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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第四章 夢指す羅針盤を目指して
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第46話 萌ゆる出会いがしら

 7月2日 火の日 王都クラウディア中央広場


 恋愛は戦い、取るか取られるか、先にその人の心に埋まらなければ別の誰かに入られてしまう。敗者は陰鬱な気持ちを抱きながらその光景を遠くから眺めることしかできない。

 だが四人にとっての問題は、誰もが明確な恋心を抱いているわけではないのだ。本気で結ばれようと足掻いてはいない。

 一人は自分の価値を証明し高めるため。

 一人は自分を守ってくれる相手を見極めるため。

 一人は自分をときめかせてくれる相手か確認するため。

 一人は体よくやり過ごし、思い出の一部で終えようとするため。

 恋の種は蒔かれても、芽が出るかは定かではない。このまま地の中で崩れ散ることも当たり前。

 全てはこの日のデートで決まるだろう。


「待ち合わせは中央広場っと……」


 現在時刻は8時50分、待ち合わせは9時丁度。

 神野鉄雄は僅かなシミも無ければ皺一つない糊の効いた隊服に身を包み、黒いスカーフは普段以上に美麗に結ばれ風に揺れる。腰に装着している破魔斧の袋も武骨なデザインからロイヤリティな刺繍の施されたものに変化し、傍目では斧が入っているようには到底思えなくなっていた。


(もう来ているかもしれないな……早く来てここを観光してそうだ)


 王都中央広場は小さな王宮庭園と呼ばれるほど手入れが行き届き季節の花や木々で彩られている。今日はそんな花々の美しさに加えて、ガラス細工の像が規則的に並び太陽の光を纏いきらめていた。

 狼型や鷹型、男女が踊る様子、クラウディア城、バラやキングサリ、思い思いの作品が並び人々の視線を釘付けにする。

 ライトニア王国の芸術祭の一つ、ガラス細工の展覧会が丁度開かれていた。


(鉄雄よ、今日はわらわと交代することはできぬ)

(あの日の反動か……大丈夫だ、元から今日は交代を頼む気はなかった。それに頼りになる援軍がお節介にも来てくれた……)

「着いたねテツ! わたし達がサポートするから安心してデートしてきて!」

「まったく……ぼくも力を貸すことになるとは思ってもみなかったさ」


 時を同じにアンナ、セクリ、ルティ、サファイアスの四名はマテリア寮のアンナの部屋に集まり、テーブルに置かれた錬金道具を囲うように待機していた。


(頼りにさせてもらう。ヤバくなったらすぐに伝える)

「テツの念話は皆にも錬金道具で聞こえるようにしてあるから。でもそっちに送る声はわたしだけだから安心して」

(了解した)


 テーブルに置かれているのはガラスのドームのてっぺんにラッパ型の薄い金属板。これはルティ謹製『ゴーストスピーカー』。物に込められた霊の声を聴くために作られた霊的錬金道具であり、ドームの中にはアンナの黒いリボンが置かれている。今のアンナは前のリボンでサイドテールを維持していた。

 普段、鉄雄とアンナはスカーフとリボンを通じてテレパシーを行っているが、問題が一つありアンナからなら小道具は必要ないが、鉄雄から言葉を届ける場合はスカーフが必須であるということ。

 その欠点とゴーストスピーカーの効果を組み合わせ応用することで、リボンに届く鉄雄の念話がアンナ以外にも聞こえるようになった。


「ところで何でこんな道具を作ったの?」

「遺物に込められた作者達の声を聴くためさ。霊として収まっているなら歴史がひっくり返るような情報を持ってるかもしれないからね。ロマンがあると思わないかい? それに彼の持ってる破魔斧だってこれを使えばレクス君とやらの声も聞こえるようになるだろうね」

「思った以上にすごいまとも理由で驚く……レクスはテツの身体使ってしゃべってくれるから必要なさそうだけど」

「でも道具って本当に使いようだよね。いつもならボクとアンナちゃんだけにしか伝わらないから、どうしても2度手間になるのが解消されてるのがすごいよ!」

「一瞬が重要ですからね。テツオ様が困った状況に陥ったり知識が必要になったら何時でもお答えできるように用意はしておきます」

「いやぁ、必要無いとぼくぁ思うけどね。彼が行くところは錬金術の知識が盛り沢山の『アルケミーミュージアム』アンナ君の助言で足りるとも思うし、ぼくもいる。まあ大船に乗ったつもりで君はお茶とお菓子を用意してくれるといいさ」

「それに頼りになる援軍もあそこにいるからね」

(今日は普通に授業がある日なのに力を貸してくれて申し訳ないな……)


