第64話 消えぬ思い出、迫る恋心
「さて……この3日、短い様でとても長かった。魔獣の群れと数日戦った時よりも精神が摩耗した。ワシだけなら問題ないが子供に何かあると堪えていかん」
「あら? 私に何かあってもお父様は特に心配していなかったような気がしますけど?」
「お前は自業自得な所が大きいだろうが! 逆に相手の方を心配したわ!」
「あたくしとしては……貴方達に会えたのはとってもよかったわ。エルダにも友達ができたみたいだし」
カーラ様が視線を向けるのは三人の姫達。
一番大きく反応を見せたのはエルダで混乱しているようでもあった。ルチアは何を当然な態度で、プリムラは粛々と頷いていた。
「とも……だち……? エルダに……!?」
「どちらかといえばライバルな気がするけどね。同じくらいの年で対等な子っていないから新鮮だけど」
「友でありライバルである。それでいいじゃないですか。私もおふたりに会えて良かったとおもってますから。それに、テツオさんにも──」
視線がこちらに向けられたので姿勢を正して向き合う。
「姫様方に会えて、貴重な体験をさせていただいて非常に感謝しています」
嘘じゃあない。色々な意味で疲れたりしたけど良い経験になった。
「はぁ……今回のところは引き分けと言ったところかしら?」
「言いたいことはわかりますけど、今回はそもそも勝負のつもりはありませんでしたよ? けれど、私1人だけでこちらに来ていたら何もできずに終わっていたのかもしれません。小説で想像したのとは何もかも違いました……」
「そりゃ都合の良い様に作られてるからでしょ? 3人と同時デートなんて普通はありえないって」
財布にしろ精神にしろ負担の大きさが尋常じゃない。トリプルブッキングをバレない様に遂行する訳じゃないから罪悪感とか覚えなくて済んだのは救い。
むしろ、子供達を引率するような気分だったのは確かだ。
「あ、あのっ──! テツオさん……! エルダを、お嫁さんにしてくれますか!?」
いきなり手を握られて上目遣いの将来の約束を伝えられる。
あまりにも脈絡も無い不意の言葉に驚き思わず目が点になり「えっ!」「ん──!?」「あらぁ……!」なんて声が届く。
ただ、エルダからの言葉の内容にはそこまで驚いてはいなかった。薄々とだがひょっとしたら彼女は俺に本気で好意を寄せているんじゃないか? ──と。できれば自惚れで済んでほしかったが……。
でも、この彼女の感情は吊り橋効果で感情が燃え上がっているだけにすぎないと思う。自分を守ってくれた相手に過剰に酔っているだけ。出会いは一昨日、逢瀬は昨日。芯のあるぶれない愛が芽吹くのはありえない。
恋なんて熱しやすく冷めやすいもののはず、帰国して一晩ゆっくりすれば冷静になって無かったことにしたいはずだ。
「…………すまない、今は誰かと結婚とか考えられないんだ。俺が未熟なのもあるけれど、今はアンナの夢に全力で手助けしたいんだ。そこに別の誰かと愛を育むなんて余裕はないんだ」
だから真剣に答える。アンナを盾にしているように聞こえてしまうかもしれないけど。
本気でアンナの手伝いをしたい。使い魔だからじゃなく、神野鉄雄として父親を探す手伝いをしたい。その過程でアンナがどんな成長をするかも見届けたい。
これはもう俺の夢でもあるから。
「……はい……わかりました……ですが──確かに聞きました……今は──って」
「ん?」
聞き分けがいい子──そう頭で認識する間もなくギュっと強く手が握られる。それもただ力が強くなっただけじゃない。絶対に逃がさないような意志も感じる。少女の手のはずなのにまるで獣の牙が食い込んでいるかのようだ。焦って手を振り払うことはしなかった……けど、例え力を入れても振り払えたかは怪しい……。
それに、彼女の瞳が「言質を取った」と言わんばかりに深く黒い色で染まっている。
「あなたの心にエルダは今入れないけど、エルダ以外も入れませんね? そして、応援しています。アンナさんの夢が叶うことを……」
「お、おう……!?」
