第44話 豊穣の決心
~調査メモ~
ハーヴェスティアについて
『豊穣の山』と呼ばれる巨大なダンジョンを有している国。
そこは気候、気温、土質、あらゆる環境要素を気にせず多種多様な植物が存在するダンジョンである。
高温多湿でしか育たない果物と寒冷地でしか育たない果物が並んで実を付けているのが当たり前の場所。
ただ、食料を求める魔獣の数も多いので騎士団や傭兵が常に魔獣退治に勤しんでいる。
毎年10月に他国の者も入山が許可される山開きがあり、多くの冒険者や騎士団が訪れる。
だが、危険生物も多い。このダンジョンで死んでも自己責任であると契約書を書く必要もある。
同日 ホテル『マリアガーデン』
ハーヴェスティアは交易品を運び入れた訳でも無く少数で馬車でやってきた。御者も合わせて合計六名。
ホテルの一階層を貸し切りその一室でエルダ、カーラ、シャドウの三名は話を始めた。
「どうだった? 彼と会ってみて」
「怖くなかったです……あと、優しかったです……」
エルダはおどおどした様子ながらも嘘の無い気持ちを口にした。
「タシかにコワさはなかった。が、オナじようにツヨさもカンじなかった。それにジシンもカンじなかった。カーラがノゾむようなオトコとはハナれているんじゃないか?」
「情報によれば彼は斧に眠る霊魂レクスと交代して戦っていたともされるわね。彼の成果の半分以上はレクスにもたらされてるとみて間違いなさそうよ」
「となればヤツのツヨさはスベてカリソメか? それならあのクウキもナットクできるが」
神野鉄雄の強さは全てレクスによって作られたもの。記されている情報では殆どがそうである。ニアート村のダンジョンにおいても、アメノミカミ戦の大半はレクスのおかげ。鉄雄自身もそれは自覚している。
鉄雄はレクスの入れ物に過ぎないと。
──そんな素直な解釈を彼達はしていない。
「ノンノン、あなたはまだ人を見る目が未熟ね、彼はレクスがいるから何もしなくていいなんて微塵も思ってないわ──その程度の人間がアメノミカミをあの惨状を食い止められる訳が無い」
視線が刃のように鋭くなる。
カーラは特にレクスが関わらなかった、関わらない部分に注目していた。間者に送った指示も戦闘能力だけでなく日々の生活態度。好物や交友関係、休日の過ごし方、マナーと言った人格に注目するようにと。
そして、今日の対面で本人の顔を見ることで完成した。鉄雄がどんな人間か示す証明書を。
「ナゼそうイいきれる?」
「目と顔つき。それに視線。慢心している男じゃなかったし、あの会議室で常にアンナちゃんに注意を払ってたわ。例えあたくし達三人が襲ったとしても、彼は彼のまま退けていた。そんな気がするわ」
個として強いだけの人間なら退くつもりであった。
他者を想う余裕と強さの無い者に大事な姫を託すことはできないから。
「……カーラがイうならマチガいないのだろう。ああ、あとキになったんだが、あいつらとアうのにゴエイをツけなかったな? キケンとオモわなかったのか?」
「あなたが欲しいとスカウトするのに警戒してたら矛盾しているじゃない? 二人の王様もそう考えてたみたいだけどね」
「……なるほどナットクした」
「まあ彼については想像以上に期待できるといって問題ないわ。後はエルダ次第ね、お気に召したようだけどもっとどうしたいとかないの?」
「エルダは……あの2人みたいにかわいくないし、明るくない……身体を使っても困らせちゃった……きっと気に入られないと思う……」
顔を俯かせ胸の前で指先同士を合わせていじける様子を見せる。
「ダメよそんな考えじゃ。色々がんばったんでしょ? 彼に気に入られればアンナちゃんの卒業後すぐ一緒になれるかもしれないし、ひょっとしたら明日にでも手元に置いときなるかもしれないでしょ!」
「おぉ……!」
「イヤ、サスガにトシのサをカンガえろ……あのオトコがそこにオちたらエルダがヒドいメにアうだろうが」
「そうよねぇ……アンナちゃんみたいな子が好みだから従ってると少しは思ったけどパトラちゃんに目が奪われてたもの、ひょっとしたら小さい子は恋愛対象としては見られないかもねぇ」
「それじゃあ婚約なんてできないんじゃ……!?」
「あらごめんなさい、でもね今日明日で決めるのは難しいわよ、向こうの感情だってあるわ。あなただってテツオが好きだから婚約したい訳じゃない、安心できる味方が欲しいからでしょう?」
「うぅ……」
図星を突かれたのか尻尾も耳も垂れ下がり、落ち込む様子を見せる。
エルダがここに来た理由も他二人とは意味が少し異なる。国益よりもエルダ個人の益を考えられて実行されている。
エルダは父の、王の血を継いでいるが母は貴族でも何でもない、ただの使用人。いわば妾の子。
カーラが世話係となっているが、カーラが申し出るまでエルダの扱いは酷いものだった、異母兄姉より「一族の恥」と揶揄され続け、母は苛烈な虐めにより心と体を壊して亡くなってしまう。物心つき始めた頃には一人きり。
王の子に手を出せば反逆に問われる可能性あれど、婚約していない使用人は違う。従者や王妃達に鬱憤ばらしのように責められた。エルダの前でも関係無く、エルダには一切暴行加える事なく母を虐めた。
彼女にも継承権は与えられているが、それは彼女を蝕む呪い。
別の国の誰かに嫁ぐなりして万が一の可能性を潰さなければならない。だが婚約には説得力が必要不可欠。適当な男に嫁げば他の兄姉達が王家の品位を貶したと責められる。
ハーヴェスティアは血統主義な国。貴族や王族に属した上で魔力の素晴らしい者が求められる。貴族でもなけば魔力の無い鉄雄に手が伸びない。だが国を救った英雄、ミクリアという自国の民を命がけで救ったと言う逸話。国民に示す看板としては上等。
仮に婚約が成立した場合、兄や姉にとっては恥を晒すことなく目障りな存在が継承戦から消えて、厄介払いができたと考えるだろう。
「結婚はね幸せになるためにするんじゃないの、一緒にいて幸せだから結婚するのよ。あなたが本気で好きになったのならあたくしも遠慮なく力を貸せる。だから明日のデートはじっくりと彼と向き合いなさい。遠慮なんかせず素直に自分のやりたいと思ったことをやりなさい」
「そんなわがままを言っていいんですか……?」
「いいのよぉ~愛は全てにおいて優先される、愛は何よりも尊いもの、だって……愛は無敵なんだから!」
熱く強く語る姿は宰相とは繋がりそうにもなく一人のカーラ・ムルハーそのものだった。
エルダは若干の狼狽えは見せたものの心に強い熱が宿ったのを感じていた。
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