第58話 夜の花園始まりました
同日 21時00分 マテリア寮 10階
今日は本当に大変な一日だった。デートに襲撃に取調べ。一日一つだけにしてもらいたいものだ。
なによりマテリア寮に三国の重鎮が集合すると言う奇特な状況。寮を利用している生徒達が興味を持つのも当然というものだ。
取調べを終えた夕方頃、一階エントランスで休憩していた時。
ユールティアもアリスィートもジョニーもどこから話が届いたのか、妙な空気を感じたのか一階まで降りてきたらしい。
興味深々で食堂に突入しようとしたユールティアは直前に使用人に捕らえられて部屋に送還され。
アリスィートとジョニーは俺に「あの方達は?」と疑問を聞いてきた。それに「ヴェステツォント、アクエリアス、ハーヴェスティアの偉い方達だよ」と返せば。
まるで動物園のパンダを見ている子供のように非常に驚いた様子でまじまじと眺めていた。
その後にミュージアムの奉仕作業を終えたナーシャが帰ってきて、寮の状況に驚きながらも襲撃の情報を知っていたようで俺のことを心配してくれた。その心遣いに思わず心が温かくなった。
そして、ソレイユさんは食堂の中でファイさんや護衛の方達と真剣な表情で相談していた。今思えば十階に皆様方を集める計画を立てていたのだろう。
そう、三国の重鎮がこの階の空いた部屋に泊まっているのだ。
1002と1003はアンナとソレイユさんの部屋。それ以外の六部屋に宿泊させるということが決定していた。
内訳としては──
1001:エルダ
1004:ルチア・パトラ
1005:プリムラ
1006:ビリービル
1007:カーラ
1008:コーウィン
敬称略だがこうなっている。一部屋に付きベッドが一つだから必然的に……まあ、ルチアとパトラさんは姉妹だから二人で一つを使ってくれるようだ。セクリとアンナがあのベッドで眠るようなものだけど……サイズ的にギリギリか?
兎にも角にも普段なら静かな階層なのに今日は重く緊張感のある空気に支配されている。
階段、エレベーターの前に人が立っているのは勿論、屋上にも見張りがいる。
当然、廊下の角から二方向見張ってもいる。
極めつけに一階のロビーには防衛部隊副隊長『ミラ・ガードナー』さんが白銀の鎧に身を包んで待機している。
鉄壁もいいところで監獄のようなマテリア寮。
そんな緊張と警戒で満たされている中、今、アンナの部屋は華やかな花園と化していた。
「こういう場所を利用するのは初めてだけど、あたしの部屋よりも大きくて驚いたわ」
「私は部屋の広さよりも高さの驚きましたね。ベランダから見える光景がまるで私が大きくなってしまったのかと錯覚しそうになりました」
「山の上に建物があるのとは違うよね……ちょっと怖いかな」
ルチア、プリムラ、エルダの三名が寝間着姿で訪れてのんびりとしている訳だ。
髪も艶やかに下ろされて、肌触りの良さそうな綺麗なパジャマに身を包んでいる。
ただ、ルチアはネグリジェのような薄い生地に露出も多いもので肩に一枚羽織らせていただいた。
逆にプリムラは少し厚手の生地のパジャマ。夜は比較的涼しいとはいえ夏の夜には辛いかもしれない。
エルダは……うん、Tシャツが胸に押されるように前が少しカーテンみたいになっている。
ことの発端というべきか。ほんの30分前に遡る──
「怖くて眠れないの、安心できるまでここにいていいかしら?」
と、不安そうな少女を追い返すのも大人としてどうかと思い受け入れ。
「あの戦いのことを思い出すと気が昂って眠れないのです。少しお話して落ち着きたいのですがよろしいでしょうか? ──あれ、ルチアさん?」
興奮して夜出歩かれたら危ないから彼女の言葉に賛成して受け入れ。
「寂しいからいっしょに寝てもいいですか? …………え? 2人共来てたんだ。もしかしたらと思ったら先に来てるなんて」