「……必ずあなたに会いに行きます……! すぐにまた会いにきます! だから……テツオさんがエルダの心に入りたくなるようにがんばりますね……」
もはや牛を模した獣人じゃない……! 狼だ……! 視線が合わせようとしなかった子が捉えるような視線で見つめてくる。
俺が想像しているような緩い展開はやってこない。そんな予感が手から伝わってくる。昨日のデートは消えゆく思い出にならなかった。
「まったく、随分とモテモテじゃない! でも、あたくしの目にやはり狂いは無かったわ。ここに来て一番の収穫はあなたに会えたことかしらね?」
「楽しんでますよね……? でも、買いかぶりすぎですよ、昨日の戦いだってお姫様方の魔力があって助かったものです。ただ彼女達の魔力を形にしただけです」
「あたくしはあなたにオールインすることに決めたわ、今回の顔合わせがこの子に変化を与えてくれるといいなと思っていたけど。予想以上で驚いたわ! 恋をするとこうも変わるなんてね……あたくしじゃできなかったことをあなたがやってのけてちょ~と嫉妬しちゃうけど」
これは良い変化なのか? と疑問を口にしそうになったけど、カーラ様の満足そうな顔からして良かったらしい。控えめな子が行動的になるのはいいけれど……ブレーキが壊れただけじゃないよな……?
「では近いうちにまた会いましょう。それと、秋になれば豊穣の山は開かれるわ。許可証送ってあげるからアンナちゃんも誘って来なさいな」
豊穣の山? そんな気になることを最後にカーラ様達は待合室を後にし──
息をつく間も無く腕を引かれて、そちらを向くとルチアが俺の腕を掴んでおりヴェステツォントの御一行様がこちらを見ていた。
「良い経験をさせてもらったわ。また会える日を楽しみにしているから!」
「こちらこそ希少な経験をさせてもらいました」
態度があんまり変わってないようで少し安心した。
小さく手招きする様子を見せるので片膝を付いて視線を合わせる。
「ちょっと耳を貸して」
というので、なんの気なしに右耳を差し出すようにすると。
チュっ──と頬に触れる少し湿った柔らかな感触。
「もしや」や「まさか」の二重驚愕に頭の処理が追い付かず、真っ白な頭で彼女の顔を見ると──。
褐色の肌でもわかりやすく顔が真っ赤に染まっていた。
それと同じように理解した瞬間に俺も自分の顔が赤くなっていることを理解した。
「えっ──!?」
「ちゅぎはあななたからさせてみせるから覚悟しなさい! ……噛んじゃった……!」
最後まで決まりきらなかった羞恥心からかそそくさとその場を後にしてしまった。
入れ替わるようにパトラさんがこわくてきな瞳で俺を見つめていた。心まで覗いてきそうな目で
「あらあら、まだ一人前のレディには遠いわね。テツオさん、次会う機会があれば御一緒にお食事でも? 妹のお礼もしっかりとさせてもらわないといけないから──」
キスされてない方の頬を撫でられるが、その手つきはまるで舌で舐められるような感覚に襲われ、これだけでも腰が砕けそうになってしまう。
そして、色っぽい笑みと共に手が離されると軽く手を振ってその場を後にされる。
今思うとあの人が婚約候補として来なくて良かった。こんな短いやり取りでも心が奪われそうになっている自分がいる。セクリの魅了と比べると蠱惑的に何段階も上だろう。正確に言えば魔術は微塵もない、自分が美人だと絶対的な自信を持ち、男を惑わす技術を会得している。
「ワシは色々と複雑だ……まだまだ子供だと思っていたのがたった1人と出会い、たった1日でこうも変わるとは……子供の心はまるで水、ほんの一滴でも色が変わるそれが善であれ悪であれな」
俺には彼女の変化はわからなかったが、親だからわかる何かがあるのだろう。
というか……頬とはいえ目の前で娘がキスした状況。思うところがありそうな苦々しい表情が内に──いや気配が漏れ出している。
気持ちはわからないでもないけど、俺に当たるのは控えていただきたい所存。
「くすみ、汚れた色の者に染まれば顕著に現れる。だが逆に清廉な者に染まっても気付きにくいものだ」
それはつまり……? 俺は汚れているって言いたいのか?
