第49話 アルケミーミュージアム1階と3階
アルケミーミュージアム1階、展示物は『錬金術の始まりと今』。
ここでは錬金術の始まりと発展、時代の流れに伴い錬金器具の変化。同じ調合物でも年代によって変化があることをまとめられている。
炎の爆弾『フェルダン』も最初期は小範囲に炎を発生させるだけだったが、技術や練度が上がり衝撃波や広範囲に炎を広げられるようになる。そして、それらがスタンダードになり現在では丸型にとどまらず筒型や箱型、サイズも様々。収束火炎や難消火性の炎と言った技能を加えられたりする。
「うん……? あれって──! ちょっと降りるわよ──」
腰を曲げる間もなく綺麗に一直線に開脚し、鮮やかにトンと足音を鳴らして着地。
視線と歩く先は一つの展示品にまっすぐ向けられ、魅力することが完全に頭から消えていた。
「これが浄水装置の仕組みなのね」
好奇心と研究心に満ちた真剣な瞳。
昨日の様子からしてこういう堅苦しい場所は嫌いなのでは? と少し鉄雄は思っていたが、あまりの食いつきの良さに思わず驚いた。
「正直意外です……あまり興味を示さないかと思っていました」
プリムラに同意するようにエルダも小さく首を縦に振っていた。
「2人があたしどう思ってるかよくわかったけど、心外ね。これは国のみんなの生活を支えている道具なんだから無関心じゃいられないって。あたしが生まれた時にはもう稼働してて、綺麗な水が当たり前に使えるようになった。国のみんなが感謝してる偉大な道具なんだから!」
指で説明文や図、小型模型を追っていく。
最初は単純に地下の水を自動で吸い上げる機構だったが、不純物を取り除くろ過の機能が取り付けられる。
続き、ろ過機能に特化した装置が作られ雨水や川の水を浄化し安全に利用できるようになる。また、汚水を浄化し自然に返したり、作業用水に利用する。
地下水の汲み上げ及び貯水と配給の安定化。
装置の大型化、下水道開発。浄水施設の完成。
錬金術によって生み出された様々な水設備のおかげでライトニアで水に困ることはなくなったと言える。
そしてそれらは今も尚進歩を続けている。
「あたしの国には水を汲み上げて綺麗にする設備と色々なところに水を送る設備ぐらいしかないのよね……」
「……国が違うとこんなに見方が変わってくるんだ……エルダのところにも同じものがあるけど、皆便利な道具だとしか思ってない……」
「アクエリアスでは水に困ることはありませんから、汚水を綺麗にする役目に感謝はしていますが、暖房器具と比べると蔑ろにしているかもしれません」
国によって当たり前が当たり前じゃない、重要視している点が違う。
水、食料、気温、何かが豊で何かが貧する。生きていく中で自然と根付いた価値観がまるで違うことを三人は心から実感した。
「ライトニアってすごいわよね、便利な物が沢山あるし、こういう立派な施設もある。ヴェステツォントにもダンスホールや宮殿はあるけどこんなのはないもの。それにこの国には大きな浄水施設もあるっていうじゃない? そっちを見に行っても良かったのよね」
「あ、あの……そういえばテツオさんは異世界の人ですよね? どんな物があったんですか……? こういう場所もあったんですか?」
純粋無垢な瞳に対して少し苦い感情を思い起こす。
前の世界のことを思い出すと必然的に辛い思い出も引っ張り出されてしまう。喉奥に重いものを感じながらも話し始める。
「そうだな……色々あるのは確かだけど、こういう博物館も美術館もあるしマテリア寮よりも高い建物は森みたいに大量に立ち並んでる。飛行船のように空飛ぶものが毎日のように飛んでたりするな。何よりも人が多い、世界中の人口を合わせて八十憶は行ってるはずだな」
「はわぁ……! す、すごい世界ですね……!」
「ええ!? よく数えられたわね!? 人口もそうだけど数える方法もすごいわね!?」
「確かにそうですね……アクエリアスの人口は5000人程度ですからまるで想像つかない世界ですね……」
