第56話 強がりのお面
鉄雄は新手の襲撃者が現れないことにほっと溜息を吐くと、風船から空気が漏れるように張り詰めた気迫が抜けて黒鎧が砕けるように剥がれ落ちて空気に混じって消えていく。
「そろそろ足の拘束を解除してもらえると助かるのですが……」
「すまない! ただ、あの連中の拘束が終わるまで待ってくれ。まとめて消えかねない」
「使い慣れていない術のようですね。わかりました待っています」
「はわぁ~……すごいドキドキしたぁ……!」
ぶっつけ本番で使用した術故に完璧に運用できているわけではない。
襲撃者達四名を魔力吸収と硬化で拘束しつつ、姫達を硬化で足を封じ、黒い触手水流に魔力吸収、硬化、消滅を状況に応じて発動させる。
気の抜けた今では一つ解除すれば全てが解除されかねない不安定さと戦っていた。
「あれ? あいつら何か光ってるわ!」
「ん──? な、まだ何かするつもりなのか!?」
諦めの悪い連中だと先に頭に浮かんだが、すぐに疑問で頭が一杯になる。
ありえないことが起きていた。
(おい!? 魔力吸収で封じているのに魔術の類は発動できないはずだ。まさか刻印!? いや、でも魔力を奪ってるから無理なはず!? どうしてた!?)
「おい!? なんだこの光!? 俺から出てるのか!?」
「俺の意志じゃない!? 何が起きてるんだ!?」
鉄雄達よりも襲撃者達の方が強く驚き混乱している。
全身が黒の硬化液に包まれ身動きができなくとも必死に震わせ抵抗を試みていた。
(こいつらもわかってない!? とにかく理由は後だそれにこの光は──!!)
その輝きには見覚えがあった。
全身に寒気が走る。間違いであってほしいと願う程の。
想像通りの術が発動されようとしているのなら、この場は地獄へと様変わりすると頭に浮かんだ。
その名は自爆魔術。命を火薬とし周囲に破壊の力を振りまく狂乱の魔術。
歪な爆心地の三角形に囲まれその中に姫達はいる。全てが炸裂すればただでは済まない。
(解除──したらっ……!!)
ここで姫達の拘束を解いて逃げられるのか? 襲撃者達の拘束も一緒に解けてしまわないか? 光の輝きが今以上に強くならないか?
生と死の狭間に立たされた。自分だけじゃない女の子三人の命も。
鉄雄は自分の両肩に背負った命の重さに覚悟を決めた。極限状態の超集中状態で身体を動かし一番近くで発光する男に近づき、破力を込めた左手で叩きつける勢いで触れる。
それと同時に姫達を守るために彼女達の足元に大量の黒い触手を出現させ、歪な卵のように纏わり覆い隠した。ダメ押しと言わんばかりに最大限に硬化させ角ばった岩石へと変貌。
──その間もなく、光が爆ぜた。
彼達の肉体は眩いドーム状の光球へと形を変えるように消えていく。
周囲に広がる光と熱、爆風は気味が悪いぐらい少なく今際の叫びも聞こえない。ほんの数秒の後、光は収まり周囲の状況が露になる。
彼達がいた場所にはアイスディッシャーでくり抜かれたような穴が開いていた。そこを覗いても何も無い、綺麗に道路の下が確認できてしまう。
(まさかこれがサクリムなのか……!? こんな術をミクさんにさせようとしてたのか!?)
もしも王城の自爆を止められなかったら。そんな想像が頭を過る。
「な、何故俺は生きてるっ!? あいつらと同じなら俺も……!」
「なんとか上手くいった……あんたにあった刻印を消した。時間がなくて雑に刈り取ったから身体や魔力に影響がでるかもしれないが許せ」
ミクリアに行った刻印除去。それをこの男に行った。
突発的とはいえ位置さえ分かった上で相手の都合を度外視すれば、無理やり消去することは簡単に行える。
男の右腕に異質な反応を感知し、全てを覆うように消し去った。無論、右腕に欠損や怪我はない。
「ねえっ!? いったいなにが起きたの!? 暗いんだけど!?」
「もう少し待ってくれ! 後、周りが抉れてるから解除しても動いたらダメだからな!」
「えぐれてる!? わ、わかりました! 怖いので早めにお願いしますね!」
姫達を解放するために安全確認を含めて改めて周囲を確認すると、安堵よりも逆に怖気が走った。
(肉片や血も飛び散ってない……トラウマになりような要素は無い……だけど……! その人が存在していた残り香みたいなのが何もない! 肉体全部を火薬にして消えてしまったみたいじゃないか!?)