確かに清廉潔白とは胸を張って答えることはできないが……。
「これが娘にとって良い変化かはこれからわかっていくだろう。貴様が外道に落ちればワシは貴様の首を取りに行く。心しておれ!」
「……落ちませんよ。例えその道しか夢を叶えられないとしても、大事な人に胸を張れなきゃ俺は選びませんから」
これは譲れない。例え王様相手でも機嫌取りのように揉み手はできない。
決めつけられるような物言いは受け入れられない。まっすぐコーウィン王を見つめ言葉に返した。
「……ふん、そうでないと面白くない精々ワシを後悔させんでくれよ。だが、次会う時までに女慣れしてもらわんと話にならないがな」
非常に難しい課題を出されてしまったが、納得してくれたみたいだ。
コーウィン王が待合室を後にすれば残りはアクエリアス御一行。
彼女達に体を向けると、先に一礼され釣られるようにこちらも頭を深々と下げる。
「先日は助けていただきありがとうございます……あの、その……こちらはお礼なのですが、よければ、受け取っていただけませんか……?」
おどおどというか照れたような表情で手の平サイズで透明感のある蒼いガラスのようなものを手渡される。
「お礼なんていらない。けど、ありがとう……こんな綺麗なものをいただけるなんて」
「き、きれいだなんてそんな……! あの、それは好きに使ってかまいませんから! あなたの為になるなら錬金術に使っても構いませんから」
顔を真っ赤にしてより照れている。そんなに心を込めて選んでくれたものなのか……何だか心が温かくなる。
錬金術にも使えるってことは素材の一種ってことだ。硬いけどプラスチックのような柔らかさもある。ハートに近い形で……なんというか似たようなのは見覚えがあるような……結構身近な何か……。
「あなたのお役に立てるなら何枚でも差し上げますから遠慮しないでくださいね!」
彼女の尻尾がグインと大きく動き、視界に入った瞬間電気が流れるかのようにそれが何なのか一気に理解した。
これは『鱗』だ! いわゆる竜の鱗! プリムラの尻尾から採れた鱗だ!
この模様のようなのは鱗紋。ドラゴンのだとこうも厚く大きいのか……! 感動するな流石に……!
「異界で異国の者に風習や慣習を強いるつもりはないし、命の礼として授けたものだ深くは言わない。が! 無下に扱うことは決して許さない!」
「は、はい──!?」
感情的な声に思わず姿勢を正して上ずった返事をしてしまう。
確かに竜素材は希少なものだろうし体の一部を分け与えてくれたようなもの。
「もう、お父様ったら! では、また会える日を楽しみにしていますね」
部屋を後にする背を見送ると、ここに満たされていた高貴な空気は消えて……いやまだ、竜のスピリアさんが残っていた。それになんだその想いを馳せたような顔は?
「ちなみに──竜人にとって自身の1部を他者に渡すと言うのはプロポーズと同義じゃ」
「っ!?」
「受け取るとはそういうことだが、今日の分は目を瞑ろう。あの子が楽しければそれでよい。だが、悲しませることになれば貴様を喰い殺しに来る。」
どうやらとんでもない物を受け取ってしまったようだ……あの子が俺の主が錬金術士だと知って素材を渡そうとした。なんて考えは捨てた方がいい。
本当にそういう意味で渡した可能性が高い……。
もしかしなくても……俺は、あの子達にとって消えゆく思い出の1ページにならなかったということだ。
干支一周ぐらいは年が離れている相手だぞ? むしろアンナより年下だぞ? 友情的な好きなら歓迎できるし嬉しいけれど、それ以上となると困惑が先行する。
子供の「大きくなったら結婚する」がお姫様がたが言えば攻城兵器になる。巨大な鉄球が飛んでくるような重みなのよ。本当にどうすればいいんだ俺……?
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