第10話 世界樹の牢獄、探索開始
~調査メモ~
『世界樹の牢獄』は年間100名程の冒険者が挑んでいるが、無事に帰って来られるのは10%程。
ここで言う無事は生きて帰れたことである。素材を手に入れて帰って来られた者はここ数年聞いていない。
無謀だと理解しながら挑むのやはり枝や葉よりも『世界樹の実』を求めるのが大きいだろう。
不老不死、星の知恵、無限の魔力、若返り、身体の再生。本当か妄想か真意は不明だが賭けるに値する説得力をあの森は秘めていると誰もが信じている。
7月10日 風の日 8時50分 世界樹の牢獄前
資料を読んでどんな場所かは大体わかっていた。けれど……これはもう別格。想像を大きく超えて緑が濃い。
すり鉢状の山脈に囲まれた緑の密集地帯、アマゾンの航空写真と競えるレベルじゃないか?
それと……驚くぐらいに目立つ中央にそびえ立つ巨大な樹、この地形といいまるで──
「──世界樹の種子が隕石となってこの地に落ちたと言っても信じてしまいそうだな……」
見方を変えれば巨大なクレーター。流石にこれは妄想だとは思う。まだ世界樹の重みに耐えきれなくなって沈んだの方がマシだ。
「ねえねえ、この石の塔って何だと思う? 目印だってのはわかるんだけど」
「これは石灯篭だな、でも小さい灯台みたいな形してる……それにガラスみたいなのがはめ込まれてるから多分暗くなったら光るんじゃないか? この辺りに柵とかもないし安全装置だってきっと」
「へぇ~……そう言われてみたらそうかも」
この山に沿って作られた柵も無い長い長い坂道を下って森に突入する……ここで見るだけでも結構怖い。
深呼吸を一つして二人を見て覚悟を決めたと頷いて見せる。
「それじゃあ最終確認! ここを下りたら補充することはできないよ! 準備はだいじょうぶ?」
「俺は問題ない、レクスもボトルもOK、服も樹海用に着替えてる! アンナも指輪は着けたか?」
「だいじょーぶ! 鞄も持ってる! それに……あった!」
アンナの右手中指に着けられた指輪がキラリと光り、何も無い空間に右腕を伸ばすと、指先から消えていき肘ほどで止まてもぞもぞと動かし、今度は逆再生のように腕が現れ、再び手が露になると『キャリーハウス』が握られていた。うん、指輪も家もどっちもある。
「これで必要なものはちゃんとある!」
「村で水も食料も分けてもらったし、万全の上に万全だよ!」
再びキャリーハウスが握られていた右手が宙に消えると、今度は空手で戻ってくる。よし、無事に機能している。今回の冒険において、どこでも倉庫とキャリーハウスの二つが俺達の生命線。失くしたり壊れたら遭難の確率が果てしなく上がる。
さて、ここで改めて俺達の装いを再確認しよう。二つの道具以外にも必要な物はある。ここを踏破するには普段の恰好じゃ不可能。というわけで──
樹海用の肌を出さず丈夫な服装に変更した。
特に靴は滑りにくく耐水性に富み、金属も仕込まれていて刃を踏んでも貫通せず、それでいて軽め。錬金術と靴職人のコラボで生み出された逸品は値が張ったが即決するほどの魅力を秘めていた。
アンナはマテリアの制服に登山用ロングパンツのようなのを着込んで肌を隠している。錬金科の制服は非常に丈夫、魔術的にも物理的にも耐性があるらしく新しく一式そろえるよりもスカートの下のインナーを買うだけで良いという話になった。
俺も騎士団の制服を流用して足回りを強化するだけで問題無かったが、セクリだけは一式を揃えるしかなかった。
流石にふんわり広がるワンピースのスカートで樹海を歩くのはおふざけが過ぎる。木々にひっかかりまくるのが簡単に想像できる。そんなのが許されるのはゲームだけだ。
という訳でセクリは今日この時、砂色の長袖長ズボンの探検家みたいな服装になっている。出っ張った一部分のおかげで手直しすることになり少し値が張ってしまったが必要経費と割り切った。後は使用人の証明として黒のヘッドドレスを装着している。
ちなみにヘッドドレスはアンナの特別製。俺達と念話をするのに必要な道具でもあるので装着してないと逆に困る。
「靴紐もよし! 問題なしだ」
「それじゃあしゅっぱ~つ!」
声高らかに出発の音頭を取ると先頭に立って足取り軽やかに坂道を下っていく。
前までだったら荷物の重みに耐えながら下っていただろうけど今はかなり軽く、靴も滑り止めがしっかり利いて崩落か暴風雨でもこないかぎり滑落する心配もない。
この長い長いスロープ状の山道を下りて行けば『世界樹の牢獄』の入り口に到着する。
樹海を見下ろしながら歩いて行く……下れば下る程緑が濃く、木々がはっきりと見えてくる。自ら樹海に溺れに行くようだと錯覚してしまう。
そうして到着した世界樹の牢獄、数m進めば森の中に入る。
坂道を下りた先は意図して作ったのかちょっとした広場になっており引くか進むかの最後の判断をさせてくれる場でもありそうだった。
浮ついた心も冷まさせるぐらいに目の前の森は人の立ち入りを禁止するかのように圧を感じさせる。
まだ朝10時前のはずなのに森の中は薄暗い。山脈が日差しを遮っているのもあるかもしれないけど、こうも暗いとは……。
「ランプ点けておくぞ」
「うん、わかった」
周囲の魔力を集めて照らす『集魔ランプ』、魔光石を利用して作られたこれはこういう魔力の濃い場所なら永続的に使えるのが魅力だ。俺が持っても問題ないのがありがたい。
