第60話 糸の色と強度はどれくらい?
アンナは一つ大きく深呼吸をすると落ち着いて姫様方に視線を向ける。
「変なところを見せちゃってごめんね。ところで……すご~く気になっていたんだけど。テツはどんな感じだった? 結婚相手にふさわしかった?」
「ぶっ──!? 聞くにしても俺がいない時にしてくれ! 彼女達も俺も気まずいだろう?」
藪から棒な爆弾発言にむせそうになる。
「テツオについてねぇ……お父様も信頼してるみたいだし。あたしとしても、まっ! 悪くはないんじゃないかしらね!」
「そんな言い方もったいないですよ。私としてはいっしょにいて安心できるぐい優しくて、いざという時に頼りできるぐらい強い。そんな方だと感じました。いつもいっしょにいられるアンナさんに嫉妬してしまいそうです」
頭が痒くなりそうなぐらい照れ臭い言葉を聞かされることになるなんて。
「お付き合いしてる人がいないのが不思議……」
いる方が不思議なぐらいダメな人間なんだよなあ俺は。
前の世界じゃ何にも無ければ何にも成れなかった男だ、俺を視界に入れるような女性はいないのは当然だ。
こっちに来てから錆び付いていたあらゆるモンが磨き直されて油が差されるようになった。アンナとレクスがいて名も無い何かが成ることができた。
いくら立派に成長できる環境が揃っていても、それを利用できる最低限の能力値が無ければ挫折を味わうことしかできないのが改めてよくわかった。
レベリングするレベルが無かったのを補助してくれたようなものだ。
「逆に聞きたいのですが、テツオさんはアンナさんのことを愛していらっしゃるのですか? もしくはアンナさんがテツオさんを?」
「ブッ、ゲホッ──!? い、いきなりすごいこと聞くね……!」
まるで鏡写しみたいに俺の反応がアンナにも発生した。
「どうなんですか……! 心の中にはアンナさんでいっぱいなんですか……? 契約解除後も共にいる気なのですか? エルダ達とは遊びだったんですか……?」
執念のような凄まじい圧を感じる……!
「正直に話そう……余計な考えを持たれるのもよくないからな」
「え!?」
アンナがわかりやすく驚き、三人が姿勢を正してこっちを向いて、セクリからも強い視線を感じる。
思いを口にするのは本当に恥ずかしいけど、口にしないと人には伝わらない。
察する文化はここじゃあ通じない可能性が高いんだ。
「俺は……アンナのことは大好きだ。守りたいとか一緒にいて楽しいもある。でも結婚したい~っていう気持ちはない。これは本当だ。君達のお父様が君達に大好きだ、って言うのと同じだと思う」
この気持ちに嘘はない。
首の主従の証がこれ以上の感情を抱かないようにセーフティを作っているのかわからない。同じように仮にこの首輪が好感度を作っているとしても関係ないと自信を持てる。
そう思えるだけ色々なものを受け取った。だから、アンナのことを大切だと大事にしたいと思っている。
「親愛ってやつね……普通に恋しているよりも厄介な気がするわ」
「やっぱり1番のライバルはアンナさんなんだ……」
「アンナさんがすごい悶えてますね……」
当のアンナはクッションに顔をうずめて足をバタつかせている。
ひょっとしなくても俺よりもアンナの方が恥ずかしい気持ちで満ちているかもしれない。いや、それはあまりにも楽観的か? 小動物や同じ年頃の同性に好意を伝えられてもほのぼした空気になると思うが大人の男からこういう風に好意を伝えられるのって怖くないか?
俺に嘘はないけど、相手は嘘だと感じてないか? 特に後半の辺りとか……信頼していた相手がいきなり自分をいやらしい目で見ていると告白しているように感じないか?
