第62話 少女の密命
~調査メモ~
マテリア寮について
錬金科に在籍している者しか住むことができない寮。
地上10階建て、屋上在り、地下2階。中心部では最も高い建物で都市の外壁と同等か?
温室も併設されており植物系素材もそこで採取されている模様。
現在は利用者も少なく空き部屋が多い。
7月4日 風の日 4時50分 マテリア寮
陽はまだ隠れていますが薄い光のベールが空を優しく覆っているようでした。
私の名はプリムラ・ドラリスタ。アクエリアス第13王女。竜の尻尾が自慢の13才。
王女であるけれど王位継承権が私にめぐってくることはないので殆どお飾り、だからここライトニアに来られたんだと思います。
昨日は普段は眠っている時間に無理して起きていた影響で理性が怠けていました。
ですが、王女たるもの言い訳はしてはいけません。アレは私の1部であることを理解しなければ。
ともあれ、私にはお父様にも秘密にしている任務があります。
あの人に手紙が無事届いてさえいれば必ずやってくるはずです。
「まったく、ただのお使いみたいなものを勝手に仰々しいものに改定しおって物語に毒されすぎだぞ」
「スピリア様……! こんな機会、都にいる間は味わうことができませんよ! せっかくなのですから楽しみませんと!」
今私はマテリア寮の外にいますが正面から出ることは不可能でした。
1度ベランダに出て、手すりや壁を伝って、屋上へ。そこから階段を下りて下りて。1階のエントランスに入ろうと思いましたが白銀の鎧を身に纏う方が立っていられたので引き返し、階段の踊り場の窓を開けてそこから外へ脱出。尻尾がちょっと引っかかりそうになりましたが、何とか約束の寮の裏へ向かうことができました。
「まあ、昨日は色々ありすぎたからな、今ぐらいしか直接渡せるチャンスはなかろう。むっ? 足を止めてどうした?」
「今日で国へ帰りますからね。もう少し時間があれば……あれって……ドラゴンホース!?」
何故ここに!? こちらで飼われている!?
ただの馬かと思って流しそうになりましたが、毛並みがあまりにも金属的に輝いていたので注目してみるとまさかの存在が──!
まだ若いですけど竜麟も美しくご立派に成長しているのがわかります。野生の方と比べると覇気や顔付きがこうも違うなんて……。
じゃなくて! 馬小屋には決して収まらないあなたが何故!?
「あら? 誰かしらあなた達は? みない顔だけど侵入者かしら? なーんてわかりはしないだろうけど──」
「私の名はプリムラ・ドラリスタです、侵入者ではなく客人としてこちらに泊まらせていただきました」
「私の言っていることがわかるの!? アリスですらなんとなくでしかわかってくれないのに?」
「竜族の血を引いていますから伝わります。ですけれど……あなたが人の言葉を理解しているのが大きいですねここまで綺麗に会話できる方に会うのはスピリア様以外では初めてです」
「それよりも何故こんな馬小屋におる? お主にとってはここは牢獄にも等しいだろう?」
そこが問題。頑丈で清潔な馬小屋だけど、本気を出せばこんなの簡単に破壊して脱出できる力を──
「何言ってるの? ここが私の部屋なんだから私がここにいるのが当たり前でしょ?」
「……部屋? ということは望んでここに?」
「私は幼い頃にアリスの使い魔として呼び出されたのよ。そうだ! こうして話せる相手が来るのは初めてだから私とアリスの出会いについて教えてあげるわ! まだ私がアリスよりも少し背が大きいときに出会ったの、私はケガしてたみたいだけどアリスが一生懸命治療してくれたから今もこうして生きているの! アリスは今よりも全然軽くてね──」
彼女の話が長くなりそうだと思っていたら新たな足音が耳に届きました。
思わず警戒姿勢をとってしまいましたが、曲がり角からひょっこり顔を出したのはお姉さん。この寮を利用しているんだと雰囲気と馴染み具合ですぐにわかりました。
「ヴァンロワ~そんなに鳴いてどうしたの? お腹すいたの? ごはんを持って来たから……え!?」
「あっ……おはようございます」
「あ、アリス! この人達私と会話できるのよ?」
籠に乗せられた果物や野菜、それと熱の通ったお肉。どうやらこの方の食事を持ってこられたご様子。ですけれど、私を見た瞬間に蛇に睨まれたかのように固まられてしまった。
昨日のこともあってどうやら私のことを知っているみたいですね。
「は、はじめまして……!」
「どうしたのアリス? いつもよりかしこまっちゃって?」
「ちょっと静かに、この人はお姫様なの! 申し訳ありません! うちの子が何か粗相をしていませんでしたか?」
「あ、あの! そんなに身構えないでください!」
「あっ、リンゴだ。いただきまーす」
「ちょっとぉ!?」
我が物顔で籠の中に首を伸ばしてリンゴを咥えると、今度は首を上向きにして口の中に転がすように入れました。そして、シャクシャクと簡単に噛み砕いて飲み込みました。
こうやって食事をするのかと初めて知ることができました。
「それよりも娘よこのドラゴンホースをどうやって従えた?」
