第5話 冒険を支えるもの
7月6日 月の日 12時15分 マテリア寮
バザールの有益な情報を集められて喜々とした気分に浸りながら待っていると、どうやらセクリも収穫上々なようで足取りも軽いし膨らんだ鞄から買い物も楽しんだようだ。
それと、偶然出会ったのかサリーちゃんとアンナが一緒に歩いてやってきて、シャルルさんがどういう訳か後ろからスッと現れて思わず体が跳ねるほど驚いてしまった。本当に忍者みたいだと改めて思う。
「ここがお姉ちゃんの部屋なんだぁ……!」
「私も寮の中を見るのは初めてです。台所も立派ですね、冷蔵庫にオーブンも、後は……食材も用意されているようで安心しましたよ。アンナ様の食生活に問題があればハリー様に顔向けできませんから」
「あはは……憂いを払えたようでなによりです……」
そんな訳でサリーちゃんもお昼ご一緒することになった。アンナが目に入れても痛くない可愛い妹。わかりやすくご機嫌になるのも面白い。けれど──少々嫉妬してしまう。これが超えられない壁という物だと見せつけられるようだ。
こんな感情は置いといて──シャルルさんも力を貸してくれるようでセクリと一緒に台所に並んで昼食を調理してくれている。デザートが一品追加されるというのもうれしい限り。
「それじゃあさっそく情報をまとめよ! テツ達は良さそうな情報見つけられた?」
「じゃあ、まずは俺から話そう。校庭の販売形式はお店が価格を決めて客が買う。普通のお店の販売形式とそう変わらないのが全部だった。ただ、校庭にあるステージには売り上げランキングのボードがあって、その日1位だと何かしらの賞がもらえるみたいだ」
「じゃあ、そこにわたしの名前が載ったら試験は合格ってことになるのかな?」
「おそらくな。一番わかりやすくて確実だしあの場で不正なんてできないだろう。まずは今日のバザールが終了間際に見に行ってみないか? アンナのライバルになる相手だけじゃなく、超えるべき最低価格もわかるはずだ」
「たしかに……!」
なるほどといった様子で深く頷いてくれる。
……ナーシャのことはまだ話す必要はないだろう。ここで言って期待させといて別の名前が一番上にあったら肩透かしもいいところ。最後に頂点にある名前が超えるべき壁だ。
できればその名はナーシャであってほしいが。
「それじゃあ続いてはボクだね。中央広場の殆どは競売形式。屋台の数も商品もそんなに多くなかったけど、商品は目が痛くなるぐらいキラキラしたのが多かったよ。それと……ソレイユさんからお詫びですごい物をいただいたよ」
「ソレイユさんも参加してたのか……それでお詫び? 何か迷惑かけるようなことされたか……?」
「わっかんない? むしろこっちが迷惑かけてる気がするのに……これはレシピ本と、指輪と何これ?」
こけし? いやポーンの駒に近い形しているな。それが……大きいのが1つに小さいの8つの合わせて9つ。盤面遊戯? ……ソレイユさんがわざわざ詫びで渡すか?
「その指輪と小物を合わせて『どこでも倉庫』だって」
「へぇ~…………え? どこでも倉庫ってあの!?」
アンナが凍ったように固まる。
俺も知っている。別空間に繋げて物を出し入れできる錬金道具──!