「あの……使用人の方とそういう関係だったり……?」
「いや~それはないでしょ、確かに美人だけど使用人との恋愛なんて上下関係の地位を盾にしたごっこ遊びもいいとこじゃない」
「いいえ! 使用人と主の恋物語なんて恋愛小説では有名所ですよ! 身分の差、決められた許嫁、様々な障害と葛藤があって本当の愛とは何かを探し足掻くのが心にグンと来るのです!」
「創作物と現実を混ぜないでよね……」
覆水盆に返らず、吐いた唾は吞めぬ。恋愛感情が絡むともっと複雑な感情とかが入り混じりそうで、親愛だから冷静に相手を見れるんだとも思った。
それにしても……少し悩んでしまった間に少し様子が変わった?
目をキラキラさせて話すプリムラに溜息一つのルチア。
それに何だかうつむき気味のエルダ。
「ふぅ~……何とかおちつけた。わかってたつもりだったけど口にさせるとけっこう恥ずかしいのがよくわかった……」
「何というかすまん……」
「そんなに気にしなくていいから。錬金術士たるもの使い魔に好かれてないとね! あ、そうだセクリとテツって別に主従関係があるわけじゃないよ? 2人ともわたしに仕えているっていうのは間違ってないけど」
そんな話になってたのか?
「アンナが主っていうのが決まってはいるけど俺とセクリはある意味対等だ。最初の方はもっと堅苦しい呼び方だったりしたけど。今じゃあ軽いもんだ」
「だってねえ、セクリに大主人って言われたら頭が混乱しそうになるって。テツも主人って言われて複雑そうな顔してたもん」
「気分が良いのは最初の方だけだったなぁ……アンナも長ったらしくて普段は言わせてないもんな」
形式ばかりに囚われて仕事している気になるよりもずっと良い。普段のセクリは心に余裕があって話しやすいし頼りやすい。
「……大主人も主人もお戯れが過ぎますよ。ボクはいつでもこのままでいいのですけれど?」
「「ごめん」」
普段からこれだと気の休まる暇が無い。
ほんわかしたオーラっていうのが今ぜんぜん出てない。アレがないと部屋が何だか暗くなる気さえする。
「やはり特別な想いを抱いているのでは……!?」
「使用人として全身全霊で奉仕したいと思えるのは確かに特別な想いがあるかもしれませんが。プリムラ様が望むものとは残念ながら異なりますよ」
「特別な想いといえばライバルみたいなもんだな」
「ライバル……?」
「ライバルですか! たった1人の主を取り合う従者の愛憎渦巻く戦いが繰り広げられていたのですか!?」
「あなたもう寝た方がいいわ……」
興奮気味に食い付いてくるプリムラ。
もっと冷静沈着な子だと思っていたけど想像が先走りやすいみたいだ。
ルチアの言う通り寝た方がいいんじゃないか……?
「そんな激しい争いはしてないな流石に……」
「何となく競ってる気がするなぁ~って思ってたけどそういうことだったんだ……」
「ケンカはしていないのでご安心ください」
「うん、そこはぜんぜん気にしてないから。夜に2人して何かやってるぐらいだから仲は良いの知ってるし」
反省会とか勉強会だけど流石に大々的に口にするのは大人としてのプライドがある。
それはセクリも同じ考えなのか口にしないが──
「夜に? ふたりで──!? それはまさか……!」
もはやそれっぽいことを言えばなんにでも食い付きそうだなこの子……。
「ふぅ……これ以上はそっちにも迷惑がかかりそうね。エルダ、そっち持って部屋に戻るわよ」
「え、あ、うん……今日はありがとうございました、おやすみなさいです……」
「おやすみテツオ、夢でもあたしを見てもいいわよ」
「三人共おやすみ」
プリムラは二人に両腕を引きずられるように部屋を後にした。もしかしなくても半分夢見心地になってたんじゃないだろうか?
「まだ聞きたいことが、放してください……! 事実は小説よりも奇なりと──」
ドアが閉じられると賑やかな花園は閉園し穏やかな普段の部屋に戻った。
「あの子達の誰かがテツのお嫁さんになるかもしれないんだねぇ」
「……未来なんてどうなるかわからないさ」
良い思い出の1ページで終わればそれでいい。
そして、明日であの子達とお別れだ。短い間でも随分と濃い時間を過ごさせてもらったな。
色々ありすぎて忘れることのできないのは確かだ。
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