第63話 別れの時
7月4日 風の日 10時50分 飛行船発着場
本日は晴天なり。雲も少なく心が爽やかになるぐらいに青空が広がっている。
ジメジメしていないカラっとした気持ちの良い夏晴れ。絶好の飛行日和と言えるだろう。
お姫様方達とはこれでお別れ、貴重な体験をさせていただいたのには感謝したいけど、本当に緊張した一日だった。ああいうのはもう二度と起きてほしくない。心臓がいくつあっても足りない。
おかげで昨日はよく眠れなかった。
まあ、理由は他にもあって……他の騎士団員や使用人の方々が深夜の見張りや巡回をしているのに俺はゆっくりベッドに横になっている状況に心苦しさもあった。
おまけに寝る前はお姫様方と華やかなお茶とお話もさせてもらったから尚更だ。
まあ、やったとしても途中で寝落ちしているのが想像できるけれど……。
「諸君! 油断はしないように! 皆様方を無事に出立させて今回の任務は無事に完了となる! 所属不明の人物を発見したらすぐに抑えるのはもちろん、ネズミ1匹飛行船にいれさせるな! 積み荷の確認は各国の騎士達が行っている。邪魔はしないように気を付けろ!」
「了解です!」
俺を含めた大勢の騎士達がはきはきと離陸準備に勤しむ。
状況が状況だけにレインさんも力が入っている。ただ……そうだとしても普段よりも覇気が強まっているように感じるのは気のせいだろうか? 指示出しも確認も細かいしレインさんも率先して作業していて少し心配だ。
発着場では防衛部隊が主体となって哨戒、さらにその外側を討伐部隊が哨戒。ここを突破するのは至難の技だろう、俺だってやりたくない。
そして、一番重要な飛行船内部の確認作業をアクエリアスとヴェステツォントの護衛と使用人達が勤しんでいる。駆動系や貨物室に何か仕掛けられていないかの最終確認と言ったところだ。昨日のこともあって特に念入りに調べている。誰であっても何かを仕掛けるならここだと確信しているから。
「テツオ! 君は待合室で王達の護衛だ」
「俺ですか!? 大役過ぎませんか?」
「君をご使命だ。急ぎたまえ! 失礼の無いように」
俺の意見は絶対に通さないと瞳で語っている。
いくら建物の中とはいえ王様達の護衛は精神的にキッツい! 気を使いすぎて精神が摩耗して紙のようになってしまう。
それでもご使命となれば行かないと何が起きるか本当にわからない。
普通の騎士なら誉だと誇りに思うのだろうけど、俺にとっての1番はアンナ以外ありえない。
渋々という感情を顔に出さないように真面目な面を着けて待合室の建物へ向かう。扉の前では二名の防衛部隊員が槍を片手に番をしていた。槍を交差されて行く手を阻まれるかと一瞬警戒したけどあっさりと通してもらえた。
外よりも過ごしやすい気温に満たされた待合室の中は多くのソファーやテーブル席があり、モダンなカフェキッチンもある。今は従業員がいないから機能してないけど穏やかに待機できそうな場所だと感じた。
ただ、今この場は高貴な空気に満たされており、使い古されたソファーに彼達が座るだけでアンティーク品のように格が上がった。
それと二国の王様とお姫様だけでなく、ハーヴェスティアのカーラ様御一行もおられた。
彼達は馬車を利用するのでここを利用することはないはず。いや、今それを考えるのは意味がない。護衛することに変わりないのだから。
「神野鉄雄、護衛に参りました」
深々と一礼し、頭を上げると皆様の視線がこちらに集中なされる。
その中でもお姫様方の瞳が特に眩さと圧が強い。
「あっ! 待ってたわ!」
「おはようございます。別れの間際にあなたに会えて嬉しく思います」
「お、おはよう……ございます……!」
暗そうな顔はしてないのは良かったけど、最初から最後まで良い思い出のまま帰らせることができなくて申し訳なく思う。
ライトニアには2度と来たくないと思ってしまっているかもしれない。それが心残りだ。
「飛行船ともなると作業も大変ねぇ~あたくし達は馬車で帰るからそこまで不便はないけれど」
「カーラ様。おはようございます。どうしてこちらへ?」
「決まってるじゃない~、あなたに別れの挨拶をしないとあたくしの流儀に反するわぁ」
言葉通りなら嬉しいけれど、挨拶という名の警告だったらと思うと身の毛がよだつ。
「失礼します」
急な来訪者に視線を向けると──思わず目を見開いてしまう。「どうしてここに!?」そう言葉が出る前にきっちりと直立体勢でかしこまる。
現れたるはクラウド王。と付き添いのルビニアさん。
「別れの挨拶をと参りました。此度の会合、大変実りのあるもので感謝致します。そして……襲撃の件にて心よりお詫びいたします」