断ろうかと悩んでいる隙に先に入っている二人を確認され突入されてしまった。
大体十分間隔でみんなここに集まってしまった。
廊下で見張ってくれていた護衛の三名にそれとなーく部屋に連れて行ってもらおうと思ったが、「この方が守りやすい」という理由に反論できず今に至る。
彼女達が来てからセクリは完全に仕事モードに入りっぱなしで、何というか落ち着かない。ほにゃっとした笑顔じゃなくてキリっとした真面目な表情で見守るように壁際に立っている。
「気の利いた話なんてできないぞ?」
なんて言っても──
「常に話すのが男女の付き合いじゃないでしょ? 沈黙も楽しめてこそだとあたしは思うから気にしないでいいわ」
なんて大人みたいなことで返されてしまう。
「ここの寮って不思議な形してるわよね? 外側にある部屋はいいけど、内側にある2部屋って外が見えないじゃない? お父様景色が見えないけどだいじょうぶかしら?」
「お姉様は朝の日課に日光浴するから少し心配……」
マテリア寮の形は「回」の字を意識するとわかりやすい。
外側の各辺の左、上、右に二部屋ずつ。内側の「口」を半分にして二部屋。残りの下の辺はエレベーターや階段といった昇降部分だ。
内側の「口」部分にいるのがコーウィン様とカーラ様。今日だけは辛抱してもらいたい。
…………あの人って男だよなエルダにお姉様って言わせているのか? ──いや、これ以上考えるのは止めよう。
「あの戦いで気になったのですが、テツオさんは破魔斧に何か綺麗なのを装着していましたよね? アレってなんですか?」
「アレ? ああ、マナ・ボトルだな……あっ思い出した! ちょっと待ってて──」
すっかり忘れていた。疲労と忙しさで大事なことを。
魔力が空っぽになったマナ・ボトルは再チャージしないと綺麗な空きボトルと変わらない。再び利用するためにはベランダにある台座に固定して自然に漂う魔力を集めて溜める必要がある。
これが無いと俺は破術を使えない最弱人間に逆戻りというわけだ。無くてもある程度は戦えるとしても魔力持ちの人とは戦力差が歴然なのは変わらない。
信頼してお姫様達を任せてくれているのにこれじゃあ裏切りみたいなもんだ。
「いやぁ、魔力が無くなってたの忘れてたよ。気付かせてくれてありがとな」
「こんな大変な時に危ないミスしないでよね。あっ──そうだ、念のためわたしの魔力入れとく? 何かあってからじゃ遅いでしょ」
「ボクもお手伝いしましょう」
アンナの手を煩わせるのは躊躇するけど。ここで何か起きたらアンナの経歴にも傷が付きかねない。
「……そうだな、お願いしとこう」
空っぽの三本を手に乗せると流石のアンナも顔をしかめた。確か一本でアンナの魔力殆ど持ってかれるって話だからその先に待ち受ける倦怠感が想像できてしまったんだろう。
正直三本全部使い切ってしまう事態は想像してなかった。本当に申し訳ない。
「3本は無理……1本ぐらいなら──」
「ボクも1本が限界ですね」
セクリは先のことを考えてくれている目だ。ここで魔力を減らし過ぎたらいざという時に何もできなくなってしまうからだろう。万全じゃない俺と余裕があるセクリじゃ戦力としての価値が違う。無闇に重要戦力を減らす訳にはいかない。
帰ってすぐにセットしとけば2、30%ぐらいは溜まってたかもしれないのに……。
「あ、あの──! その魔力ってエルダのでもだいじょうぶですか?」
「え? うん、魔力なら誰でも何でもだいじょうぶ。でも……お姫様にお願いするのは──」
「エルダを守ってくれた力ならちゃんとお返ししたいです!」
急な提案に俺もアンナも驚いてしまう。
オドオドしていながらもはっきりと気持ちのこもった言葉。そこまで深く受け止めなくてもいいのにと思うけど、心は嬉しくなってしまう。
我ながら単純だ。
