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第2話 親友が成るモノは?

 俺の名前は神野鉄雄。アンナの使い魔となった異世界の人間。

 こっちの世界に来た当初は色々と嫌なこともあったが、今はもう笑いごとにできそうなぐらい充実している。いや、それは少し嘘だな。「100」という数字に対しては今もまだ心がキュって絞められるような恐怖が湧いてくる。

 

 それはさておき今の役目は校庭にある屋台を見て回ること。今日のためにお金もしっかり用意しておいた。無駄遣いしない程度に楽しませてもらおう。……本当だったらアンナと一緒に食べ歩き的なことをして楽しみたかったが仕方ない。

 マテリアに屋台の配置はコミケの島をイメージするのがわかりやすい。校庭に島が二つ、校舎を背に壁が一列。それと何やらステージみたいなのがある。歌って踊る人がいない代わりに何も記載されていないが豪勢なボートがドンと置いてある。『ランキング』と記載されていて何かをこのバザールで競ってるみたいだ。


「ねえ、なんだかおかしくない? 列が止まってるんだけど?」

「ここは毎回人気のあるお店ですからね、焦る必要はありませんよ。ですが……いつもより何やら様子がおかしい気がしますね」


 俗に言う壁サーの位置から一際目立つ長蛇の列が外側を沿って形成されている。ただ、何というか並んでいる人達から不満の声があがっている。

 何か問題が発生しているのなら、俺は下っ端とはいえ騎士の端くれだからアルケミーバザールの平和のために働かなければならない。次回の開催に影響がでたらアンナにも不便をかけることになりそうだからこれは必要対価と言ったところだ。

 駆け足に近づくと列の先頭にはガラの悪そうな二人組の男が店員に絡んでいる。


「おいおい! 香水1個500キラなんてするぐらいだから金に困ってんだろ? 俺達が助けてやるよ! 20、30喜んでだ!」

「で、ですから! お一人様お一つまでとなっているのですわ! 複数買いされたら困りますわ!」

「既に整理券も配り終えて 君達が複数買わずとも完売するにきまっているだろう?」

「ああん!? ガキのくせに調子づいたこと言ってんじゃねえよ!!」

「ひえっ──!」


 屋台の主を見ると思わず驚いた。何せよく知っている顔の二人がいたのだから。


「ナーシャ!? それとユールティア? 君達がやってるお店なのか?」

「ボクは手伝いだとも! 」

「テ、テツオさん! た、助けてください!」

「心得た」


 丁寧な言葉遣いはするのはアンナの親友のナーシャ。フルネームはナーシャ・アロマリエ・フラワージュ。と少々長い、俺も何度か世話になった恩人でもある。

 もう一人はエルフの少女ユールティア。同じアンナの親友でおそらく寮の中では相当な錬金術の実力者だと噂されている。

 そんな主の親友が何かしらの問題に直面しているというのなら助けなければ儀ではない。

 バザールに参加していることは知っていたけど、まさかこんな行列を統べる主というのは予想外でしかなかった。


「ああん!? 横入してんじゃねえよ兄ちゃん!」

「そうだそうだ! 俺達みたいにしっかり並んで来いっての!」


 そのあたりのルールはきちんと守るのかと逆に驚く。

 ただ、どう止める? 言って聞くような連中じゃなさそうだ。力づくでも周囲に被害が出れば──


「ん? ねえ、テツオって言った……? あ、本当だ!! この人カミノテツオよ!」

「ええ!? え、本物!? 本物!?」


 男達の後ろに並んでいた女性が俺に気付くと、連鎖的に周囲に広がった。ただでさえ人が多いのに誰かが足を止めてこっちをみれば「何か?」と思い視線を向ける。徐々に人の壁が厚く広がっていくことに、目の前の屋台より大きな別の問題が出来上がった気がして冷や汗が零れそうになる。

 アンナの父親捜しや俺の偽物問題解決のため、顔出しで新聞に掲載してもらった。その影響がでてきたわけだ。「アメノミカミから国を救った英雄」なんて言葉も記事にはあった。それに加えて最近あった王女襲撃事件、知らない間に記事にもなり、俺の活躍も書かれていた。

 まさか、ここまで俺が知れ渡っているとは……嬉しいような怖いような複雑な気持ちだ。


「カミノテツオだと!? おい、どうするんだ!? このままじゃ商売どころじゃねえぞ」

「くそっ! 1人1個で満足してやらぁ! どけどけ!!」


 500キラ銀貨を二枚、台に叩きつけるように置くと手の平大の小箱を2個持って人をかき分けて逃げるように駆けていく。

 これを見て「おぉ~!」と声を漏らす人もいて、場の熱が上がっていくのが肌で感じる。

 この状況、この場に留まる方が混乱を誘発させてしまう! 市場の探索どころじゃなくなる!?

