第8話 ここで俺達は始まった
7月9日 水の日 12時10分 ニアート村
朝早く起きて最後の倉庫確認を終えると、俺達はニアート村行きの乗合馬車へ乗りこみ出発した。
あの村へ行くのは今日で二度目、以前は風景を見る心の余裕もなかったけど、今は窓から見える変化を楽しむことができる。王都から離れていくと町並みがどんどん質素となり自然が目立つ。すれ違う人も減り、農地を見るだけとなってくる。
そして、山を登っていくと出発したての頃は眠気眼な太陽も今はさんさんと真上で輝き、馬車が停止すると懐かしさを覚えるニアート村に到着した。
「ふわぁ~……やっとついたぁ~」
馬車の揺れに加えて俺を枕か何かと勘違いしたのか遠慮なく寄りかかってぐっすりと眠っていたアンナ。大きなあくびと伸びで体をほぐしていた。
「なんだか前よりも賑やかになってないかな?」
「今はダンジョンの掌握やらで騎士達が出入りしているからな。その影響だろう」
発見されたダンジョンは冒険者か国お抱えの騎士達によって攻略される。──と言ってもボスを倒してお宝を手に入れてお終いという話じゃない。
安全で空き家となったダンジョンを改造して新たな居住区とするまでが国の仕事である。そのためには中に潜む魔獣やマナ・モンスターを殲滅し、奥に佇むダンジョンの生成機能やモンスターの生産機能を司る『ダンジョン・コア』を抑えてようやく攻略と言えるので多くの人が駆り出されている。
まあ、居住区に限らず研究施設にすることも多いらしい。地下に伸びているダンジョンが殆どで頑丈な造りだから被害も抑えやすいという理由だ。
「おんやぁ久しぶりだねえ!」
「あ、宿屋のおばさん!」
「ええ、ええ、覚えてくれてありがとうね。いえ、ありがとうございますアンナ様」
大袈裟と言いたくなる位に深々と頭を下げながらアンナの手を握るおばさん。言葉からはこれでもかと感謝が伝わってくる。
「おお! あの方達は……!」「アンナ・クリスティナ様だ……」「この村だけでなく国まで救った……!」
「な、なんだかすっごい視線を感じるんだけど?」
俺達に気づいた村人達があっちこっちから集まってくる。見覚えのある人からない人まで大勢。
「皆、あなたを領主の娘だと心から認め支持しています。子供達を救ってくれた恩人だけでなく国をお救いしてくれた英雄。私達はあなたに出会えたことを光栄に思います」
ここニアート村は錬金伯爵クリスティナ家の領地。
だけど領主の娘だからこんな扱いを受けている訳じゃない。アンナがこの村の子供を本気で救い結果としてダンジョンのボスも討伐できて村人が襲われる心配もなくなった。だからこの扱いを受けるに相応しい行いをした。それに村人達に媚びや恐れが感じられない。アンナには片角が生えている半オーガだと理解しても無意味だといわんばかりの感謝でアンナとふれ合おうとしている。
「てれるね……! 領主の娘だから助けたわけじゃないんだし、そんな風に堅苦しいと話しにくいって」
「それは失礼しました。それと、今日はどうしてこちらに?」
「『世界樹の牢獄』へ向かうの! それで今日はこの村で泊まるつもりなんだけどいいかな?」
この言葉に村の人達は驚きどよめいた。不安や制止の声が聞こえて相当大変そうなのが伝わってくる。
「なんと!? あの森へ向かうと!? ……多くは語りません私共が思いつくような言葉は全て理解なされているでしょう。お部屋も以前使われた場所が空いておりますので遠慮なくそちらをお使いください」
「ありがとう! じゃあ早速使わせてもらうね」
「ごゆっくりどうぞ」
おばさんの後について行く二人と違い俺は足を止める。
俺には今日ここでやることが与えられてしまったから。
「──さてと、今日は一旦解散だ。俺はダンジョンに行ってくる」
「うんお仕事だよね?」
「ああ、まさかあの巨大花がいたダンジョンについて状況確認してこいって言われるなんて思ってもみなかった」
そして、今そのダンジョンは騎士団の預かりとなって調査が行われている。
休みを申請しようとした俺についでという形で与えられた調査部隊のお仕事。それは『ダンジョンの状況確認』。
内容的には簡単だが重要らしい。定期的にダンジョンの開拓状況は騎士団に情報は送られているものの第三者の眼も必要とあるという話だ。
本来ならこんなこと無駄で不要のはずだけど、中にはダンジョンで採取できる希少素材を横流しして不当に利益を得る騎士もいるなんて話もあるらしい。他にも作業を進めていないとかも。危機的状況に陥って報告が途絶えた、なんてのはありそうでまずないようだ。
