第7話 変わる冒険事情
~調査メモ~
ナーシャがアルケミーバザールに参加した回数は6回。
全て香水を販売しており。3回目までは人が自由に選んで買える形式だったが4回目からランダムになった。
最初の1回でライトニア歌劇団の花形の目に、いや鼻に留まり気に入られたのが大きく、次回より大勢人が押し掛けることになった。
7月7日 太陽の日 17時10分 マテリア寮
アンナがサリーちゃんの家まで見送りに行きそうなのを引き留めた次の日。
俺は俺で調査部隊の資料室やらキャミルさんに質問して『世界樹の牢獄』について調べて帰ってきた。
一言で言うなら樹海。おまけに小型中型の魔獣の巣窟、大自然の蟲毒が行われているような場所で普通の環境では見られない独自の進化と適応を果たした魔獣が跋扈しているようだ。
牢獄の名には樹海に迷い出られなく意味と魔獣に喰われて帰ってこれなくなる。二つの意味があった。
慈悲の無い厳しい情報を聞いてしまい足取り重めに部屋に入ると、静かな様子に少し気になった。
「ただいま~……あれ? 何を作ってるんだ? ──ミニチュアハウス? へぇ~……うまいもんだな」
図面を隣に敷いて小指の先よりも小さなレンガを精密機械の如く組み合わせながら家の形を組み上げていた。
アンナは器用だと知ってはいたけどここまでできるなんて簡単に想像を超えてくれるな。
「ありがと、これはレシピ本にあった『キャリーハウス』って言う持ち運びができるお家なんだって。テントよりも安心して寝泊りできる道具なの。これはその材料の1つ。この小さなお家が実物と同じ形になって大きくなるみたい」
「家を持ち運ぶ…………ああ、なるほど。普段はそれぐらいの手に収まるサイズで好きな時に大きな家を呼び出せるようなものか」
「うん、そうそう! それに上手に調合できると雨漏りも強風も魔獣も怖くない立派な家ができるんだって。ソレイユさんはこれを使って大陸を旅してたから性能はおすみつきって書いてあったよ」
開かれたレシピ本を覗いて見ると、ソレイユさんのアドバイスにイラストも付いてわかりやすい説明になってる。ただ、求めている技術は中々難しそうで、錬金術の知識が無い俺には専門用語が書かれるとさっぱりだった。でも、わかることもある。
家具はこの時点で作る必要はないということだ……本来の想定として後から市販のベッドとか購入して入れるんだと思う。でも、アンナが作っている家にはもう家具が配置してある。
大丈夫なのか? このサイズでズレがあったら大きくなった時のズレって結構なものになるぞ?
「わたしの部屋と、セクリの部屋と、テツの部屋、これらはもちろんだけど、後は皆が集まれる部屋、……本当だったら台所とかも設置できるけど、また違う調合品を作る必要があるみたい。今のわたしじゃそこまではできそうにないからこれが精いっぱい」
正方形の中に4つの長方形、指でなぞりながらそれぞれの部屋について教えてくれる。3つ並んだのは3人の部屋割り、残る一つはリビング兼玄関だ。
後は蓋みたいな金属板の屋根を乗せたらもう家として完成しそうだ。
「あとね、空間を弄るみたいだから大きくなっても外からの見た目と中の大きさは違うんだって」
「さりげなく凄いこと言ってるなぁ……持ち運びできるサイズまで縮小可能で見た目と広さが一致しないとかソレイユさん本当に天才だな……!」
言葉通りに受け取れば仮に1㎥の建物を出現させたとしても、扉を開けて中に入れば10㎥の部屋にいるということだ。もっと想像を超えた広さと高さと内装の建物が表現できてもおかしくない。
実物を体験してない想像でも、冒険で休息するのに困らない状況が目に浮かぶ。
「これが完成したら大事な準備は完了! 動作確認して問題なさそうだったらすぐにでも出発するからね!」
「わかった、荷造りを始めておく。でもそんなに焦るのは危ないぞ、どうやら世界樹の牢獄は樹海で足場も良くないらしい。靴とか服、装備も一新する必要があると思う」
「それについてはだいじょうぶ! 危ない場所だって知ってたからそういうのを専門に売ってるお店を教えてもらったの。だから明日みんなでいくよ!」
「これは出過ぎた真似だったな」
「あ、そうそう食料というより運搬する荷物は最低限でいいからね」
「ん? ……あ、そういうことか! アレがあると常識が完全に崩れるな本当に……!」
冒険には多くの備えを用意しておくべき。なんて前提知識が身に染みている。
捨てるべき癖ではないにしても『どこでも倉庫』は規格外、距離を無視して指定の場所と繋ぐ錬金道具で物を出し入れすることができる、まさに冒険の常識が壊れる逸品! 積載量の関係で帰らざるを得ない状況も無くなる。それに身軽に移動できる。前の世界で言うなら手ぶらで会社や現場に行って、何食わぬ顔で仕事道具を何もない空間から引き出せる。忘れ物の心配も無くなるってものだ。