「私達と言うべきです。あの御恩をひとりじめというのは欲張りではありませんか?」
「丁度3本あるなら1人1本ね。ね、これってどうやって使うの?」
アンナの手からひったくるように彼女達は一本ずつボトルを握った。
アンナは空になった手を見つめて小さく溜息を吐くと、心は決まったように見えた。
「しょーがない、やりたい気持ちにまかせよっか。キャップ部分を右回転させきったら魔力吸収状態になるからその状態で魔力を集中させた手の平にキャップを当てるの。そうすると吸われるから」
ジェスチャーでやり方を見せるとそれにならうように三人は手の平に押し当てた。
「こうですね──なるほど……あ、確かに手から抜き取られていく感覚があります」
「ミュージアムにあったアブソーブジュエルを使ったのがコレなんだ。へぇ~」
「こうすればエルダの魔力がテツオさんの力になるんだぁ……」
「危ないと思ったらいつでも手放していいからね。魔力切れの疲労は体力がなくなるのとは違った感覚に襲われて大変だから」
という言葉の後、彼女達はボトルを手の平から離すが疲労している様子はなく疑問を浮かべているようだ。
「これ以上は吸われませんね……」
「あたしも。満タンになったのかしら?」
「エルダも……もっと送れたりしないのかな……」
「あれぇ~? ちょっと貸して…………本当だ! しっかり満タンになってる!」
三人に渡されたボトルは高密度の証明のように濃色で満たされている。まさかほんの1、2分程度で満タンにできるなんて……魔力量が多いことはわかってはいたけど全然平気そうで正直驚いた。
「三人共ありがとう。これでいつ誰が襲ってきてもみんなを守ることができるよ」
少女達が分け与えてくれた魔力。使うのが逆にもったいないぐらいだ。
「すごいなぁ、わたし達がやったらヘロヘロになってるのに」
「アンナ、彼女達はレインさんの倍近く魔力を有しているんだ。容量を大きく超えていてもおかしくない」
「そんなに!? ──あれ? でも何でそんなこと知ってるの?」
「アビコンって道具を使ったのよ。あたし達の数字も見れてなかなか面白かったわ」
「レインさんは話に聞いた通り本当にお強い方なんですね。魔力以外は到底届きそうにありませんでした」
「テツオさんの数値も覚えてる……確か──
体力:30
力 :50
技術:90
速さ:10
魔力:0
でした」
止める間もなく流れるように話されてしまった。
「それって……本当なの……?」
「事実ですね。魔力が無いというのはわかっていましたが、数字で出されると少し心に響きました」
「そうよねえ、」
「でも……すごい人」
ただ、アンナは動揺して狼狽えて驚いて混乱している。
「え、いや、だって……ちょっと紙に書くね…………え、本当にこの数字……!?」
その様子にセクリを含めて四人が疑問を感じていた。「そこまで驚くことなの?」と顔に書かれているようだった。
いや、本当に驚くことなんだ。
「アンナちゃん流石に驚きすぎな気がするよ? 三人を守ったテツオならこれぐらい──」
「だって初めて見た数字って……これだもん──」
紙に描いたあの日、あの時、あの場所で見た数字。
その一桁に四人は絶句して目が点の状態で俺を見る。そして紙の数字と見比べ二度見三度見。
それでも購入に踏み切ったアンナだから誰よりもこの変化に驚くに決まっている。
「おめでとう……でいいのかな? それともありがとう? ちょっとごめん──心がすごいドキドキしてる。うれしいけど、心に収まりきらないというか……」
「まだまだ未熟だけど、成長を見せられて良かったよ。そこまで驚かれるとこっちも嬉しくなってくるな」
同じ道具で証明された成長の証。
最低価格を裏付けた絶望の数字はもう無くなった。
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