でも……まあ、思い出深いここに再び足を運ぶきっかけになったのはありがたい。
まだ三ヵ月程度でもこれまでの人生よりも濃い三ヵ月。初志を振り返るのにいい機会だ。
ここは俺とアンナが初めて探索したダンジョンでセクリとであった場所。情けない思い出も多い場所でもあるけど、あの経験もあって今の俺があると言ってもいい。特にアンナを心から信頼すると決めたのはここがきっかけだから。
「わたし達は森の入り口近くまで行ってるから!」
「お仕事がんばってねぇ~!」
「そっちも勇み足で入ろうとするなよ!」
本当に……こうして気楽に手を振り合える仲になれるなんて思ってもみなかったよなぁ。
ダンジョンの入り口はあの時と違って綺麗に整備され扉も設置されている。ネズミ一匹通さないかのように騎士団員の見張りも立っていて子供達が肝試しに突入することはもう不可能だろう。
そんな防衛的な面の変化もあれど、目立つ変化もある。見たことない門みたいな何かが入り口の近くに設置されている。本当に何だこれ? でも何というか……初めて見た気がしない。いや、見たというか似たようなのを感じたことがある……?
それよりもまずは──
「少しお話よろしいですか?」
「ん? あんたは!」
「調査部隊の神野鉄雄です。ダンジョンの調査状況と掌握の進捗について調査に来ました」
騎士団証明書をかざして名乗る。書とは言っているが正確には手のひらサイズのプレート。銀の外縁に表面には調査部隊を表すグリフォンの横顔のマーク。そして、名前。
これがないとライトニア王国の騎士だと認められない。
「確かに。ただ珍しいな、あんたほどの男がここに来るなんて……いや、あんたもここを踏破した1人だったか」
「懐かしい話ですよ。では早速質問させてもらいますけど……これは何ですか?」
俺の指先は一番目立っている入り口の隣にある何かに向いた。とにかくこれが気になってしょうがなかった。
「こいつは『ディメンションゲート』だ、最下層と入り口を繋ぐ近道だな。──と言っても、空気の入れ替えに使われるのが大きいがな」
「空気の入れ替え? 俺が前に言ったときは窒息するような事態にはならなかったような……」
「花がある最下層の大広間は知っているだろ? そこに根だか蔦だかでぎっちりと敷き詰められて通れない道があるのは覚えているか?」
「もちろん。アレのおかげで奥に進むのを断念したほどですから」
「現在はアレの撤去作業に追われている。火を使ったり爆弾を試したりしているが効果が薄くてな。室内だから火力を無暗やたらに上げるわけにもいかないからな掘り進むのに難儀している。おまけに地下ということもあって空気の流れが悪い。このゲートを設置してようやく効率が上がったぐらいだ」
「あの奥以外は探索が済んでいるってことですか?」
「まあな。レインさんやあんた達の調査資料も合わさってすぐに済んだ──だが! 最下層の水脈には何かがある! 長時間運用可能な水中歩行用の装備を現在錬金術士と共に開発中だ。それが終われば塞がれた道の迂回路も見つかるかもしれない」
よほどの新発見なのか急にテンションが上がったな。
確かに最下層は貯水池みたいな場所でもあった、そこでは美しく荘厳な巨大な蓮の花が蕾で佇んでいた……それに炎の爆弾を投げ入れ火を付けたんだよなぁ……。
それと床全体が蜘蛛の巣みたいに根付いていて水の中まで埋めていた。何かしら水路があるだろうとアトリエ奥の水路で気づけたけどそこまでの考えは及ばなかった。
「なるほど……!」
「我々としてもあの奥に何が隠されているのか気になっている。しかし、明るい状況でないのは皆理解している」
「……? 昔の資料や錬金術のレシピが残っている可能性があるのでは?」
「あのアトリエ以上に過去の知恵は眠っていないだろう。それらはもう全て王都に搬送済みだ。だが、我々が恐れているのは成果が得られないことではない──あの植物は魔力を吸収し養分とする特性を持っていたはずだ。ダンジョンのマップによれば塞がれた通路の先は居住区……これ以上は言葉にしなくても充分だろう?」
「──っ!」
村の子供達は巨大花に捕らわれ魔力を吸われていた。後半日でも遅かったら命は亡くなっていた。それだけ衰弱していた。同じようなことが過去に起きたとしたら? 唯一の出入り口が命を脅かす存在に塞がれたら?
