第48話 国が見る目
アルケミーミュージアム1階、『錬金術の始まりと今』
ここでは錬金術の始まりと発展、時代の流れに伴い錬金器具の変化。同じ調合物でも年代によって変化があることをまとめられている。
「うん……? あれって──! ちょっと降りるわよ──」
腰を曲げる間もなく綺麗に一直線に開脚し、鮮やかにトンと足音を鳴らして着地。
視線と歩く先は一つの展示品にまっすぐ向けられ、魅了することが完全に頭から消えていた。
「へぇ……これが浄水装置の仕組みなのね」
好奇心と研究心に満ちた真剣な瞳。
昨日の様子からしてこういう堅苦しい場所は嫌いなのでは? と少し鉄雄は思っていたが、あまりの食いつきの良さに思わず驚いた。
「正直意外です……あまり興味を示さないかと思っていました」
プリムラに同意するようにエルダも小さく首を縦に振っていた。
「2人があたしどう思ってるかよくわかったけど心外ね。これは国のみんなの生活を支えている道具なんだから無関心じゃいられないって。あたしが生まれた時にはもう稼働してて、綺麗な水が当たり前に使えるようになった。国のみんなが感謝してる偉大な道具なんだから!」
指でなぞりながら浄水装置の説明文や図、小型模型を追っていく。
最初は単純に地下の水を自動で吸い上げる機構だったが、不純物を取り除くろ過の機能が取り付けられる。
続き、ろ過機能に特化した装置が作られ雨水や川の水を浄化し安全に利用できるようになる。また、汚水を浄化し自然に返したり、作業用水に利用する。
地下水の汲み上げ及び貯水と配給の安定化。急な乾季が訪れても水不足に陥ることはなくなった。
装置の大型化、下水道開発。そして浄水施設の完成。
錬金術によって生み出された様々な水設備のおかげでライトニアで水に困ることはなくなったと言える。
そしてそれらは今も尚進歩を続けている。
「あたしの国には水を汲み上げて綺麗にする設備と色々なところに水を送る設備ぐらいしかないのよね……」
「……国が違うとこんなに見方が変わってくるんだ……エルダのところにも同じものがあるけど、皆便利な道具だとしか思ってない……」
「アクエリアスでは水に困ることはありませんから、汚水を綺麗にする役目に感謝はしていますが、暖房器具と比べると蔑ろにしているかもしれません」
国によって当たり前が当たり前じゃない、重要視している点が違う。
水、食料、気温、何かが豊で何かが貧する。生きていく中で自然と根付いた価値観がまるで違うことを三人は心から実感した。
「ライトニアってすごいわよね、便利な物が沢山あるし、こういう立派な施設もある。ヴェステツォントにもダンスホールや宮殿はあるけどこんなのはないもの。それにこの国には大きな浄水施設もあるっていうじゃない? そっちを見に行っても良かったのよね」
「あ、あの……そういえばテツオさんは異世界の人ですよね? どんな物があったんですか……? こういう場所もあったんですか?」
純粋無垢な瞳に対して少し苦い感情を思い起こす。
前の世界のことを思い出すと必然的に辛い思い出も引っ張り出されてしまう。喉奥に重いものを感じながらも話し始める。
「そうだな……色々あるのは確かだけど、こういう博物館も美術館もあるしマテリア寮よりも高い建物は森みたいに大量に立ち並んでる。飛行船のように空飛ぶものが毎日のように飛んでたりするな。何よりも人が多い、世界中の人口を合わせて八十憶は行ってるはずだな」
「はわぁ……! す、すごい世界ですね……!」
「ええ!? よく数えられたわね!? 人口もそうだけど数える方法もすごいわね!?」
「確かにそうですね……アクエリアスの人口は5000人程度ですからまるで想像つかない世界ですね……」
「すごい……か。でも、こっちの世界の方がすごいと思う。向こうじゃ魔術がないのは当たり前だし、獣人や竜人も存在しなかった。それに向こうにある技術はいずれこっちでもできるようになるだろうけど、逆は無さそうだけどな」
どちらが優れているとは言い切れない。発展のルーツが違うのだから。
ただ、鉄雄個人はこちらの世界が肌に合ってしまっているようだ。
「気になってはいたのですが、元の世界に戻ろうと思ったことはないのですか?」
「──聞かれるまで考えること無かったな……そもそも俺がこっちの世界に来た理由が、向こうの世界で行く当ても頼れる人もいなくなって居場所が無くなったからなんだ」
「言いにくいことを聞いて申し訳ありません……!」
「気にしないでいい、今はアンナに拾ってもらって有意義な毎日を送れてるから、あの境遇は必要経費だと思う」
言葉に嘘はなく、鉄雄の心に前の世界に戻る意識は無い。
こうして聞かれるまで帰還について考えることが無いほど今が充実していた。
守りたい存在。何でも話せる相手。
衣食住も揃っている。
金銭も程々に、特別な力も有している。
前と変わらずいないのは恋人だけ。
「さて、そんな話よりもミュージアムに連れてきたのも見せたい物があったからなんだ!」
「「「見せたい物?」」」
「ああ! これも含めて誘ったと言っても過言じゃないぞ!」
ニッと笑顔を浮かべて先導する。先程までの機嫌を伺う態度と違い自信を持って歩く姿に疑問と興味を覚えながらも三人は後を付いて行くことにした。
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