第61話 父親心
同日 21時10分 マテリア寮
三国の王達は悩んでいた。今にも愛娘が親元から離れて飛び立とうとしているのが肌に伝わってくるからである。
娘の憧れや遊びだった気持ちが本気になったと気付いたのは夜に鉄雄の部屋を訪れようとしたからではない。
もっと前──
「あら、テツオどこにいくのかしら?」
「あっ……」
「どこにいくのかなぁ……?」
夕方、鉄雄が尋問のために寮からいなくなる時に娘が放った一言と所作。
それだった。それだけだった。
父親だからわかってしまう。わかりたくなくてもわかってしまう。
それは娘の喜怒哀楽をよく覚えていたから。
席に立った瞬間に口にしたから。
それは常に視線で追っていたから。
愛しさや寂しさが混ざった声だったから。
それは感情をそのまま複写したようだったから。
鉄雄以外が目に入ってない視線をしていた。
それは彼を特別だと心がときめいてしまったから。
「どうしたものか……」
「どうしましょうか……」
「どうしようかしらねぇ……」
部屋は違えど彼達は同じことに悩んでいた。
このままでは自国に帰った後、準備を整えて神野鉄雄に会いにいくだろうと。
そして、それを止めることは自分には決してできないだろうと。
「嫌だなぁ……」
ただ一人の部屋でふと漏れた言葉が自分に返ってくる。
あの男に握手したのを酔っていたことにできないだろうか?
城のエントランスで手放しに褒めたことをなかったことにできないだろうか?
心から認めてしまったのを忘れてしまえないだろうか?
頭ではわかっている。あの男は良い男だと、娘を大事にしてくれるだろうと。けれども認めたくない。まだ自分の手の届く範囲で見守っていたいのだ。
あの男が娘を振ってくれれば解決するだろうが、それもそれで可愛い愛娘を貶されたようで気にくわない。
なにより、こちらから断る理由なんて探せばある。
血統が不明、魔力が無い、容姿が気にいらない、年が離れすぎてる、貯金がなさそう、自分より弱そう。姑が嫁をいびるかのようにいくらでも。
だけれど、国益を考えれば些細なことになる。
そして、最も大切な娘を守れるかと問えばその答えは既に証明されている。
必要な人間だとわかっているのだ。
酒に酔って今日を忘れたいと思えど、ここは学生寮。錬金術士の寮でも酒類は部屋に置いていない。食堂でも調理用しか備えはない。
ましてや襲撃が行われた日に酒に溺れることなど王としての沽券に関わる。
否が応でも娘の旅立ちについ考えなければならない。
「杞憂で終わるだろう…………いや……」
終わらない。全てが父の行き過ぎた妄想ではない。
第六感、王を王たらしめる民を導く未来視は娘が自分の手元から旅立つ姿を写していた。だがその表情は写らない自分の選択で大きく変わる。そんな気さえしていた。
必然的により遠くの未来も考えてしまう。大きくなった娘が男と一緒に国に帰ってくる。最後に見た名画が大きく塗り替えられて再び展示されるかのような暴挙。自分の知らない色とタッチが加えられているのだ。その絵を本人は大変誇らしげにしている。
想像であっても冷や汗がでるほど心にきていた。
「となれば……こちらからも干渉しやすい形で送るのが最善……」
行かせないように押しとどめればバネのように一気に遠くに飛んでしまうだろう。
どうせ止められないのなら。むしろ大々的に送り出せばいい。
だが、課題は多い。
ランプを点けてサイズが少し小さい机に向かって考え込む。
「監視を用意しやすく──」
「成長できるような──」
「安全な場所ねぇ……」
ライトニア王国に単身乗り込む事態は危険。
自国の信頼できる者を護衛に付けなければ安心できない。
恋に現を抜かし、大事な成長の機会を逃してはならない。勉学ができる環境が必要。前言で述べた護衛に教師を任せるにしても限界がある。
なにより安全な場所。王都内に家を借りるという手段もあるが不安がある。今日の襲撃者のように容赦がなければわかりやすい的にしかならない。
例え誰もがここにいるとわかっていたとしても、手を出せない。そんな場所でなければならない。
「できれば──いや壁内でなきゃいけねえ」
他にもある。
食事の問題、近隣住民の問題、なにより神野鉄雄との距離。
これらの条件を満たせる場所。
「窓から見てもよさそうなのはありませんね……」
「この部屋ってまるで監獄みたいね。外が見れないじゃない」
「う~む……テツオとの距離は目と鼻の先か……」
護衛も一緒に住ませて、勉学に励める環境で、襲撃が来ないような安全な場所で、鉄雄と距離が近い。できれば予算も国庫に響かない程度に収まる。
そんな夢のように都合の良い住居。
現実逃避をするかのように各々は席を外して部屋の中を歩き始めた。
ベランダから外の景色を見たり、アトリエ部分を観察し掃除が済んでいる錬金釜の縁を撫でたり、素材倉庫や使い魔の部屋を確認したりと、学生寮とは思えない立派さに感嘆の溜息を漏らしていた。
「これぐらい高いと襲撃なんてそうそう来ないでしょうね。ここなら護衛の部屋もありますし安全……っ!」
「でも、静かで色々はかどりそうなのよね……マテリアの生徒ってめぐまれ……!」
「いっそのことをここに住めれば解決しそうじゃねえか? ──あ……!」
天啓の如し妙案が彼達の中に生まれた。
そこからの動きは早く、生徒のように机に向かって一筆したため始めた。
そして、自信に満ちた企み顔で書簡を封した。
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