「すごい……か。でも、こっちの世界の方がすごいと思う。向こうじゃ魔術がないのは当たり前だし、獣人や竜人も存在しなかった。それに向こうにある技術はいずれこっちでもできるようになるだろうけど、逆は無さそうだけどな」
どちらが優れているとは言い切れない。発展のルーツが違うのだから。
ただ、鉄雄個人はこちらの世界が肌に合ってしまっているようだ。
「気になってはいたのですが、元の世界に戻ろうと思ったことはないのですか?」
「──聞かれるまで考えること無かったな……そもそも俺がこっちの世界に来た理由が、向こうの世界で行く当ても頼れる人もいなくなって居場所が無くなったからなんだ」
「言いにくいことを聞いて申し訳ありません……!」
「気にしないでいい、今はアンナに拾ってもらって有意義な毎日を送れてるから、あの境遇は必要経費だと思う」
言葉に嘘はなく、鉄雄の心に前の世界に戻る意識は無い。
こうして聞かれるまで帰還について考えることが無いほど今が充実していた。
守りたい存在。何でも話せる相手。素晴らしい絆に恵まれた。
衣食住も揃っている。安心して眠れて、味を堪能する余裕もある。
金銭も程々に、特別な力も有している。
前と変わらずいないのは恋人だけ。
「さて、そんな話よりもミュージアムに連れてきたのも見せたい物があったからなんだ!」
「「「見せたい物?」」」
三人を三階『特別発明展示室』に連れていくと、手の平大の宝石の前に案内する。そのプレートに書いてある作品名は──
「じゃーん! これが我が主アンナ・クリスティナの作品『マナ・ジュエル』だ! ここに展示されるというのは錬金術史において誇りあることなんだ! ずっと名前が残るんだ、すごくないか?」
(すごい目がキラキラしてるわね……)
(楽しそう……)
(本当に大事に想っている方なんですね……)
三人が圧倒されるぐらい子供のように純な笑顔で自慢する。
先程少し聞いたアンナがどれだけ鉄雄の心を占めているのかが深く分析するまでもなく分かってしまう。主従関係では片付けるには余りにも目も表情も輝きすぎている。
「アンナって言うと……昨日すれちがったあの綺麗な角が生えているお姉さんでいいのよね?」
「ああそうだ」
分析するまでもなく主の誉め言葉に反応して上機嫌になったことをルチアは理解した。
(もしかしなくても……アンナって人を誉めたら簡単に好印象得られるんじゃないかしら?)
大正解である。
「あたしよりも少し年上なのに、こんな立派なところで評価されるなんてあなたの主はすごい人なのね、憧れるわぁ」
「いやぁ、お姫様に評価されるなんて使い魔として嬉しい限りですよ!」
完全に腑抜けきったデレデレした笑顔。
十重二十重に鉄雄を褒める言葉を探すよりも、一つアンナを褒めた方がこのように効果がある。
自分が褒められるよりも、自分が敬愛している者が褒められる方が嬉しい。それも人として自然なところ。
単純に鉄雄の中で「この子は良い子だな」と判断された。
「アンナさんが大切なのですね。それは救ってもらったからでしょうか?」
「言葉にすれば単純でも……あの日、あの時、あの場所で手を伸ばしてくれた嬉しさは言葉にしきれないな……誰からも必要とされず、客の視線と声がどんどん冷たくなっていく感覚──消えたいぐらいだったな……その後も──」
三ヵ月程度前の出来事でもまるで十年以上前の歴史を紐解くような懐古に酔っていた。
遠くを見ながら自分の世界に入ってしまった鉄雄を尻目に別の展示品を見始めるルチアとプリムラ。
「これって下の階にもあった道具じゃない……?」
「確かに、でもこちらはサイズが小さいような?」
「そちらは『人口太陽ソル』でございます。一階に展示してあるのは原寸大で性能を抑えたレプリカ、こちらにあるのは縮小した模造品です」
「そうなの……ん? あなたはさっき見たわね?」
「はい、期間限定のお手伝いの身であれどアルケミーミュージアムで働かせて頂いております。名をナーシャ、お困りごとや疑問点があればなんなりとお聞きくださいませ」
翆玉色の髪、凹凸のはっきりしたスタイルの良い姿。ミュージアムの厳かな制服に身を包んでいながらも隠し切れていなかった。
