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第27話 任務完了

 修羅の如き暴虐な力を持って巨大花を分割し脅威を退けた。それを成した男は少女(アンナ)を丁寧に愛おしく抱きかかえる。まるで同一人物には見えない程に慈愛のオーラを感じられた。

 その異様とも言える戦いと今の落差、砕けた壁から覗いていた一つの影があった。


「これが答えなのか……」


 求めていた全てが目の前にあった。都合よく全てが解決するほどの。しかし、幾千通りの対応策が塵芥にも成ってしまうほど、完全に想定されていない舞台が繰り広げられていた。



 アンナを丁寧に安静に寝かせると主人に命じられた「子供達を助ける」任務を遂行し始める鉄雄。

 容赦の無い消滅の攻撃であっても、闇雲に放っていた訳では無かった。子供達を巻き込まない為に壁には近づかせず、床に対しても当てないようにしていた。

 戦闘の名残は巨大花が残したモノが殆ど、床に広がっている大量の亀裂。広がっているツタが互いを繋げ合う接着剤の役目を果たし崩壊を免れていたのが救いだろう。

 さらに、身の丈以上の巨大ツルは無作為に床に倒れているのもあれば水の中に沈んだのもある。そして、最奥へと続くであろう通路を埋め尽くしている巨大ツルは黒刃の影響で途中まで切れ目が入った始末である。


「気を失ってはいるけど、息はしている……とにかく切り落として解放してあげないと」


 壁に張り付くように捕えられた3人の子供。巨大花は魔力を吸う事ができなくなり危機は去った。ただ、轟音鳴り響く騒ぎがあったにも関わらず未だ目が開かれることは無い。


「間に合ってくれよぁ……」

「少し離れていたまえ」


 黒刃をツタに当てようとした瞬間、アンナとは異なる女性の声に驚き、振り向いた。


「え?」


 新たな敵かと思い斧を声のした方に向けると、そこには一人の女性が立っていた。

 勿忘草色の髪、サファイアの瞳。美麗な容姿に目が奪われ、支配されたかのように言葉に従っていた。

 彼女が振るう剣戟は蒼い残像の線となり、子供達の肌に触れることなくツタの拘束を切り裂いた。そして、倒れる前にその子達を優しく抱き止め、床に寝かせた。

 

「──えっ? すご! え、あなたは一体?」


 舞踊のような妙技に見惚れて語彙を失ってしまう。それでも突然目の前に現れたこの人物が何者なのか知る必要があった。

 

「私はライトニア王国騎士団(おうこくきしだん)調査部隊(ちょうさぶたい)総隊長(そうたいちょう)、レイン・ローズ。ダンジョンの調査と子供達の救助を依頼された者だ安心してほしい」

「レイン・ローズさん……?」


 聞き覚えがあっても思い出せないでいた。しかし、瑣末な疑問。制服に左腕に輝く腕章。美麗な鞘とレイピア。身分や役職を示す明瞭な象徴が視界に映り。嘘の無い表情と子供達を助けた行動に信頼の感情が湧いている。


「まずは子供達の安否を確認しよう。私の仲間も来ているから呼んでくる」


 貫禄のある威風堂々と歩む後ろ姿に思わず付いて行きそうになってしまっていた。



 レインが進む方向は鉄雄達が通って来た通路とは違っていた。巨大ツルが振り下ろされた時の衝撃によって壁が崩れ、隠されていた通路を露わになった。そこから部下の二人が姿を現し、救護に参加した。


「外傷は無し、植え付けの痕跡も無し、魔力切れだけね。ただ、吸われた量がかなり多いから私の魔力を分けておくわ。この程度で済んでこの子達ほんと運がいいわ。いい薬になったんじゃないかしら?」


 手際よく容態を確認し、処置を始める。

 額に手を当てると青い光が仄かに輝き、全身をゆっくりと巡っていく。三人共に同じ処置を施すと生気の薄くなっていた顔色が徐々に血の通った色に変わっていくのが傍目からも確認できた。

 ただ、それでも子供達の疲労は深く、未だ目を覚ますことはなかった。


「ちゃんとした所で休ませて食事をあげれば元通りね。早いところ脱出すべきね」

「こちらの少女も問題無い。目立つ外傷も無い。このまま安静にしていればすぐに回復するだろう」


 同じように診てもらったアンナも小さなケガはあれど、命に関わることはない。半オーガの肉体が功を成したと言えるだろう。


「よかったぁ~!」


 そんなアンナの容態に心の底から安堵した声を漏らす鉄雄。自分自身でも気づいていない、ここまで感情を露わにして他人の無事に安堵したのは初めてであるということに。

 今の今までいなかった。いなくなって欲しくない人。


「君達がハリーさんから許可をもらった錬金術士達でいいのかな?」

「ええ、その通りです。錬金術士はあちらのアンナで俺はその使い魔です」

「――そうか、あの子の使い魔なのか」


 考え込む仕草を一つすると、視線の先は切断された巨大花に向けられる。


「ところでこの花を切り落としたのは君なのかい?」

「ええっと、はい。俺ですね」

(正確にはわらわだがな)


 真実を話すのはためらってしまう。信用されるのか分からなければ話すことがあまりにも多い。


「相当な実力を持っているんだね。騎士団に欲しいぐらいだ」

「お言葉は嬉しいですけど、アンナの使い魔をしているのが一番大事ですから」

(ただの世辞を本気にするでない)

