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第13話 森は宝箱

 7月10日 風の日 13時15分 世界樹の牢獄


 目的地としてた水場を拠点にできたことから、心に大きな余裕が生まれたアンナ一行。

 安心して戻れる場所があるという心理は歩む足の力を強め、向かうところ敵無しといった覇気を纏い奥へと進んでいく。その姿は弱者や迷い人では無い。出会うモノ全てを素材にしかねない強欲な錬金術士がそこにいた。

 魔獣達も気迫の乗った相手では逆に狩られかねないと察し離れていく。彼達は騎士ではない獲れないとわかれば別の獲物を探すだけ。


「ようやくまともに採取ができる! こんなお宝が沢山ある場所でがまんなんてしてられないって!」

「あんまり離れすぎると戻れなくなっちゃうよ?」

「へーきへーき! わたし達はケガとかの心配だけをしてれば戻れるから! それよりも食べられる物とか探さないと、後は錬金術に使えそうな素材も忘れずにね!」


 本当はもっとがっつきたかった。ニセミチュウも捕獲して素材にしたかった。サーベルタイガーの牙も骨も肉も毛皮も全部素材にしたかった。目に映る花や葉や実や枝や土や岩や水も全部観察しながら採取したかった。でも、それは二人にかかる負担が跳ね上がるだけじゃなく、三人の生存が絶望的になりかねないのがわかっていた

 とにかく拠点。森の中に安全なエリアを作っておけば話は変わる。我儘に採取をするには見合った対価が必要。『世界樹の牢獄』は錬金術士にとって宝箱。王都では出回らない種類かつ高品質の素材が道に転がる石ころ感覚で手に入る。

 ずっと抑えていた気持ちが湧いていく。


「食料なら倉庫の中に沢山用意しておいたよ?」

「ちっちっち、倉庫の食料は保存が効く物ばっかりでしょ? この森にある果物とかがあれば食べとくにこしたことないよ。ニアート村に被害の話がないってことはここにある食料は美味しいんだよきっと!」


 事実ニアート村に森から魔獣が出てきて襲われたという話は出ていない。

 弱者は森から抜け出す前に強者に喰われ、強者は食料が豊かだから牢獄から出る必要は無い。


「ねえ、テツオを置いてきたのはどうして? やっぱり疲れてそうだから?」

「それもあるけど……この形が今は1番良いと思ったからかな。テツとセクリに狩りに行かせてわたしが留守番の形になってもわたしがガマンできずにどこか行きそうだもん。その点テツならしっかり守ってくれそうだから安心できる」


 セクリはその様子が鮮明に想像できた。「ちょっと離れるぐらいだいじょうぶ」そんなことを考えて持ち場を留守にして二人が戻って来た時に誰もいなくて心配してしまう様子が。

 そしてそれは満点の正解である。


「──あ、何か生ってる……! これってタマリンドだ!」

「えっ……? ニセミチュウじゃないの? よっぽどこっちの方が虫が擬態しやすそうな形をしているよ!?」


 目の前には空豆を大きくしたような形をした実がたわわに実っていた。

 アンナは恐れずにその実の一つに手を伸ばし、もぎって手にして裏返したりして観察する。


「大きいし重い……! 村にいたとき何回か食べたことあるんだけど、この森だとこんな風になるんだ……あむ──」


 黄緑の皮を剥がして、茶褐色の玉が連なった形の果実を露にする。

 その姿にセクリは本当に虫じゃないのかと心配するが、それを気にせずアンナは口に運び──


「うん、甘くてちょっとすっぱいのが良い感じ! セクリも食べてみたら?」


 新たにもぎって手渡される。主が勧めてくれる物を従者が断れるだろうか? いや無い。

 おそるおそるといった様子で実を口にすると、ねっとりとした触感に濃厚な甘さとすっぱさ。水気よりも粘り気が強く、初めて出会う複雑な味わいに頭の中で分析と記録がめまぐるしく行われていた。


「確かにおいしいけど人を選びそうな味だね……それに種もそこそこ大きいかな」

「それもそうだけどね。ぷっ──!」


 種を口から景気よく発射するアンナ。放物線を描いて地に落ちた。

 よく飛んだなぁという顔をするアンナと驚くセクリ。無論飛んだことではなく。


「ダメだよアンナちゃんはしたない!」


 礼儀作法として、注意しなければならなかった。

 クリスティナ家の娘が種を発射して遊んでいたというのは人に知られて誇らしいものではないのだから。シャルルに会ってからより奉仕技術だけでなく礼儀作法についてもより高めようと思っているのだから尚更である。


「こういう場所ならこっちの方がマナーだと思わない? 種まき種まき」

「品が無いことに正当化の理由を口にしないの! 持ち帰る余裕がないのは確かだけど、せめて発射しないで地面に置くようにしないと……」


 そういうセクリは目に映らないように既に種を吐き出して器用に足下に埋めていた。


「はぁ~い……セクリもなんだかテツみたいに口がでるようになってきたね」

「当然だって! お世話を任されている以上。衣食住を守るだけじゃ意味ないからね!」


 得意顔で胸を張って答える。使用人としての矜持(プライド)が目覚めている、他の優れた使用人と出会うことで主をより輝かせたいという欲も沸々と湧いてもいる。

 鉄雄用とおやつ用にいくつか採取すると動物の肉を求めて森を移動するが、まるで見当たらない。気配はもちろん痕跡も。木の皮を食べたような跡があっても大分前の話、足跡も無ければ糞も見当たらない。

 道中、『アロエール』『ソルエンジュ』『アシタバ』『イランイラン』『ルイボロス』『イヤシイタケ』『イニシエノキ』『ボルテージェル』と言った食べられる植物や花をいくつか発見し採取も進めていた。

