第52話 錬金菓子『お菓子の木』
「こちら『お菓子の木』となります」
テーブルの真ん中にそっと置かれたのは、鉢植えに植えられた高さ30cmぐらいの広葉樹を模した樹木。
傘みたいに広がった枝から釣り下がるようにへたから饅頭みたいな色とりどりの木の実が8つ実っていた。
見方を変えればコミカルな盆栽にも見えなくもないけど、ほのかに香る甘い香りが鑑賞物というより食べ物だと認識を塗り替えてくる。
「そのままなネーミングな気がするけど? え、本当にそういうことなの……!?」
「つまりこれは……お菓子でできた木? ということですか?」
「ええ、その通りですわ。ですがこの木は生きています。育てれば何度でも実を付けてくれますの」
「お菓子でできているのに生きているの……?」
「ええ、その通りです。こちらも事前に用意して日の当て水を与えて育てたものですわ」
「……お菓子よね?」
「ええ、自信を持ってオススメできますわ」
「もしかして……実だけでなく幹も枝も葉も全部食べることができるのですか!?」
「ええ、それぞれ味も触感も異なるので楽しめると思いますわ」
お姫様方の質問を笑顔で答えていくナーシャ。
俺も錬金術で作られたお菓子は初めて見るけど本当に凄いな……でも、本当に食べていいのか不安になる。既製品のお菓子を組み合わせて作るお菓子の家は理解しているけど、それとは完全に別物だ。
「このハサミを使って実を採ればいいってことよね……普通に料理を食べるよりも緊張するわね……」
「錬金術がこれほど不思議な技術だなんて……便利な武器や道具だけかと思っていたのですがこういった料理まで含まれるとは……! 心が躍るとはこういうことをいうのですね……!」
「これ全部が食べられるなんて……! 食べられる幹なんて生まれて初めて聞いた……」
「念の為ですけど下は土ですのでご注意ください」
興味深そうに観察しているが、俺よりも不安は大きいのか中々実に手が伸びていない。大事にされてきたお姫様方には少々刺激が強いのかもしれない。
料理とはまるで違う、一つの命がドンとテーブルで芽吹いてると言うのだから。
レストランで鉢植えされた果物が出されて「これが料理です」なんて言われたら混乱しないわけがない。今、彼女たちはそんな心境に陥ってるとみて間違いなさそうだ。
「実の中身はあえて聞かない。みんなが選ばないなら俺が先に一ついただくけどいいかな?」
俺の問いに肯定の頷きを見せてくれる。
本来ならお姫様方に譲るべきだろうけど、好奇心の方が勝った。どんな味がするのか? どんな触り心地なのか? どんな匂いがするのか? 本当に食べられるのか?
抗うことはできなかった。
「いただきます……」
香りで中身は判別できない……皮はしっとりもっちりした感触、皮を剥かずにそのまま口に運び、唇に触れるとふにんとした歓迎してくれる。
半分噛んでじっくりと味わう。するとこしあんのようにさっくりと噛み切れる触感に舌触り。桃の甘い味がこれでもかと口の中に広がる。
「これは……果実餡か? 皮の触感からしてこの実は大福か!」
フルーツ大福のように切られた果実が入っているのではなく、果実をこしあんにして大福にしたのがこのお菓子の木の実。
「あ、味はどうなのよ!? そっちが先に聞きたいわ!」
「みんなに勧められるぐらい美味だ!」
俺の言葉に安心してくれたのか実に手を伸ばしてくれる三人。
果梗をハサミでチョキンと切り実を手の平で受け止める。じっくりと観察した後、覚悟を決めたように口に運ぶと表情が緩んでくれた。
「美味しい! 果物の味がするけど触感がまるで違う……!」
「私のこれはリンゴですね、テツオさんはダイフクと呼んでましたけど初めて食べましたわ」
「エルダのはぶどうだよ。それとヘタもポリポリしてて食べられるよ。ちょっと硬いクッキーみたい」
「普通に捨てそうだったわ。そうよね、これも食べられるのよね」
エルダの言葉に俺もはっとなる、普段捨ててる部分も食べることができる。普段の癖で皿の上に残したヘタを改めて口に入れると、確かに硬いクッキーみたいでおまけにちょっと苦みがあって、これはこれで面白い。
他の部位も気になってハサミで切り分けながらいただく。
葉っぱは薄い八つ橋のようにパリッと食べれて甘さの中にほんのりと苦みがあり和菓子よりのおいしさ。
枝や幹はナイフで伐採すると中はドーナツのようだった。輪切りにしていただくと、しっとりかつどっしりとした触感だけど優しい甘さ。備え付けのメープルシロップをかけると中に染み込み、より違った味を楽しめる。
食べ方は本当に自由だ。三人とも思いついた食べ方を素直に実践しているようだった。
枝を葉っぱと同時に食べることも許される。
葉っぱをティーに浸して食べるのも良い。
みんなパクパクと笑顔で食べ続け、最後に残ったのは切り株だけ。
「あぁ~楽しかったぁ~! 味も良かったけど、何だか遊んでるみたいに食べられた気がする」
「ばあやに見られたら叱られてますねきっと」
「残った根っこはどんな味なんだろう……」
「あたしも気になるけどやめときなさい、汚れてるからお腹いたくなるわ」
「根も食べられないこともないですが、幹と比べるとお菓子というには粗雑な味ですから控えた方がよろしいですわ。では、お下げしますね」
鉢植えをお盆に乗せて、一礼するナーシャ。
土のギリギリまで切断されたお菓子の木を見てほっと安堵した様子に確信を持った。
「これってナーシャが調合したんじゃないか?」
「「「え?」」」
三人が驚いた表情で見つめ。
「……ええ、その通りですわ。まさか当てられるとは思いませんでした」
ナーシャは感心したように認めた。
何となくだけどそう思った。作品に魂がこもるというのだろうか? アンナにはアンナのといった癖というのが。
料理系となればそれは顕著に表れる。味といい気の利かせかた、ナーシャっぽさを感じられた。
「あの……ごちそうさまでした! とても、美味しかったです!」
「こういうのって作り手によって味が変わるっていうじゃない? あなたが作ってくれた日で良かったわ」
「おとぎ話の中に入った気持ちになれました。ありがとうございます」
「……えっと、そのどういたしましてですわ!」
姫様方の感謝にわかりやすく狼狽え、穏やかで常に満ちているような顔が大きく崩れて足早に厨房へと逃げて行ってしまった。
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