入ってもらえてよかったよ」
「疲れた体を立ち上がらせるようなワイルドな味だ」
ヘビの肉には滋養強壮効果がある。この世界のヘビも例外ではなくむしろ世界樹の牢獄という環境で生き抜いた大蛇の肉はよりその効果を発揮する。
三人は疲労を燃やすかのように体の芯から熱くなっていくのを感じていた。普段なら過剰効果でも今はむしろ心地よくすらあった。
「ふぅ……おいしかったぁ……」
「お鍋の残りは明日の朝にパスタを追加するからね」
「そいつは楽しみだな」
「お腹もふくれたしそれじゃあさっそく明日への作戦会議といこっか」
燃料を追加された車のように生き生きと立ち上がり、ご機嫌で満足な表情で壁に地図を貼り作戦会議が始める。
「今わたし達がいるのはここ──」
地図の前に立ち、細い棒を伸ばして指し示したのは森に踏み込んだ位置から北西で1番近い水場。
そこからゆっくりとなぞり──
「次に向かう水場はここから北北西ね。東北東も考えたんだけど、距離の割には世界樹に近づけないし、磁樹の影響が怖いからね」
「確かにどれくらいの範囲に影響を及ぼすかわからないからな。小まめに見ているなら察知できるかもしれないけど周囲がおざなりになりそうだもんな」
地図に記された水場の位置は森全体にまばらに存在している。噴水樹のように危険な水場は記されていない。
「ちょっと距離があるけど、キャリーハウスも問題ないし水も食料もある。拠点さえ作ることができれば休息できて次の日に世界樹へ突撃ができるの!」
「理想的と言えば理想的だな。確かにそこの位置なら地図で見ても世界樹に近い。いざとなったら撤退もできそうだ」
その水場は真上から覗けば木々が生えてない世界樹の領域の外縁に近い。今回のように占拠できれば安心感が違うだろう。疲労を抱えたまま攻め込むことがなくなり、撤退した場合の避難場所にもなるのだから。
アンナ達は到達して終わりの片道キップを求めているのではない。
採取して帰ってこその錬金術士。
「距離的にはここから西の方が近いけど、世界樹からはかなり遠ざかりそうだもんね」
「遠回りする利点が今のところないからな。もしかしたら目指す水場に危険生物が巣くっていたら考える必要があると思うけどな」
「もしそうだったらこの場所に1回戻るか、世界樹に向かえば森はなくなるから北の水場へ行くのがいいかも。でも、そういう時はテツが追い払ってくれないとわたしの使い魔なんだから」
使い魔への期待が込められた瞳と声。
使い魔とは主の障害を取り除きワガママを通すための刃。この森では強い者がルールであり水場が占拠されていても奪えばいい。
「……その発想は思い浮かばなかったな」
「もう、逃げ腰なんだから。それが1番安全で早い道かもしれないんだよ?」
「すまんすまん、そういうことに慣れてなくてな……」
襲い掛かる者を退けることに躊躇は無くとも、自ら刃を向けることには迷いがある。率先的に争うことを好まない故に排除する発想は思い付かなかった。
加えて『世界樹の牢獄』の前情報を仕入れ過ぎていたのも大きく、今日受けた洗礼が闘争心を萎縮させていた。
「それじゃあ方針も決まったことだし会議はここまで! 服の汚れを落としたり装備の手入れをしたらはやく寝ること!」
「ボクは表の片づけをしたらすぐに休むよ」
「俺も汗を流したら休むとするよ」
各々が明日に向けて自由に動き始める。
家から外に出ると思わず足が止まる。太陽が落ちただけでまるで別世界に迷い込んだのかと錯覚しそうになっていた。
かまどの火と玄関に吊るしたランプの灯りが無くなればこの場は黒に満たされているだろう。
「灯りが無かったら何にも見えなくなりそう……」
「月の光も届かないぐらいだ、夜行性の魔獣のことも考えると普通の装備じゃ到底探索なんてできっこないな」
鉄雄はお湯をくぐらせたタオルで体を拭きながら周囲を見渡す。温いタオルを肌に当てていても肌寒さを覚える本能的な不安に襲われていた。森に一歩でも踏み入れたら自分の存在も溶けて消えてしまいそうな闇で満ちていたのだから。
『魔獣除けの結界棒』『魔獣除けのお香』この二つで匂いや直観的に忌避させているとはいえ、目の前の木々が朧気にしか見えない闇では万全でも安心は得られなかった。
「せめてもっと月明かりが入ってくれれば……あれ──? 空で何か点滅してる……?」
「点滅? ……確かに何だ? 一定間隔で光線が出ている……同じ所からずっと?」
「光は西側の上から出てるみたいだね」
「もしかしたら山を下る前に見た灯篭から光が発せられてるんじゃないか? 灯台みたいに森に迷った人を導くみたいに」
「なるほどぉ~! あっ! コンパスが役に立たなくなることもあるからきっとそれも含めてだ!」
鉄雄達が想像した通り、山にあった灯篭には夜になると光を発する機能が有してある。
朝と昼間に魔力を貯めて、夜になると光を放つ。森に人がいるもいないも関係ない、決まった時間に決まった動きをする自動灯台として働いている。
「あの光が見える方向が西ってことだ。でも、あの光を求めて移動したとしても断崖が待ち受けているのには注意しないとな」
「確かに……出口かもって希望を求めて向かったら目の前に高い壁があったら心が折れちゃうかも」
焦りは正しく情報を読み取れなくなる。断崖だとわかって動き壁に沿って南に進めば出入口に到着する。道中魔獣の心配はあれど、迷わないという安心を得られるのも確か。
ただ、あの灯篭が機能するのはあくまで夜だけ。動けない夜の森でのみ方角がわかるのである意味矛盾してしまっている。それでも無いよりはマシだが。
「それじゃあ俺は先に休むよ。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
(明日は足を引っ張ることがないようにしないとな……)
鉄雄は疲労を残さないように時間をかけて入念にストレッチを済ませて、最後に夜空を見上げてから自室に戻る。
このキャリーハウスには窓がない、空間を弄っている造りの仕様上不具合が起きかねないからだ。そこだけが唯一の欠点とも言えるだろう。
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