 生徒達は授業を受けている真っ只中。錬金科の生徒はある程度出席に自由はあるものの実績や成果が確認されなければ退学処分を受けることもある。

 ここにいるアンナとルティは問題部分もあるが、それに目をつぶれるぐらいの成果もあげているので問題はない。


「テツの初デートを成功させるためだからへーきへーき」

「えっ!? これが初デートなのかい!? あの年でそれも驚きなのだが、異国のお姫様3名をはべらせるのが初デート!? 碌な未来が想像できないじゃあないか!」


 アンナは声に出さずとも鉄雄に言葉を送ることは可能だが、情報共有の為敢えて口に出している。そんなこと鉄雄は知る由もなく、小さな秘密が赤裸々に暴露されていた。

 

「ですが、彼の可能性に賭けるしかありません。アメノミカミとの激戦を生き残った才気を恋愛でも爆発することを祈りましょう」



 鉄雄が最初に気づいたのは遠くからでもわかりやすい鮮やかな色と尻尾を持つプリムラの後ろ姿。

 このまま門の近くで待つよりも迎えに行くことを選択し、彼女の元へゆっくり歩んでいく。


「素晴らしい像ですね……鱗の表現が何とも見事……モデルとなったのは火竜でしょうが……想像で補ってる部分が多いのか種まで判別できませんね……」


 ドラゴンのガラス像の前にはプリムラが時折自身の尻尾を揺らしながら感心した様子で観察している。


「お詳しいんですね」

「あっ、テツオさん。お早い到着ですね」

「お待たせして申し訳ありません」

「もとより観光したかったのでお気になさらないでください。こうした国を挙げてのお祭りごとは珍しいのでとても興味深いです」


 素直な瞳でそう答えるプリムラは鉄雄を前にしながらも興味が尽きないのかチラチラと周囲のガラス像に視線が揺れ動いている。


「だとしたら光栄です」

「そういえば1度聞いておこうと思ったのですが、ドラゴンってお好きですか?」


 その彼女の言葉に頭の中で、複数の選択肢が浮かぶような錯覚に陥る。

 彼女達の気を良くする言葉を瞬時に思いつかせて伝える。今日の目的は不機嫌にならず帰ってもらう、それが最重要項目。


(どう答えたらいいか分からなくなったらアンナに念話(テレパシー)を送ればいい。まあ、今回は特に考える必要もないな)

「結構好きですよ。強くて勇ましい、前の世界でも強い存在として名を広げていましたし。何より俺の技の一つにドラゴンを模したのがありますよ」


 それは鉄雄最強の大技で文字通りの必殺技『ラストリゾート』。黒龍を模した超高密度な消滅の力の放出。強力すぎる故に使い処が限定されてしまう。


「まぁ! それは光栄でございます! ドラゴンを好きな方に悪い人はいませんから安心です! ちなみに私はどうでしょうか? 強くて勇ましく見えますか?」


 涼し気な印象を与える白いワンピース。尻尾の部分も丁寧に作られた特注品。両角のお洒落も忘れずレースのリボンで飾りつけがなされている。

 得意顔で胸を張る彼女の姿を見て鉄雄は──


「見目麗しく感じます。力の強さはまだ感じませんが、一人でこちらにいらしたその精神は強いものと感じます」

「……お上手ですね。未熟な身なのは理解していますが、そう褒められるのは悪くありませんね……!」


 白い肌に分かりやすい朱が染まる。

 身内に褒められるのとはまた違った趣に喜々とした感情が溢れ、思わず視線を外してしまう。ただ抑えきれない感情を尻尾で発散するように大きく揺れていた。


「あ、そうですわ。ルチアさんとエルダさんも来ているはずなので、探してみてはいかがでしょう? 私は時間までこの辺りにいますので」

「ではお言葉に甘えて迎えに行ってますね」


 軽く周囲を確認して安全を確認した後、他の二人を探しに動き出す。

 一人に集中はできない。なるべく三人を平等に扱わなければならないのは前日にしっかりと叩き込まれた。

 早足に姫達を探していると、牛のガラス像の前に筆状の尻尾が揺れ動く子供が視線に入り。すぐにエルダだと気付いた。


「お待たせしましたエルダさん」

「はわっ!? ご、ごめんなさい、気付けなくて……!」

「いえ、それぐらい夢中になってくれて製作者の人も喜んでくれてると思いますよ」


 尻尾が天を突くぐらいに分かりやすく驚く姿に若干の申し訳なさを覚えてしまう。

 おどおどした様子でチラチラと視線を向けて鉄雄の顔を確認する。

 彼女の装いは動きやすいシャツにボディラインを隠すような薄い前開きのシャツに膝上丈のスカート。


「………………」

(この子ってやることはアクセルベタ踏みなとこがあるけど、会話のとっかかりが見つけ辛いな……服が似合ってるといえばいいか? 俺についてこいすればいいのか?)


