第6話 ライバル決定!
同日 17時30分 校庭ステージ前
バザールは17時に終了し、王都に広がっていた賑わいはどこへやらと人の数も声も一気に減った。撤収作業に勤しむ屋台が殆どだけど、悔しさや虚無、不の表情が多く安堵の表情を浮かべている人は少ない気がした。まるで勝者と敗者に分かれているようでもあった。
ただステージ前はそんな空気は感じさせない期待で満ちて、中々な混み具合で今日の結果を今か今かと待っている人で賑わっている。
前見たときはあったボードが今は無い。おそらく集計結果をまとめている最中なのだろう。
この結果発表が今日のバザールにピリオドを打つイベント。
そして、アンナの超えるべき壁となる存在が露となる。
「いったい誰が1位なんだろうね……!」
「この催しが始まったのは私が生まれるよりもずっと前で、バザールを盛り上げるために始めたんだって」
「へぇ~そうなんだ。ということは何かもらえたりするのかな?」
「それはこれからのお楽しみだよ!」
アンナとサリーちゃんはにこやかに手を繋いでお話している。何とも微笑ましい。この空気を壊さないためにも俺は透明に徹する。
そんな風に考えているのも束の間、幕のかかったボードが持ち運ばれてステージの中央にドンと置かれ、司会者と思える男性が壇上に上がると、ざわざわとしていた話し声が収まり、みんなの視線がステージに集中し始めた。
「大変お待たせしましたっ!! アルケミーバザール、売り上げランキングを発表致します! 栄えある名誉を手にするのは誰か!?」
マイク片手に気持ちのいい男の声が響き渡る。
ズバっと勢い良く幕が取り払われボードが露になると、縦に1~3の数字が並び、それぞれの横には名前を入れるであろう空白のマス。
参加者でないのに空気に飲まれて何だかドキドキしてきてしまう。
「では──!! 第3位! 56000キラ! パザー・リッター! 壇上へどうぞ!」
ボートのマスがクルリと回転して売り上げと名前が現れ、拍手と歓声が沸き上がる。俺は俺で、ボードがそういうからくりなのかとちょっと感心していた。
名前を呼ばれた人は片大人の男性、片手を振りながら司会の元へと進んでいく。どうやらランキングに載るには年齢制限とか学生限定とかは無さそうだ。けれど……注目すべきは3位で56000。相当な金額だとわかってはいるけどもっと上を昼前には知っている。
「おめでとうございます! ご感想をお願いします」
「完売してこの結果なら満足しかありません。次は品質も数も上げて挑んでみたいと思います」
そう言葉にしているが違和感がある。何というか感情がまるでこもってない。緊張とは違う、言葉を予め用意してきた棒読み感。早くこの場から離れたいような気さえする。
この時はわからなかったが、次の名前が呼ばれた瞬間に理解できた。
「ありがとうございます! 次回のご活躍も期待しています! ──続いて第2位! 87000キラ! ライトニア国民なら誰でもご存知! なんと、ソレイユ・シャイナーだあ!!」
より強い拍手と歓声に「1位じゃないのか!?」なんて戸惑いの声も混じる。むしろ困惑している人の方が多い。太陽の錬金術士という二つ名はライトニアじゃ知らぬ者なし。名前も実力も誰もが認めている。
完全に3位の人の存在が名声の暴力にやられて消えてしまった。これを想像できたからだろう。
そして、この時点で第1位は誰なのか理解してしまった。俺以外にもそんな人は多く、「やっぱりか……」なんて声も聞こえてきた。
「今の心境はいかがでしょう?」
「いやぁ~10年前と比べてレベルが上がって驚いたよ。この結果は嬉しくもあるけど悔しくもあるかな?」
の割には全然悔しそうに見えない。爽やかそのもの。むしろ楽しそうでもある。
セクリの話だと完売していたと言っていた。つまり自分の出せるものを出し切ってこの場に立っている。憂いの欠片も無く結果も出せたということだろう。
「ありがとうございます! 太陽の錬金術士に悔しいと思わせた栄光の第1位は!! 100500キラ! 出店すれば1位を取る! 皆彼女の魔性の香りを求めてやってくる! 錬金学校マテリア在籍、ナーシャ・アロマリエ・フラワージュッ!!」
一番の拍手に「おお!」という感嘆の声があちこちから漏れ出す。隣のアンナもその一人でわかりやすく驚いていた。
「ナーシャッ!?」
「結果は変わらずか……!」
俺がお金を払った影響で何だかキリの悪い数字になってしまったが、俺がどうこうする必要もなく結果は変わらない。
「おめでとうございます! こちら1位の賞状となります。そしてなんと! これで3枚目を手にしたことで勲章『バザールマスター』を授与させていただきます!」
「おお!? これでも勲章貰えるのか!? それに3枚だと!?」
思わず声が漏れてしまう。もしかしなくても3回1位を手にしたことになる。学生でありながら大人達を撫で切ったということか!?