「……幼い頃に作った使い魔契約用の召喚符で呼び出しました。呼び出した影響なのかその時から怪我があって、そのまま治療したんです……送還方法もあったのですが怪我が癒えた頃には不可能になっていてこのまま大事な相棒になってもらったんです」
「10年ぐらいの付き合いよ」
「ドラゴンホースはアクエリアスの大地に生息し、群れで過ごし巨獣とも戦う勇敢な地を駆ける竜。このような場所におるとは想像しておらんかった……」
正直言って驚いています。
彼達は人の支配下に置かれることはあり得ない種族だと。
「あなたアクエリアスが故郷だったの!?」
「し、知らなかった……! でも、アクエリアスってどこなの?」
「南の方ですごく遠いのよ……そっかアクエリアスが故郷だったの」
アリスさんが竜麟を撫でると、気を良くしたのかヴァンロワさんが彼女の首元に鼻をこすりつけました。
わずかに噛んでしまうのでは? と思ってしまいましたが、怯えも敵意も塩1粒にも感じられない穏やかな空間に何も言葉がでなくなってしまいました。
「ねえねえ、そろそろ散歩しない?」
「はいはい、今用意するから──では、失礼いたします」
小屋に用意されていたであろう鞍を日常の1ページのような流れる動きで取り付けて、迷わずスッと乗ってみせてくれました。
「おいおいおい嘘じゃろう!? あの娘普通に乗りおったぞ……!?」
「アクエリアスでは見られない光景ですよ」
ドラゴンホースの鱗は鉄のように固く矢も刃も通さず、速さは早馬にも負けない、力も強く爪と牙は岩をクッキーのように砕いてしまう。
騎兵の騎乗動物候補として挙げられたこともあったみたいですけど、乗ること以前に捕らえることもできないのが問題でした。正確には過去に1度捕らえることに成功したらしいですが、仲間を奪還するために捕獲施設へ集団で襲い掛かり施設を崩壊させたと記されていました。
鍛え上げられた騎士でも乗ることは叶わないのに、ここでは人間のお姉さんが散歩するぐらいに当たり前に乗っているなんて……世界は本当に広いのですね。
「いやはや、面白いものが見られた……して──お待たせしてすまなかったな」
招いた方が既にお越しくださっていたとは……私は全く気付けなかったけど流石はスピリア様。
音も無く私の後ろに立っていたあの方へ深々と1礼を。
「お忙しい中ご足労頂き誠に感謝致します……レイン・ローズ様」
「まさかあなたから呼び出されるとは思ってもみませんでした、プリムラ様。何用でございましょうか?」
「内容が内容なので手短に用件を済ませましょう。こちらがあなたに渡す手紙です」
お父様にも内緒の任務。それはレイン様に手紙を渡すこと。
アクエリアスからライトニアへ郵便を送ることはほぼ不可能、それがレイン様宛となると重要機密と捉えて盗まれる可能性もあります。鷹さんの力を借りれば手紙は送れますが本当に大事な書簡を送る時に活躍してもらうのでおいそれと力を借りることはできません。
「手紙……?」
「はい、ブルーさんとスノウさんから預かった手紙です」
「……──っ!? ……待ってほしい! 何故君がそれを知っている!?」
絶対に知られてはいけない秘密を知られてしまった表情というのはこうも表情が変化するのですね。庇護対象を見る優しくも頼りがいがある表情が余裕の欠片も無くなり、視線も揺れ動いています。
振るえる手で手紙を握り、青く恐怖で染まった顔でなんとか私を捉えているようでした。
「お静かに、聞いている方はいないと思いますが念のため。後、ご安心ください。知っているのはおそらく私だけだと思います。スピリア様は害が無ければ何もしませんので大丈夫です」
「……どこまで知っているんだ?」
10年前のライトニア国王襲撃事件。その犯人が「ガイア・ローズ」さん。この情報は現在アクエリアスでも確認可能。けれど、母のブルー様。姉のスノウ様。妹のレイン様。3名の情報は闇に紛れてしまいました。
2年前にレイン様が大陸神前武闘大会で活躍したことでレイン様は追うことができるようになりましたが残り2名は隠れたままでした。
ですが、この大会をきっかけに私は全てを理解しました。
行方知らずとなっていたブルー様とスノウ様はライトニアからアクエリアスに避難していたと。
アクエリアスにライトニアの方はいません。国交も稀、なにより名前を変えるだけでよかったのです。誰も彼女達の顔を知らないのですから。
いえ、ブルー様だけが可能性がありました。お年を召されても元アクエリアスの歌姫。ですが……未だに会ったこともなければ噂もあがっていません。子供の私では入れない場所にいる可能性も高いです。
「アクエリアス歌劇団所属、『クリス・シーニー』。幼い頃あの人の演技に見惚れ大ファンになってしまったのです。武闘大会であの人とあなたが会っているのを見かけて思わず近づいてしまい……」
「そうか……そこで私が「姉さん」と呼んでしまったからか──」
「はい。それに……クリス様の入団時期も10年近く前、おそらくガイアさんの問題で避難してきたんだろうとも予想しました」
「ああ、正解だよ……納得できたよ」
本当に偶然でした。
観戦者の中にアクエリアス歌劇団に詳しい方が何人いたでしょうか? そしてクリス様の顔を知っているのが何人いたでしょうか?
