第54話 英雄羽化
臨戦態勢を取っていた鉄雄、その背後で不安そうに服の袖や裾を掴むルチア、プリムラ、エルダの三名。
「ふぅ……流石はお姫様方の護衛達だ。これで──」
安心だ──と言葉を続けようとした瞬間。
路地裏や店舗、ミュージアム、異なる方向から四名が躍り出るように大通りへ現れその手には刺々しい見た目の爆弾を握られていた。
「死ねおやぁっ!!」
それは錬金術で作られた金属棘を周囲に爆ぜて散らす「ポップスパイン」。
爆ぜれば大勢に非人道的な被害を与え、獣に対しても重篤な状況を与える。
そんな危険物が高さ、方向、僅かに違う起爆タイミングで投擲された。
「三人共動くなっ!! ──変身っ!」
連続して爆ぜる音、爆破は360度球体状に広がり視界に収まりきらない細く鋭い大量の棘が上下以外の方向から埋めるように彼女達を囲い、人サボテンを作りあげようと迫りくる。
その脅威に対応するために鉄雄の足元から黒い液体が間欠泉の如く噴き出し、姫達と鉄雄を卵状に包むように覆い被さる。
風切り音と共に迫る棘が黒い膜に阻まれ食い込み剣山を作りあげた。数秒の沈黙後、膜全体に亀裂が走り零れるように砕けると──
無傷の三人の姫と漆黒の鎧を身に纏う鉄雄が出現した。
「お前ら本気なのか……? 間違いだったらなこれが最後だ、これ以上は後戻りができないぞ!」
「これが仕事なんでね! てめえが離れてくれりゃ命だけでも助けてやるよ!!」
「うわっ!? いきなり姿変わったぁ!?」
「び、びっくりした!」
急に姿の変わった鉄雄に驚く姫達であったが、置かれている状況は芳しくない。
杖一人、槍一人、剣二人、四名の襲撃者達は武器を構え、逃がさないように囲っている。
「ふぅ……」
鉄雄の心は大きく高鳴っている。
これが初めての対人戦。模擬戦でも何でもない、命のやり取り。
顔を覆う兜の下は緊張と不安も混じっている。表情が見えていたら相手をつけあがらせていただろう。
だが、一つのことを思えば兜の下の顔は憂いは消え真剣で鋭いものになる。彼女達が守護すべき「アンナ・クリスティナ」と思えば迷いは消えていく。
「三人共、悪いけどこのまま動かなくさせてもらう」
了承を得る前に三人の足元に黒い沼を展開し足首まで浸からせ動かないように硬化して動けなくさせる。
「え──? あ、足が動かない!?」
「あわわわわわわっ!?」
「落ち着いてください! 今、私達が動くことそのものが悪手です! このまま身を委ねるのが最善でしょう!」
最悪は姫達に傷を負わせてしまうこと。
襲撃者達の狙いは姫達であるのはすぐに理解できた。一人か三人共か、それは不明にせよ彼女達がバラバラに動けば奴らは各個を狙う。
護衛達は遠い、鉄雄の身は一つ、守り切れなくなる。だから、一か所に纏めた。
「最初からてめえには用はないんだよ!!」
「数の利には敵わねえよ! 英雄様よぉ! これで詰みなんだよ!」
剣を大きく振りかぶり迫る一人。その目が捉えるは姫達。
(レインさん達と比べたらこの人達は全然──遅いっ!)
実戦の緊張や恐怖は、すぐに消えていった。訓練で相手していた先輩方がより容赦なく強くて隙なんてなかったのだから。
剣が振り下ろされる前に首根っこを掴み、地面に叩きつけその身に黒沼を纏わせて硬化させる。
魔力を奪いつつ地に張り付かせるように行動不能にさせ無力化に成功。
「ぐおっ──!? だが、結果は変わんねえさ!」
これが狙い、最初の一人は囮の役目も担っていた。
一人の男を組み伏せるために2メートル近く姫達と離れてしまう。
残る襲撃者のうち杖を持つ男は距離を取り、槍と剣は、組み伏せられたタイミングとほぼ同時に姫達に飛び掛かる。
動けない彼女達は訓練用の巻藁と変わらない。
「きゃああああああ!!」
「術を──出せないっ──!?」
「あわわわわわ!?」
仕事を達成したと下卑た笑みを浮かべる男達。
守るために足を封じたことで彼女達は自ら身を守ることもできなくなった。
「知ってる──」
姫達を守るように襲撃者達を隔てる黒い粘液状の触手が彼女達の足元から出現し、襲撃者達を牽制する。
仮面の下には焦りは無い、想像できていた未来の一つに過ぎない。
「何だこの黒い液体は!?」
「なっ──刃も通らねえ! 術で攻め──ぎゃあっ!? 止めろ! こういうナメクジみたいなのは嫌いなんだ俺は!?」
刃を金属音を鳴らして弾き、何通りにも枝分かれし伸長し四肢へ絡んで纏わりつく。
そのまま剣を持った男の全身に粘液のように侵食し広がり凝固する。関節や筋肉の動きを完全に阻害し自由を奪い取り地へ転がす。
「この術はアンナを絶対に傷一つ付けない、敵を通さない為に作った術だ! 対象変われど届く訳がない!」