あのツルや根は凄惨な光景を隠す蓋になっているようだ……。
「話としてはこれぐらいだ。後はあんたの目で見て回るのもいいんじゃないか? その方がいい報告書を書けるだろう」
「お話感謝します。では、お言葉に甘えて。失礼を──」
扉を開けて以前と変わらない整えられた廊下に一歩踏み込んだ瞬間、当時の自分に戻ってしまうような錯覚に陥る。
緊張でゴクリと喉がなってしまう。あの時とは何もかもが変わった今でも、このダンジョンの出来事はトラウマのように俺の心に根付いている。あの時の俺は本当に何もできなかった。レクスの力にただ乗っかっていた情けない男でしかなかった。
この通路で大量のツルに襲われた。今だったらアンナに届く前に魔力吸収の黒霧で防ぎ、破魔斧で切り払っている。
襲来に驚くことはあっても、簡単に対処して何食わぬ顔でこの道を歩いているだろう。
前は地獄の底に繋がっているかのような恐怖を抱きながら下りていた長い長い階段も、堂々と疲労の色を見せずに下っていただろう。
トラップの道も……本当にな、前の俺はこんな雑な排除でも満足できているぐらい一杯一杯だったんだな……今なら──。
……本当に「今なら」と思うことが多いな。それだけ俺の中で羞恥心が肥大化して黒歴史になっているんだと思う。
破魔斧にボトルを一本差し込み、通路の壁に手を当てて、壁と床を埋め尽くすぐらいに破力を浸潤させ。
「──術式破壊」
術式を砕き消し去る破術を発動。キャミルさんに鍛えられてケーキのクリームの延ばすかの如く丁寧に範囲を広げられるようになった。設置系なら殆ど対応できるし、詠唱系なら術が届けば中断させられる。
これは後始末だ、こんな岩壁の中に仕込んである程度の魔法陣は簡単に破壊できる。通路を埋め尽くすぐらいの光線を放っていて途方に暮れかけたあの時。──いや、ここが役に立ち時だって張り切ってたかな?
必死だった、役に立ちたいとか捨てられないようにとか常に心に付きまとってた。
そして、この先にあるのは──
「まだ残っているんだな……」
焼き痕は残っているが未だ花の形を有して倒れている巨大な蓮の花。御神木と言っても通じる太いツル。
本当に別格の存在だと改めて思う。今ならと思うことは多いけれど、良く生き延びられたと今更ながら思う。今の俺が戦っても勝てるか怪しい、全方向より襲ってくる大量の細いツルにただ倒れるだけで破壊兵器となる太いツル。防ぎきれるイメージが沸かない。
レクスがいなかったら俺は潰れて、アンナは養分で、セクリは未だ封印の身。
遠いなぁ……あの時感じた無双の境地には辿り着ける気が全然しない。
本作を読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら
ブックマークの追加や【★★★★★】の評価
感想等をお送り頂けると非常に喜びます!




