第53話 襲撃はデートの後で
7月2日 火の日 15時10分 アルケミーミュージアム正門前
何とか今日のデートを終わらせることができた……
カフェの後はホールの見学、公演の予定は無いけれど広くて厳か、アンティーク調の色合いに身が自然と引き締まる思いだった。
地下に作られた施設だからか、普段巡回している時もそれっぽいのが見られなかった訳だ。
ただ、ここで問題に直面した。ルチアが最前列で興味本位で座ると、二人も釣られて座ろうとする。が──
ルチアは座れなかった。より正確に言えばお尻が座面に乗りきって無い、半分以上はみ出ている。
これは尻尾を逃がすためのスペースが無いのが原因だろう。自分の前に持っていけるぐらい柔軟性はあっても人が並んだら尻尾を置く場所が無い。
同じ尻尾を持つエルダとは太さも長さも丈夫さもまるで違う。
ホールの管理人の顔が青くなったのがはっきりと見えた。本当に今日公演が無くて良かったと心から思っていると思う。俺もそう思ったし。
プリムラの父親ビリービル様は羽が生えている。そのことも考えると課題は多そうだ。
そんな問題もあったがとりあえず無事に済んだと言えるだろう。
カフェでの出費は中々痛かったけど、必要経費だと割り切ろう。
入ってきた時と同じように両手はエルダとプリムラに肩はルチアに乗られている。これで城に戻って王様方に見られたら何を言われるかわかんなくてちょっと怖い。
それにしてもアンナ達が援護に付いていてくれたけど、思った以上に出番が無くて申し訳ない。いや、無い方がいいんだきっと。それだけ順調だったと判断できるわけだし。
「他のところに行ったりはしないの? まだ日が高いじゃない」
「ここまでだよ、これ以上となると王様方が心配するからね」
「口惜しいですね」
「こんなに遊んだの……初めて……」
人通りも穏やか、馬車もゆっくり、道路を横切る必要なく王城に向かえるから心配ない。
両手に花の人って車道側の娘をどうやって守ってるんだろうな?
そんな風にのんびりと歩いていると前を歩いている人が驚いた様子でこっちを見てくる。
流石にこんな目立つ格好で歩いていたら二度見三度見はしたくなる。おまけに三国のお姫様だとしれば四度見に……──?
何でそんな切羽詰まったような顔で俺達を見て──
「暴走馬車だっ!!! 避けろっ!!!」
「えっ!?」
「ええ!?」
俺達の背後に向けて指をさして必死に声をあげてくれている。
荒々しく響く蹄と車輪の音が男性女性と叫び声も耳に届いてくる。
頭が真っ白になりそうなとんでもない言葉に耳を疑う暇もない、心臓が一気に高鳴る。
振り向く暇はない!
「ルチア! しっかり頭掴んでろ!!」
両手を振り払い。軽く屈んで両腕をエルダとプリムラの腰に回して抱きかかえる。
「もう来てる!!」
俺は足の下を爆発させる思いで跳び上がった。
歩道を乗り上げ、コンテナサイズはある荷台を引いて暴走する馬車。
二人を両脇に抱きかかえ一人を頭に乗せて跳び上がる鉄雄、その真下を駆け抜ける馬車。
全てがスローモーションで流れるような死が迫った状況、荷台の屋根が足に触れる直前に通りすぎていく。
「ギリギリ足りたっ!」
「ひぇぇええええええぇっ!?」
「て、敵襲ですか!?」
「喋るな! 口閉じてろ!」
道路に亀裂が入りそうな鈍い音と共に四股を踏んだ体勢で着地をする。
身体に走るしびれるような衝撃を噛みしめながら二人を離し、一人を背から降ろす。
(──っ!? 嘘だろ……!?)
が、襲撃はこれだけで終わりではなかった。
荷台の背面が粉砕されながら開かれると、円筒を大量に敷き詰めた大型設置弓が露わになる。
正式名称『火薬式連射弓』1度に34本の金属矢が爆発の勢いに乗って同時発射されるそれは大型の魔獣を悠々と仕留める威力を誇る。
無論矢も特別製、矢尻にフェルダンを仕込むことで刺さると同時に爆破が起き殺傷能力を高められる。
それが二台。
明確な殺意が四人に向かって発射される。
「きゃっ!!?」
「──大丈夫。君達に傷一つ付けないから」
三人の盾となるように威風堂々と前に立つ。
離した手の変わりに握られるのは破魔斧レクスとマナボトル。
(間に合わない──!!)
誰の目にもそう映る。何をしても間に合わないと。
ボトルを嵌め込み魔力を通すのに僅かな隙は確かにある。
その隙間を矢は余裕を持って縫い爆ぜる──はずだった。
破魔斧を握った時点で足元より黒き液体が湧き出て、荒波の如く激しく波打ち触手のように自在に動く水流が射線へと伸びて喰らい付く。
矢が黒い液体に侵入すると同時に──
「消滅──」
消滅の力によって爆発させることなく消し去られた。
まだ鉄雄はボトルをギアに差し込んでいない、それでも破術を発動できた答えは簡単。膨大な魔力を誇る彼女達に触れていたから。
魔力を自然と吸い取り、破力へと変換され鉄雄の中に溜まっていた。
二射目三射目を警戒しながら離れていく馬車から目を離さずボトルを三本ギアに差し込み、魔力を注ぎ込む。
「クソがっ!! 話以上にヤベエ力じゃねえか!? このまま逃げ──」
「どこへ行くという──?」
馬車の進む先から突如としてそびえる壁、進む先に現れた巨大な影に自ら飲み込まれていく。
その正体は蒼き巨竜と化したスピリア。大通りに並ぶ店舗を超える位置に頭があり、羽を広げれば通りを防ぎかねない広さを持つ巨竜が腕を振り上げて待ち構えていた。
「──ドラゴンだとぉ!?」
「プリムラに手を出して無事で済むと思うたか!! その命で償え!!」
質量の暴力。風を切る轟音を奏でるスピリアの巨腕によって車体が叩き潰され爆ぜるように破壊される。
嘶き逃げ出す馬達と這い出る虫のように逃げ出す男達。
「きゃあぁあああ!!?」
手綱をという制御から放たれた二頭の馬達は急な状況に混乱し鼻息を荒くし誰彼構わず突進を繰り出そうとした。が──
進む先の足元に大量の砂が流れるように出現し、泡の形へ変貌し馬達の進路を塞ぐ。
「大丈夫ですかな? お嬢様方?」
老若問わず庇うように立ちはだかり、魔術を発動させたのはトルバ・ヤヒミ。
暴れ馬達は泡の砂塊に激突すると、砂は布のように馬に絡みつき足を深く沈めさせ止めさせる。
馬達は砂に溺れるように半身が砂に包み覆われ身動き取れなくなり、暴れることができなくなり少しづつ落ち着き始める。
「ノコりのザコはオレがやっておこう」
影より現れたシャドウが散り散りに逃げる男達目掛けて小剣を投擲する。
「うぉっ! ──って下手くそめっ! 外しやが──ぐぇっ!?」
「──カゲヌい。セイコウ」
男達の影に突き刺さる小剣。元より男達ではなく影を狙っていた。
走り去ろうとした全員は急に動けなくなり、そのままこけて完全に身動きが取れなくなってしまう。
馬車で逃走を謀った謎の襲撃者達は護衛三人に手によって馬車諸共完全に制圧される。
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