 鉄雄は話題の引き出しが多くない。無難な受け答えはできても自ら話題を提供することは苦手とする。

 互いに互いの出方を伺っている様子が見て取れる。思わず救援要請を行おうとスカーフに手を伸ばそうとすると、彼女が決心した様子で口を開いた。


「あ、あの。獣人について……どう思いますか?」

「どう……と言いますと?」

「怖いとか……気味が悪いとか……どんなイメージを持っているのか気になって……」

「……正直に言うとどうやって尻尾を動かしてるのかなぁ~とか、耳の聞こえ方とか違っているのかなぁ~とか。そんな見た目の違いが気になる程度ですね。獣人の方との交流は片手で収まるので良いも悪いもないんですよ」


 紛れもない本心。自らに抱いているだろう負のイメージを払拭するための気の利いた言葉ではない。単純に興味深々なだけ、獣人に酷いことをされた過去もなければ、悪評を聞かされたこともないので悪いイメージを持つことはできない。


「なら、エルダについてはどう思ってますか……?」


 そこが気になっていたのか。と瞬時に判断し表情が固まる。

 答え方一つで道が大きく変わりそうな分岐点。思わず息を飲んだ。

 出会って一日、数時間程度。他者を知るには余りにも短い。恋人のように言葉と肌を合わせた訳ではない。表面的な語らいしかできていないのだ。

 スカーフに伸ばそうとした手を下げて片膝をついてエルダと視線を合わせる。


「…………それを知るための今日だと俺は思ってます。昨日でエルダさんの全てを理解した気にはなりたくないので。同じように俺のことも知ってください」


 この子に嘘や世辞は通用しないだろうと感じた。昔の自分に似た空気を纏い警戒に満ちて、人の言葉の裏側まで聞き取れるような敏感さを得ていると。

 だから必要なのは正面から正直にぶつかること。自分がして欲しかったことを今している。鉄雄はそんな相手とこちらに来るまで出会わなかったから。


「……は、はい……! あ、あの、その……先に待ち合わせ場所にいってますぅ~!」

「あっ──!」


 こけないようにと言葉にする間もなく、逃げるように門近くに向かっていく。

 返答の成否は鉄雄に知る由もないが、その心に後悔も憂いもない。

 後一人と出会えていない、待ち合わせの時間はもう過ぎようとしている。視線をエルダの懸けた方に向けるが見つからない。鑑賞に夢中になっていると想像できた。


(後はルチアさんか……髪色は違うけど肌の色はアンナに近いからわかりやすい……あっ! いた!)


 人が集まって鑑賞している一体のガラス像、その中に小柄で褐色の女の子が紛れており、迷うことなく近づく。

 今度は驚かせないように急に声をかけないようにするが、周囲の人間も含めて余りに夢中になっているので思わず視線を向けると。思わず感嘆の声が漏れる。


「やっぱりこれってパトラお姉様よね……? ライトニアでも虜にされた人がいるんだ」


 執念、情念、拘り。芸術家が生涯をかけて作りだすような逸品がそこにあった。

 パトラ・デザリアを模したガラス細工、表情に髪の流れ舞台の台座にシフォンアームバンドの薄布の揺らめきまでもガラスで再現されており、今にも動いて踊りだしそうである。


「すげえなこれ……」

「そうよねぇ……ってあなたいつの間に!?」

「あっ、驚かせて申し訳ありません。お迎えにあがりました」

「もうそんな時間なの、少し見惚れすぎちゃったわ。流石はお姉様、ここまでの物を作らせるなんて尊敬するしかないわ!」


 自分のことのように誇らしげにするルチア。

 尊敬する姉の美しさが他国に広まっている。虜になった証明がここにある。


「本当にすごい作品ですね……」

「あなたはその目でお姉様を見たんだからよくわかるでしょうね。惚れても無理はないけど身の程を弁えないと退治されるからね」

「退治とは穏やかじゃないですね。気を付けますよ」

「よろしい。じゃあデートに向かうその前に、言うことがあるんじゃないの?」


 その場でクルリと回転すると、明るい笑顔で視線を合わせる。

 今日の彼女は肩出しの白シャツにショートパンツ。褐色の肌に映える色合いに動きやすさに露出が多くても健康的な印象を与える服装であった。


「よくお似合いです。」

「とーぜんよね。まあ、あなたは昨日よりも堅苦しそうだけど似合ってると思うわ。さっ、行くわよ。あの二人も待ってるみたいだし」

「ありがとうございます」


 満足いく答えを聞いたのか、笑顔がより眩しくなり口調も明るい。

 ステップを踏みそうな軽い足取りで先に集まっている二人の元へ進んでいく。

 こうして三人全員と出会うことができ、順調にスタートラインに立つことができた。


「ここからが本番なのよねぇ」

「ところどころ彼の感情が聞こえてきた何というかその、申し訳ない気がするよ」

「アンナちゃんって普段からこういうの聞いてるの?」

「ううん、聞こうと思えば聞こえるけどテツにも知られたくないこともあると思って聞いてない」


 『ゴーストスピーカー』からは鉄雄の狼狽えた声や悩んだ声が聞こえ、その場にいなくても状況が伝わっていた。もはや試験官に付きっきりでテストを受けるようなものである。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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