 それらを錬金術に使えば普段以上の効果が期待できるだろうと胸を躍らせ顔が綻んでいた。


「大量大量! 籠とかリュックと気にしないで直接倉庫に入れられるのがこんなに楽で楽しいなんて思ってもなかった!」

「入れすぎに注意してね。世界樹の素材は想像以上に大きいかもしれないから」


 気に入った素材を見つけては部屋の倉庫に繋げて保管する。持ち運ぶ手間も苦労も無いから常に最高のパフォーマンスを発揮しながらの採取。

 アンナは容量を気にせず採取できる状態にえも言われぬ快感を得ていた。


「わかってるんだけどつい、ね。それと余裕のあるうちに魔獣系の素材も集めたかったんだけどぜんぜん会わないね。ナワバリとかないのかな?」

「わかってる気がしないよ……まあ、あったとしても強い魔獣に襲われてなくなったりしてるかもしれないよ?」

「う~ん……やっぱりテツがいた方がよかったかな? 魔力が無い人間がいた方狙いやすいのかも」

「そんな囮みたいな扱い……あれ? それだと今1人のテツオは危ないんじゃ?」

「結界張ってあるからだいじょうぶ。仮に襲ってきてもテツなら……」


 鉄雄は目まぐるしい速度で成長している。単純な力比べならばアンナは負ける気はしないが、搦め手となると勝てる気がしない。力以外の能力は素直に信頼できる。

 しかし、今の鉄雄は体力がほぼ空っぽ、失敗を気にしている可能性もある。万全ではない。魔獣に襲われたらやられてしまう想像が浮かんでしまった。


「やな予感っ──! いったん戻るよ!」

「わ、わかった!」


 迷いのない足取りで木々の隙間を縫いながら狙いを定めたように止まることなく走った。1時間以上かけて採取でうろついた道を3分もかからずに拠点へと辿り着いた。


「テツ! だいじょうぶ! ケガない!?」

「ん? 結構早かったな? こっちは特に問題ないけど……ってなんで丘の上から?」


 安泰、溜まった水を水筒の移したりトライポッドの近くに寄せていたりと危険とは無縁。

 のように見えたが、アンナの眼にはとある長物が映った──


「それはいいの! ちょっと心配になって──って! 何か起きてたじゃん!?」

「なんというか急に襲ってきたから仕方なくな……食料になるかもしれないから」


 物干し竿に巻かれているのは首の落ちた緑の斑模様の大蛇。2m近くの長さに鉄雄の腕を優に超える太さを有していた。


「今日の夕食はヘビ肉で決まりだね。急いで処理しないと」

「ボクに任せて! テツオは尻尾の方を持ってアンナちゃんは真ん中辺りをお願い! 皮を剥いで内蔵を取って──」

「ヘビの処理までできるのか!?」


 まな板に収まらない大きさ故に持ってもらい処理を始める。

 服の上下を仕立て上げられそうな厚さと長さの皮が剥がれて竿に干され。続いてボトリと音を立てて子供が入りそうな長い長い内蔵が落ちる。


「それだけじゃないよ……! (リーダー)直伝の『骨抜き』の使い所だよ!」

「骨抜き? いやいや、こんな長いのは無理だろ? せいぜい魚が精一杯じゃないか?」

「いくよ…………ふっ!」


 首部分の骨を掴み深呼吸を一つ。そして、勢いよく後ろに下がりながら引っ張ると、白い線がどんどんと体から吐き出されるように伸びていき、驚きの声を出す暇もなく最後まで飛び出た。

 支えを失った長い長い背骨は地にへたりと落ちた。その姿は繋がっている大量の肋骨も合わさりまるで武器のように見えた。


「最後にお肉を分割してまな板に乗せれば……ふぅ、ヘビ肉の処理成功!」

「うわぁ……こんなの初めてみた……ヘビの骨ってこんな風になってるんだ……」

「取れるもんなんだな……これだけだと魚の切り身と言われても通じそうだな」


 臭みも無く弾力に富んだつやつやとした白い肉に差し込むほのかな桃色。

 ヘビの肉を食べるということに嫌悪感を抱いていていた鉄雄は、この姿を見てそんな感情はどこかへ消えてしまった。隣にヘビの皮が干されてようと、ヘビの頭がこちらを見ていようとも食肉だと認識した。


「1度に全部は食べられないから……アンナちゃん、包んで保存するからソルエンジュの葉を頂戴」

「はい、どうぞ。確かそれって熟成させる方法だっけ」

「うん、ソルエンジュの葉に包んで冷たいところで放置するとお肉に塩気が付いて熟成されて味に深みが出るの。何より保存もできるからいいこと尽くめなんだ」


 葉を湧き水で洗い、水気をふき取り。肉を丁寧に包みこみ紐で縛り、家の中にある保冷庫の中にしまった。


「何でもありだなこれ」

「料理ぐらいは何でもありじゃないとこの森を攻略するのは無理だと思うよ?」


 トライポッドに鍋を吊り下げ、かまどに拾ってきた枝や枯れ葉を追加して、指先より火の魔術を使い着火する。

 キャリーハウスの中に台所は建設できなかったので野外で調理する必要があるが、調味料や調理器具に不足が無いので多少の手間はあれどセクリの「アレがあればもっと美味しくできる」という憤りが湧くこともなく調理ができる。


「これだけ立派なお肉があるんだから贅沢に使わないとね!」


 今日の夕食は野外だということを忘れそうな一皿が出されることを二人は想像して喉が鳴った。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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