「ちょっと待て! 侘びの品にしては対価がおかしくないか!?」
「ボ、ボクに聞かれても!? テツオがソレイユさんに何かしたんじゃないのレインさんもどうとか言ってたよ?」
そう言われるとちょっと困る。ソレイユさんと何かあった思い出そうと努力してみる。お詫びってことは何かしたことに対する謝罪……逆にソレイユさんにお礼しなきゃいけない立場なのにどういうことだ? それにここ最近色々あったからな……三人の幼姫のことで頭一杯になって細かいことは忘れてもおかしく……あっ、もしかしてアレか? レインさん絡みでお詫びと言ったら──
「…………なるほど、わかった」
でも、これは口に出してはいけないな。ありえるとしたらレインさんの閃光染みたビンタだろう。俺と同じことを三国の王に問い詰められた。それ以外には思いつかない。
「じゃあこっちの『旅のおとも』って題名の本は……わぁ! すごい、冒険を安心安全にできる錬金道具の作り方が沢山書いてある! えっ!? 持ち運べる家!? 他にもろ過装置、ランプ、鍋、それに遭難防止の粉。どこでも倉庫も書いてある!」
「いいなぁ~」
「そちらでしたら私も購入していますよ。サリー様の勉強になるかと思って」
シャルルさんの鞄からスッと一冊の本が出されるとアンナと同じのが姿を現した。
「さっすがシャルルさん! ありがとう! 太陽の錬金術士ソレイユのレシピ本なんてレアもいいところなんだから!」
「お褒めに預かり光栄です」
サリーちゃんは錬金術士の卵。この本を受け取る価値のある子だ。今はまだ作れないかもしれないけど、いずれこの本の道具を作れるようになるだろう。だって、アンナの妹なのだから。
アンナのおかげで錬金術の才に目覚めた。そんな思い出があってかサリーちゃんはアンナに懐いている。
そして、当のアンナはどこでも倉庫とレシピ本を見ながら体を震わせていた。
「どこでも倉庫にこのレシピ本の道具があれば、世界樹の牢獄に挑むのも夢じゃない!」
「「世界樹の牢獄?」」
一縷の希望をこの手に掴んだかの如く、感極まってるアンナの表情と言葉に俺達は少し驚きながらも同じ言葉を口にする。
世界樹……ファンタジーで聞いたことのある伝説の樹。俺の想像とまるっきり同じということは無いにしてもこの感情の昂りよう。相当霊験あらたか効能を有していると見て間違いなさそうだ。
「うん! 理想のソウル・チェイサーを作るのに世界樹の素材がピッタリだってビビっと来たの! でも、今の状態じゃ挑むことなんて無謀もいいところだったんだけど、このレシピにある道具やどこでも倉庫があれば無謀じゃなくて現実になる!」
確信を持った瞳に迷いの無い語気。
突きつけるように見せてくるレシピ本とどこでも倉庫。使い魔としてこの勢いを止める言葉は出てこない。
「なるほど……アンナがそう決めたのなら俺は従うのみだ。それに、その世界樹の素材とやらを利用すれば試験の方もうまくいくかもしれないしな」
「うん! よ~し、これから準備で忙しくなるぞぉ~!!」
どうやら本格的な試験対策の前に大きな冒険が待ち受けていそうだ。
アンナが準備に勤しむ間に俺も俺で情報を集めておかないと、ソレイユさんのレシピ本とどこでも倉庫があってようやく行けると判断したんだ。つまり、今の装備じゃ絶対に太刀打ちできない……。
道具はアンナに一任する、俺ができることは決まってる……あの術の完成度を引き上げるしかない……!
「では、話がまとまったようなので昼食にいたしましょう」
コトンとテーブルの上に料理が置かれ始めると空気がフワっと揺らぐ。アンナは慌ててもらったものを自分の部屋へしまいに行く。
使用人が二人になると料理の質が目に見えて上がった気がするなぁ。
瑞々しいサラダ、ペペロンチーノ風の茸大目パスタ、スライスした買い置きのバゲット、色鮮やかな野菜のスープ。おまけに今日はフルーツポンチを冷蔵庫に用意しているらしい。
お客をもてなすことを含めても休日にお昼にこんな豪勢な思いをしていいのか不安になってしまうな。
「へぇ~普段はこんな風に食事をしてるんだぁ……家と比べたら狭いというか近いというか……」
「サリーもマテリアに入学したらこうなるの、使い魔といっしょに食事したり、誰もいない部屋で1人で調合したりね。入った当初はこんな風ににぎやかになるとは思ってなかったけど」
俺達を見ながらほのぼのと言う。そりゃ学生の一人暮らしのはずが大人二人と一緒になったわけだからな、過去の自分に言っても信じてもらえないだろう。
俺だって昔の俺に言ったとしても変な薬やってるのかと心配されるのがオチだ。
「口を挟んで申し訳ありませんが、家から通うか寮から通うかはまだ未定です」
「そうなの!? 私寮で生活すると思ってた!?」
「託せる使用人がいないのが理由の1つです。私が同行できれば問題ありませんが、本邸を守る必要があるので残念ながら不可能です。部下はまだ育ってないので託せるに至っていません」
「わたし達もいるんだからそんな心配は──」
「それも大きな問題です。甘やかしすぎるのが簡単に想像できてしまいます。適度な距離感ができてない現状。サリー様のためになりません」
思い当たる節しかないのか「うぐぅ」と口を噤んでしまった。
にしても淡々と事実を重ねるように言葉を繋げてきた。優先順位がはっきりとしているというか、確かにお爺さん達のお世話も重要だろう。そう考えるとサリーちゃんだけを寮に送るよりも実家から送迎した方が安全。馬車で片道3、40分くらいだったかな?