「ちゃんと使えるようにしときたいから今セクリが倉庫の整頓してるからテツも手伝って。整理が終わったら起動実験してみるから」
「わかった!」
そんなわけでアトリエの隣室にある倉庫に向かうと、セクリが雑巾を使って床や棚の埃を取り除いていた。整理整頓は普段から心掛けているしここ最近は採取に向かってないから空いている。
今度はここに冒険に『世界樹の牢獄』に向けた道具を置く必要がある。
「何を手伝えばいい?」
「ふぅ……整理自体は終わってるんだけど、どこでも倉庫を利用するなら逆に必要な物を置いとく必要があるよね? 倉庫の中に冷蔵庫を置いといた方がいいかな……?」
「悪くないアイデアだと思うけど寮の冷蔵庫って中々大きいよな? それに魔力管から切り離されると冷気が発生しなくなって中の物が痛まないか?」
「だよねぇ~……魔力で動く家事道具は止めとこ。素直に乾物系を多めに置いといた方がいいね。お肉、果物、あ、缶詰もいいかも」
「後はパンとか小麦粉。塩とか香辛料、油は燃料にも使えそうだな。念のため飲み水もボトルに分けて用意しておいた方がいい」
「水は向こうでも取れると思うけどもしもが怖いよね。後は小型浄水装置もアンナちゃんに用意してもらわないと」
「確かにそうだな、火は魔術で出せるとして……そうだランタンも……どっちだ? 手持ちかここどっちがいいんだ?」
悩むのはこういうのだ。絶対条件として「どこでも倉庫は指輪を付けた者しか利用できない」付けるのはもちろんアンナ。アンナと一緒かつ平時なら問題はない。が、分断された時が怖い。
普段より少ない荷物。生存確率が大きく低下する。絶対に必要な物は自分で持っておかなければならない。
「調理器具の一式はこっちに置いとくけど、念の為ボクのリュックにも愛用のフライパンは入れておくつもり。」
「俺もレクスとマナ・ボトルは肌身離さずだな。水筒とか携帯保存食も入れとくとして。そういえば今回は1日2日で済みそうにないんだよな……着替えのこと全然考えてなかったけど、用意しといた方がいいよな?」
破れたり汚れたりして機能しなくなったのに替えがないのは避けたい。半裸でどんな虫や蛇がいるかもわからない森の中を進むのは普通に自殺行為もいいところ。病気だけじゃ済まないな。
「服は倉庫よりもキャリーハウスに入れられるみたい。ハウス自体も簡易倉庫の役目を果たせるんだって」
「冒険のおともってレベルじゃないぐらい便利じゃんそれ……」
「でも、壊れたり失くしたりしたら中がどうなるか想像つかないんだって……」
「頼り過ぎた際のリスクも半端ないな……」
安全のためにキャリーハウスは倉庫に置くことになりそうだ。
転んだりぶつかったりで壊れた瞬間に撤退必至の宿無しに早変わりだからな。
「あと注意すべきなのは何時でも取り出せるからって倉庫に置く物が多くなると今度は採取したものが入れられなくなることだね」
「安全に確実に冒険を達成させるか、冒険先で大量に宝や素材を回収するか。どっちを優先させるかのジレンマだな」
目的は世界樹の素材。枝とか葉、後は実。非常に大きいというのは情報にあるが……何cmとか細かいのは載っていない。情報が少ないということは安定して採取できていない証明でもある。
中でも世界樹の葉には興味深い話があって、季節によって大きく効能が変化するらしい。秋から冬にかけて葉を落とすのは世界樹でも変わらないが、落ちた葉には伝説と言われるような効果は無いらしい。採るべきは春か夏、しかし自然に落ちてくることは滅多にない。樹を登って直接葉を千切るしかないとされている。
とにもかくにも、冒険用の道具と回収用のスペース。そのバランスが──
「いやひょっとしたら、武器や道具を保管しておく倉庫と採取した素材をまとめておく倉庫の二つを用意しておくのが最善じゃないのか?」
「……確かに! と言ってもそれは理想中の理想だねぇ……ボクもレシピ本を読ませてもらったんだけど、どこでも倉庫に必要な素材に『ディメンションゲート』っていう錬金道具が必要みたいで、それを作るのにも『ワタリドリの羽』も必要で──」
「とにかく連鎖的に素材が必要で足りないってことだな?」
「そー言うこと。残念だけどね」
冒険感が狂うぐらい便利な道具にはそれだけ要求される素材も必要ってことだ。
譲ってくれたソレイユさんには感謝しかないな本当に。
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