名はまだない試作破術。
アメノミカミ戦の自身の無力さを嘆き、執念で考え抜いた破魔斧の最大効率使用。攻撃ではなく防御に重きを置いた迎撃破術。
レイン・ゴッズ・キャミル・サリアンの四人が同時に攻めて来たとしてもアンナを守り切ることを想定して作り上げた。
「すごい術……! でも、あたし達はこれでいいの?」
「まるで鳥籠の中からの光景です」
「あわわわわ!?」
「ってエルダがパニックになってるじゃない!? どうするのよ!?」
「よく見てください、魔力が吸われていってます! エルダさんには申し訳ありませんがこのまま魔力を溢れさせてもらいましょう! そして、私達も!」
「──! そういうこと! アタシ達の王家の魔力を送って援護するってことね!」
「今この場を全員が無事に切り抜けるなら、テツオさんに私達の魔力を送る事が最良! 騎士を応援するのが姫の役目だと相場は決まってます!」
エルダは混乱し魔力が暴走気味に溢れているのに倣うようにルチアとプリムラも自身の魔力を強く放出し黒い沼に注いでいく。
「だが陣地形成型なら離れりゃ無力!! ──舞えよ業火、唸れ爆熱! 火炎の嵐となりて対象を滅せよ! ツイストバーン!!」
大きく距離を取った一名が詠唱を唱え術を発動。
頭上に展開した魔法陣より小型の火球を大量に出現させ螺旋を描きながら頭上より姫達に襲い掛かろうとする。
(明確に上から狙うってことは──)
鉄雄にとって平凡な魔術は脅威にはならない。既に防御方法は構築済み。
自由に動けるのは残り一人、意識はそちらに向けられる。
残りの男は身体と武器の同時強化を発動させ筋肉を盛り上がらせ武器に禍々しく魔力を纏わせる。
身体を大きく捻らせ、その反動で槍を大きく振り回し、しなる勢いで轟音をまき散らしながら姫達の足元を抉る軌跡で刃が猛進。
(殺ったっ──!!)
硬化も消滅も吸収も無敵ではない、凄まじい勢いと筋力で叩きつければ硬化で防ぎきれない、消滅も強固な武器なら消しきれない、吸収では纏った魔力を奪えても実物の武器の勢いを消せる訳じゃない。
そんなこと鉄雄は耳にタコができる程聞かされて試された。
「──なっ!?」
「上下同時攻撃を防げただと!?」
キャミルより何度も何度も何度も何度も叩きこまれた魔術戦の基本。
視線誘導、分かりやすい脅威となる魔術を発動すれば人はそれに対応しようとする、上から迫るなら上への防御に力を注ぐ。
だが、違う。実戦はそんな単純ではない。魔術においては見てくれだけ派手に立派にして威力を魔力を最小限にすることは簡単。それを囮に他方向より目立たず強烈な一撃を直撃させるのは当たり前。
教育の甲斐あってか、二人の同時攻撃は姫達に届くことはなかった。
槍の強力な攻撃に対しては事前に厚く構えていれば完璧に防げる。津波の如し厚い返しで槍を受け止め、そのまま包み込み、黒の粘液が槍を伝い男の腕に纏わりつき、肘肩首へと伸びていく。
無論頭上の攻撃は傘を作るように防ぎ、火の粉一粒、熱風一撫で届いてすらいない。
「うお!? 止めろ──!? 近づくんじゃ──!?」
(力もゴッズさんには遠く及ばない! あの人の勢いなら防ぎきれなかった! 魔術だって──)
「ここまで触手は伸びて来ない──奴も離れ過ぎたら黒いのの維持はできないはずだ、1人でも傷つければ──っ!?」
「スラッシュストライク──」
剣士が扱う最初に学ぶとされる基礎遠距離魔術。魔力を込めた武器で振り抜くことで斬撃を飛ばす単純な術。
鉄雄が放つは黒い三日月で液体状のスラッシュストライク。
魔術士の賊は想定外の攻撃に回避が間に合わず直撃。と同時に黒い斬撃は男に纏わり包みこみ硬化する。そして、行動不能に魔力吸収で無力化した。
(キャミルさんと比べるのもおこがましい!!)
新たな敵襲に備えて周囲を見渡すが誰も参戦するこはなく、襲撃者達の呻き声だけが耳に届くだけ。
大きなケガ一つさせるなく四名を捕縛することに成功。
無論三人のお姫様達に小さな傷一つ、血の一滴も存在しない。目敏く汚点を探すなら舞った砂埃が服に付いた程度だろう。
「すご……!」
「はっ──! はわぁ~……!」
「感無量ですわ……! 何と見事な……!」
「ふぅ……増援は無さそうだしこれで完了か? 後は一体誰の差し金だったのか話してもらう必要があるな」
数も知略も力も関係無い。全てを退け鉄雄は守りたい者と共に立っていた。
此度の戦いで努力は経験は願いは形となり新たな鉄雄と成った。
もう、最低価格の男とは似ても似つかぬ全く別の男へと成長した。
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