 

 聴き慣れない誉め言葉に思わず素直に受け取ってしまう。が、一々喜びを躓かされ調子に乗る事さえ許されていなかった。


「そ、そんなことよりでどんな道を進んでいたんですか? 俺達が使っていた道とは違っていたようですけど」

「ふむ、情報の共有はしておくべきだな。私達が通ってきた道はだね──」


 レインの情報とアンナの情報。互いに歩んできた道を比べ安全で最短の帰路を検討する。

 ダンジョンの構造、トラップ、マナ・モンスターの有無。マッピングされたことで、この部屋に到達するまでの道が明らかになったと言っても過言ではない。

 結果として鉄雄達が進んだ道の方が複雑さは薄く、迷わずに戻れると判断した。


「私達はこの子達を村の人達の元に送り届けるとしよう。ちゃんとした場所で休ませる必要があるからね」

「なら、俺達も──」

「せっかくここまで来たのだからもう少し探検していくといい。君達の本来の目的はこの子達を助ける事じゃないはず。脅威は去った以上ここで英知を掴むいい機会じゃないかい?」


 アンナ達の最初の目的はダンジョンを探索することで成長の糧とすること。ただ、結果として命がけの経験が成長に繋がっている事は間違いは無く、ほぼ達成しているとも言える。


「……ならお願いしてもいいですかレインさん? わたし達はもう少しここで採取とかしておきたいので」


 自分の足で立ち二人の傍までやって来た褐色少女。安静にしておけばいいと言われたのが遠い過去のように普段と変わらない様子に回復していた。


「アンナ! 動いて平気なのか?」

「治ったからへーき。それよりも、その子達をお母さんとお父さんに会わせてあげてください」


 瞳には強い想い。言葉以上に強い願いが込められ、彼女は真っ直ぐに向き合い受け止めていた。


「分かってるさ。2人共任務は完了した。脱出といこう」

「……了解したわ」

「かしこまりましたぞ!」


 ゴッズは横にした大剣を椅子代わりに、逞しい背中を背もたれにして子供を二人運び、レインはおんぶで子供を一人。

 キャミルが先頭に立ち鉄雄達が使った道を利用して入口に向かう。


「もしかして知り合いだった? 何だか初対面って感じじゃなかったけど」


 三人と子供三人が視界から消えた後、湧いた疑問を口にした。

 初対面特有の距離感や遠慮、警戒心が全く感じられず、互いに知っているような態度に純粋に気になっていた。


「うん。わたしをライトニアに連れてきてくれた人」

「えぇえええええっ!?」



 二人から遠く離れ、鉄雄の驚愕の叫びも聞こえない距離に達した時、キャミルは口を開いた。


「よかったの、わざわざ見逃すような真似をして? あの男が持っているのは惨劇の斧で間違いないんでしょ」

「そうだね。あの力は間違いなく記されていたものと同じ。けど、状況が明らかに異なっているのも事実。それに、先にこの子達を送り届けるのも大事だからね。もしも巻き込まれたら助けた意味がなくなってしまう」

「確かにあの男からは強さなんて微塵も感じませんでしたからな。あれ程の巨大花を切断したと信じるのが難しいでしょう」


 迂闊に藪をつつくような真似をすれば何が飛び出てくるか分からない。言葉を選んで会話する必要があった。


「最初からあの男がずっと惨劇の斧を持っていたってことでしょ? なら盗賊はあいつ? でも、使い魔って堂々と言ってたわね。あれ? 魔力も無いのに……? どういうこと?」


 口に出していけばいくほど頭の中で矛盾や疑問が浮かぶ。「どこで」は分かっても「何時」や「何故」。加えて使い魔に甘んじている「状況」。


「彼については少し調べる必要はあるだろうけど、明確な答えは「彼が惨劇の斧の所有者」ということ。もう1つ帰る場所も決まってる。ならここでどうこうするのは愚策」

「! 我々と同じライトニア王国民。さらにマテリアの生徒! 必然的に王都に戻ってくる!」

「アンナちゃんは寮暮らし。対策も相談も容易。今は先に戻ることが1番の作戦だよ」

「賛成。冷静に考えれば任務自体は完了しているしね。はぁ~、終わってみれば楽に済んでよかったよかった」


 王に与えられた重要任務「惨劇の斧の探索および回収」。予想とは大きく違う結果となったが犠牲者は誰一人も出さず必要な情報は手に入った。

 ただ、事前に仕入れた正確な情報があるからこそ、この結果に疑問は隠せない。


(黒い鎧の姿、硬度を無視したような斬撃、魔力を奪う霧、記されていた力と同じ。だが、何故彼は正気なんだ? 過去の使い手は例外なく狂気に身を落とし残虐に命を奪ったとされているのに)


 鉄雄が倒れているアンナに近づいた時、凶刃が振り下ろされると考え飛び出しそうになった。

 しかし、踏み出す事は無かった。泣きそうなぐらい安心した顔を見た瞬間に柄を握る力は消えていった。


(もしも、優しき心の持ち主があの武器を使いこなしたらどうなる?)


 絶望と希望、コインの裏と表、あり得ないが同一化した事態に幾千の戦いを経験し最強を手にした彼女であっても想像がつかない要因であった。

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