お2人にとって私は最悪のジョーカーだったのかもしれません。
この初めてコーヒーを飲んだ時みたいな苦々しい表情が物語っています。
多分、私が誰にも話さないとどれだけ言ってもこの表情は変わらないのかもしれません。だって、平和に暮らしている母と姉を脅かす毒を持っているのが目の前にいるのですから。
歌劇団の花形が犯罪者の娘。引きずり下ろしたい者にとってはなんとも甘美な果実でしょう。
「プリムラが彼女らに会おうと思ったきっかけは第2次アメノミカミ襲撃だ。報告書によれば変身できる男が現れたということもあり、ガイア・ローズが前王に刃を振るったということに対して僅かでも疑問が生まれた。これは避難してきた2人にとっては希望となる情報だとな」
「出過ぎた真似と思いましたが伝えるべきだと思い、お伝えさせていただきました」
本来だったら私がこの情報を知ることはなかったと思います。手紙を届けようと思うこともなかったと思います。2人がこの国にいることはお墓まで運ぶ秘密だと決めていました。
けれど、テツオさんが引き合わせるきっかけとなったのは確かです。
お父様よりカミノテツオさんと言うアメノミカミからライトニア王国を守った英雄がいる。と話が始まりました。
鷹さんに届けられた新聞や間者の方から届けられたテツオさんの資料と照らし合わせて惨劇の斧を平和的に扱える人物であると期待されました。
婚姻を結ぶことで平和的に国に迎え入れる方法が1番良さそうだって話も出ていました。
お父様が私達姉妹に話を持ちかけたところ、上のお姉様達は「魔力が無い」とか「顔が好みじゃない」とか「ロリコン」とか「力に溺れてる」とか「使い魔で平民はありえない」とか同情しそうになるぐらい散々な言われようをしていたのを覚えています。
でも私は強く興味を持ちました、どんな方なのでしょうかと。それほど言われるような方がどうして英雄と呼ばれるのでしょうか?
調べていく過程でアメノミカミ戦の情報を知ることができました。
最後の最後、ミクリアさんを襲った人が変身能力を有していた。もしも同じ人が10年前も存在していたら? そして、その人がガイアさんに罪をなすりつけようとしていたら?
これによって前王襲撃に対する疑問分子が生まれました。
ガイア・ローズさんは冤罪の可能性。
ですがこれはアクエリアスで広める必要の無い情報。わたしが伝えなければ絶対にブルーさんにもスノウさんにも届かない。
「いや、待ってくれ……本当に待ってくれ……!? 確かに2人には伝えたいと思っていた。母の不安を少しでも取り除きたいと思っていた。私には伝えることができないのが事実だ。でも、どうして2人の手紙を届けてくれるようなことを?」
「ファンなんです。クリス様もですが武闘大会で優勝したレイン様も。だから少しでも何かしたかったのです」
「ファン……? そうかファンか……」
深い理由なんて特にないのです。
私が幼い頃、劇場で見たクリス様の眩い演技に聞き惚れて見惚れてしまった。
おかげで、原作も穴が開きそうなぐらい読んでしまいました。
お父様に連れて行ってもらった大陸神前武闘大会でレインさんの活躍に胸が躍りました。
おかげで、氷魔術の修行がいつものより楽しくなりました。
私の人生を豊かにしてくれた恩を返したいと思っただけです。
「そして、私が知っているのはこれぐらいです。どこに住んでいるかもわかっていません。これを誰かに話すことは絶対にありません。信じられなくても構いません。ですが私はまだまだクリス様の演技を見ていたいのです」
「………………そうか……いえ、そうですか。私はあなたを信用します。手紙に書かれていた通り用意させていただきました。母達に宛てた手紙を……お願いしてもよろしいですか?」
しっかりと閉じられた厚めの封筒をレイン様より渡される。
ここに呼んだ招待状に「母と姉に送る手紙があれば用意してください」と書いたかいがありました。
「このために来たのですから──はい、確かに受け取りました。では、ここを離れましょう」
「ありがとうございました──」
礼を最後に彼女は足音も無くその場から消えました。時を止める力を利用したのでしょう。
これで私の最重要任務は終了しました。
でも、少し嘘を吐いてしまいました。本当はもっと色々なことを知っています。
貴方達もおそらく知らないことも知っています。ですが、このような場では話すことはできません。
王城の資料室を調べていくうちに知ってしまいました。絶対に誰かに話せない先代王の秘密。ブルーさんが私と同じ王族の血を引いていることに。
それはつまりレイン様もスノウ様も王族の、竜の血を継いでいるんです。
これは誰にも話すことはありません。もちろんテツオさんにも話すことはないです。お墓にまで持っていかせていただきます。
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