王が深々と頭を下げる。見慣れぬ光景に一瞬たじろいだけれど、俺も急いで三国の王達に向き直って頭を下げる。ここで下げなきゃ社会的に問題しかない。王が頭を下げているのに木っ端な騎士見習いが堂々としてれば国の威信に関わる。この国の王様は部下に舐められているぞと。
それはともかくとして、もしかしなくても謝罪の機会は今日この時しか時間がなかったのだろう。昨日は大混乱、被害確認に道路の修繕作業、巡回強化、多くの人が動きまわり、各部隊の総隊長も忙しなく動いていた、防衛部隊総隊長はまだ治りきってない足で動き指示を送っていた。
そんな隊長達に指示するのは無論クラウド王。大忙しだっただろう。たとえ夜に時間ができても寮には誰も入れない。そう決定したのもまた王なのだから。
「わざわざご挨拶に来てくれて感謝します。私も貴方に会いたいと思っていたのですよ。伝えなければならない大事なことを思い出しましてね」
「奇遇ね、あたくしもなのよ。貴方達にお別れの挨拶のために来たのも事実だけどね」
「……こうも考えていることが似てると怖くなってくるな」
待合室とは到底思えない重苦しい空気で満たされていく。穏やかな表情で旅先を想像する期待感──なんてものは一切ない。空気が凍り付いたかのような国の将来が掛かる重圧で膝が震えそうになる。いや、目立たない程度に震えてる。
「昨日は娘が無事だった感動で忘れていましたが。これはライトニアの不手際。娘の命が危険にさらされてなあなあに済ませば国の威信に関わります。なので、ライトニア王国に1つ要求します」
「気にくわないが右に同じだ。ワシが言葉にすれば乱暴な物言いになりそうだから敢えて言うまい」
「……我が国の防衛意識が至らぬことは認めます。この件に対して賠償を行う所存です」
確かに守ることはできた……!
でも、生き残った襲撃者フーガの話によれば。襲撃用の馬車の用意は王様達がやって来る前から王都に仕込んでいた。襲撃の種は王達がライトニアに来る前に植えられていた。
あの男は懇切丁寧に一から教えてくれた。その丁寧さがまるで騎士団の防衛が杜撰だったと言われているようで気が気じゃなかった。
まずは荷台だけを王都の裏通りに用意。
荷台だけ置いてあったとしても誰も気にも留めない、大通りに長時間置いてあれば注意されるだろうけど、裏通りの他の荷車や荷台に紛れるように通路脇に置いてあったおかげで注意を逃れた。
肝心の爆弾やら兵器は地下の闇市や金さえ払えば何でも用意する錬金術士を利用して王都内で全て買い揃え、そうして手に入れた兵器を積み込み、設置及び調整。
襲撃当日は馬だけを壁外から連れてきた。無論、門の警備は行われていた。しかし、何も引いておらず馬だけだったので連れてきた男の荷物をチェックするだけで終わり通してしまった。
そして、俺がデートしている間に馬と荷台を連結。ミュージアムの客に紛れていたのもいたらしく帰るタイミングは完全に計られていた。
どこかのタイミングで襲撃者の存在に気付けたら未然に防げたかもしれない。
もしも巡回で荷台の存在に気付けていたら? もしも馬を通さなかったら? もしもミュージアムの襲撃者に気付けたら?
誰かのせいにはできない、俺も含めて全員の失態とも言える。
未来が沢山ある若い命が誰かの都合で奪われるのは絶対に許されてはいけないのだから。
「殊勝ね。とはいえ、デートを許可したのもあたくし達。こちらの要請書に従ってくれれば不問にさせていただくわ。いいお返事を待っているから」
「……ワシとて過去の恩義を忘れた訳ではない。お主達にとっては忌むべき犯罪者であってもメルファのおかげで国は安定している。故にこれは筋を通すための書簡だ」
ここではいと許せば国の威信に関わる。それもお姫様の命が関わっている。王がライトニアに要求したという形を示さなければ下の者が私刑に走るかもしれない。他にも影響が出るかもしれないがこれは互いにとって必要なことだ。
三枚の書簡。書かれている内容はわからないが、大事な娘を危機に晒した対価の支払いを要求した内容が書かれているはずだ。
クラウド王の表情はただの紙でも鉄の板を持っているかのような重苦しい色に帯びていた。
「失礼致します! 不審物発見されず、安全確認を終えました! いつでも発進できます!」
確認完了の知らせが全員に届くと。空気がまた変わった。
これでもうお別れなんだと肌でわかってしまった。
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