 破魔斧レクスとマナ・ボトルを腰の鞘から取り出し。斧に取り付けられている魔力装填機構を有するマナ・ギアに装着しボトル内の魔力を斧に注ぐ。

 俺には魔力が無い、だからこういう道具が無いとこの世界で戦うことが叶わない。斧に伝わった魔力が破力へと変換されて俺の身体の中に溜まっていく。


「──じゃあ、俺はこれで! 応援してるから!」

「あ、ありがとうございました!」


 脚力強化を発動させて、足元を爆発させるような勢いで飛び上がり、風と人々の見上げる視線を受けながら人混みを越えて校庭と校舎を繋ぐ扉の前へと着地する。急なできごとに反応できず追いかけてこれないようだ。

 なにはともあれ誰にもぶつからずにすんで良かった。

 屋台やら人が壁になったりして、無事に校舎の中に逃げることに成功した。改めて後ろを振り返っても俺に興味を持ってない行き交う人だけでホッと一息つけた。

 いつもだったら生徒かその関係者しか校舎には入れないけど、今日は一般の方も利用できるみたいだ。流石に二階へ通じる階段は封鎖され見張りもいて通れない。もちろん一階の調合室も見張りがいる。

 どうやら利用できるのは一階の廊下と急病人用の保健室ぐらいだろう。後は購買か?


「こっからどうするか……」


 けど、こんなの些細な問題だ。このままじゃ託された任務の達成すらできない。役に立てないのが心苦しい……。このまま校庭に戻っても注目を浴びてまともに行動できない可能性も高い。


「パーティ用の錬金道具を揃えていますよ! 虹色に発光するお酒! 不思議な音が鳴るグラス! 甘味、苦味、辛味が感じなくなるアメ! 認識を歪ませる仮面! 色々ありますよぉ~!」


 そういえば寮から校門へと道にも屋台が並んでいた。アンナとセクリがここを通って大通りや中央広場に向かったのだから自然と後回しにしてしまった。時間の問題だろうけどこっち側にはまだ俺の存在は広まっていない。何かしらの手がかりか目立つ状況を打破できる何かがあれば……!


「いらっしゃいませ! 何か気になる物がありましたか? このグラスで乾杯すれば──ほら! 驚きと笑顔をお相手」


 グラスが触れ合うと「チリーン」と鈴が鳴る音が響きこれはこれで面白いと思ったが、残念ながら酒は飲めない。

 ただ、一つの商品に目が留まった。


「これは……?」

「こちらはフェイクマスカレードです! これを身に着けると他人の認知を何となく歪ませて知人であっても違う人だと誤認するようになりますよ。技能(スキル)で言うと欺瞞(ぎまん)効果があるということです」


 シンプルな白いマスカレードマスク。いくつかサイズ別に用意されていてその中で合った物に手が伸びる。

 誤認させる技能(スキル)があると言っても元から顔を隠せられるんだから大して意味が無いんじゃないか? と思っても今必要なものに違いない。

 お祭りみたいなこの催し、これぐらい着けていても悪目立ちはしないだろう。


「いくらだ?」

「200キラになります!」


 100キラ銀貨を二枚渡して、早速身に着ける。うん、サイズも合ってる。こいういうのは初めてだけどこれだけでも他人になれたような気がして少し面白い。


「ありがとうございました!」


 必要経費と割り切ってこれを利用しよう。それに薬みたいに一回限りの使い捨てではないから、ひょっとしたらまた出番が来るかもしれない。

 バレないか少しドキドキしながらも校庭に再び向かう。何度かすれ違う人に見られていたがお祭り気分な変わった人という視線で「カミノテツオ」に反応した訳ではなさそうで一先ず安心した。

 さっきは話そびれていたが、ナーシャ達が作っていた列は(せき)が切られて勢いが増した川のように一気に並んでいた人が減っていた。

 全員が同じ小箱を持ってワクワクしたような顔で屋台を後にする。何というか選んでいる様子が一切ないな。決められた商品だけを売っていてみんながそれを求めているということか?

 聞いてみるのが早いな……もう少し待てば──あ、人がいなくなった。そして、「完売」の文字が書かれた立札が置かれる。


「ふぅ……一時はどうなるかと思いましたが無事に終わって安心しました……お手伝いしてくれてありがとうございますわ」

「ふふん、いずれバザールに店を出すいい練習になったと思えば丁度いい経験なのだよ! ただ、君の所の売り方は随分と特殊な気がするが?」

「もし、少しいいか?」

「あ、申し訳ありません商品は全部……あら──?」

「立札が見えないのかね? ここはもう売り切れだとも」 


 なんというか本当に俺だってわかってない……服装も髪型も変わってないのに。危機を脱するために買ったのがとんだお宝みたいな効果持ってるなんて……!