ルチアは彼女からほのかに漂う花の匂いに少し鼻を小さく鳴らし、思わず表情が緩んだ。
「では早速なんですが、このソルという道具なんですが素晴らしい技能を有しているのに外交の話で聞いたことがありません。是非ともアクエリアスでも使用したい逸品なのですが何故でしょう?」
「現在作れる人がソレイユ・シャイナーさんだけということ、使われている素材も希少な物も多く量産が難しいということも挙げられます。一階に置いてあるのは比較的容易に手に入る素材で作られ、本物と比べるには力不足もいいところなのが現状です」
現存する人口太陽ソルの数は三機。
一つ目はソレイユが持つ改良型。一番性能が良い。
二つ目は地下収容所で太陽変わりとなって照らしている初期型。現在は故障状態で光量も熱量も落ちている。
三つ目はここアルケミーミュージアムに保管されている劣化品、ある程度の熱と明るさは発生させられるが天候を変える程の力は無い。アメノミカミ戦で壊れたが現在は形だけ元に戻っている。
「なるほど……それがあれば冬の時期に大きな助けとなると思いましたが、そう上手くはいかないものですね」
アクエリアスは水資源も豊富で海も有している。土地も広く食料に困ることも少ない。ただそれは、冬季を除けばの話。
冬季の過酷さは他の国とは比べ物にならない。酷い日には建物全てが雪と氷に包まれて外に出られなくなる日もある。
他の季節は冬季に備えて食料と燃料の備蓄に奔走する為にあると言っても過言じゃない。
海の恵みもあり餓死で亡くなることは無くなったが、暖房器具の発展があれど凍死問題は現在でも解決できていない大きな課題である。
「──あれ? ナーシャ、何時の間に?」
「鉄雄さん……自分語りもいいですが、目を離すのは控えてください」
「これは三人とも失礼した……」
「い、いえ……エルダは興味あったから気にしてません……!」
「ところでお2人は知り合いなのですか? 随分と気さくな雰囲気がありますけど」
客と職員ではなく、互いに名前を呼ぶ間柄。
遠慮がない言葉のやり取りに心の距離の近さを感じて疑問を覚えた。
「ナーシャはアンナの親友なんだ。だから自然と知り合いになったということだ」
「ええ、アンナさんとは友であり切磋琢磨するライバルでもあります」
ナーシャ・アロマリエ・フラワージュ。
アメノミカミ戦における功罪によって現在は迷惑をかけたアルケミーミュージアムにて奉仕活動を行っている。
屋上庭園の鍵を破壊し、職員を麻痺らせ、保管されている人口太陽ソルのレプリカを強奪。
大規模魔術により王都内に侵攻したアメノミカミの分身体を一掃。
劣化品のソルのおかげで戦況を有利に運んだ実績。
ナーシャの行いを精査することで退学処分の後地下収容所行きのところ叙情酌量の余地があると判断される。結果、自分がやったことの後始末を含めてミュージアムでの奉仕活動となった。
尚、屋上庭園では彼女の使い魔、アルラウネの「キャラ」が花の世話をしている。
「ライバル……! 何だか心が躍る関係ですね! 私にはそういった相手がいないので憧れます」
「あたしもいないわ、強いて言うならパトラお姉様だけど……勝手に追いかけてるにすぎないもの」
「エルダも……そんな人いない……」
信頼を込めた親友宣言に威風堂々とライバル宣言。
アンナとナーシャの間には純粋で確かな絆が感じられ三人は憧れを抱いた。
そもそも王族のお姫様達にそんな相手が現れることも稀。だからこそより強く感じてしまう。
「ライバルなんて自分が本当にやりたいことを見つけた時に勝手に現れるもんだ。君たちはまだ子供なんだから焦る必要はないさ」
「子供扱いしないでよね!」
「これは失礼。それじゃあ次は錬金道具を体験できる場所へ行こうか。きっと君達にとって未知の体験を得られるはずだよ」
「未知の?」
「体験……?」
子供扱いに頬を膨らませるが、「未知の体験」という言葉に頬の空気が抜けて興味津々といった表情へと早変わりした。
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