ミラーパネルを広げて光の方向を360度から120度に狭めて正面に集める。こうすると光も強くなるからメモリを回して集める量を減らして丁度よくすれば──
「──うわっ!? が、がいこつ!?」
とんだホラーがはっきりと見えてしまった──。
森に入ったほんの少し先なのに、紛れもない人骨が無造作に置かれていた。
「……頭部だけ、しかも後頭部辺りが噛み砕かれてるじゃないか……」
もう何年も経った白骨。この辺りで亡くなったのなら首より下も近くにあるはずだけど、見当たらない。
「頭だけってことは他の部分は全部食べられたってことかな? バリボリって!?」
「そういうことだろうな……弱肉強食、この森には人を喰うことを覚えた魔獣も数多くいそうだ……アンナ、安全に戻るなら今が最後だと思うぞ?」
「もちろん進むよ! こんなのを見ただけで逃げたくなるぐらいおしとやかな育ち方はしてないから! むしろ、村にいたころを思い出してやる気が出てきた!」
流石はアンナと言いたくなるぐらいその表情に怯えは無く、堂々としている。
「それじゃあ行くよ!」
森の中へ一歩踏み込み『世界樹の牢獄』の探索開始──広場と森の境に結界でも張られているのかと思うぐらい空気が違う。
この世界に来てここまでの自然を見るのは始めてだ。大自然の空気と言うべきか、草、土、木、あらゆる匂いと一緒に生命力に満ちたような空気が全身を駆け巡る。
ただ、負の面が強いのも事実。薄暗く、湿った空間。
時折耳に届く葉が擦れる音と枝が折れるような乾いた音。魔獣達が俺達に向かって来ている音なのか、ただ通っている音なのか不安だけが煽られている。それに、常に何かに見られているかのような感覚。
警戒を解いた瞬間、何かに襲われてもおかしくない空気が常に漂っている。
何本もの太くて高い樹が無限に続くような分岐路を大量に作り、直線を許さず、土の盛り上がり、低木、倒れた樹、それらが壁にもなる。
冒険者や魔獣が通った道がいくつも枝分かれして後続者の道が作られていても、もはや迷路だ。
「コンパスの調子も問題ない……ちゃんと北向いてる」
「あれだけ大きいんだから迷うこと無いと思ってたのに、森の中からだと全然見えなくなるとは思わなかったな……」
もう一つの想定外。それは上の視界も防がれてしまったこと。
内心「どこからでも世界樹見られるから迷わないだろう」と高を括っていたが。見事にへし折られた気分だ。
頭上高く傘のように広がっている枝葉。おかげで山の上でわかりやすく目立っていた世界樹がまったくみえない。コンパスが無かったらたどり着くことは不可能だと理解させられた。
「ちゃんとまっすぐ歩けてるよね? 同じところをグルグル回ってることはないよね?」
「だいじょ~ぶだって! コンパスと景色もどっちも見てるし迷ってないない! わたし達がはぐれさえ──あれ?」
足を止めて漏らした唐突な「あれ?」に不安が湧く。
「何があった!?」
「コンパスの針が急に東を指し始めたのついさっき確認したばっかりなのに……」
「北を進んでいると思っていたら急に東を歩いていた……? おかしいぞ、いきなり右方向に歩き始めたわけでもないのに……壊れたのか?」
「壊れた……というより何かに引っ張られたんじゃないかな? この方角を進んでみようよ、アンナちゃんはコンパスに集中して、テツオは先頭に立って進んでみて」
「わかった」
セクリの指差す方向をゆっくりと進んでいく。
木々避ける際も回りすぎないように意識して、縫うように進んでいくと。
「あっ──今度は急に北北西を向いてる!」
「アンナちゃん、少しこっちに戻ってみて」
「うん……あ、東南東……」
「テツオの方に」
「──北北西……! この森の中に磁針を狂わせる何かがあるって──あっ! もしかして磁樹!?」
「言葉からして磁力を持ってる木ってことか?」
「うん、図鑑でしか見たことないんだけど珍しい木なの。強力な磁力を帯びていて武器とかがくっついてることもあるんだって。それでコンパスが狂ったんだ……」
丁度この辺りが影響範囲の境目ってことか……あのまま向きを変えて進んでいたら遠回りしてたところだった。
「よくわかったねセクリ!」
「なんとなくだけどね、磁樹なのはわからなかったけどコンパスがおかしくなった辺りからは変な感じがしてたから」
「俺も気付けなかったな……」
風景とか気配に集中してはいたけど磁場については頭になかった。
「でも、この森に1本だけとは限らないと思うよ。今は何も感じないけどもしも森の奥で磁樹に囲まれたら」
「……そいつは想像したくないな」
「本当に位置がわからなくなったら木に登るしかないね。虫とか魔獣で危ないかもしれないけど1番確実に方向がわかるもん」
牢獄というのも納得だ……冒険の必需品であるコンパスが役に立たなくなる。常にじゃなくて特定の場所でしか狂わないとなれば、正常に作動する分余計に厄介だ。信じて狂った方角に進めば出られなくなってしまう。
甘く考えてたわけじゃない、でも、俺の想像を容易く超えてきそうな脅威がいくつもやってきてもおかしくない。そんな本能を引っかかれるような悪寒がしてしまう。
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