「俺だよ俺。まずは完売おめでとう」


 マスクを取り外すと二人は心底驚いた顔を見せて、ユールティアは飛び跳ねる始末。


「お祭り気分の変人かと思えば君だったのか……」

「匂いでテツオさんだと思ったのですがどうにも繋がりませんでした……そうでした! 先程は助けていただいてありがとうございますわ!」

「なら、お礼ついでにここは何を売っていたのか教えてくれないか? 長い行列があったのにかなりの速さで捌けていた。そのカラクリについてもね」

「隠すほどのことでもないのでお教えしますが……ここでは香水を売っていますの。(わたくし)が錬金術で作り上げた」

「それを1個500キラ。合計200個売っているという訳だね」

「完売ってことは……じゅうまんキラってことか!?」


 100000──0が五つ……!? ちょっと待て!? このマスクを買った店の商品が全部売れたとしてもその金額に届くのか? 他の店だってそうだ、この数字に届くだけの商品の質や数を用意できるのか!?


「え、ええ……そうなりますわね」

「これから運営に売り上げを提出して、ステージにナーシャ君の名前と100000キラが載るという訳だね」


「それと気になったんだけど全員が同じ小箱を持ってたみたいだが、全部同じ香り(もの)が入ってるのか?」

「いいえ、大体50種類の香りをランダムに封入していますわ」

「なるほど……でもそれだと後で望んで無かった香り(もの)が出たとか文句を言われないのか?」

「ちっちっち! 甘すぎるね。ナーシャ君の香水錬金技術はライトニアにおいて上から数えた方が早いぐらいの実力を持つんだ。過去に何度かバザールで売っているから皆それを理解しているのさ」

「悩んで自分で選ぶというのも大事だと思いますが、それだと時間もかかりますし、下手すれば他の方が出店されている錬金道具を見られなくなる可能性もありますわ。私としても香料には自信と誇りを持っています人によっての好みはあると思いますが、ご用意した全てに満足していただけると自負しています」


 驚いた……!

 ナーシャは穏やかで優しく気が利く女性だと思っていた。でも、まさかここまで自信に溢れ、譲れない気概を感じさせる表情を見せるなんて。

 おそらくランダム封入とはいっても外れなしのガチャみたいなものだろう。

 実力と評判が正しく交わったことでこの販売形式でも誰も文句を言わないということか……。


「じゃあ、あのガラの悪い連中は転売しようとしてたってことか?」

「そういうことだろうね。ナーシャ君の香水はこういう時でしか買えないからね」

「素材収集や調合時間、学校の活動もあるのでバザール毎に一度が限度ですわ。来月は残念ながらミュージアムの奉仕活動もあって余裕がありませんので不参加ですが」


 限定販売ともなればよりその価格は高まる。それを理解したうえでの行動だったか……全く、学生の品物を自分が儲けるために利用するなんて性根が腐ってやがるな。

 

「あの、よろしければこちらを受け取ってもらえないでしょうか」


 手渡されるのは小さな小箱。ここで購入していった人達が手にした物と同じ。


「これは……香水か? 完売したんじゃなかったのか?」

「こちらは予備ですわ。破損や数え間違いがあったときのため用の。なので気にしないでください。アンナさん達でお使いしてもらえると嬉しいですわ」

「……ありがたくいただくよ──でも、お金はしっかり払わせてもらう。貸し借りはこれで無しだ」


 裏表の無い優しい笑顔、コレを渡してくれたのもご近所付き合いの一環。親切心から来ているものだろう。本来だったら遠慮の言葉が出ていた。そして、何の気なしに貰っていた。でも、ここでそれに甘えたら終わりだと思った。

 テーブルの上に500キラ銀貨を押し付けるように支払い、その場を後にする。


「もう、お代は気にしなくてよかったですのに」


 敵情視察、それが頭の前面にでてきた。

 アンナの昇格試験最大の障害が親友のナーシャになるだろうと本能的に悟ってしまった。

 もちろん妄想かもしれない、もっと高額の売り上げを叩き出すお店が現れるかもしれない。でも、この十万キラという売り上げに根付いたファン。警戒しない方が愚かだ。それにやりようはすぐに思い浮かぶ単純に日程をズラせばいいって最善で簡単な。

 ただ、この話をアンナにしたら言いそうなことが思いつく。俺の案なんか簡単に蹴っ飛ばして威風堂々と「わたしナーシャと戦いたい!」と。

 アンナにとってナーシャはこっちに来て最初にできた友達で親友。色々と思うところがあってもおかしくない。友であると同時に好敵手(ライバル)だと思っていても。

 だとすれば、俺はアンナの想いを尊重するしかない。どんな戦いや結果が訪れようとも傍で支えるのが俺の役目。

 いや、この戦いが描く二人の姿がどんな物か見てみたい欲求も心に芽生えつつあった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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