襲ってきた賊徒とはいえ、つい先ほどまで刃を交えた存在が何もなくなっていた。初めからいなかったかのように。
サクリムに巻き込まれて服も武器も何もかも消え去った。生垣や街灯の柱に何かが引っかかってることもない。
「……シュウイをサグったがホカにアヤしいウゴきをするヤツはいないもうアンゼンだ。こいつはオレがオサえておくからもうカイジョしてもいいぞ」
建物の上からシャドウが静かに着地して現れる。
安全だと言われても。鉄雄はその言葉が安っぽく聞こえ心のどよめきは抑えられなかった。王都に作られた窪みの跡。スピリア達の近くにもいくつか出来上がっていた。
「…………」
「おマエはナニもおかしなことはしてない。ホコれ。ヨケイなコトをカンガえるマエにヒメタチをイドウさせるぞ」
「ふぅ……──よし! 解除するぞ!」
言葉を失ってしまう衝撃でも優先順位を思い出し表情を切り替える。ここを離れることが最善なのは変わらないから。
心から脱力し維持する気持ちを消すと姫達を守っていた黒い塊は砕け散り、空気に溶けていくように消えていく。
真っ暗な空間から解放された彼女達は外の眩しさに少し目が眩んだが、それ以上に周囲の状況を見渡す方が目が眩んでしまっていた。
不安と恐怖。闇に閉じ込められる前と後で街の風景が変貌していたのだから。
「いったい何があったのよ? あの襲ってきた連中も1人だけになってるし……」
「……仕込んでいた閃光爆弾と同時に援軍が現れてあいつらを連れて行った。今、他の騎士が追いかけてる途中だ」
嘘を吐いた。淡々と伝えるように。
自爆魔術を使って死んだと伝えるのは憚られた。襲ってきた人間達は作戦を完遂するために命を爆弾に変えた。
それはどんなことをしても姫達を傷つけるという狂気に彩られた殺意を伝えることに繋がるのではないかと考えてしまったから。
痕跡一つ残っていない。逆に言えば自爆魔術を知らなければ何が起きたのか想像するきっかけも無い。
「そんなことよりも三人共痛い所とかはないか? 怖くなかったか?」
片膝を付いて足元を中心に怪我をしてないか確認する。
「ちょっとビックリしたけど。うん、大丈夫」
「はい、とくには」
「え~と……はい、へーきです……」
髪が乱れ服に多少の皺が寄っているものの、消滅の余波は届いておらず肌にはかすり傷一つ無い。
「よかった……」
心から安堵の笑顔を浮かべ大きく息を吐く。
後味の悪い最後を見ても、本当に守るべき子達を守れた事実は何よりも代え難い成果で尊いものだった。
恐怖に塗られることなく、穏やかな表情を浮かべている姫達は自分のやってきたことが間違いではなかったと証明してくれるようだった。
「お嬢!!」
「プリムラ! どうやら無事なようだな」
小さくなったスピリアを抱えながら走ってくるトルバ。
両者共無事な自分達の姫を見て安堵した。
「シロにイドウすべきだ。アンゼンをカクニンしたとはいえまたシュツゲンしてもおかしくない」
「城よりもマテリア寮に移動しましょう。あそこは人の出入りも少なく部外者はすぐにわかって安全です! なにより……信頼できる仲間がいますから!」
「賛成するぜ」
「……イロンはナい、よりアンゼンなサクがあるならそちらをエラばせてもらう」
待ち伏せからの不意打ち。これが今一番警戒すべきこと。
鉄雄は城で爆破されそうになった経験に加え、人が最も油断するタイミングを知っていた。もしも容赦なく狙るなら気が緩む勝利を確信した瞬間。
破魔斧を未だに握り続けているのはそれが理由。加えて城も絶対安全とは言い切れないのがミクリアで懲りている。
「お~い! テツにみんな~! だいじょうぶ~!」
「状況は把握しております。ただいま使用人達に部屋の用意をさせていますので」
「アンナ! それに、ファイさんも」
門から手を振りながら走ってくるのは見間違うことの無い主、アンナ。
いつの間にか背後に立っているサファイアスには大して驚きもせず簡単に受け流していた。
「っ!」「あ──」「え……」
ただ、この鉄雄の様子に三人の姫達は心が揺さぶられた。デートでは見たこと無い素の表情に。
自分たちに向けていたのとは全く別の目の色と輝き。
まるで父親が仕事の相手に向けるのと自分に向けるぐらいの明確な差を感じ取った。
加えて声色も明らかに違う。義務的で抑揚の小さい声が喜々とした色を帯びた感情豊かな声に変わったのだから。
「後はわたし達に任せて! みんなこっちに付いてきて! ファイさんとテツはしんがりを任せたから!」
先頭は杖を掲げたアンナ。護衛達は姫達の左右と正面を見張り、鉄雄とサファイアスは後方。
だが──
「無理はなさらないでください……あなたの状況はアンナさんが感応し私達にも伝わっていますから」
誰にも聞かれないようにそっと耳打ちをする。
心配する言葉をよそに力強い足取りで姫達を守るように歩く。
「……寮に入るまでは無茶でも何でもやり通させてもらいますよ。あの子達に不安を与えるのは本意じゃないんで……」
(やせ我慢も大変じゃのう。とはいえ褒めてやろうかの、歴代の使い手共が到達しなかった領域までお主は足を踏み入れた。ただ力に乗っかる愚者とは一線を画したのぉ)
(それはどうも……でも、今回は運が良かっただけだ……)
だが、都合の良い完璧な術は存在しない。
全てが終わった今、その負担は疲労となって鉄雄に降りかかっている。
吸収、消滅、硬化の同時運用に加えて自身の自由行動。ノーリスクで扱いきれるほど都合の良い破術ではなかった。マナ・ボトルは殆ど残っていない、姫達が自主的に魔力を出さねば全てが終わっていた。
意図しない周囲の助けもあってか、余計な心配を与えず英雄の仮面を被り演じきることに成功した。
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