アシスタントの女性が仰々しく薄い木箱を持ってきて、箱の蓋が開けられると布の上に眠りキラリと輝く勲章が姿を現した。ここからじゃ形はよく見えないが、紛れもない国から認められた栄誉がナーシャに手渡された。
三枚の賞状で勲章が手に入る……某エンゼル缶を思い出す仕組みだ。運とじゃなくて実力が大きく影響してはいるけれど。
「ありがとうございます。栄誉ある勲章を頂き、この成果に恥じぬようより一層錬金術に励みたいと思います」
「多くの方はこの勲章を目標に邁進していますが、ナーシャさんはめでたくもこうして手に入れられました。次回からの参加はいかがなさるのでしょう?」
「これまでと同じように参加したいと思っています。ただ、来月は間に合いそうに無いので10月に準備を整えて参加するつもりですわ」
大勢の視線を浴びていても堂々と佇んでいる。笑顔ではあるが言葉や態度に慢心とか余裕みたいな浮ついた何かは感じない。
「なるほど! 皆様ご安心ください! 彼女の香水はまた手に入れることができるのです! 今日を境にバザールから足を遠のけるのはなんとももったいないことですよ!」
司会の言葉に応えるかのように周囲から「よかったぁ~」とか「来る意味なくなるところだった」とか安心の言葉も聞こえる。もはやバザール運営の大事な歯車の一つになっているんじゃないかと思ってしまう。
「すごいね……! ナーシャのことはなんとなく頼りになるとは思ってたけど、なんだか……遠くに行っちゃったみたいに感じる」
観客側で大勢に埋もれながら立つ俺達と壇上でただ一人喝采を受けるナーシャ。
この状況にアンナは何を思う? その瞳の奥には何を宿している?
「……アンナもあの場に立たなきゃ合格できないんだぞ? だから今、この状況だからあえて聞こうと思う──」
「……?」
「バザールに参加する日をナーシャと同じにするかしないか」
「え!?」
目を見開いて驚き、ステージにゆっくりと視線を向けて。大きく喉を鳴らしていた。
アンナは俺の想像した言葉を言わないかも知れない。今日のこの時を境に明らかに空気が違うのだから。あの勲章はただの飾りじゃない。これまでの成果の結実。ナーシャにとって確固たる自信となっているはずだ。
だって俺もそうだから。王様から勲章を授けられてから心の有り様が変わった。自分の歩いた道が正解である証明を形として手に入ったようなものだから。
「俺はどちらを選んでも何も言わない。ナーシャと同じ日にした場合、今ステージに表示されている数字がアンナの超えるべき壁だ。別の日だとしたらソレイユさんの数字がおそらくになる」
容易じゃない。なにせ俺の給料約半年分が超えるべき数字なんだ。なんとなくで作った調合品じゃ戦いにはならない。アンナの錬金術の才能は全面的に信用できるが、商売となると不安はある。俺も経験が無いから役に立ちたくても立てない。
なによりもファンの差、出せば売り切れ必至のナーシャと違いこちらは一度も出店してない新参者。人が寄り付くかも怪しい。
ナーシャを抜きにしてもあまりにも課題が多い。ここで無理をする必要も──
「わたしは……ナーシャと戦いたい! きっとこれから先ナーシャと全力で戦うなんてこれっきりかもしれないから本気でやりつくしたい! それに、ここで逃げたりしたらまた同じようなことにあった時、今よりもっと簡単に逃げだす。でしょ?」
アンナの瞳は固い決意で燃えているかのようだった。それも、今まで以上に強い輝きで。
俺は何を勘違いしていたのだろう……命をかけた戦いじゃないから安心。なんて甘っちょろい考えもあったことを恥じたくなる。
これはもう己の誇りで殴りあうようなものだ!
親友でライバルが箔を付けたからって退くのが俺の心酔するアンナな訳がなかった。
「わかった、アンナが挑み続ける限り支え続けるから安心してくれ」
「頼りにしてるからねわたしの使い魔」
この戦いは本当に過酷なものになりそうだ。
だけど、青春の如き爽やかな熱量が確かに伝わってきた。
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