でも、この寮から学校および騎士団本部の距離って本当に楽……満員電車とか人混みがないのはもちろん、雨に濡れるのも最小限。忘れ物しても簡単に取りに戻れるのもありがたいんだ。
それに、この周りは勉強できる場所が多い。学校はもちろん図書館にミュージアム、お店を出している錬金術士達。多少のデメリットには目をつぶれば多量のメリットが期待できる。
「そういえばわたし達の分しか置いてないけどあなた達は?」
「後でいただきますのでお気になさらず」
「ここではみんないっしょに食べるのがルールなの。見られながら食べるのも気になるし、ちゃんと食べてるのか気になるからね」
クリスティナ本邸で食事をしたときはでかくて長いテーブルで食事をした。使用人の皆さんは壁沿いに並ぶように立っていて見ているようで見ていないような不思議な視線で俺達に顔を向けていた。
そんな本邸のしきたりなど知ったことかと、この部屋の主たるアンナの言葉にシャルルさんも──
「……ご命令とあらば」
特に反論することなく席の準備をし始めてくれた。
最近は人が来ることも多いから椅子を追加で用意していて正解だった。
アンナとサリーちゃんが向き合い、俺とシャルルさんが向き合う形となり、セクリが俺達側に皿を並べる。
「そういえばシャルルが食事しているのを見るの初めてかも……いつもどこで食べてたの?」
「厨房が多いですね。状況によっては食べないこともありますが」
流石はクリステイナの使用人長。食事の姿も丁寧で綺麗だ。そんな様子をサリーちゃんは相当珍しいのかジッと見つめている。
「……サリー様、そんなに注目されると食べ難いです」
「あっ、ごめん。でもねシャルルさんもちゃんとお腹の空く人間なんだってわかって安心した」
「それは随分な偏見を与えてしまって申し訳ありませんでした」
人は食事してこそだもんな。
どれだけ強面のおじさんでも絶世の美女でも食べなきゃ生きていけない。食事の作法でその人となりが色濃く表れる。心の余裕、周囲を見る、味を楽しむ、皿の上の料理を何も考えずに口に運ぶのは獣と変わらない。
食事が綺麗な人はそれだけで信頼できる。
「使用人が2人にもなると料理もにぎやかになっていいね。毎日こんな綺麗なの食べてたらお姫様かと思っちゃいそう!」
「たまにはこういうのも悪くない。サリーちゃんとシャルルさんに感謝だな」
美味しいことは素晴らしいけれど、格式高くなって姿勢を正してナイフとフォークを使わないといけないのがちょっと肩こりそうだ。
「こちらとしてもアンナ様の食卓事情を確認できてよかったです。食材管理や栄養バランスセクリさんがちゃんと料理をしているようで安心しました」
「あはは……どうりで色々確認していたんですね」
「当然です──アンナ様は大事なクリスティナの人間ですから粗末な食事をなされていたらあなた達に指導を入れる必要がありますので」
鋭い視線がセクリと──俺に、突き刺さる。
「俺もですか……」
「英雄と囃し立てられているようですが、あなたはアンナ様の使い魔。セクリさんがいない時はあなたが衣食住を支えなければいけませんよ」
「ごもっともです……」
う~ん、反論の余地がない正論。とはいえ、できることが増えてきている現状。新しいことに挑戦するのも大事だ。
料理ができるようになれば今よりアンナのお世話できて褒められる機会も増えて──
「ちょっとちょっと! 何想像してるか想像できるけど、そしたらボクの役割が減っちゃうでしょ! 炊事、洗濯、掃除は特に譲る気ないからね!」
「お、おう……」
そんなムキになって否定しなくても。そりゃ確かにセクリには使用人になることをこちらからお願いして、その期待に応えるように努力してくれたことは知っている。
でも、不測の事態とかに備えて料理の技術とかは知っといた方がいいと思うんだよな。
「ふふ、これは失礼。使用人たるもの主の世話をしてこそ存在証明。譲れるものではありませんものね」
「シャルルさんってそんなに喋れる人だったんだ……! いつもは必要なことしか言わないのに……」
俺達の様子に微笑みを見せるシャルルさんにサリーちゃんは大きく驚いていた。
「……こういう場というのは初めてで、つい浮かれてしまったようです」
「それなら家でも私ともっとお話しようよ。私が生まれる前からクリスティナ家に仕えてたんだよね? 私の知らないこととか色々教えてよ!」
「善処いたします」
困ったような顔を浮かべているが満更ではなさそうだ。
やはり美味しい料理というのは人の心を穏やかにさせる。それに行儀良く食事をすれば互いの心が交わっていくみたいだ。
偶然とはいえ、二人の距離が縮まったのはよいことだ。
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